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革命編 四章:意思を継ぐ者

闇夜の出迎え

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 祝宴の場に突如として姿を現したアルトリアは、躊躇の無い横暴な言動を周囲に撒き散らす。
 その結果、皇帝ゴルディオスからガルミッシュ皇族に与えられる皇位継承権を剥奪され、皇族名である『ユースシス希望』を取り上げられた。

 そして催事に出る事も禁じられたアルトリアは、暴言と共に自らの足で祝宴の場から去っていく。
 その姿を見つめる周囲は静寂ながらも刺々しい視線を向け、過去に『才姫さいき』と讃えられていたアルトリアに対して畏敬や羨望の念とは真逆に意思が込められていた。

 女勇士パールはアルトリアの後ろに付き添いながら歩き、その後ろ姿を見る。
 過去にその後ろ姿と重なる光景を思い出したパールは、口元を微笑ませながら呟いた。

「……お前は、優しいな」

 パールが思い出していたのは、樹海の決闘でエリクが打ち倒した族長ブルズを治した際のアリアの背中。
 その際にブルズの死に涙を流す妻達や子供達を見たアリアは、溜息を漏らしながらも躊躇せずにその姿を晒し、魔法かみのわざを用いた。

 その時と似通った雰囲気を感じる今のアルトリアが見せる背中に、パールは先程の振る舞いがアルトリアなりに相手を気遣った行動なのだと察する。
 だからこそ周囲と同じような軽蔑をアルトリアには抱かず、出会った頃と変わらない心根に安心感を持ちながら付いて行った。

 そして大広間の大扉が開かれ、アルトリアは振り向く事も無く祝宴から退場する。
 それに付いて会場を出るパールの姿を会場の一端で見ていたクビアとエアハルトは、壁に背を預けながら小声で話し合った。

「――……あらぁ。ここに連れて来た御主人様ちょうほんにんが帰っちゃったけどぉ、私達はどうするのかしらぁ?」

「知らん。ここに居る意味が無いなら、戻るだけだ」

「そうねぇ」

 二人はそうして話し合い、自分達もアルトリアに追従して祝宴から出る事を考える。 
 しかしそうした話をして移動しようとする直後、二人は思わぬ声を耳に入れた。

『――……アンタ達は帰らなくていいわ。そのまま会場に残ってなさい』

「!?」

「……あらぁ、やっぱり仕込まれてたみたいねぇ」

 突如としてアルトリアの声が聞こえた二人は、それぞれに驚きを浮かべる。
 しかしクビアはそうした事態を想定しており、大きな驚きは浮かべずに自身の身に纏う装束ドレスを見下ろしながら呟いた。

「服に紙札ふだを仕込んでるなんてぇ、良い使い方ねぇ。……それでぇ、私達の会話をずっと盗聴してたのぉ?」

『まぁね』

「信用が無いわねぇ。私達がこっそりぃ、内通者だれかと通じ合って反逆すると思ったのぉ?」

『そう思わなかったら、こんなの仕込まないわよ』

「それもそうねぇ。……それでぇ、私達は残って内通者さがしものを続けるのぉ?」

『ええ。とりあえず、祝宴パーティーが御開きになるまでは居続けなさい。それまで、外で待っててあげるわ』

「あらぁ、優しいわねぇ。それじゃあ、祝宴パーティーを楽しんで来るわぁ。――……と、いう事みたいよぉ」

「……チッ」

 服に仕込まれている魔符術の札を通じて、退場したアルトリアの声が二人にも聞こえる。
 しかしマイペースなクビアは普段と変わらぬ様子を見せ、エアハルトは盗聴されている事に舌打ちを鳴らしながらもクビアと共に行動し続けた。

 そんな二人の態度を紙札から伝わる音を確認したアルトリアは、口元に近付けている紙札を手持ち鞄に戻す。
 それを見るパールと共に渡り廊下に立つ二人は、こうした話を交え始めた。

「アリス、お前はこれからどうする?」

「……そうねぇ。とりあえず、また偽装して中の二人を待つつもりだけど……。それより、貴方まで付いて来ちゃ駄目よ。私の仲間だと思われるわよ?」

「私は、お前の友だ。それを恥じる理由は無い」

「……相変わらずね」

「それより、今からの話じゃない。これから、お前はどうするんだ?」

「……これから、か」

 パールの問い掛けを理解したアルトリアは、考え込ながら天井を見上げる。
 そして自分自身の脳内で考える事を吐露させながら、これからの事を考えた。

「リエスティアの治療には、もう私が立ち合う必要は無さそうだわ。後はリハビリを続ければ、自由に歩けるようにもなってくるでしょうし」

「リエスティアというのは、あの動く椅子に座っていた女か?」

「そうよ。私治療をしてたんだけど、後のことは他の医者に委ねても問題は無さそうよ」

「そうか。なら、他にやる事はあるのか?」

「他の事……。……あの二人は、お兄様に奴隷契約の権利を預けるとして。クビアには共和王国の子供達を連れて来るって約束した手前、それを果たす為にも魔符術の転移研究も更に重ねなきゃいけないわ」

「……よく分からないが、まだ帝都ここに残る理由があるのか?」

「まぁね」

「それも終わったら、どうするんだ?」

「……どうしようかしら。まだ考えてないわ」

 これからの事を話すアルトリアは、それ等を終えてから先の未来ビジョンが無い事を微笑みながら伝える。
 それを聞いていたパールは少し考えた後、顔を向けながらアルトリアに伝えた。

「やるべき事が終わったら、また樹海もりに来ればいい」

「えっ」

「もし行く場所が無いなら、の話だが」

「……ありがと、パール。そうね、もう皇位継承権も剥奪されたし、ガルミッシュ皇族でもルクソード皇族でも無い。自由気侭の身になれたことだし、考えておくわ」

「そうか」

 パールの誘いにアルトリアは素直に感謝し、改めて自分が帝国に身を置く理由が弱いことを実感する。
 そして廊下を再び歩き始めるアルトリアは、自らの髪を茶色に偽装し直しながら腕に収めていた長袖の上着を羽織り、パールに付き添われながら帝城の出入り口まで戻った。

 そこでパールに振り向くアルトリアは、微笑みを見せながら告げる。

「……見送り、ありがとう。ここまでで良いわ」

「いいのか?」

「ええ。貴方まで外で待ってる必要は無いでしょ?」

「それでもいいぞ」

こっちが良くないの。何より、一緒に出て来た貴方が外でも一緒に居たら、出て来た連中にバレちゃうでしょ?」

「そうか……。……分かった。次は、いつ会える?」

「そうねぇ。貴方は、帝国ここにはいつまで居るの?」

「この祝宴パーティーが終わったら、樹海もりに帰るつもりだった」

「そう。なら、半年後くらいに樹海に顔を出して見ようかしら」

「そうか。なら、お前が来る事をガゼルにも言っておく。奴の案内で樹海に来れば、迎えに来る」

「分かったわ。……ああ、それなら。これを渡しておこうかしら」

「?」

 アルトリアは何かを思い出し、再び手持ち鞄を開いて右手を差し込む。
 すると一つの紙札を取り出し、それをパールに差し出した。

「これは、さっきの紙か?」

「そう、ただし通信用の紙札かみ。これを持ってれば、私から連絡こえを飛ばせるわ」

「なら、ずっと持っていよう」

「ずっとはめておきなさい。破けちゃうと効果が無くなるわよ」

「そ、そうか。気を付けよう」

「ええ。――……じゃあね、パール。元気で」

「ああ。お前もな」

 紙札を手渡した後、アルトリアはそう言いながら微笑んで別れを告げる。
 それを受け入れたパールもまた、少し寂し気な表情を見せながらも別れに応じた。

 二人は再会を約束し、廊下と出入り口の広間を堺にしながら別れる。
 互いに軽く手を振りながら別れを告げると、パールは渡り廊下の奥へと戻っていった。

 そしてアルトリアは偽装した姿のまま開かれている帝城の大玄関ホールまで辿り着くと、そこから見える奇妙な違和感を感じ取る。

「……変ね。……誰も居ないの……?」

 アルトリアが不審に思ったのは、誰も居ない帝城の出入り口。

 既に祝宴が開かれて時間は経っていたが、その受付を行っていた騎士達の姿や、入場を見守っていた門番役の騎士達の姿が何処にも見えない。
 既に入場制限が掛けられる時刻になったのかともアルトリアは思ったが、遅れて来る招待客も稀にある為、そうした場合にも受付と案内を行う騎士達は少数でも常駐しているはずだという違和感に至っていた。

「……どういうことよ、これ……?」

 アルトリアは誰も居ない広い大玄関ホールの中を歩き、怪訝そうな表情を見せながら周囲を探る。
 しかし城内の大玄関ホールにはそれらしい人影は見えず、ただそこには騎士達が使っていた机や椅子、そして筆記道具や招待客の名簿などだけが残されていた。

「これは、いったい……」

 物が片付けられた様子も無いまま、不自然に消えた騎士達の事をアルトリアは不審に思う。
 そして帝城の外に居る騎士達も探す為に表側へ足を運ぶと、アルトリアはこの状況で最も奇妙な光景を目にした。

 それは、帝城前に止まる一つの黒い外装の馬車。
 一匹の黒い毛並みの馬が繋がれているその馬車の前には、黒い服と帽子を身に纏った一人の人物が立っていた。

「……ッ」

 その人物に警戒しながら周囲を見渡すアルトリアは、やはり外の門番をしていた騎士や従者達も消えている事を悟る。
 そして自分を待ち続けているかのように佇む黒い馬車へ、アルトリアは警戒心を高めながら近付いた。

「――……ちょっと。アンタ! ここに居た警備の騎士達は、どうしたのっ!」

 アルトリアは怒鳴る声を向けながら、その黒い服を身に纏う人物に話し掛ける。
 しかし返答しないその人物に更に警戒心を高め数メートルの距離まで近付いたアルトリアは、次の瞬間に凄まじい悪寒を目の前の人物から感じ取った。

「ッ!?」

「――……御迎えに参りました。アルトリア嬢」

 初めて悪寒の恐怖を感じ取るアルトリアは、目の前に居る人物に身構えながら対峙する。
 それに応じるように丁寧な礼を見せるその人物は、アルトリアにとって聞き覚えのある声を聞かせた。

「アンタ、まさか……!!」

 その人物の声を聞き、アルトリアはその正体を察する。
 それに応じるように自ら帽子を脱いで素顔を晒したその人物の名を、アルトリアは表情を強張らせながら口にした。

「……アルフレッド=リスタル。……いや、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド……ッ!!」

「御久し振りですね。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン」

 互いに相手の名を呼び合いながらも、双方は全く異なる態度で対峙する。
 片や感じる悪寒を必死に抑え込ませながら身構えるアルトリアと、もう一方は穏やかな微笑みを浮かべるウォーリス。

 こうして共和王国から追放されたと聞かされていたウォーリスが、アルトリアの前に姿を現す。
 そして誰の姿も見えない闇夜の入り口で、二人は向き合う様子を見せていた。
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