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革命編 四章:意思を継ぐ者
破格の勧誘
しおりを挟む奴隷として扱われる事になったエアハルトとクビアは、主人となったアルトリアと共に貴族街に設けられたとある屋敷に訪れる。
そこで屋敷で待っていたのは、老騎士ログウェルと帝国皇子ユグナリスの師弟だった。
彼等を改めて紹介しながらユグナリスとの喧嘩をし終えたアルトリアは、警戒し身構えるエアハルトとクビアに対してこう伝える。
「警戒するのは分かるけど、今日からアンタ達は同居人よ。少しは仲良くしなさい」
「お前が言うなよ」
「うるさいわねぇ」
「ほっほっほっ。話が進まんから、大人しくしとれ」
「うわっ!!」
先程までと矛盾するアルトリアの言葉に突っ込むユグナリスによって、再び二人が喧嘩を始めようとする。
それを仲裁するように微笑みながらユグナリスの後ろ襟を掴んで椅子に腰掛けさせたログウェルを見て、アルトリアは小さな溜息を漏らした。
そんな様子を見ながら警戒を向け続けるクビアは、訝し気な視線を向けながら尋ねる。
「……同居って、どういうことぉ?」
「そのままの意味よ。今日からアンタ達が暮らすこの屋敷には、あの二人も住んでるのよ」
「……私達の監視役ってとこかしらぁ?」
「そう考えてもいいわよ。ただ私は、別の依頼をお爺ちゃんの方に頼んでるけど」
「依頼……?」
アルトリアが述べる話の意味を理解できないクビアとエアハルトは、怪訝さを増した表情を隠さずに見せる。
そうした中でログウェルが椅子の近くから離れてアルトリア達が居る傍に近寄ろうとすると、魔人の二人は一歩分だけ足を引かせながら構えの深さを強めた。
そんな二人を見ているログウェルは、視線を向けずにアルトリアへ訪ねるような言葉を見せる。
「して、どちらもかね?」
「いいえ。今は男の方だけでいいわ」
「そうかね。どうせなら、アルトリア様もどうかね?」
「私は忙しいから、遠慮しておくわよ」
「残念じゃのぉ」
二人はそうした話を行い始め、互いに一度だけエアハルトに視線を集中させる。
その会話の中に自分の事が含まれているのを察したエアハルトは険しい表情を浮かべ、ログウェルが襲い掛かって来るのではと歯を剥き出しにしながら威嚇を始めた。
「グルル……ッ!!」
「ほっほっほっ。安心せい、獲って喰ったりはせんわよ」
警戒心を剥き出しにするエアハルトに対して、ログウェルは微笑みながら諭す。
そんな二人のやり取りを見ていたアルトリアは、改めてログウェルに行った依頼の説明を始めた。
「お爺ちゃんに依頼したのは、貴方の訓練よ。エアハルト」
「!?」
「さっきも言ったけど、私はしばらく忙しいから。その間の訓練を、お爺ちゃんに御願いするのよ」
「……コイツが、俺に訓練を施すだと……?」
「アンタ、強くなりたいんでしょ? だったら現役の七大聖人に訓練を受けるのは、かなり貴重な時間になるんじゃないかしら」
「!!」
アルトリアが説明を行い、エアハルトの待望を得る為にログウェルに訓練の依頼をしていた事を明かす。
それを聞いていたエアハルトは始めこそ拒絶に近い嫌悪の表情を見せたが、目の前の老人が七大聖人だと知って驚きながら目を見開いた。
そうして驚愕の視線を向けられるログウェルは、微笑みながら話し掛ける。
「ほっほっほっ。依頼されたからには訓練を施すが、手加減はしてやらんぞい?」
「……いいだろう。強くなる為に利用できるなら、七大聖人の訓練とやらを受けてやる」
ログウェルの挑発に似た言葉を受け、エアハルトは驚愕の視線を鋭くさせる。
そして訓練を受ける事を承諾し、ログウェルは僅かに口元を吊り上げるように微笑ませた。
そんな二人の様子を見ていたアルトリアは、思い出したようにログウェルに話す。
「そういえば、今は魔封じの枷を嵌めさせてるけど。訓練の時は外させる?」
「いや、そのままで構わんよ?」
「なに……!?」
「あら、いいの?」
「未熟な魔人ほど、魔力を用いた身体強化に頼りっきりになるからのぉ。むしろ魔力が枯渇した状態で肉体を強める方が良いんじゃよ」
「そう。なら、訓練の内容は貴方に任せるわ。お願いね」
「ほっほっほっ。引き受けましょう」
ログウェルは魔封じの枷を嵌められたままエアハルトに訓練を施す事を伝え、アルトリアはそれを承諾する。
その会話を聞いていたエアハルトは別の意味で驚きを浮かべ、ログウェルに対して疑心を秘めた言葉を投げ掛けた。
「……魔族は、魔力を用いてこそ強い。なのに、その魔力を封じたまま訓練をして何の意味がある?」
「そうした考えこそ、未熟なのじゃよ」
「ッ!!」
「確かに魔力を用いた魔族や魔人の身体能力は、人間を遥かに凌駕しておる。しかしそれ故に、魔力を用いた身体の動かし方に慣れ過ぎた魔族や魔人は、魔力が枯渇してしまうと人間と変わらぬか、下手をすれば子供に劣るようになる場合が多い」
「……それは、当たり前だ。俺達の力は、俺達の中に流れる魔力によって得られている」
「その当たり前を無くす必要があるんじゃよ。でなければ、お主はいつまでも弱いままじゃよ?」
「!?」
「丁度、お主との戦闘でユグナリスも自分に足りぬ経験を得られた。二人とも、次の段階となる訓練を行うとするかの」
そう述べるログウェルは、エアハルトと後ろの椅子に腰掛けたままのユグナリスにそう伝える。
エアハルトは怪訝な表情を更に深めたが、ユグナリスは覚悟する表情を浮かべながら唾を飲み込み身体が冷え込むような感覚を味わっていた。
そんな三人の様子を見ていたアルトリアは、今度はクビアに話し掛ける。
「クビア。アンタにも、少しだけ話があるわよ」
「……何かしらぁ?」
「アンタの話をある程度は信じるとして。アンタが【結社】の仕事や私の誘拐依頼を受けた理由は、主に金銭目的なのよね?」
「そうねぇ」
「オラクル共和王国に雇われた時には、白金貨一万枚だったかしら? それは成功報酬? それとも前金で支払われた額?」
「成功報酬ねぇ。だからまだ、貰ってないのよぉ」
「なら私は、その倍。アンタに白金貨二万枚の出資をしてあげる」
「!」
「そのオマケで、アンタに帝国領の地方領地を一つ譲ってあげる。そしてローゼン公爵家が全面的に支援して、アンタ達が保護してる子供達をその領地に集めて、ある程度の保証と将来の手助けをしてあげるわ。この条件で、帝国に寝返ってみない?」
破格とも言うべき条件で寝返りの交渉を行うアルトリアに、クビアは口を小さく開けながら驚愕の表情で固まる。
依頼の成功報酬より倍額の資金を得るだけではなく、資金繰りに苦労しながら養う孤児達が暮らせる場所を一領地として与えられ、しかも帝国内で莫大な財政能力を持つローゼン公爵家の支援を受けられるという話。
しかしその破格とも言うべき条件が、逆にクビアの疑心を浮き彫りにさせた。
「……そんな事をしてぇ、貴方に何か利点があるわけぇ?」
「特に無いわね」
「だったらぁ、そんな事をする意味が無いじゃなぁい。……私を騙そうとしてるのかしらぁ?」
「別に騙す気なんか無いわよ」
「信じられないわぁ」
「まぁ、それは当然ね。なら、私が考えてる正直な話をしてあげるわ」
「……まぁ、聞きましょうかぁ」
「正直な話、私は今の帝国が深刻なまでに人材が不足していると思ってる」
「へぇー」
「帝国内で起きた反乱のせいで多くの貴族家と関連する人間が処罰されて、各領地に使える人材が割り振られたせいで帝都内の人材が薄い。オマケにお父様が居なくなったせいで帝国内の統制能力が以前より劣ってるし、それを補えるような優秀な人材の育成が追い付いてない。今の帝国には、仕える人材が少なすぎるのよ」
「……それでぇ?」
「そして今の帝国は、オラクル共和王国と敵対しようとしている。七大聖人のログウェルは戦争行為に参加できないし、私だって戦争なんかに手を貸すつもりは無い。でも今の帝国が共和王国と対峙して勝つ可能性は、少し薄めね」
「……そこで、魔人の私を取り入れて人材の補強ってことぉ?」
「そうよ。帝国……と言うより、お兄様は優秀な人材を欲している。だったらオラクル共和王国と同じように、外部から人材を仕入れるしかない。でも共和王国以上の条件を出して人を引き入れられる程、余裕があるわけじゃないわ。なら目の前に誘い易そうな人材が居たら、引き入れておくのが最善じゃないかしら?」
「……つまりぃ、私に共和王国と戦わせるようにしたいってことかしらぁ。そしてエアハルトもぉ?」
話を聞いていたクビアは自分達が求められている理由を察し、嫌そうな表情を浮かべながら問い掛ける。
それを聞いていたエアハルトも表情を厳しくさせ、嫌悪の視線をアルトリアに向けていた。
そんな二人の視線を受けながら、アルトリアは堂々とした様子で答える。
「まさか。そんな事なんかさせないわよ」
「!」
「そもそも、アンタ達は私の奴隷よ? 私が参戦しないのに奴隷だけ参戦させるなんて理屈、通るはずがないじゃない」
「……でもぉ、奴隷の戦士も戦争ではよく使われるじゃなぁい?」
「そんなの、まともに兵力も揃えられない国がやる事でしょ」
「でもぉ、さっき帝国は人材不足だって言ったじゃなぁい?」
「兵力ならいるわよ。その気になれば皇国の方に増援も呼ぶ手もあるし。私が言ってる問題は、質の話。共和王国がどんな状況かはともかく、その前に他国から多くの人材を招き寄せてたのは確か。なら帝国としては、どうするのが最善の選択だと思う?」
「……まさかぁ、共和王国から人材を引き抜くぅ?」
「そういうこと。その手始めが、アンタってわけ」
アルトリアは微笑みを強めながらクビアの寝返りにどのような意図があるかを話し、クビアは少なからず納得を浮かべる。
ミネルヴァの自爆によって共和王国が大きな被害を受けた今、共和王国が引き入れられた人材は大きな不安を持つだろう。
その隙を狙うように共和王国の人材を帝国側へ勧誘し、人材の増強と共和王国側の弱体を強める。
そうした策略の手始めとしてクビアを寝返らせる為に資金と場所を提供した現ローゼン公爵セルジアスは、妹を介してクビアの勧誘を行っていたのだった。
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