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革命編 四章:意思を継ぐ者

悪魔との語らい

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 アルトリアを目的とした魔人達の誘拐劇から一日が経過し、ガルミッシュ帝国の帝都では再び朝が迎えられる。
 その騒動の最中に陣痛を起こしたリエスティアは、主治医であるアルトリアと子供の父親であるユグナリスの支えを受けながら無事に女児を出産した。

 十時間以上に渡る出産の経過を終えると、アルトリアの指示を受けながら看護士を務める女性達の手によって疲弊した様子である母子に手厚い処置と介護が施される。
 それに帝国皇子であるユグナリスも付き添い、皇帝ゴルディオスと皇后クレアの両名も初孫の顔を見る為に寝室内に再び訪れると、アルトリアは深い溜息を漏らしながら看護士達に伝えた。

「――……ふぅ……。……後の事は任せていい?」

「はい」

「そう。それじゃあ、私は少し休むから。母親リエスティアの方も休ませて、少しでも問題がありそうだったらすぐに伝えて」

「分かりました」

 アルトリアはそう伝えて寝室を離れると、扉から出て居間に入る。
 その際に居間に控えていた悪魔ヴェルフェゴールが立っている様子が見えたが、薄ら笑いを浮かべるだけの彼に何かを話し掛ける事も無いまま、アルトリアは別室の扉まで足を進めた。

 扉を開けると簡素ながら寝台ベットも置かれた部屋となっており、アルトリアは血液の付いた白い服や薄い布手袋を脱ぎ、口を覆っていた白布を脱ぎ捨てながら柔らかな敷き布に包まれた寝台へ腰を降ろす。

 一連の騒動で囮役を担い、人形マネキンに自身の意識と精神を憑依させて魔人達と戦闘を行い、その後には休む間も無くリエスティアの出産に立ち会う。
 凡そ十二時間以上に渡る緊張感からようやく解放されたアルトリアは、僅かな眠気を見せる瞼を晴らすように首を振り、カーテン越しに感じる朝の陽ざしを見据えながら渋い表情を見せた。

「……また、記憶と違う未来になったわね」

 アルトリアはそう呟き、背を傾けながら寝台ベットに身を委ねる。
 そして彼女自身が今まで抱いていた内情を吐露するように、一人の室内で呟きを続けた。

「……私が知ってる未来とは、全然違う。……共和王国からあんな爆発は起きなかったし、共和王国の使者を捕まえたり、私を誘拐しようとする奴等が来たりもしなかった……」

 そうした呟きを自身に向けて伝えるように、アルトリアは長時間の緊張感と疲弊を混ぜた思考を回転させる。
 しかし誰もが驚くだろうべき事を、アルトリアは呟き始めた。

「……リエスティアも死ななかった。……私が知ってる未来では、あの子は子供を出産に耐え切れずに死んだ。そして、御腹に居た赤ん坊も……」

 アルトリアはその言葉を漏らし、深い溜息を再び漏らしながら敷き布に預けていた背中を動かす。
 そして横向きの姿勢になりながら、アルトリアは自身に問い掛けるような独白を零した。

「私が知らない所で、別の誰かも未来とは違う事を起こしてる。その影響で、どんどん未来が変わってるの……? ……このまま上手く、共和王国のウォーリスを倒せるのかしら……」

 自身の知る未来とは異なる現在をかんがみながら不安を零すアルトリアは、息を整えながら瞼を閉じる。
 そして疲弊した精神を癒すように、寝台ベットの上で寝息を立て始めた。

 それから昼頃まで、アルトリアは誰にも起こされる事も無いまま眠り続ける。
 およそ五時間程の睡眠を貪ったアルトリアは意識を戻して瞼を開き、上体を起こしながら窓に映る日差しを確認した。

「……もう、昼……? 何時間、寝てたのよ……」

「――……およそ、五時間程ですねぇ」

「あ、そう。……ッ!?」

 寝ぼけた様子で時刻を確認しようとしたアルトリアだったが、不意に隣から聞こえる声で自身の睡眠時間が確認できる。
 始めにその声に疑問を持たずに簡素な返しを行ったが、少し遅れた驚愕で目を見開きながらアルトリアは首を横へ振り、扉側に立っていた声の主に視線を送った。

「……なんで勝手に入って来てるのよ? 悪魔」

 アルトリアは嫌悪にも似た口調で問い掛け、入り口の扉に立っていた悪魔ヴェルフェゴールに問い掛ける。
 しかし微笑みながら立つだけのヴェルフェゴールは、予想もしない返答を口にした。

「貴方の魂を、観察しておりました」

「……魂を、観察?」

「私の趣味です」

「……」 

「貴方のように無垢で純粋な魂は、清く美しい。私好みで、実に魅入られてしまいます」

「……この変態悪魔。アンタなんか、今すぐ消滅させたって良いのよ?」

「御機嫌を損ねてしまいましたか?」

「元々、アンタに対して良い機嫌なんて見せた事が無いわよ」

「それは申し訳ございません。何しろ人間の感情というモノは複雑で、私共では理解できず疎いところがありますので」

「……はぁ……。もういいわよ……」

 ヴェルフェゴールの語る言葉と噛み合わないアルトリアは、快眠後にも関わらず再び疲弊したように溜息を漏らす。
 そして寝台ベットを椅子代わりに腰掛けながら、ヴェルフェゴールに対して敢えて尋ねた。

御主人様マスターの命令も守らずに、護衛対象リエスティアの傍から離れて好き勝手して良いわけ?」

「今は問題にはならないようですから」

「アンタが言う問題って、どんな時の事よ?」

御主人様マスターの命令は、リエスティア様に害を成す者に対する攻撃行動の許可。また命を脅かす者の殺害許可を受けています」

「例えば、毒殺を考えるような奴が近付いても攻撃対象になるの?」

「はい」

「じゃあ、今はそうした問題にはならないと判断してるわけね。どうやってそんな判断をしてるわけ?」

「魂をれば、その者の思考が読み取れます」

「!」

「私のように依り代を与えられた悪魔の金瞳ひとみは、現世では俗に呼ばれる『魔眼』が付与されます。この瞳を通す事で、魂に浮かぶ思考が私の精神に伝わるのですよ」

 ヴェルフェゴールの話を聞いていたアルトリアは、思わぬ情報を聞いて再び驚く。

 悪魔として依り代を与えられているヴェルフェゴールの左目は、右目の碧眼とは違う金色の輝きを宿していた。
 それが魔眼であり魂から思考を読み取れる能力がある事を初めて知ったアルトリアは、怪訝そうな表情に戻しながら話を続ける。

「……初めて聞いたわ。悪魔にそんな能力があるなんて……」

「後世には、そうした話が伝わっていないようですねぇ」

「つまり、アンタは私の思考も読み取ってるわけね?」

「はい、その通りです」

「じゃあ、私が皆に秘密にしてる情報も知ってるわけね」

「勿論」

「……それを知ってるなら、アンタは御主人様マスターに伝える事も出来るはずよね。どうして、そうしていないのよ?」

 両腕と両脚を組みながら問い質すアルトリアに対して、ヴェルフェゴールは首を僅かに傾げる。
 そして実に不思議そうな声色と表情を見せながら、逆にアルトリアへ問い掛けた。

「私が、自分からそのような事をする理由がありますか?」

「!」

「私は悪魔として、契約主である御主人様マスターの命令を守っているだけです。それ以外の事など、自身の趣味趣向以外で行う理由がありません」

「……アンタ、命令された事以外はしないの?」

「はい」

代償コストは大きいくせに、随分と使い勝手が悪いのね。悪魔って」

「契約するような物好きは、極少数だけですから」

「……物好き? そりゃ、悪魔を呼び出して契約する奴なんて滅多にいないだろうけど……」

「いいえ、契約主の事ではありません。――……契約の履行を務める、悪魔達わたしたちの方です」

「!?」

「皆様は誤解なさっているようですが、私共のような高位の悪魔は、自身の意思で依り代を得てながら現世へ干渉できます。召喚に応じたとしても、契約を結ぶのは気分次第。契約主に興味を持つ場合や、暇潰し程度で受ける事があるだけでしょう」

「……待ちなさいよ。じゃあ、アンタはどんな理由で契約なんてしたの?」

「私の場合は、精神体の頃から契約主マスターに興味を抱いておりました。そして悪魔の召喚に応じ、契約を結んだだけです」

「……!!」

 も当然のように述べるヴェルフェゴールの言葉に、アルトリアは驚きながらも不可解な面持ちを浮かべる。
 人間大陸に残る悪魔の生態に関する文献と、実際の悪魔自身が伝える行動性に合致していない部分が多く、ヴェルフェゴールが悪魔の情報に関して嘘を語っているのではと真っ先に疑いを向けたのだ。

 そうした思考さえ読み取っているのか、ヴェルフェゴールは再び微笑みを浮かべながら語り始める。

「人の世に伝わる悪魔も、実態は異なるようですね」

「……!!」

「悪魔にも個別に、趣味趣向はあります。中には薄汚い魂を好んで食す悪魔もおりますが、貴方のように清き魂の者に惹かれる者も存在します。そうした魂を食す者や、人が宝石などを着飾るよう纏う者もいますねぇ」

「……アンタも、そういうたぐいの悪魔なわけ?」

「私は、ただ無垢で綺麗な魂を見ているのが好きなだけですよ。食すのに勿体もったいない場合は、こうして美しく輝く様を観察するようにしています」

「……やっぱり、変態の悪魔じゃないのよ!」

「おや、貴方のことを褒めているつもりなのですが……」

「いいから、さっさと出て行きなさい! 本当に消滅させるわよッ!!」

 褒めたはずが罵倒を返されてしまい、再びヴェルフェゴールは首を傾げる。
 それに対してアルトリアは右手に力を込め、周囲の魔力と自身の生命力で形成した光を右腕に宿した。

 それを見たヴェルフェゴールは小さな溜息を漏らし、深々と頭を下げながら室内の影に身を潜らせる。
 影に潜り姿を消した悪魔に対して、アルトリアは更に大きな溜息を漏らしながら立ち上がり着替え始めた。

 こうして僅かな休息を終えたアルトリアだったが、その疲れが癒される事は無く更なる疑問を抱える事となる。
 それはヴェルフェゴールが伝えた言葉の意味から浮かんだ疑問であり、契約主マスターであるウォーリスが興味を抱かれる程に自分と同じく清い魂を持っているという、自分の知る記憶の情報とは異なっていたからだった。
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