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革命編 四章:意思を継ぐ者

相応しい者とは

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 オラクル共和王国から使者として訪れたはずの外務大臣ベイガイルは、皇帝ゴルディオスの逆鱗に触れてしまう。
 そして拘束されたベイガイルを含むオラクル王国の使者達は、帝城の地下牢獄へと幽閉される事になった。

 始めこそ皇帝ゴルディオスが憤怒する様子を唖然としながら見ていた帝国幹部達だったが、ベイガイル達が議会の場から出た後にざわめきを起こし始める。
 そして大臣職に就く幹部の一人が、僅かなおそれを持ちながらも皇帝ゴルディオスに問い掛けた。

「――……こ、皇帝陛下、おそれながら申し上げます。……このような事態になってしまえば、オラクル共和王国との同盟関係は破綻を免れないでしょう」

「……」

「陛下の御考えとは別に、彼等は紛れもなくオラクル共和王国から赴いた使者です。その使者を帰すだけならば、新たな使者が交渉に訪れる可能性もありました。……しかしこのような形で使者を拘束したとなれば、オラクル共和王国も黙ってはいるはずがありません」

「確かに、そうだろうな」

「では、この事態をどのように解決するおつもりなのでしょうか? 失礼ながら、陛下の行動は御考えあっての事だと理解はできますが、どのような御考えなのかが分かりません。どう、陛下の御考えを御聞かせ願います」
 
 帝国幹部の一人がそう申し立て、この事態に対するゴルディオス本人の考え方を問う。
 それに多くの幹部達も賛同するように頷き、全員がゴルディオスへ視線を注ぎながら言葉を待った。

 そうして溜息を一つ漏らしたゴルディオスは豪華な装飾椅子に腰を戻し、自身の考える今後の状況と対応を伝える。

「……この場に赴いたオラクル共和王国の使者ゲイガイルは、ウォーリス王の名代でありながら我が帝国を脅迫する言動を行った。奴のような者を名代として赴かせたウォーリス王には、そのせきを負ってもらう」

「責任……!?」

「だがその前に、ウォーリス王へ確認を求める。今回の使者である外務大臣ゲイガイルなる男が、本当に王の名代として赴かせたかどうかをな」

「……え?」

 ゴルディオスはそう述べると、帝国幹部達は困惑を浮かべた表情で言葉の意味を理解し損ねる。
 しかしセルジアスだけはそうした様子を見せていない事を確認したゴルディオスは、改めて自身の思惑を伝えさせた。

「今回のゲイガイルなる男が行った言葉は、書記に記録させているはずだ。そうだな?」

「は、はい!」

「その記録の写しを、ウォーリス王に送る。そしてゲイガイルの言動が、本当にウォーリス王の名代として相応しいかを確認させる」

「……!」

「もしウォーリス王がゲイガイルなる男を名代だと認めるのならば、あの脅迫おどしが共和王国の王としての言葉だという事になる。ならば、そのような脅迫を行うオラクル共和王国などという賊国とは、同盟を結ぶに値しないと判断せざるを得ない」

「!!」

「だが逆に、ウォーリス王がゲイガイルを名代の使者ではないと言うのであれば。今回の出来事はゲイガイルという男が使者と偽り行った言動だと考え、共和王国に帝国を脅迫するような意思は無い事を認める。そうした旨の通達を、共和王国のウォーリス王へ送る」

「……で、では。先程の、ゲイガイルなる男はどのような処遇を?」

「ウォーリス王がゲイガイルを共和王国の使者ではないと認めたならば、ウォーリス王の名代を名乗った不届な詐欺師として引き渡す。逆に使者であると認めた場合、ゲイガイルを共和王国に引き渡した際、余の国璽印を捺した同盟破棄の書状を共和王国側に提出する」

「……!!」

 ゲイガイルを拘束した後に出来事に関して、皇帝ゴルディオスはこうした考えを幹部達に伝える。
 それでようやくゴルディオスの行おうとしている事を理解できた幹部達は、瞠目するような表情を浮かべ直した。、

 そしてゴルディオスは腰掛けたまま、近くに座るローゼン公セルジアスへと言葉を向ける。

「ローゼン公、後ほど書状の用意を頼む。各大臣と内容を確認した後に、余の下へ届けるように」

うけたまわりました。陛下」

「騎士団長。ベイガイルと他の使者達は、書状の返答が行われるまでは帝城ここの地下牢獄に拘束しておけ。死なせる事は許せぬが、奴は帝国われわれを脅せば従う容易な国だと舐めている節が見える。絶対に逃がさぬように、監視と警備の態勢を万全にしておけ」

「りょ、了解しましたッ!!」

「書記長。議会ここでゲイガイルを拘束するまでの書記記録を複写し、複数枚ほど用意。各貴族家にも今回の記録を通達し、ゲイガイルなる男が帝国を脅したという所業を伝えろ。そして余が述べた先程の話も、書状として用意せよ」

「ハッ」

「共和王国の対応次第では、各貴族家の力を借りる事もあるやもしれん。特に国境付近の建設作業員達と関係者達を、帝国内まで引き戻す事も必要になるだろう。――……各々、そうした準備を整えよ」

「ハ、ハッ!!」

 ゴルディオスは威厳に満ちた声色とおごそかな表情を見せ、臣下である幹部達に各状況に対応する為の行動を命じる。
 それを聞き入れた全員が、改めるように皇帝ゴルディオスに敬礼を向けながら頭を下げてかしこまる様子を見せた。

 今年で五十六歳を迎える皇帝ゴルディオスは、今まで平時だからこそ穏やかな表情や様子を見せ続けていた。
 しかし事が帝国の名誉を損なうような出来事があれば、例え同盟国であったとしても威厳のある態度を見せる皇帝である事を示して見せる。

 そうした皇帝ゴルディオスの姿を初めて見る幹部達は、心なしか安堵と鼓動の高鳴りを浮かべながらそれぞれに必要な対応を行う為に議会の場から足早に出て行く。
 そしてゴルディオス自身も近衛兵と騎士を伴いながら議会の場を出ると、ゴルディオスの後ろを歩くセルジアスは微笑みを浮かべていた。

 そして皇室へ到着したゴルディオスとセルジアスは、そのまま皇帝の執務室へと足を運ぶ。
 二人だけになったその場で、椅子に腰掛けたゴルディオスにセルジアスは立ちながら話し掛けた。

「――……陛下。先程の御対応、御見事でした」

「いや。少し大人気が無かったと、気恥ずかしく思っているところだ」

「いいえ。皇帝陛下だからこそ、ああした出来事で激怒する姿を他の者達にも見せて頂きたかったのです」

「そう思うかね?」

「……実は数ヶ月ほど前に、アルトリアからこんな事を言われました。『隣国の言いなりになっている宰相が頂点トップでは、国は滅びる』と」

「それはそれは……。なんとも、厳しい言葉だ」

「はい。私自身も自覚はしていましたが、妹に言われて改めて自分自身の不甲斐なさを痛感しました」

「君は最年少の宰相として、やるべき事を全て行っている。そう自身を卑下する事も無いぞ」

「それでも、やはり向き不向きがあるのだと思います。……ゴルディオス皇帝陛下のように、時に本気で人を叱り罰せられる者こそ、皇帝には相応しいと思います」

「そうかね? 私は君のような冷静沈着な者ほど、頂点に立つ素質があるとは思うのだがな」

「……私は父上クラウスアルトリアと違って、どうも自身の感情を表に出すのが苦手です。それ故か本気で怒る事も、そして自分自身の感情を見せながら人に向き合う事が出来ません。だから私自身がどのように貶められようと、他人の言葉だとそれほど傷付いたりもしなかったりします」

「!」

「そうした意味で、私は皇帝となるには不向きな人間です。……ですから私を皇位継承者に推そうと画策するのは、御止めください」

 セルジアスはそう話し、口元を微笑ませながら困ったような表情を見せる。
 そしてゴルディオスは僅かに目を見開いた後、小さな鼻息を漏らしながら背を椅子に預けて口を開いた。

「……どうして、分かったのかね?」

「分かりますよ。明らかに周囲の様子が、露骨でしたからね」

「……セルジアス。君は私以上に、善き皇帝となれる素質がある」

「そう御考え頂ける事は、嬉しい限りです。……しかし、その言葉が真意ではない以上、私は皇帝陛下の御言葉を素直に聞く事は出来ません」

「!」

「陛下は、ユグナリスに皇位を継承をさせたくはないのでしょう? だから私に皇位を継承させようと、焚き付けようとしている周囲を黙認している。違いますか?」

「……ッ」

 セルジアスの指摘に対して、ゴルディオスは思わず口をつぐむ。
 そうして暫しの沈黙が起きた場で、ゴルディオスが諦めにも似た深い溜息を吐き出しながら告げた。

「……私は、ユグナリスに皇帝の座を継がせたくない」

「やはり、そのように御考えでしたか」

「ああ。……ユグナリスは、どうやら儂の悪い部分が似すぎたらしい。皇帝の座に着くには、少し落ち着きが無さ過ぎる」

「そうですね」

「それも幼い頃からユグナリスに甘く接し続けた、私達が原因だ。……四年後にどれ程まで落ち着くか分からぬ以上、今のような状態のユグナリスを皇帝とするよりも、君を皇帝にするべきだという意見に私も賛同しているのだ」

「……」

「それにリエスティア姫の事もある。彼女はユグナリスの子を産む母親であるのは確かだが、オラクル共和王国の姫君であるというのも確かだ。……このまま同盟関係が破綻するようになれば、少なくとも皇帝になったユグナリスとリエスティア姫の婚姻は、帝国内では果たせぬだろう」

「……そうですね」

「そうした場合、私はルクソード皇国のシルエスカ皇王に、ユグナリスとリエスティア、そして出産する子供を預けられないか頼むつもりだ」

「!」

「そして二人とその子供には、ルクソード皇国の地方で平穏に暮らしてもらう。……それが一番、ユグナリスにとっては平和な日常を与えられるかもしれん」

「陛下……」

「……だから君に、皇帝わたしを継げと言っているわけではない。……ユグナリスが子を持てば、あるいは新たな成長も見れるかもしれぬからな」

「そういう事も、あるのでしょうか?」

「父親になるという事は、意外と意識が変わるものだよ。未婚の君には、まだ分からぬかもしれんがね」

「恐れ入ります。――……では、書状を作成させて頂きます。少し御待ちを」

「うむ」 

 セルジアスとゴルディオスはそうした話を交えた後、互いに別れて執務を行う。
 そして共和王国の外務大臣ベイガイルと使者達は地下牢に拘束され、厳重な警備体制を敷かれながら帝国側では共和王国に対する準備を始めた。
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