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革命編 四章:意思を継ぐ者
量れぬ思惑
しおりを挟むアルトリアの脅迫に応じた妖狐族クビアの【結社】に関する供述で、二年前に起きたランヴァルディアが関わるルクソード皇国の事件にウォーリスが関与している可能性が浮上する。
そして老執事バリスにウォーリスが関与した可能性のある事件の調査を命じたアルトリアは、改めてクビアから金銭を欲する理由を聞いた。
クビアが金銭を欲する理由は、経営する孤児院で暮らす子供達の為。
切実とも言うべきクビアが抱く慈愛の理由は、アルトリアの内情を渋くさせていた。
そうして事情を一通り聞いたアルトリアは、大きな溜息を漏らす。
浮かび上がりそうになる感情をそうして静めたアルトリアは、改めてクビアに話し掛けた。
「――……アンタの事情は理解したけど、その話が本当かどうかはまた別ね」
「えぇー、信じてくれないのぉ?」
「どんな理由だろうと、金の為に私を誘拐しようとした事実は変わらない。だったら金の為に、私を騙そうとしてる可能性も考えなければね」
「もぅ、素直じゃない子ねぇ」
「それで、次の話になるけど。――……アンタの仲間は、向こうの男だけじゃないわよね?」
「そうねぇ」
「今回の依頼を受けたのは、アンタと向こうの男だけ? それとも、別の仲間がまだ帝都に潜んでいるかしら?」
「エアハルトだけよぉ。手が空いてそうなのがぁ、彼だけだったんだものぉ」
「手が空いてる?」
「ほらぁ、少し前に起きた爆発よぉ。アレのせいでぇ、共和王国は物凄く混乱してるのよねぇ。オマケにぃ、共和王国で作ってた孤児院も子達もぉ、被害を受けちゃったのよぉ」
「向こうって……共和王国に?」
「そうなのぉ。共和王国の北方領地にぃ、孤児院を立てたのぉ。魔人の子達用にねぇ」
「!」
「人間に寄った子なら、それほど問題にはならないけどぉ。魔族の血が濃い子達もいるのよぉ。そういう子達は自力で擬態できないしぃ、見た目が人間と違ったりするからぁ、どうしても他の子達と仲良くできなかったりするのよねぇ」
「……そういう子供達を、なんで共和王国で?」
「私の仲間がぁ、そういう子達も住める場所を確保してくれたのよぉ」
「仲間?」
「マーティスって子なんだけどねぇ。あの子が共和王国の御偉い人間と取引してぇ、魔人の子達が住める場所を確保してくれたのよぉ。とっても助かったわぁ」
「……その、マーティスの奴の情報は?」
「んー。私よりずっと若い子で鼠獣族の魔人なんだけどねぇ。なんだったかしらぁ、確か共和王国になる前の王国でぇ、傭兵団に入ってた【結社】の仕事をしてたのよぉ」
「傭兵団?」
「ほらぁ。貴方と一緒に旅してたぁ、『鬼神』の依り代……エリクって男が居たなんとか傭兵団ってやつよぉ」
「!!」
クビアの口からエリクの名前が出ると、アルトリアとバリスの両名は大きく目を見開きながら驚きを浮かべる。
エリクが王国時代に所属していた、黒獣傭兵団。
その中に【結社】に所属していた魔人が居た事に驚きながらも、アルトリアは自身の記憶を探りながらある一人の男に関する情報を思い出していた。
「……そのマーティスって、まさかマチスって名乗ってる小柄の男?」
「あらぁ、知ってるのぉ?」
「随分前に会ったわ。あの身体能力は、やっぱり魔人だったからね」
「そうよぉ。あの子は『子』の徒党に与してるんだけどぉ、基本的には監視と情報収集が任務だったのよぉ」
「監視?」
「『鬼神』の依り代のぉ、エリクって男の監視ねぇ」
「!」
「フォウルの里に居る巫女姫様がねぇ、四十年くらい前に『鬼神』の生まれ変わりがいるかもって『子』の徒党を人間大陸に送り出して探したんですってぇ。そこでそれらしい候補者を絞ってたらぁ、マーティスが監視してたエリクって男がそうらしいって話になったのよねぇ」
「……それで監視してたってこと?」
「そうよぉ。鬼神様ってぇ、巫女姫様の御爺様なんだけどねぇ。とっても怖いって伝えられてるからぁ、その生まれ変わりの男を監視する為にぃ、マーティスはずっと傍に付いてたのよぉ」
「なるほどね。……でも、そのマーティスは監視を止めてるわよね? 中止するように命令でも受けたわけ?」
「違うわぁ。それはマーティスの独断よぉ」
「!」
「マーティスはねぇ、巫女姫様の命令と【結社】の依頼を無視してるのよねぇ。今は共和王国に潜伏してぇ、そこで与えられてる仕事をしてるわぁ」
「与えられてる仕事?」
「前の仕事と同じでぇ、諜報と情報収集ねぇ。その報酬でぇ、マーティスは魔人の子達が暮らせる場所を用意したんですってぇ」
「……そういうことね」
その話を聞いていたアルトリアは、自身の記憶とセルジアスから聞いていた情報を含めながらある結論に辿り着く。
マチスは魔人の子供達が暮らせる場所を得る為にウォーリスの依頼を受け、エリクや黒獣傭兵団を村人の虐殺事件に関して冤罪を着せるのに協力した。
その後にエリクの監視を止めて父親を暗殺しようと試みるも失敗し、黒獣傭兵団からも離れたマチスはそのまま共和王国側に付いたようだ。
そうしてマチス側の事情もある程度は理解したアルトリアは、新たな問い掛けを行う。
「他に魔人の仲間は?」
「いるにはいるけどぉ、ほとんどが【結社】に所属してるからぁ、今回の依頼や共和王国とは関わりは無いわぁ」
「どういうこと?」
「だってぇ、マーティスは【結社】の仕事を……というよりぃ、巫女姫様の命じた事を守れなかったんだものぉ。『子』の掟から言えばぁ、マーティスは裏切り者なのよぉ」
「!」
「今も『子』はぁ、裏切ったマーティスを探してるわぁ。勿論だけどぉ、【結社】もねぇ」
「……じゃあ、アンタはなんでその裏切り者と協力してるの?」
「マーティスもぉ、私と同じで魔人の子達を気に掛けていたからねぇ。組織を裏切ってまで子供達の為に居場所を確保してくれたあの子にはぉ、協力してあげたいじゃなぁい? 今はマーティスもぉ、立場が悪くなっちゃっててねぇ」
「立場が悪くなった?」
「ほらぁ、さっき言った爆発の話ぃ。あの爆発は『黄』の七大聖人ミネルヴァが起こしたモノなんだけどぉ、そのミネルヴァを捕まえようとしてた現場にはぁ、マーティスが入ってた傭兵団の一員も居たらしいのぉ」
「!?」
「それでマーティスがぁ、仲間だった傭兵団を共和王国に入り込んでるのを見逃してぇ、ミネルヴァと接触させてたんじゃないかって疑われたらしいのよねぇ。そしてミネルヴァを確保できずに爆発が起きたのもマーティスに原因があるんじゃないかってぇ、凄く周りから責められちゃってるのよねぇ」
「……それも、アンタが今回の依頼を受けた理由の一つ?」
「そうよぉ。マーティスの立場を良くする為にはぁ、貴方の誘拐を成功させる事だったのぉ。マーティスがもし共和王国でも裏切り者だなんてされたらぁ、せっかく魔人の子達が暮らせる場所を取り上げられちゃう可能性もあるからぁ」
「……」
「貴方には悪いと思ってるわよぉ。でもぉ、そうしないと子供達が危ないのよぉ。……まだあの子達は力が弱いからぁ、もし今回の依頼も失敗した事が分かればぁ、共和王国に居る子供達も殺されちゃうかもしれないわぁ……」
「……魔人の子供達も、体よく人質にされてるってわけね」
「そうねぇ」
マチスに関連する話をクビアは伝え、今回の依頼が金銭目的だけではない事を明かす。
それは人とは異なる姿で生まれ、人間社会では暮らし難い魔人の子供達を保護できる場所を確保する為。
しかしそうした交渉を行ったマチスが共和王国も裏切ったという嫌疑を懸けられた為に、子供達が暮らせる場所を追われるどころか、命さえ危うい状況に立たされている。
その事態を防ぐ為にクビアは共和王国からの依頼を受け、金銭と共にマチスや子供達の安全を守るエアハルトと協力してアルトリアの誘拐を実行したのだった。
再び切実な理由が明かされた後、アルトリアは眉を顰めながら表情を強張らせる。
すると今まで奥底に留めていた最後の疑問を、クビアに問い掛けた。
「……共和王国は、ウォーリスはどうして私を誘拐しろと依頼を行ったか。理由は聞いてる?」
「一応ねぇ」
「どんな理由?」
「今の事態にぃ、貴方の手を貸してほしいんですってぇ」
「え?」
「あの爆発のせいでぇ、共和王国には怪我人が溢れ返ってるのよぉ。その怪我人に対する治療がぁ、ほとんど間に合ってない状態なのよねぇ」
「!」
「だからぁ、治癒と回復の魔法に長けてる多くの術者を共和王国は必要としてるらしいのぉ。でもぉ、帝国と交渉して貴方や治癒魔法を使える魔法師を派遣してもらうのは難しいだろうって、そう考えたみたぁい」
「それで私を誘拐って、明らかにおかしいじゃないのよ?」
「そう思うんだけどねぇ。でもぉ、怪我人が溢れ返ってるのは確かよぉ。そのせいで、どんどん人も死んじゃってるわねぇ」
「……ッ」
自身が誘拐される理由に大きな矛盾がある事を悟りながらも、アルトリアは再び表情を険しくさせる。
確かに今回の事態で、共和王国側は交渉に失敗している。
ミネルヴァの起こした爆発で無関係な死者が生じた事により、ガルミッシュ帝国は共和王国側に七大聖人が死を覚悟する程の大きな危険性がある事を訴えた。
あのまま外務大臣が脅迫染みた失言をしなかったとしても、帝国側からアルトリアを含む回復と治癒を行える魔法師を共和王国側に派遣する事はまず無いだろう。
それを見越した上でアルトリアを誘拐しようとしたというのは、あまりに対応が極端に過ぎる。
仮にウォーリスが財務大臣を通じてクビア達にそうした依頼をしたとしても、別に思惑があるようにしか思えない。
しかし、オラクル共和王国では今も被害が拡大している。
爆発の影響を受けた負傷者達を治療できる者が少なく、対応が間に合わずに死者が増加しているのだ。
確かにこのままでは、オラクル共和王国の存続自体が瓦解しかねない。
それ程に危うい状況の中で、失敗の危険性もある自分の誘拐をウォーリスが他人に委ねるだろうか?
アルトリアの脳裏に次々と疑問が巡り、ウォーリスの思惑を量れずにいる。
それはアルトリアが自身が、ウォーリスという人物に対する知識と理解が足りない事を証明していた。
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