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革命編 四章:意思を継ぐ者

処罰の判断

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 アルトリアの誘拐に関する実行犯のクビアとエアハルトの処遇と処罰について、ガルミッシュ帝国の重鎮達は決議の場を設ける。
 そこに参加している誘拐対象のアルトリア本人は、誘拐を実行したエアハルト達よりも、その侵入に気付けなかった帝国側の警備体制と警戒能力に関して落ち度が大きかった事を言い渡した。

 それに関して処罰の内容を死罪にすべしと述べてた三人の大臣達や周囲の騎士達は、言い返す言葉も無いまま渋い表情を浮かべる。
 そうして静寂に包まれた場において発言を行ったのは、皇帝ゴルディオスからだった。

『――……確かに、警備体制に関しては帝国側こちらの落ち度も大きい』

『へ、陛下……』

『帝国の権威について述べるのならば、アルトリア嬢の言う通りだろう。帝都のみならず、帝城しろにまで誘拐犯の侵入を許した帝国側こちらの対応にも大きな問題があった。事前に侵入者を発見する事も出来なかったのは、情けなく思おう』

『……ッ』

『しかし、アルトリア嬢のげんを通すとしても。誘拐犯かれらが騎士や従者以外にも、ここに居る我が息子ユグナリスに害を及ぼしている。これは皇帝の立場からしても、そして父親としても、誘拐犯達かれらを許す事は出来ぬな』

 ゴルディオスは帝国側の落ち度を認めながらも、そうして誘拐犯の所業を罰するべきだという意向を改めて伝える。
 それを聞いて僅かに安堵の息を漏らした大臣達だったが、小さな鼻息を漏らしたアルトリアはゴルディオスに顔を向けながら伝えた。

『ユグナリスを傷付けたという点に関して陛下が罰を施すべきだと言うのならば、私にも罰が必要になりますね』

『……どういうことだね?』

『確かにユグナリスは、誘拐犯エアハルトと戦闘を行いました。しかし彼が気絶する程の害を与えたのは、誘拐犯エアハルトではなく私だからです』

『!』

誘拐犯エアハルトの動きが速度と敏捷性に長けており、動きを制限しなければ魔法を当てる事は難しいと私は考えました。そこでユグナリスと誘拐犯が接戦し動きが止まった瞬間を狙い、ユグナリス諸共に誘拐犯を氷漬けにして動きを封じました』

『……!!』

『そして私が魔法で作り出した電撃を諸共に浴びせ、ユグナリスはそのせいで数時間も気絶していた。誘拐犯が与えたユグナリスの害よりも、私の方がユグナリスに最も害を及ぼしているという事実を置いて、私を罰せずに誘拐犯だけを罰するのは、法的観点から言っても感情面から言っても、不平等になるのではありませんか?』

『……しかし、それは誘拐犯を捕らえようとした為であろう? ならば――……』

『私はそうした対応をしながらも、誘拐犯の確保に失敗しています』

『!』

『あの時点で、誘拐犯達の目的は不明でした。仮に誘拐犯かれらの目的が誘拐ではなく暗殺や殺害であった場合、人形だった私はともかく、気絶していたユグナリスの命を危険に晒した事になります。……下手をすれば、気絶していたユグナリスはそのまま殺されていた可能性もありました』

『……それは……』

『それだけではありません。誘拐犯エアハルトは目撃者である騎士達を始め、従者達を殺すのも魔人ならば容易く出来たでしょう。しかし倒れた者達を気絶させただけに留めているのは、誘拐犯かれなりに手加減をしてくれていたという事になります』

『……』

『私を罰する事もなく、また襲撃しながらも無関係な者の命を見逃していた誘拐犯エアハルトの行いを無視して彼等を死罪にすべしというのならば、帝国は大きな不名誉を覚悟して誘拐犯かれらを罰するべきでしょう。……その覚悟が、貴方達にありますか?』

 アルトリアは雄弁に語り、ユグナリスを気絶させた件とエアハルトの襲撃時に見えた温情を明かす。
 それを聞いていたセルジアスを除く一同は驚愕を浮かべ、再びアルトリアの言葉が場の空気を一変させられた事に苦い表情を浮かべていた。

 例え今までの言葉を無視して誘拐犯達だけを死罪に処しても、アルトリア本人はその対応を許そうとはしないだろう。
 更に過去の出来事として、アルトリアはユグナリスとの衝突で様々な工作を行い、密告や虚実を交えた情報を多方面に流した実績を持っている。

 もしアルトリアの意思を無視して誘拐犯達を死罪と定めれて処すれば、帝都や各地に帝国じぶんたちの不名誉となる情報を表沙汰にしかねない。
 誘拐事件の情報は帝城と貴族街に住む者達だけに留められているが、市民街や流民街にも情報が広がれば小さな混乱が起こるだろう。

 しかも今のアルトリアは、ルクソード皇国の賓客ゲストとして帝国内に迎えられ訪れている。
 このままアルトリアまで罪に問う事があれば、ルクソード皇国側は彼女の身柄を取り戻そうと実力者であるバリス達に依頼するかもしれない。

 そうした危険性と意外性の中心地であるアルトリアの言葉に、全員が誘拐犯の死罪に反対する言葉を無視できぬ事を察する。
 そして全員が沈黙を浮かべた中で、一人の人物が右手を上げながら進行を務めている宰相セルジアスに声を向けた。

『――……ローゼン公。私にも発言を御許しください』

『どうぞ、ユグナリス殿下』

 手を上げたのはこの場に参列していた皇子ユグナリスであり、予め許可を得て発言する場を整える。
 そして全員が視線を注ぎ注目を集めると、ユグナリスは落ち着いた表情で父親である皇帝ゴルディオスに顔を向けながら話した。

『父上。私は今回の件で、アルトリアを罪に問うつもりはありません』

『!』

『アルトリアに対して恨み事も無いのかと言われれば嘘になりますが、あの時の私は誘拐犯エアハルトと対峙し、気後れしていました。いえ、おくしていたとも言えます』

『……臆した?』

『私は初めて、師であるログウェル以外に殺す為の剣を向けました。しかし挑んだ相手は魔人であり、卓越した格闘技術で実力が上だとすぐに悟りました。……手加減の出来ない状況で初めて殺し合いをする為に剣を振る状況に、私はおびえたのです』

『……』

『もし私が臆する事も無く、またアルトリアと上手く連携して誘拐犯を捕らえる事に成功していれば、このような大きな問題として取り正される事にはならなかったでしょう。そしてアルトリアにあのような手段を講じさせた事自体が、私の弱さが招いた事でもあります』

『……そうか』

『改めて申します。私は今回の件について、アルトリアを罪に問おうとは思いません。また個人的な事ですが、私は誘拐犯である彼と再戦できる機会を望みます』

『!』

『彼は臆しながら対峙する私に対して、手心を加えてくれていたように思えます。手加減された上に決着も無いまま気絶させられたとなれば、師匠ログウェルが私を軟弱だと責めても仕方ありません。……私の為を思うのでしたら、彼と再戦の機会を与えてくださる事を望みます』

 ユグナリスもまたアルトリアに負けず劣らずの弁を語り、自身の不甲斐なさとエアハルトとの対戦を望む事を伝える。
 それを聞いていたゴルディオスは複雑な表情を浮かべながら瞼を閉じ、他の大臣達も手を額に当てながら頭を横に振っていた。

 誰もが呆れるようなユグナリスの言葉に対して、アルトリアは驚きながらも小さな息を口から漏らしながら微笑む。
 そして全員が沈黙する間を狙い、セルジアスに向けて再び発言の許可を求めた。

『お兄様、またいいかしら?』

『なんだい?』

『私は誘拐犯達の死罪には反対ですが、彼等が私を目的とした誘拐を目論んでいたことまで否定しているわけではありません。しかし彼等はマヌケにも誘拐した相手が人形マネキンだと分からずに騙され、挙句の果てに帝国とは無関係に近い老人二人に捕まるという大きな失態で捕まっています』

『……あらぁ、言うわねぇ』

『グルル……ッ』

『そんなマヌケな彼等に対して、死罪は少し哀れさが足りないように思えます。そこで罪を減刑し、彼等を奴隷に堕とし私の所有物として扱わせて頂けないでしょうか?』

『!!』

 アルトリアの言葉を聞いていた牢獄の二人は、思わず苛立ちの声を漏らす。
 そうした中で述べられる減刑と奴隷に関する提案を初めて聞いた者達は、驚愕を見せながらアルトリアに視線を注いだ。

 そんなアルトリアに対して再び反論されるのが怖いのか、大臣職を務める三名は声を発しない。
 代わりに皇帝ゴルディオスやセルジアスの判断と発言を求めながら視線を注ぐと、二人は小さな溜息を漏らしながら口を開いた。

『……減刑の上で、奴隷に堕とすか。確かにそれが、良い落とし所かもしれんな』

『皇帝陛下……!?』

わたくしも、妹の案に賛成させて頂きます』

『ローゼン公まで……!?』

『確かに今回の事態は、帝国側の落ち度によって招かれた事件でした。更にその事態を解決したのが、我が妹と帝国とは関わりの薄いログウェル殿とバリス殿です。今は帝国で彼等を捕らえていますが、捕らえた実績を持つ三名に判断は帰結すべきかと考えます』

『……ッ』

 セルジアスの言葉を聞いた大臣達は、再び反論も出来ない言葉を聞かされ苦々しい表情を浮かべる。
 そんな大臣達から視線を逸らしたセルジアスは、ユグナリスに対しても問い掛けた。

『ユグナリス殿下。貴方はアルトリアの意見をどう思いますか?』

『……そうですね。奴隷とは言え、また彼と再戦できる機会があるのなら。その案に賛成させて頂きます』

『分かりました。……それでは、改めて決議を取らせて頂きます。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンを目的とした誘拐事件の実行犯達について、死罪を適応すべきだと御考えの方は?』

 ユグナリスにも意見を確認したセルジアスは、その場に集った者達の意思を改めて問う。
 そして誘拐犯達の死罪を求める意思を尋ねると、大臣職に付いた三名が手を上げていた。

 三名の挙手を確認したセルジアスは、頷きながら再び周囲へ問い掛ける。

『死罪に賛成の方は、三名ですね。では誘拐犯達を奴隷に堕とし、その処遇をアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンに委ねる案に賛成の方は?』

『……』

『私を含めて、三名ですね。……では、皇帝陛下の御裁断を御願いします』

『うむ。――……今回の誘拐事件に関して、皇帝ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュの名において言い渡す。誘拐犯である魔人の二名は奴隷に堕とし、アルトリア嬢に仕えさせる。その後の判断もまた、アルトリア嬢に任せるものとする。細かな取り決めは、兄であるローゼン公と相談して決めなさい。よろしいかな? アルトリア嬢』

『はい、陛下』

『では、この決議は以上で終了とする。もし今回で取り決められた決議に関して異論があれば、今後はローゼン公と余を通すように。……では、解散』

 ゴルディオスは皇帝の立場から全員の意思を確認し、誘拐犯達の処遇について言い渡す。
 それを受けて死罪を推していた三名の大臣達は苦々しい息を漏らし、相反してアルトリアは余裕の笑みを浮かべながら牢獄の方に顔を向けていた。

 一方で、奴隷に堕とされる事が決まったクビアやエアハルトは不服そうな表情を浮かべる。
 しかしアルトリアの意思と言葉によって死罪が免れた事も理解しており、それに対して不満を持つような言葉は表に出さなかった。

 こうして誘拐に失敗し捕まったクビアとエアハルトは、アルトリアによって救われる。
 しかし奴隷紋が施された刺青を腰部分に描かれ、アルトリアを主人マスターとして制約を施された二人は、奴隷の身としてアルトリアに付き従う事となってしまった。
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