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革命編 四章:意思を継ぐ者

沈黙を破る者へ

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 リエスティアが出産を終えてから一日が経過した頃には、帝国皇帝ゴルディオスは宰相セルジアスと共にオラクル共和王国に対する政策と対策や、生まれた赤ん坊に関する事柄に取り組む為に政務へと戻る。
 その妻である皇后クレアはリエスティアとユグナリスの傍に付き、子育てに関する事柄や生まれた赤ん坊の今後について相談できるように別邸に残る事になった。

 そうしてガルミッシュ皇族達が各場所で忙しくしている頃、帝城に設けられた地下では厳重な警備体制が敷かれた様子がうかがえる。
 常に一個中隊規模の四十名以上で編成されている完全装備の騎士達が牢獄の地下を警備し、更に帝城内につとめる帝国魔法師も同等の規模で配置されていた。

 彼等が見張るのは、オラクル共和王国から来た外務大臣ベイガイルを始めとした使者達と、アルトリアを誘拐しようとした魔人の二人組。

 ベイガイル達に関しては通常の騎士や衛兵に拘束され、使者達もそれぞれに散らせるように個別の牢獄へ入れられている。
 一人が入れられている牢獄に対して三人以上の帝国騎士と魔法師が付き、自殺や他殺が行われぬように二十四時間体制で厳しい監視の目が向けられていた。

 使者と言っても武芸の心得が足りない為か、ベイガイルを含めて誰も脱出や抵抗を試みる様子は無い。
 そんな彼等とは相反し、四六時中に渡って金属の擦れる騒音を起こし続ける牢獄も存在していた。

「――……グ、ガァルルル……ッ!!」

 低く唸るような獣の声が地下に設けられた鉄扉の向こう側から響き、それを聞く警備の騎士達に固唾かたずを飲ませる。
 その牢獄周辺を警備する騎士や魔法師の数は使者達に費やす警備の数倍に及んでおり、明らかに危険度と警戒度が違う事を帝国側が認識していることを物語っていた。

 そうして唸る声が響く地下に、悠然とした出で立ちで歩き進む新たな足跡が響く。
 その足音を聞き視線を向けた警備の人員は、歩いている人物を目にして躊躇せずに敬礼を向けた。

 地下に訪れたその人物は、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。

 ガルミッシュ皇族の一人にして現宰相であるローゼン公セルジアスの妹君であり、今回の騒動に関する立役者とも言っていい。
 その後ろには白髪の老執事バリスを率いながら、アルトリアは敬礼を騎士達に反応せずバリスに話し掛けた。

「――……で、アイツ等は何かいたの?」

「いいえ、何も」

「尋問もろくに出来ないわけ? 帝国ここの騎士は」

「相手は魔人です。聖人では無い彼等では、枷を嵌めていたとしても命はあやぶまれますから」

「じゃあ、貴方がすればいいんじゃない? そのくらいの心得はあるでしょ」

「私がおもむくと、余計に彼が暴れて話になりませんので」

「はぁ……」

 アルトリアは溜息を吐きながらバリスの話を聞き、呆れた表情でそのまま視線と足を前に戻す。
 そうしてアルトリアは唸り声が響く鉄扉の前で立ち止まり、警備の騎士に扉を開けさせた。

「扉を開けて頂戴ちょうだい

「アルトリア様。しかし……」

「奴等を捕まえたのは私達よ。宰相である兄の許可も貰ってる。それでも何か文句がある?」

「……いえ。どうぞ、御気を付けて」

 騎士の制止をそうした言葉で一蹴したアルトリアは、その騎士に扉を開けさせて身体を潜らせる。
 すると鉄扉越しに響いていた唸る声が鮮明に聞こえ、更に激しい金属音を鳴り響かせる音がアルトリアの耳に煩わしさを与えた。

「うるさいわね……。少しは静かにしてなさいよ!」

「……ガァルルルッ!!」

 怒鳴るアルトリアの声に反応した唸り声の持ち主は、より一層激しい唸りを見せながら金属音の衝突を激しくさせる。
 静かにさせようとして逆に騒音が増加したアルトリアは再び溜息を漏らし、歩みながら鉄格子が嵌め込まれた牢獄の正面へ歩み寄った。

 そして牢獄の中を見ると、唸り声の人物とアルトリアの目が合う。
 すると牢獄内で手足や首、そして腰などに金属製の枷を嵌められた人物が、その鎖を千切れんばかりの勢いで引っ張り、ニ十歩以上も遠い檻の向こう側へ牙や爪を留めようと必死になって藻搔いている光景が見えた。

「……貴様キサマァ……ッ!!」

「一日ぶりね、エアハルト。自分が牢獄に繋がれる気分はどうかしら?」

 殺気の籠った視線と唸り声を漏らすのは、元闘士エアハルト。
 それに対してアルトリアは皮肉めいた言葉を向け、エアハルトに対して挑発染みた言葉を続けた。

「マシラの時は、闘士アンタ達に随分と世話になったわね。その御返しだとでも思いなさい」

「この、人間の女が……ッ!!」

「暴れても無駄よ。その鎖と牢獄全体には、魔封じの術式が組み込まれてるわ。その中ではアンタみたいな魔人も、自分の魔力を生命活動限界まで吸い付くされる。魔力の刃も形成は出来ないでしょ?」

「グゥルル……ッ!!」

「本当なら帝城内に侵入して皇族わたしを誘拐しようとした罪人なんて、例え魔人でも問答無用で死刑が適応でしょうけど。でも安心なさい。マシラ共和国やゴズヴァールと違って、そんな事はいきなりしないであげるわ」

「黙れッ!!」

 アルトリアの煽りを受け、より激しく体に取り付けられた枷の鎖をエアハルトは揺らす。
 憎悪を隠さないエアハルトの顔を見ながら鼻を鳴らすアルトリアは、再び歩き出しながら少し離れた鉄格子まで進んだ。

 その牢獄にもまた、身体中に取り付けられた金属の枷と鎖を身に纏う人物が居る。
 それはアルトリアよりも薄い金色の長い髪を少しだけ乱れさせた女性であり、エアハルトと共謀していた妖狐族クビアが相反する静けさを保って着物の代わりに囚人用の服を着せられながら座っていた。

「貴方は、向こうと違って静かなのね」

「……アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。人形じゃなくてぇ、本物かしらかぁ?」

「さぁ、どうかしらね。 それで、アンタは向こうみたいに暴れないの?」

「無駄な事はしないのがぁ、私の信条だものぉ」

「そう、なら気が合いそうね。私も無駄な事は出来る限りはしたくないのよ。――……それなら喋ってくれないかしら? アンタ達が誰に雇われて、私を誘拐するように命じられていたのかを」

「……」

 アルトリアは微笑みながら問い掛けたが、今まで応じていたクビアが口を閉ざす。
 今回の襲撃と誘拐に関する首謀者の情報を聞き出そうとするアルトリアは、続けて問い掛ける脅迫ことばを向けた。

「アンタ達は、単なる実行犯でしょ? アンタ達を雇って、私を誘拐するように命じた奴がいるはずよね」

「……」

「まさかアンタ達の雇い主が、捕まっている外務大臣ベイガイルってわけは無いわよね。でもオラクル共和王国の使者に襲撃者エアハルトが紛れ込んでたって事は、共和王国に関連する人物が雇い主なのは間違いない。違う?」

「……」

「無駄な事は嫌いなんでしょ? なら、さっさと喋ってしまいなさい。そうすれば枷付きだけれど、こんな牢獄ではなく暖かい食事と柔らかい寝台ベット付きの客室で対応してあげてもいいわよ」

「……残念だけどぉ、それとこれとは話が別なのよねぇ」

「そう、残念ね。――……まぁ、実際の話だけれど。別に貴方達が喋ろうと喋らなくても、話はあまり変わらないわ」

「……変わらない?」

 アルトリアは溜息を漏らしながらクビアへの説得を諦め、視線を逸らしながら横顔を見せる。
 そして敢えて捕まっている二人に対して聞こえる声量に切り替え、クビアが小さな疑問を漏らす様子を窺いながら新たな言葉を口にした。

「アンタ達を雇って、私を誘拐しようとした首謀者。それは、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。私はそれを知っている」

「……!」

「奴は帝国貴族家の一門である、ゲルガルド伯爵家の生まれ。それが色々あってベルグリンド王国を乗っ取り、オラクル共和王国に改名した。……その様子を見る限り、アンタ達はウォーリスに雇われてはいるけれど、奴に関する情報を何も掴めていなかったようね?」

「……ッ」

「そして奴が、どうして私を攫うように貴方達に命じたかも理解できていない。違う?」

「……何が言いたいのかしらぁ?」

「アンタ達は結局、使い捨ての駒って事よ」

「!」

「ウォーリスにとって、アンタ達は使い勝手は良いけど使い捨てに出来る駒でしかない。互いの情報や秘密を共有し合ってる仲間でもなければ、共通の目的を志している味方でもない。単なる盤上の駒に過ぎない関係なのよ」

「……」

「このまま使者達を返還する事になっても、襲撃者とその共謀者のアンタ達をウォーリスは存在すら認めない。処置を完全に帝国に任せて、処刑させるってるのが妥当なところでしょうね」

「……ッ」

「駒として盤上から去るか、それとも盤上の支配から逃れる為に自分の意思で動き始めるか。アンタ達は今まさに、そうした岐路に立たされている。……この取引に応じなければ、次の機会は二度と無いわ」

 アルトリアは冷淡な視線と冷たい口調でクビアに脅迫ことばを向け、彼等の未来について語る。

 このまま依頼主の情報を明かさずに、依頼主ウォーリスからも見捨てられて殺されるか。
 それとも依頼主を裏切ってでも、自分自身の天秤で命の保証を勝ち取るか。

 そうした選択を迫らせるアルトリアは、クビアが収容された牢獄の前から離れる。
 そして出入り口となっている鉄扉へ足を運ぼうとするが、その足音よりも大きな声が止めに入った。

「……待ってぇ!」

「!」

「分かったわぁ、降参よぉ。なんでも喋るからぁ、命だけは助けてくれなぁい?」

「クビアッ!!」

 クビアが懇願するような声を上げると、アルトリアとバリスは足を止めて振り向く。
 逆にエアハルトは怒りの形相と声を向け、自ら降参を申し出たクビアに対して叱責を向けようとした。

 しかしクビアは、小さな溜息を漏らしながらエアハルトを説得する。

「エアハルトぉ。貴方も大人しくしておきなさぁい」

「貴様には、魔人の誇りが無いのかッ!?」

「無いわよぉ。私は狼獣族《あなた》と違ってぇ、そういう御堅いのは嫌いなんですものぉ」

「く……っ。この雌狐メスギツネめ……ッ!!」

「自分の命が何よりも大事よぉ。だから御願いよぉ。何でも喋るからぁ、命だけは助けてぇ」

 エアハルトの叱責に対して、クビアは受け流すような言葉を向けて自身の命を優先する事を選ぶ。
 そうした二人の口論を聞いていたアルトリアは、再びクビアが居る牢獄の前に足を戻し、向かい合う形で問い掛けた。

「それじゃあ、ここで聞かせてもらえるかしら?」

「いいけどぉ、本当に私を助けてくれるぅ?」

「喋らなきゃ、保証も何もするつもりは無いわよ」

「もぉ、ケチな子ねぇ。……分かったわぁ。私が知る限りのことを教えるわよぉ」

「そう。ありがとう」

 クビアは観念した様子を表情で表し、尾骨部分に生えた九つの尻尾を揺らす。
 それを聞いたアルトリアは少し呆れ気味な笑みを零し、向かい合う形でクビアに対する詰問を始めたのだった。
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