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革命編 四章:意思を継ぐ者
孤独の苛立ち
しおりを挟む新年の催事を控えているガルミッシュ帝国は、ミネルヴァの起こした閃光事件の事後処理と共に危険を孕んだオラクル共和王国の王ウォーリスの来訪に備える。
その為の準備をほとんど執り行う帝国宰相セルジアス=ライン=フォン=ローゼンは、多忙な日々を一ヶ月以上に渡り継続していた。
そんな折に、執務を行っていた宰相室に珍しい人物が来訪する。
それはガゼル子爵領の大樹海に住み暮らす、センチネル部族の女勇士パールだった。
しかしパールの来訪を知らなかったのか、セルジアスは微笑みを浮かべて迎えながらも問い掛ける。
「……パール殿。皇后様の客人という事ですが、どうのようにして帝都へ?」
「馬車で」
「いや、そういう話ではなくて」
「ガゼルが来た。前に会った皇后が、帝都で祝宴があるから招待したいという書状を持って、迎えに来たんだ」
「ああ、そうですか。……皇后様には、後で個人的な招待でも私を通して頂くように御願いしなくてはいけませんね」
セルジアスは小さく顔を横に振りながら、新年の祝宴会にパールが招待されていた事を初めて知る。
来客者の招待と出席者の確認も行っていたセルジアスだったが、皇后クレアが直接ガゼル子爵家に招待状を送り、パールを個人的に招いたようだ。
そうした出来事に小言を漏らすセルジアスは、改めてパールの姿を見る。
パールが身に付けているのは帝国貴族の女性が着るような装束ではなく、男性騎士達が着るような礼服姿でセルジアスの前に訪れていた。
本来ならば女性が男性用の礼服を着るのは不自然だったが、茶黒い髪を後ろに纏めて体格も恵まれているパールは自然に着こなしている。
そんなパールの姿を見ながら、セルジアスは再び微笑みながら伝える。
「……不思議と、騎士の礼服でも似合いますね。貴方だと」
「そうか?」
「ええ。……まさか、 祝宴会もその服で?」
「私はそれでもいいが、皇后が前のような装束を選んで用意すると言っていた」
「そうですか。しかし、皇后様が直々に御用意されるとは。よほど気に入られているようですね。貴方は」
「そうなのか?」
「ええ。皇后様は他の貴族令嬢達にも、そうした特別な対応はしません。身分こそ伴いますが、それでも対する人々へ対等に接する方です。特別に気に掛ける人物と言えば、自身の息子とその婚約者候補くらいでしたから」
「別に、私は気に入られるような事をしたつもりは無いが」
「それが逆に、皇后様に気に入られた理由かもしれません」
「?」
「皇后様の周囲にも、また様々な人々が訪れます。皇帝陛下や皇子に取り入る為に媚びへつらい、ルクソード皇族の本家血筋である皇后様を懐柔しようと様々な品物を送り興味を引こうとする者もいる。そんな人々を相手にし続けるのは、流石に疲れますから」
「……よく分からないが、皇后に物を贈っていないから気に入られたということか?」
「簡単に言えば、そうかもしれません。それに貴方は、他の方々に比べれば純粋なようですから」
「じゅんすい?」
「嘘を吐けない人間と接するのは、楽だという話ですよ」
「……それは、褒めているのか? それとも馬鹿にしているのか?」
「この場合は、褒めていると考えて頂いて構いません」
セルジアスはそうした話を行いながらも、視線を落として筆を進めながら政務を行い続ける。
そうした様子を扉近くで見ていたパールだったが、眉を顰めながらセルジアスの近くまで歩き進んだ。
机を挟む形でパールはセルジアスに向かい合うと、唐突にこうした話題を向けて来る。
「皇后から聞いた。お前は今、とても忙しいから会えないだろうと」
「ええ、忙しいですね」
「こんな夜にも仕事をしているのか?」
「そうしなければ、間に合わない仕事もありますから」
「明日では出来ないのか?」
「今日中に終わらせれば、明日には各々の仕事の進行も淀みが無くなりますし、少し余裕が出来ます」
「明日、誰かを楽に出来るようにこんな夜にも仕事をしているのか?」
「端的に言えば、そうですね」
こうした話を行うセルジアスの様子に、パールは怪訝な表情を浮かべる。
そして自分の価値観から、パールは今のセルジアスの様子をこう評した。
「……やはり、私には分からないな」
「?」
「お前は、皇帝という地位の次に帝国で偉いのだろう。何故そんなお前が、誰よりも働く必要がある?」
「……」
「樹海では、勇士達が狩りを行う。族長は狩りをする勇士を率いるが、獲物を追い込み仕留めるのは勇士達に任せてる。族長が動く時は、勇士達でも手に負えない獲物が居た時だけだ」
「……そうなのですか」
「お前はこの帝国で偉いはずなのに、寝るような時間にたった一人で働いている。他の者達に仕事を任せずに、たった一人で」
「……」
「この帝国の事を、私はまだ詳しく知らない。お前のように偉い者は、この帝国ではこういう仕事をしなければいけないのか?」
パールの純粋な疑問に対して、セルジアスは今まで止めなかった筆を止める。
そして紙面に向かい合っていた顔を上げ、椅子の背もたれに体重を預けながらパールの顔を見て話し始めた。
「……いいえ。本来ならば、部下達に任せて仕事を行います。宰相として行うべき仕事は、そうした仕事をした者達が受け渡す情報確認と、それに関する可否の判断だけです。また緊急時には指示こそしますが、実際に動いてもらうのは下に付く者達になります」
「なら、どうしてお前はそれ以外の仕事もしている?」
「……私は昔から、こういう性格なんですよ」
「性格……?」
「私はどうも、『人に任せる』という事が苦手なんです。だから自分の手が届く範囲の出来事は、自分で行うようにしています」
「なんでだ?」
「そういう教育を受けていた、と言えばいいんでしょうか」
「クラウスにか?」
「ええ。……父上は私を教育する上で、父上が持つ技術を全て叩き込みました。そうした時には厳しく辛い時期もありましたが、そのおかげで大抵の事には私だけでも対応できるようになった」
「……」
「しかし、いざ仕事を任され人を使う立場になった際。……私は自分よりも遅く判断の甘い仕事を行う人々に対して、奇妙な苛立ちを抱えている事を自覚したんです」
「苛立ち……」
「私は、私自身の事を上位者であると思い驕ったつもりはありません。何せ私の周囲には、父上や母上、そして妹という越えられない存在がいましたから。……しかしそうした驕りとは別に、私には苦労せずに出来る物事を上手く行えない人々と接するのが、苦に思うようになったんです」
「……」
「そうして自覚した苦を晴らす為に、私は他の者達が行うべき仕事も手に取っています。その方が仕事も早く進みますし、自分が苛立ちを起こす事も無い。……だから私は、『人に任せる』のが苦手なんですよ。宰相という立場にも関わらずね」
セルジアスは微笑みを浮かべながらも、少し寂し気な声色でそうした話を伝える。
優秀な父親と母親、そして異質な妹を家族に持つセルジアスは、常に自分を上回る才能というモノを目にして来た。
そうした環境で育つ中で、セルジアスもまた他の家族に見劣りしながらも優秀と呼べる能力を身に付ける。
しかし自分を上回る存在を身近に見ていたからか、セルジアスから見れば他の者達が行う営みが酷く生温い光景に見えてしまう。
そして実際に自分がそうした仕事を行えば、他の者達よりも早く長く行う事が出来てしまった。
セルジアスもまた、ローゼン一家の中で常人よりも遥かに優れた能力を身に付けている。
他の者達が自分より見劣りする能力である事を自覚した時、セルジアスは一種の苦悩にも似た苛立ちに悩まされていた。
だからこそ悩む苛立ちを解消する為に、物事を一人で進めておく。
他の者達が自分を苛立たせるような行動をしないようにすることが、セルジアスに掛かる苛立ちを解消させる手段になっていた。
自身の苛立ちを解消する為に一人で仕事を行うセルジアスの言葉だったが、向かい合うパールは少し考える。
そして小さく頷きながら、こんな言葉を口にした。
「……なるほど。そういう話なら、よく分かる」
「えっ」
「私も、男の勇士達より強い。族長だった父よりも強くなった。だから狩りは一人でした方が早く終わったし、一人でも獲物を誰より多く獲れた」
「……」
「他の者達が狩るのを待っていて、苛立った事もある。あまりに遅くて私が仕留めたら、他の勇士が育たないと族長の父親に怒られた事もあった」
「……その時には、どう対応を?」
「本当に強い勇士は、育てられた者ではなく、強くなる者だ。――……そんな感じの事を言ってやった」
「!」
「勇士とは、強い者が名乗るのではない。強くなろうとする者が強くなる。そして強くなれば、より大きな獲物を仕留められるようになる。……育てなければ強くなれないというのは、嘘と同じだ」
「……!」
「よく分からないが、お前は自分がやった方が仕事が早く終わると思っているんだろう?」
「……ええ、まぁ」
「だったらそれでいいだろう。それとも、それが間違っていると思いながらやっているのか?」
パールは自身の経験から強さに関する物事を語り、セルジアスを僅かに驚かせる。
それは単純な思考であり極論とも言うべき言葉の数々だったが、最後に問われた際にセルジアスは不意に思考を浮かべた。
限られた人数と日数の中で、多くの激務を果たす。
それを達成する為には何かしらの無茶が必要であり、結果としてセルジアス以外の者達は耐えられずに疲弊していた。
だからこそセルジアスは彼等が許容できる量の仕事だけを渡し、他の政務はほとんど自分で担当してしまう。
それは確かに激務ではあったが、セルジアスが嫌悪しながらも感じる苛立ちを起こす事は少ない。
精神的にも仕事的にも、この方法がセルジアスには最も合う。
しかしその反面、育てるべき文官達は経験を培う事を阻害しているというのを、宰相の立場としてセルジアスは察していた。
自身の苛立ちを治める為に、人材の育成を阻害する。
利己的にも思える思考を自分で感じていたセルジアスだったが、そうした中でパールの言葉を聞き、奇妙な納得と共に自然と笑みを零していた。
「……ふっ。はは……っ」
「むっ。なんだ、何かおかしい事でも言ったか?」
「いえ。……貴方はやはり、単純で良いですね」
「……それは、馬鹿にしているのか?」
「いいえ、これも褒めているんですよ。……確かに、貴方の言う通り。現状では、私が背負う仕事量と時間を増やすのが最善です。でなければ、どの行事もとても間に合いません」
「なら別にいいんじゃないか。それでお前が倒れても、それはお前のせいというだけだ」
「そうですね、全て私の責任です。誰のせいでもない。……それでいいんです」
セルジアスはそう言葉を零し、自身の行動に対して内側に抱いていた秘かな葛藤を晴らす。
そんな葛藤も知らずに怪訝そうな表情を浮かべるパールに、セルジアスは改めて問い掛けた。
「……話は変わりますが、貴方がここに来た理由を御聞かせ願えますか?」
「ああ。ガゼルや皇后にも話したんだが、お前にも伝えた方がいいと言われた。日が昇る時は忙し過ぎて会えないだろうと言われたから、夜に来た」
「そうですか。それで、何を御伝えに?」
「少し前に、大地が大きく揺れただろう? その時に、樹海で火山が噴火した」
「!」
「人は死んでいない。樹海も溶岩というモノの流れからは外れている。だが火山周辺に棲んでいたアレが、また樹海に降りて来た。その内の三頭を獲ったから、一匹分は税金という奴の代わりにガゼルへ渡した。それと、今回は祝宴に招かれた礼として、捕獲した獲物の一頭を運んでくるようにガゼルに頼んでおいた」
「……すいません。アレ、というのは?」
「お前達がワイバーンとか言っていた、羽根が生えて火を口から噴くトカゲだ」
「!?」
パールの口から出たモノの名に、セルジアスは今までの会話で見せた以上の驚愕を浮かべる。
その後に急いで外に立つ衛兵にガゼル子爵家と連絡を取れる手段を確立させ、急遽ながら話し合いの場を用意する必要に迫られてしまった。
こうして激務に追われるセルジアスに、再び一つの激務が舞い込んで来る。
それは人間大陸で絶滅したと言われていたはずの飛竜が生きたまま帝都に運ばれて来るという、予想外の事態だった。
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