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革命編 四章:意思を継ぐ者
入場の音
しおりを挟む祝宴の場で女勇士パールと再会したアルトリアは、珍しく談笑しながら今までの出来事を話し合う。
その姿は変装してこそいたが、年相応の友人と話し合う気兼ねない様子であり、普段から見せている威圧的な言動やガルミッシュ皇族としての威光は見えなかった。
その二人が居る会場内の雰囲気も、騒がしさが一段と増し続けている。
到着した招待客が続々と入場し、各集団が形成されながら談笑する場も先程より遥かに多くなっていた。
アルトリア達が入場した際には二百名程だった会場内も、今では五百名を超える人数が犇き合っている。
会場内の一画で音楽隊が楽器を演奏し、緩やかな空気に見合った静かな曲が僅かながらに耳へ聞こえ響く。
音楽は人々の声に掻き消えそうになりながらも、それでも会場内の人々には違和感を持たせず演奏し続けていた。
そんな音楽隊の傍に、一人の給仕係が歩み寄る。
そして指揮棒を振るう男性に声を掛けた後、今まで淀みなく音楽調に振られていた指揮棒が止まった。
「――……!」
音楽が止まった瞬間、会場内に居た帝国貴族達がそれに気付く。
そして誰に言われる様子も無いままに自主的に動き、奥に備えられている会場用の皇座席の道を大きく拓けさせながら人垣が別れた。
他の参加者達もそれに気付き、帝国貴族達と同様に正面出入り口から皇座席までの空間を大きく確保する。
そんな周囲に気付いたパールは、人の動きを確認しながら怪訝そうな表情を浮かべて正面に座るアルトリアに聞いた。
「――……なんだ、あれは?」
「皇族が入場して来るのよ。だから入場する為の道を開けてるわけ」
「お前の家族か?」
「家族は兄上だけね。貴方は何度か会った事もあるのよね?」
「ああ。……初めてあの男の顔を見た時、お前に似ていて驚いた」
「まぁ、それは兄妹だからね」
「そういえば、お前達は父親に似ているな」
「そうね。……そういう貴方は、あまり父親に似てないわね。母親似なのかしら?」
「ああ。私は母親に似たと、父に言われている」
「そういえば、貴方のお母さんの事は聞いたこと無いわね。……樹海で会わなかったって事は、やっぱり……?」
「ああ、もう死んでいる。……お前達が樹海に来る前、一つの雪が終わる頃だったか」
「!」
今まで話したことの無いパールの母親についての話が続き、アルトリアは驚く表情を浮かべる。
自分達が樹海へ来る少し前に、パールの母親は亡くなっていた。
それを聞き申し訳なさを僅かに感じるアルトリアだったが、踏み込んだ状況で引く事も失礼だと考え、敢えて話題の続きを口にする事を選ぶ。
「貴方の母親って、どんな人だったの?」
「……そうだな。母も私と同じ、勇士だった」
「へぇ、貴方みたいに強かったの?」
「ああ、とても強かった。今の私でも勝てるかどうか、分からないくらいに」
「そんなに?」
「母も、樹海の誰よりも強かった。一人で獲物を取り、外から来た強敵とも戦った」
「敵?」
「私が子供の頃に、樹海に入った者がいた。部族の勇士として戦った母が、私に言った。とても強敵で、倒せなかったと」
「へぇ、強敵ねぇ。……それにしても、貴方の父親はその母親と結婚してたのよね? 確か女勇士は負けたら結婚するって話だったけど、あの父親に負けたの?」
「いいや。母は逆に、父に勝って結ばせた」
「え?」
「女の勇士が男の勇士に勝った場合は、同じように夫に出来るんだ」
「えっ。じゃあ、貴方が勝ったブルズも夫には出来たってこと?」
「出来たが、する気など無かった。自分より弱い男の子供を産むのは、嫌だったからな」
「そうなの。じゃあなんで、貴方の母親はあの父親と?」
「さぁ。理由があったとしたら、父の見た目が良かったと言っていた気がする」
「……それって、強さより格好良さ重視でってこと?」
「あと、当時は男勇士の中で父が一番強かったとも聞いた」
「ふーん、なら、そこは妥協だったのかしらね」
「多分な。それに母は、大族長の血を継いでいた。だから他の男達から戦いを挑まれても、全て倒していたらしい」
「……えっ。それって、パールも大族長と血の繋がりがあるってこと?」
「ああ」
「……なるほど。やっとあの時の事情が、見えて来たわ……」
「?」
パールの母親が大族長と血の繋がりがある事を知ったアルトリアは、当事者として立ち合ったあの決闘の出来事を思い出す。
あれは表面上こそ他部族の長ブルズがパールを妻とする為に決闘を申し込んだのだが、その裏では大族長を始めとした各部族の長達も了承した上での出来事だった。
しかしパールやその父親ラカムは事情を知らず、アリア達が居る場で初めて決闘の真相を聞かされる。
その奥に更に隠されていた事情は、大族長の血筋であるパールに夫となる相手を見繕う為。
大族長なりに血筋のパールの事を考え、夫を用意し子を持たせようと半ば強制的に決闘の話を進めさせていたのだろう。
その裏事情も把握してしまったアルトリアは大きな溜息を漏らしたが、そこから何かを考えパールに尋ねた。
「……そういえば。決闘以降から誰かを夫にさせるとか、そういう話は無かったの?」
「あったぞ。まずは、お前の父親だった」
「……はい?」
「お前の父親が攻め込んで来た時、私に勝ったからな。それで私を妻に出来る権利はあった」
「……その話、どうなったの?」
「相手が拒否したから、その話は無くなった」
「そ、そう。……それは本気で、良かったわ」
友達が義母になるという想像し難い状況が防がれた事を安堵したアルトリアは、小さな溜息を漏らす。
その様子を見ていたパールは、少し意地悪そうな微笑みを見せながらアルトリアにもう一つの事を伝えた。
「エリオやお前の父親の他に、もう一人だけ私と戦い勝った男がいるぞ」
「へぇ、それって誰?」
「お前の兄だ」
「……え?」
「あの男とも戦う機会があった。そして、私に勝ったぞ。見事にな」
「……それは、お兄様も断ってるのよね?」
「いや、返事を貰っていない。……だが私も、流石に三度も負けて誰の妻にならないのは、気が引ける。だからあの男が望むのならば、あの男の子を生んでもいいと思っている」
「……ちょ、ちょっと待って。……それって、貴方が私の義姉になるってことよね……!?」
「姉? なんで私がお前の姉になるんだ」
「えっと……樹海はそうじゃないかもしれないけど、帝国だと兄弟が結婚した相手は、義理だけど同じ兄弟という立場になるの。だから……」
「そうか。もしあの男の妻になったら、お前は私の義妹になるのか。……それも、悪くないかもな」
微笑みを浮かべるパールに対して、アルトリアは複雑な表情を浮かべながら悩む。
そうした心境を隠さずに伝えようと、アルトリアは動揺の声を漏らした。
「いや、私は複雑な気持ちになんだけど……」
「反対か?」
「反対……というよりも、貴方が心配になるわ」
「私の心配?」
「仮に貴方とお兄様がそういう関係になって、子供が出来たら。貴方の子供も、ガルミッシュ皇族の血を継ぐ事になる。……そうなったら、帝国の政治に樹海に住む貴方達も巻き込まれかねない」
「それは、何か良くない事なのか?」
「……私は、それと似た事例で滅んだ一族を知ってる」
「!」
「皇族の血を継いだ者達がいるというだけで、政治的な異変に巻き込まれて滅ぼされた一族がいたの。……貴方や樹海の人達にも、そうなってほしくない」
「そうか……。……ありがとう、アリス。お前は、やっぱり優しいな」
「別に、優しくは――……!」
そうした話をしている最中、音楽の止まっていた会場に盛大な曲が鳴り響き始める。
それと同時に中央の道に横と縦に連なる列を作った帝国貴族達は、大きな拍手を起こしながら正面扉に視線を向けていた。
その正面の大きな扉が開かれ、そこから数多くの近衛兵達が歩み出て来る。
そして列が作られた道にそれぞれ整然としながら配置に付くと、入り口近くに立つ近衛長がこう叫んだ。
「――……ガルミッシュ帝国皇帝、ゴルディオス陛下! 皇后クレア様! 御入来ですっ!!」
近衛長は張り上げた声でそうした言葉を述べた後、開けられた大扉から二人の人物がゆっくりと歩み出て来る。
それは赤い布生地と金色に染められた毛皮で作られた赤い外套を羽織り、頭に皇帝の証である王冠を付けた皇帝ゴルディオス。
そしてその隣には、同じく赤い衣の装束を纏った皇后クレアが同伴し、二人は並び歩きながら拓けた道を歩き進んでいた。
それと同時に音楽隊が新たな曲を奏で始め、それに同調するように左右に別れ待つ帝国貴族達が拍手で迎える。
ゴルディオスとクレアはそうした対応に物怖じする様子も無く、真っ直ぐと前を向きながら共に用意された皇座の席へと向かった。
しかし近衛長が張り上げた次の言葉を聞いた者達は、驚きを持ちながら拍手の手を思わず止めてしまう。
「……続いて、皇子ユグナリス殿下! オラクル共和王国の姫君、リエスティア殿! そして御息女、シエスティナ殿! 御入来ですっ!!」
「!?」
その入場者の名前を聞いた帝国貴族の一同は、驚きの表情を隠さずに拍手の手を思わず止める。
それは謹慎中である事を公表されていたはずの皇子と、その婚約者候補としての立場で子を産んだとされる隣国の姫君。
更に二人の子供までもがこの祝宴に参加する事を知らなかった者達は、唖然とした様子で入り口の扉を注視した。
そこから現れたのは、皇后クレアと同じくルクソード皇族の血筋に連なる赤い髪を持つ皇子ユグナリス。
更にユグナリスが押す車椅子に乗って現れたのは、リエスティアとその娘シエスティナだった。
彼等も皇帝夫婦と同じように『赤』の色を身に纏う服装で現れており、その意味を知る帝国貴族達は驚愕を浮かべる。
そして拍手の止まった絨毯の上をゆっくりと進むユグナリスとリエスティアの車椅子は、静かな状況で前へ進み続けた。
その際、リエスティアは緊張しながら瞼を閉じたままの表情を強張らせる。
しかし車椅子を押すユグナリスが、後ろから優し気な小声で話し掛けた。
「――……大丈夫だよ」
「!」
「俺達は、君の味方だから」
「……はい」
「あー、ぅー」
「ほら、シエナもそう言ってる」
「……ふふっ、頼もしいですね」
不安に因る緊張をしていたリエスティアだったが、ユグナリスと腕に抱えるシエスティナに励まされる声を聞き、口元を微笑ませる。
そうして三人が皇座まで続く道の半ばまで歩き進んだ頃、再び近衛長が新たな人物の入場を伝えた。
「……続いて、ローゼン公爵家当主にして帝国宰相、セルジアス殿! 御入来ですっ!!」
「!」
続けて入場して来るのがセルジアスだと帝国貴族達は気付くと、唖然とした様子を拭いきれない中でも入り口に視線を集める。
そして帝国貴族に期待されているセルジアスの姿が見えると同時に、先程の三人とは異なる盛大な拍手で迎えた。
セルジアスもまた皇族の証であるように赤い礼服を纏い、その場を堂々とした様子で歩み進む。
そしてそれぞれの皇族達が用意された皇座の席前に辿り着くと、車椅子に座るリエスティアやシエスティナを除く四名のガルミッシュ皇族が参列者達を見据えながら正面を向いた。
こうして祝宴の場に、ガルミッシュ帝国の皇族が全て出揃う。
ただ最前列の皇座には立っていないアルトリアだったが、外部の招待客として遠巻きながらも、パールと共に同じ皇族達の様子を静かに見据えていた。
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