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革命編 四章:意思を継ぐ者

実らぬ努力に

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 ガルミッシュ帝国の帝都で行われる新年の祝宴場パーティーにおいて、帝国宰相セルジアスは一計を案ずる。

 それは皇子ユグナリスとリエスティア姫も祝宴の場に出席させ皇帝ゴルディオスに二人の関係を認めさせ、、更に生まれた娘シエスティナを正式にガルミッシュ皇族として迎えること。
 この方法が用いられれば、リエスティアの身柄を帝国内に留める安全性が飛躍的に増すという。

 しかしその策を盤石にする為には、もう一人の人物が祝宴に出席する必要があった。

 それはユグナリスの元婚約者であり、ガルミッシュ皇族の一人として皇位を継承する可能性があるアルトリア。
 アルトリアは祝宴の場に出席し、ユグナリスと和解した様子を周囲に見せ、更に幼少時の友人であるリエスティアとの関係を認める様子を公の場で明かすという役目が必要だとセルジアスは伝える。

 しかしセルジアスからこの策を聞いた瞬間、アルトリアは嫌悪と憤怒をあらわにしながら祝宴の出席を拒絶してしまう。
 それからは屋敷の敷地内にある魔符術の研究と実験に用いている離れの建物に移り、鍵を掛けて翌日まで姿を見せる事が無かった。

 アルトリアに承諾を貰えなかったセルジアスは、次に説得が必要なリエスティアを尋ねる。
 その場にはユグナリスが付き添いながら、親子三人での出席をセルジアスは申し込んだ。

「――……以上が、私と皇帝陛下が考えた策です」

「……」

貴方リエスティアを帝国内の安全な環境で御留めする為には、新年の祝宴パーティーを利用して貴方達三人の存在と関係性を公の場で認める事が、今は最善の策かと思われます。……いかがでしょうか?」

 セルジアスはユグナリスにも伝えた策をリエスティアにも明かし、祝宴の場に招く事を伝える。
 それを聞いていたリエスティアは僅かに不安の顔色を見せたが、彼女の左手に隣に座るユグナリスの右手が重なるように触れた。

「……ユグナリス様」

「無理をして出なくてもいいんだよ。俺にとって、今は君の体の方がずっと大事だから」

「……いえ。私も、祝宴パーティーに出席させて頂きます」

「ティア……」

「私だけではなく、ユグナリス様の御立場も改善されるのなら。そして、シエナの身を安泰となるのなら。私は、出席したいです」

「……分かった。でも、無理はしないように。体調が悪くなったら、すぐに言うんだよ」

「はい」

 リエスティアはセルジアスが述べた策に乗り、祝宴の場に出席する事を決める。
 そして承諾を受けたセルジアスは僅かに安堵の息を漏らしたが、二人の近くに居る揺り籠に目を向けながら別の承諾も尋ねた。

「ではシエスティナ嬢を連れて行く事にも、御両親の承諾を頂けますか?」

「はい」

「承諾します」

「分かりました。三人の周辺警備については、私の方で準備を行わせて頂きます。また護衛の選抜は、ローゼン公爵家の人員から――……」

「――……その必要は、ありませんねぇ」

「!」

 セルジアスが三人の警備と警護について伝えようとすると、それを遮る声が扉側から聞こえる。
 それを聞きセルジアスは後ろを振り向くと、そこに立っていたのは執事服を身に纏った悪魔ヴェルフェゴールだった。

 いつもはリエスティアの居る部屋周辺で置物のように立つだけのヴェルフェゴールだったが、この時に初めてセルジアスに声を向ける。
 その事自体も動揺に値するが、放たれた言葉自体も看過できないセルジアスは敢えて尋ねた。

「……警備や護衛の必要は無いと、そうおっしゃいましたか? ヴェルフェゴール殿」

「はい」

「理由を御伺いしても?」

「単純に、邪魔だからです」

「!!」

「せっかくの主菜メインディッシュ小蠅こばえたかっていては、興覚めもはなはだしいですから」

「……メインディッシュ?」

「人間の感覚で言えば、そういう例えになりますねぇ。……貴方も、綺麗で美しい料理に蠅がたかっているのを見ると、食欲を失うでしょう?」

「……貴方にとって、この三人は食事だと言っているように聞こえますが?」

「いいえ。私はただ、美しく料理を見ていたいだけですよ。それに、私が食す料理は既に決まっていますので」

「……ッ」

 ヴェルフェゴールは微笑みながらそう述べ、自身の価値観から警備と護衛の人員を拒否する。
 しかしセルジアスは相手が悪魔であっても臆する様子を見せず、帝国宰相の立場からこう述べた。

「私は帝国宰相として、この三人の命を預かる身です。それを疎かにするような事は、承服できませんね」

「護衛ならば、私共だけで問題ありません」

「私共というのは、貴方と……そちらの侍女殿だけですか?」

「はい」

「もしもの事態が起きた際、御二人だけで三人を守れると?」

「いいえ。私共が守るのは、一人の方だけです」

「一人? ……それは、リエスティア姫だけという事ですか?」

「はい。それが御主人様マスターの命令です」

「ならば尚の事、護衛は必要になるようですね。皇子ユグナリス子供シエスティナを守る意思が無い貴方達だけに、護衛を任せてはおけない」

「では、こちらから護衛をする者を指定しても問題はありませんか?」

「!」

 唐突にそうした提案を伝えるヴェルフェゴールの意図に、セルジアスは僅かに困惑しながらもそれを表情の裏側に隠す。
 そしてヴェルフェゴールは微笑みを見せながら、その護衛となる人物を指定した。

「ログウェル=バリス=フォン=ガリウス殿。彼を護衛に指名しましょう」

「!!」

「私共だけに任せられないのでしたら、彼を護衛に付ければいい。その方が、貴方達も安心ではありませんか?」

「……貴方は、何を企んでおられる?」

「企むとは?」

「自ら強敵てきを傍に置くように求めるのは、何かしらの意図があるとしか思えませんね」

「ですから、先程から申し上げていますよ? ――……私は、美しい料理たましい小蠅こばえたかるのを見るのが不快なのです」

「!」

「あの方も、実に素晴らしい魂を御持ちだ。流石は七大聖人セブンスワンに選ばれるだけの事はある。……あの方であれば、料理を飾る花として相応しいでしょう」

「……分かりました。では、ログウェル殿にも出席と護衛を御願いするとしましょう」

「ありがとうございます」

 悪魔であるヴェルフェゴールが持つ価値観を理解できないセルジアスだったが、それでもログウェルを三人の護衛に付けるという提案自体は最も望ましい形である事を考え、それに同意する。
 そして大仰に礼を向けるヴェルフェゴールの様子を怪訝に思うセルジアスは、改めてユグナリス達に向き合いながら伝えた。

「……こうした話となりましたので、ログウェル殿にも出席を御願いし、貴方達の護衛を依頼することになります。御二人も、それで宜しいですか?」
  
「はい。ログウェルなら、確かに護衛としては安心できますから」

「私も、ログウェル様の護衛に異論はありません」

「分かりました。ではこの後、ログウェル殿にも御伺いします。ユグナリス、ログウェル殿は?」

「中庭の方で、エアハルト殿の訓練を見ているはずです」

「エアハルト……ああ、あの奴隷にした魔人の」

「はい。今はエアハルト殿も、俺と一緒にログウェルから訓練を受けています」

「……それは承諾しているけれど、くれぐれも彼には注意するように。いいね?」

「はい」

 セルジアスは奴隷にした魔人達への注意を促した後、小さな溜息を零す。
 その息が吐かれる音に気付いたのか、リエスティアは瞼を閉じながらもセルジアスに尋ねた。

「あの、どうされたのですか?」

「え?」

「その、部屋に来てから公爵閣下とユグナリス様の声が、いつもより少し気落ちされているように聞こえて……」

「……声だけで、分かりますか?」

「なんとなく、ですが」

「そうですか。……実はもう一人、この策を確実に成功させる為のに必要な人物を招待する必要がありまして」

「もう一人……?」

「貴方の主治医であり、私の妹。アルトリアです」

「!」

「妹はユグナリスとは元婚約関係にあった事は、御存知ですか?」

「はい」

「この二人は婚約関係を結んだ幼少時から仲が悪く、少し前にアルトリアが暴発して婚約破棄という形に至りました。その影響でユグナリスとアルトリアが不仲である事が、帝国貴族の中では広まってしまっているんです」

「それは……つまり、アルトリア様の出席が必要になるというのは、ユグナリス様と和解して頂き、私の関係を御認めになる姿を見せる為に?」

「その通りです。……皇后様が言われる通り、実に聡明な方だ」

「いえ、そんな……。……では、二人が気落ちしておられた理由というのは……」

「御察しの通りです。先程、アルトリアに出席を拒否されてしまいました」

「……それは、そうなってしまうかもしれません」

「ええ。……アルトリアの性格を考えれば、例え演技で行うとしても拒否するのは仕方ありません。なので、皇帝陛下が認めるだけでどうにか――……」

「それは、少し違うと思います」

「え?」

 妹であるアルトリアが出席を拒んだ理由が、ユグナリスとの仲違いを原因とした強情な性格が災いしている事を伝える。
 しかしそれを否定したリエスティアの言葉に、セルジアスは驚きを浮かべながら続く話を聞いた。

「元婚約者であるアルトリア様が、今の婚約者である私とユグナリス様の関係を御認めになるというのは、女性の立場から言っても深く傷付くことだと思います」

「えっ」

「えっ」

 リエスティアがそうした言葉を見せた瞬間、今までのアルトリアを知るセルジアスとユグナリスの表情が思わず驚きの声を漏らす。
 そんな二人を他所に、リエスティアはこうした話を続けた。

「アルトリア様とユグナリス様は、確かに仲が悪いと思います。……でもアルトリア様は、幼い頃からユグナリス様の婚約者の立場を務めていらっしゃる方でした」

「……え、ええ。それはそうですが……」

「アルトリア様は、とても御優しく私より聡明は方です。きっとユグナリス様と婚約が決まった際、アルトリア様なりに覚悟をされていたのだと思います。……将来、ユグナリス様の妻となる覚悟を」

「!」

「だから婚約者の立場から、ユグナリス様がおこなっていた様々な事柄にも意見を口にしていたのだと思います。……それがユグナリス様の婚約者として、必要な立ち回りだと御考えになっていたはずです」

「リ、リエスティア……? いったい、何の話を……」

 リエスティアの話を理解できないユグナリスは、思わず止めるように口を挟む。
 しかし瞼を閉じながらも真剣な様子を見せるリエスティアに気付き、愛する者から呼ばれる声に初めて気後れした。

「ユグナリス様」

「は、はい」

「アルトリア様がユグナリス様と婚約関係となった際、貴方が相手アルトリアを愛そうとしていたように、相手アルトリアも貴方を愛そうとしていたのではありませんか?」

「……えっ!? いや、それは絶対に無いよっ!! アルトリアは、いつも俺を馬鹿にして――……」

「私も、ユグナリス様の婚約者候補という形で帝国に訪れました。そしてユグナリス様の悪い部分も良い部分も受けれて、貴方を信じて好きであり続ける事を決意しました。……でもアルトリア様は、ユグナリス様の悪い部分を好きになれなくて、それに苦しんでいたのではないでしょうか。それで、貴方の前から逃げ出してしまったのではないかと、そう思います」

「……!?」

「だからアルトリア様は、今でもユグナリス様を避けているように感じます。……そうした御役目を必要とする席を拒まれた理由も、今もそうした事柄に蟠《わだかま》りを残したままだからだと、私は考えます」

「……!!」

 女性であるリエスティアはこのような話を行い、男性である二人を明らかに困惑させる。

 セルジアスとユグナリスにとって、アルトリアという少女は常に高飛車で威圧的な天才だった。
 時には身内にすら反抗し、他者よりも自身が優秀である事を隠さず、また様々な問題を引き起こす姿は、成人の歳を越えた今でもも変わった様子は見えない。

 しかしそうした表面を見せる中で、その裏側ではアルトリアは常人では追い付けない速度で努力を重ね続けていた。
 通常の基礎勉学は勿論、魔法学を基本とした魔科学と魔導学、更に医学と医術を習い医師免許も習得し、独自に築き上げた魔法理論を駆使して新たな魔法技術の開拓と開発を行い、問題とする行動をくつがえすだけの功績と貢献をガルミッシュ帝国に残している。
 その積み重ねはアルトリアが生まれ持った才能だけではなく、十年に渡る並々ならぬ努力が必要となっていた。

 しかしそうした努力を知らぬ者達にとって、アルトリアの実績は全て恵まれた生まれと才能によってもたらされていると考える者も多い。
 更に幼い頃から重ねていたアルトリアの努力には、誰にも明かされていない多くの失敗も存在していた。

 それがまさに、帝国皇子ユグナリスとの婚約関係。

 五才の頃から婚約を結んだアルトリアは、その立場を受け入れ他の事と同じように努力を重ねる。
 しかし十年に渡り婚約相手ユグナリスと衝突を重ね、そこで積もった不満と怒りが自らの許容を越えた為に、その婚約関係をアルトリア自身が破談させて終わらせたのだ。

 そこまでの過程で、アルトリアが最も努力するのに苦慮した出来事は何なのか。
 それは婚約者として相手ユグナリスを愛するという、最も単純でありながら、最も難しい努力を十年に渡り重ねていた事を、リエスティア以外の誰もが失念していたのだった。
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