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革命編 四章:意思を継ぐ者
祝宴の餌
しおりを挟む帝城で行われる新年の祝宴に参加したアルトリアは、そこで懐かしき人物と出会う。
それは凡そ二年程前にアルトリアが帝都を脱出した際に寄った大樹海で出会い友となった、女勇士パールだった。
しかし再会したパールは原住民のような装いとは全く異なる装束を身に纏い、身綺麗な化粧と長くなった髪を整えた状態で祝宴の中に居る。
その姿と記憶にあるパールの状況が重ならないアルトリアは困惑を浮かべ、思わず尋ねていた。
「ど、どうして……樹海で暮らして居た貴方が、祝宴に……?」
「皇后という人に呼ばれて来た」
「皇后って……えっ、どういうこと?」
「それより、お前もその姿はどうしたんだ? 別人みたいになって」
「えっ、えっと……。ちょ、ちょっとこっちに来て」
「あ、ああ?」
今の偽装を不思議そうに尋ねるパールの様子に、アルトリアは渋い表情を浮かべる。
そしてパールの右腕を引きながら、アルトリアは自席付近まで戻るように歩き始めた。
偽装系の魔法で髪色や顔の造形を僅かに偽装しているアルトリアだったが、それを一目で自分だと認識したパールに困惑と動揺を浮かべる。
二年ぶりに再会し互いに成長した姿にも関わらず見破られた事を不思議に思いながらも、アルトリアは用意されている席の一つにパールを座らせながら、机越しに向かい合う形で改めて顔を合わせた。
そうして座らされたパールは首を傾げながら、パールに尋ねる。
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
「ちょっと事情があってね。私が変装している事は、黙っててくれない?」
「そうなのか? まぁ、別にいいぞ」
「ありがとう。……それより、パールよね? 本当に、あの樹海で会った……?」
「ああ。……そういえば、私を覚えているのか?」
「えっ」
「記憶を失っているという話を、ガゼルから聞いた。だから、私の事も覚えていないだろうと思っていたんだが」
「ガゼルって、ガゼル子爵家?」
「ああ。ガゼルは、樹海の部族と盟友関係になっている」
「盟友って……。……私が樹海を去ってから、貴方達に何があったの……?」
「ああ、そうか。お前とエリオが去ってから、色々あったんだが――……」
久方振りに再会したパールは、アリアとエリクが樹海を去った後に起きた出来事を伝える。
二人が樹海を去った後、パールを含む樹海の部族達は外敵に備える為に更なる修練を積んでいた。
しかしある男が樹海に訪れた後、樹海に無い概念や技術を提供し、未開人の部族達に知識と知恵を与え続ける。
その結果としてガルミッシュ帝国の皇帝ゴルディオスと樹海の安全と侵略行為の防止を旨とする盟約を結ぶに至り、その橋渡し役としてガゼル子爵家との交流を持つようになった。
そして次期大族長候補となったパールは何故か皇后クレアに気に入られ、ガゼル子爵家を通じて今回の祝宴に参加するに至る。
この場に居る理由と樹海の状況を極端ながらも簡素に伝えたパールの話を聞き、アルトリアは困惑を強めながらも一定の納得を示しながら溜息を零した。
「――……はぁ、なるほどね。子爵家ではなく、帝国と盟約を結んで樹海の状況を守ってるわけね……」
「ああ」
「それにしても、樹海を出ないって言ってた貴方と、こんな場所で会うなんてね。……なんで偽装の私を、私だと認識できたの?」
「……何となく、かな?」
「何となくって……野生の勘ってこと?」
「そういうモノかもしれない。よく見たら、お前だと気付けた」
「……なるほど。魔法の見破りとは違う、何かしらの見分け方があるのね。そういうのも注意しないと……」
「その姿も、神の業で変えているのか?」
「ええ。実際に髪を染めているわけでも、整形してるわけでもないから。安心して」
「そうか。お前は相変わらず、凄いな」
変わらぬ様子で話すアルトリアの様子を見ていたパールは、安堵の微笑みを向ける。
それを聞いていたアルトリアも微笑みを浮かべたが、僅かに表情を淀ませながら視線を逸らした。
そんなアルトリアに気付いたパールは、不思議そうに尋ねる。
「どうしたんだ?」
「……さっき、私の記憶が無いって話をしてたわよね?」
「ああ、そうだ。その様子だと、ちゃんと思い出しているんだな?」
「……厳密には、ちょっと違うわ」
「違う?」
「私が思い出したんじゃない。……私という記憶を、与えられたのよ」
「与えられた……?」
「自分で思い出した記憶ではないの。……だから、貴方の記憶も自分で思い出したわけじゃないわ」
「……よく分からないが、それに違いがあるのか?」
「ええ。……貴方と樹海で過ごした半年程の記憶はある。でも、私はその『記憶』を通して、貴方達の事を知っているだけ」
「……?」
「私は、私が知らない『記憶』を与えられて、貴方達の事を知っているように振る舞っているだけ。……だから私は、貴方の知ってる『アリス』と厳密には違うのよ」
アルトリアは僅かに寂しさを宿した笑みを浮かべ、自分自身が陥っている状況をパールに伝える。
それは過去の自分が友だと思っていたパールに対して、僅かながらも贖罪を抱くアルトリア自身の本音を見せた時でもあった。
しかしそれを聞いていたパールは、首を傾げながら腕を組んで尋ね返す。
「やっぱり、違いが分からない。アリスはアリスなんだろう? だったら別に、与えられた記憶でも思い出してるなら良いことではないのか?」
「……そうね。他の人から見ると、そう思えるのかもね」
「?」
「今の私は、『過去の私』を通して自分の記憶を見てる。……だからなのかな。私は私の記憶を見ても、その時の感情と今の感情が、一致しない事が多いの」
「感情が、一致しない……?」
「まるで自分自身の記憶を、他人の視点で鑑賞させられてるような感じ。……言ってしまえば、私が私自身の記憶を他人事のように見てしまっているの」
「……」
「だからごめんなさい、パール。……今の私は、貴方が出会った私とは、やっぱり違うのよ」
寂しげな微笑みを浮かべて謝るアルトリアに対して、パールは不可解な表情を浮かべながら首を傾げる。
そして数秒ほど考える様子を見せた後、パールは自分自身で考え至った結論を伝えた。
「……よく分からないが、お前はアリスであってアリスではない。そういう話でいいんだな?」
「ええ」
「でも、私の事は知ってる。私と一緒に樹海で暮らして居た時の事も」
「ええ、そうね」
「だったら、私は別に気にしない。私にとって、今も昔もお前はアリスだ」
「!」
「本当の名前が違っても、記憶を与えられただけでも、お前がアリスなら私はそれでいい。それ以上のお前を、望むつもりはない」
「……」
「それに私は、難しく考えるのが苦手だ。アリスが自分じゃないと言われても、よく分からない。……それでいいんじゃないか?」
「……貴方がそれでいいなら、そういう事にしておくわ」
「ああ、それでいい」
アルトリアは自分自身の状況を素直に伝えたが、パールは難しく考える事を止めて目の前に居るアルトリアを自分の知る『アリス』だと述べる。
それを聞いて呆れた表情を浮かべるアルトリアだったが、パール自身が納得して微笑む状況を諦めながら、困った笑顔を見せて応じた。
二人はそうした微笑みを向け合った後、パールは改めて尋ねる。
「それで、なんでそんな姿をして祝宴に?」
「……貴方は、私がこの帝国の皇族だって事は知ってる?」
「ああ。樹海で言うところの、大族長の家族みたいなものだろう?」
「まぁ、そういうことね。そういう立場だから、こういう場所に出て来ると周りが擦り寄ってくるのよ。そういうのが嫌だから、こんな変装をしてるってわけ」
「そうか。確かにお前は、そういうのが嫌いそうだ」
「それに、ちょっと調べたい事があってね」
「調べたいこと?」
「……まぁ、貴方になら言ってもいいのかしら。この状況だと無関係だろうし」
「?」
アルトリアは少し考えた後、目の前に居るパールが探っている状況とは無関係な人物である事を察する。
それを聞きながら首を傾げるパールに対して、アルトリアは周囲に人が寄っていない事を確認した後、探っている情報に関わる事を話し始めた。
「……パール。貴方、帝国の隣国について何か知ってる?」
「国の名前くらいなら。確か、オラなんとか言う……」
「オラクル共和王国ね。――……今の帝国には、その共和王国に協力してる奴がいる。しかも帝国上層部の中にね」
「!」
「多分、ずっと前から……二年前に起きた反乱の時より前に潜り込ませてる協力者よ。……私はその協力者が誰かを、この祝宴で探り出そうとしてるの」
「一人で探しているのか? こんなに人が集まっている場所で」
「こっちの協力者もいるわ。ある二人を囮にして、協力者を見つけ出すつもりよ」
「囮……?」
「共和王国の協力者は、こちらの協力者の事を知ってる。――……あの二人をこの会場の中で放置させておけば、必ず接触して来ようとするはずよ」
「……獲物を誘き寄せる餌にしているのか?」
「ええ。それに食い付くのが帝国上層部の人間だったら、限りなく黒に近い灰色。……そいつは二人の奴隷契約を解除して、また私の誘拐を実行させようとするはずよ」
「誘拐……。お前をそのオラクルとかいう国に、連れ去るということか?」
「そうね」
「お前が連れ去られるなら、危険じゃないのか?」
「危険よ。でもやられっぱなしなのも、私は嫌いなの」
「!」
「敵国に尻尾を振ってるような奴が、帝国に居続けて裏でコソコソしてるのも気に食わない。――……この機会に、一気に炙り出してやるわ。帝国の裏切り者をね」
アルトリアは微笑みを強めながらそう述べ、祝宴の中で実行している自分自身の計画を話す。
それを聞いたパールは驚きを浮かべながらも、それが企む時の父親と似た笑顔だった為に、改めて二人が親子なのだと感じながら納得を浮かべた。
こうしてパールと再会したアルトリアは、この祝宴に撒いた餌に喰いつく獲物を待っている事を伝える。
それは自分自身を狙い続ける強敵に対する、反抗を告げる作戦でもあった。
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