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革命編 四章:意思を継ぐ者
女狐と怪物
しおりを挟むオラクル共和王国の使者ながらも賊として捕らえられていた外務大臣ベイガイルは、帝国の騎士団長から『悪魔の種』を受け取る。
それから発生した黒い泥にベイガイルは飲み込まれ、人すらも躊躇なく喰らう怪物と成り果てた。
その怪物が、まさに目的とするガルミッシュ皇族と帝国貴族達が集う祝宴に現れる。
更に泥で形成された巨体の中にベイガイルがいる事を把握した妖狐族クビアは、その観察力の鋭さで怪物の弱点を察した。
「――……よく分からないけどぉ、あの男が怪物の依り代になってるみたいねぇ。……だったら――……ッ!!」
クビアは修復されていく泥の怪物に対して、その依り代となっているベイガイルを破壊する事を躊躇せず選ぶ。
そして右手に持つ扇子を一閃させ泥の隙間から見えるベイガイルの攻撃しようとした瞬間、凄まじい痛みがクビアの全身に広がりを見せた。
「グ、ァ……ッ!!」
全身に広がる凄まじい痛みに、クビアは思わず表情を歪めて膝を落とす。
そして自身に及んだ原因を察した様子を見せ、痛みに堪えながら呟いた。
「……奴隷紋……。まさか、怪物の依り代を殺そうとした意思にも反応するなんて……ッ!! ……なら、あの人間はまだ生きてるってこと……!?」
『人間を危害を与えない』という奴隷紋の契約を違反しようとした事により、クビアは思わぬ苦痛を受ける。
そして契約の内容が怪物に取り込まれているベイガイルにも対象となっており、自身では攻撃できない事を察した。
しかしそうしている間にも、周囲に散らばっていた黒い泥は本体を取り込んでいる泥に付着していく。
更にクビアの放った魔力を吸収した為に、泥の大きさは二回りほど増しているようにも感じられた。
「……ちょっとぉ、これはマズいわねぇ……」
今も続く痛みに堪えながら、クビアは膝を上げて立ち上がる。
それと同じように怪物の泥も切断された手足部分を取り込み巨大な球形の泥団子となった後、再び人型の姿を形成し始めた。
「――……ウマイ……ニグゥ……。……チカラァ……!!」
「ッ!!」
怪物は獲物から得た魔力が上質である事を認識し、更なる力を得る為に巨大な泥の腕を伸ばし放つ。
クビアの魔力を喰らった為か、素早くなった巨体の腕はクビアの展開している障壁へ激突し、先程のように弾かれないままクビアを障壁ごと飲み込もうと泥を広げ始めた。
「クッ!!」
クビアは右手に持つ扇子を薙ぎ、再び障壁越しから怪物の手を切断しようとする。
そして深々と泥を斬り裂いた魔力の斬撃だったが、先程のように腕全体を切り落とせず、クビアは目を見開きながら驚愕した。
「まさか、私の魔力斬撃を飲み込んで……!?」
「ニグゥウウウウッ!!」
「ッ!!」
魔力で形成した斬撃すら取り込む怪物に、クビアの表情は険しさを増す。
そして獲物の魔力を好物と認識した怪物は、餌の周囲を覆う障壁を泥で完全に覆い尽くした。
更に魔力で形成された障壁すらも喰らい始める泥により、その装甲は薄くなりながら軋みを上げる。
そして泥の手は獲物を貪る為に障壁を喰らい潰した怪物は、中に居るクビアを喰らうべく泥の手を握り締めた。
「……ニグゥ……?」
しかし握り潰した後、怪物は首を傾げながら獲物を喰らった泥の手を広げる。
その手の中には何も残されておらず、怪物は不思議そうに自身の手や目の前の光景を見ていた。
そうした一連の流れを壇上から見ていたセルジアスは、怪物が見る別の場所を見ながら呟く。
「……なるほど。アレが、彼女の得意とする転移魔術……」
セルジアスは自身の見る光景を目にしながら、そうした言葉を呟く。
その先にはクビアが五体が無傷のまま立っており、一枚の紙札を左手に持ちながら溜息を零していた。
「――……あの泥は魔力で形成した魔術は食べるけどぉ、魔術の妨害までは出来ないみたいねぇ……。そうじゃなかったらぁ、汚物塗れで死んでたわぁ……」
クビアはそう述べ、怪物の能力を正確に把握していく。
しかし奴隷紋の契約を違反しようとした制約の痛みは継続しているようで、額に汗を浮かばせていた。
そこでクビアは扇子を広げながら赤い文字を浮かばせた後、扇子越しから壇上に向けて拡声させた声を伝える。
「ちょっとぉ! 奴隷紋の契約ぅ、今すぐに解除できないかしらぁ!?」
「!」
「契約のせいでぇ、この泥人形の依り代になってる人間が殺せないのぉ! どうにかしてよぉ!」
混乱の喧騒が今も治まらぬ中、クビアの拡声した声は壇上に居るセルジアスに届く。
それを聞いたセルジアスは同じように魔石を通じて拡声させた言葉を発し、クビアに伝えた。
「それは無理です!」
「どうしてよぉ!?」
「奴隷の誓約書は、帝城の金庫に保管されています! 会場から金庫のある場所に行くには、会場の外に出るしかない!」
「えぇっ!? でもこのままだとぉ、あの怪物を殺しきれないわぁ!」
クビアは現状を伝え、自身では怪物の依り代となっている人間を殺せない事を教える。
それに対する答えをセルジアスは返しながらも、二人の声に気付いた怪物はクビアを再び認識し、彼女がいる場所に向かうように動き始めた。
「――……ウマイィ、ニグゥッ!!」
「ちょっ、待ちなさいよぉ!」
腕と足を使った四足歩行で駆け出し迫る怪物は、本体ごとクビアが居る場所に突っ込んで来る。
今度こそ自分を喰らい尽くすという明確な意思を怪物は見せ、クビアは動揺しながら胸元から一枚の紙札を摘まみ取って再び転移魔術を実行した。
そのまま怪物は突っ込んだ場所へ激突したが、喰らう直前に獲物が消えた事を確認する。
その知識を得たのか、今度は自主的に周囲を見回しながらクビアが居る場所を探し始めた。
「ニグゥ……ニグゥウウウ……ッ!!」
「――……私はこっちよぉ!」
「!」
しかしクビアは、怪物に対して自身が居る場所を教えるように声を発する。
そこは怪物自身が現れ破壊した出入り口の一つであり、そこに立つクビアはセルジアスに向けて再び問い掛けた。
「金庫の場所ぉ、何処か教えなさぁい! 取って来るからぁ!」
「帝城の四階、南西側に在る奥の部屋です!」
「四階ねぇ! それまでコイツは、私が引き付けるけど――……ッ!!」
クビアは怪物を引き付け、自身の奴隷契約書がある金庫を目指す事を告げる。
その意図を汲み取ったセルジアスは躊躇せずに金庫の場所を教え、そこに突っ込んで来た怪物からクビアは魔力の身体強化で逃げながら帝城の四階を目指して走り始めた。
怪物はそれを追うように、四足獣を思わせるような走り方でクビアを追い帝城内へ再び戻る。
こうして上質な餌を追う怪物と、妖狐族クビアの短くも壮大な逃走が始まった。
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