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革命編 四章:意思を継ぐ者
出席の準備
しおりを挟む互いに本音を伝えたユグナリスとアルトリアの十年間の関係に、僅かな緩和が見える。
その事がきっかけとなり、新年を迎える祝宴の出席を強く拒絶していたアルトリアは、その日に出席する事を決めて伝えた。
屋敷に務める男性家令が帝城に訪れ、その事を帝国宰相である兄セルジアスにも伝える。
始めこそセルジアスは気が変わったアルトリアの出席に驚いたが、付け加えられていた出席の条件を聞いて驚きを引かせながら納得を浮かべた。
「――……出席はする。しかしアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンとしてではなく、変装した姿で……か」
「はい。その為、宰相閣下にはそれに応じた招待の書状を用意して頂きたいと……」
「なるほど。……了解したと、アルトリアに伝えておいてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。しかしそうなると、アルトリアの装束は――……」
「それも、御自分で御用意するという話を伺っております」
「そうかい。ならアルトリアを含めない三人……いや、四人の礼服を準備しなければね」
「四人、ですか?」
「赤ん坊とはいえ、皇族が肌着で人前に出るのはね」
「ああ、なるほど。承りました」
家令はセルジアスの言葉に応じ、礼を述べながら宰相室から出ていく。
そして政務に戻ろうとするセルジアスは僅かに筆を止め、小さな溜息を吐きながら呟いた。
「……出席はする。でも二人の関係を認める姿を晒すのは嫌だ、という意思表示かな。……アルトリアらしい」
出席する際の変装にそうした意思表示が在る事を悟るセルジアスは、苦笑を浮かべた後に止めていた筆を動かし始める。
そしてある程度の政務を終えた後に、変装して出席するアルトリアの為に偽の書状を作成した。
こうして時が流れ、二日後には真円の祝宴が行われる日付となる。
セルジアスが用意した通り、出席する事になっているユグナリスとリエスティア、そして二人の娘であるシエスティナの礼服が用意され、三人は着心地を確認しながら侍女達による微調整が行われていた。
一方でログウェルにも帝国の伯爵騎士に見合う礼服が用意され、同じように着心地の確認が行われる。
そして最後の出席者であるアルトリアも自分で装束を用意しており、これは他の三人に比べて非常に地味な茶色に染められた色合いをしていた。
装束を広げ置いた机を見下ろすアルトリアは、右手に嵌めた魔法陣の刺繍が施されている手袋を装着する。
その状態で魔法を行使し、金色に染まった髪を茶色に偽装した。
それを傍で見ていた奴隷のクビアは、感心した様子で感想を伝える。
「――……へぇ、凄い偽装の技量ねぇ。本当に染めてるように見えちゃうわぁ」
「当たり前よ。よっぽど高い技量の魔法師でもいなければ、私の偽装は見破れる奴はいないわ」
「その自信も凄いわねぇ。……ところでぇ、なんで私達を呼んだのぉ?」
自信を見せるアルトリアに対して、クビアは疑問を伝えながら横に視線を向ける。
そこには同じ奴隷であるエアハルトが立っており、厳かな表情を浮かべながら視線を逸らしていた。
そんな二人を自室に呼んだアルトリアは、偽装したままの髪色の姿で用件を伝える。
「アンタ達も出るのよ」
「……何にぃ?」
「祝宴に」
「……何?」
「……えぇ?」
クビアとエアハルトは互いに疑問の表情を浮かべ、アルトリアに視線を集める。
その視線に気付いたアルトリアは、然も当然のように言葉を続けた。
「アンタ達の服はこっちで既に用意してるから、安心しなさい」
「そうじゃなくてぇ、なんで私達もぉ?」
「祝宴の出席者は、二人の従者を付ける事が出来るの。私は出席者だから、その従者も必要ってわけ。家族で出席するという形だと、一人に付き従者を更に一人ずつ増やしてもいいけどね」
「そんなのぉ、貴方のお兄さんに用意して貰えばいいじゃなぁい」
「ローゼン公爵家の付人が私の傍に立ってたら、私の素性がバレバレじゃないのよ。何の為に変装すると思ってるの?」
「そうだけどぉ、だからって奴隷の私達を連れてくぅ? というかぁ、奴隷を従者に指名していいのぉ?」
「本来は駄目よ。でも私は特例ってことで、アンタ達を連れて行く許可を貰ってるわ」
「えぇ……。私ぃ、人に見られるの嫌なのよねぇ。この耳と尻尾だしぃ」
「裸で寝てる奴が、何を言ってるんだか」
「寝室では人に見られないものぉ」
そうした話を行っているアルトリアとクビアに対して、それを睨み見るエアハルトは口元を引き締める。
それに気付いたアルトリアは視線を横に向け、エアハルトに対しても確認した。
「なに、何か不満?」
「……当たり前だ。何故、俺が人間共の開く祝宴に出なければならない?」
「だから言ってるでしょ。私の従者として出るのよ。アンタも」
「断る」
「これが命令だとしても?」
「!」
「言っておくけど、奴隷のアンタ達に拒否権は無いわ。これは奴隷として受ける御主人様の命令。その命令に背くようだと、奴隷紋を通じてアンタ達に違反の苦痛が飛ぶわよ」
「……フンッ」
エアハルトは奴隷として命令を受ける立場である事を思い出し、表情を険しくさせながら視線を逸らして鼻息を吐き出す。
それを聞いていたクビアも僅かに眉を顰め、改めてアルトリアに問い掛けた。
「御主人様ぁ、質問してもいいかしらぁ?」
「いいわよ。なに?」
「そもそもぉ、私達の御主人様が貴方だって事は知られてるはずじゃなぁい? そんな私達を連れて行ったらぁ、それこそ貴方の正体がバレバレじゃないのぉ? それにぃ、魔人の私達が行ったらぁ、祝宴が台無しになっちゃわなぁい?」
「そうかもね。だからアンタ達には、ある程度の変装をしてもらう必要があるわ」
「変装ねぇ」
「アンタの耳と尻尾も、肉体を変質させて隠せるんでしょ?」
「出来るけどぉ、隠してるとムズムズするのよねぇ」
「祝宴の間だけ我慢しなさい。エアハルトは獣化さえしなければ人間と見た目は変わらないし、問題は無いわね」
「……チッ」
「で、こっちに私が用意したアンタ達の服があるわ。私が調整するから、着心地を確認しなさい」
「服ってぇ、採寸もしてないのにぃ?」
「アンタ達の身体なんて、ここ毎日ずっと見てるのよ。採寸しなくても、凡そは見るだけで分かるわ」
「……ほんとぉ、この御嬢様って凄いわねぇ」
アルトリアはそう述べ、衣類棚の前に立ちながらその扉を開く。
そして中に収めていた服を取り出すと、クビアとエアハルトは怪訝そうな表情を浮かべながら疑問を口から零した。
「……えぇ、これを私が着るのぉ?」
「そうよ」
「これ、逆じゃなぁい? 貴方がこっちじゃないのぉ?」
「アンタがそっち。私がこっち。で、それがエアハルトの服ね」
「……何故、俺がこんな服を……」
「別にいいじゃない。アンタ、着る服に拘りがあるわけじゃないでしょ? 御洒落に凝るようなタイプには見えないし。あと、ボサボサの髪も切るわよ。当日は眼鏡も付けなさい」
「……ッ」
「というわけで、アンタ達はこの服を着て出席よ。これは主人からの命令。いいわね?」
「うーん。命令なら、しょうがないわねぇ」
「……チッ」
クビアとエアハルトは納得し難い表情を浮かべながらも、アルトリアの命令に反対する様子を見せない。
それに一定の満足を得るアルトリアは、二人に服を渡して各部の調整を行い始めた。
こうして帝都にいる人々は、新年を迎える日の為に準備を行う。
『閃光事件』から気の休まる日が訪れなかった帝国の人々は、一時の祝い事ながらも休まる日を望み、誰もが表情を明るくさせながら祭りの準備を進めていた。
そして二日後、新年を迎える祝宴が帝城にて行われる、
その祝宴は後の帝国史において、人々に最も忘れられない日となった。
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