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革命編 三章:オラクル共和王国
決死の覚悟
しおりを挟むシスター達の村に紛れ込んでいた密偵を炙り出す為に、敵の目的であるミネルヴァを殺そうとする危険な芝居をワーグナーは見せる。
それを妨げようと短銃を隠し持っていた二名の男女を、クラウスの投げ放った短剣とシスターの体術によって押さえられた。
その事情を明かした後、シスターと孤児院の少年達が密偵の手足を縄で締め上げてながら捕縛する。
更に密偵の男が放った短銃の発砲音を聞いた外の者達も、驚きを浮かべながら中の様子を窺いに来た。
そうした村人達に謝罪して小銃を木箱の上に置いたワーグナーは、クラウスに歩み寄りながら伝える。
「――……クラウス。密偵等を利用して、この村から脱出できる算段とかあるか? 人質にするとかよ」
「密偵を人質に交渉を迫っても、無意味だろう」
「そうか。まぁ、こんな危険な役目をやらせてる奴に、人質の価値は無いか。……今はアンタの知恵が頼りだ。村の連中を生き残れる可能性が少しでもあるなら、策を言ってくれ」
「ああ。……ところで、村に密偵がいる事をよく察したな?」
「……村を囲んでいる連中の中に、マチスが居た」
「なに? 私を殺そうとしたという、お前の仲間か」
「ああ。アイツは魔人だから、人間大陸で生まれた魔人共が暮らせる場所を得る為にウォーリスと手を組んだらしい。……そして黒獣傭兵団を裏切った」
「……その男が、密偵について話したのか?」
「そうだ。俺が密偵に気付けない事を、馬鹿にしたように言いやがったぜ。あの野郎……」
ワーグナーは苛立ちを浮かべながら、マチスについて話す。
それを聞いたクラウスは眉を顰め、ワーグナーの顔を見ながら再び尋ねた。
「そのマチスという男は、他に何か言っていたか?」
「え? ……アイツは『子』という魔人の組織に入ってて、エリクの監視をしてたとか。その時にウォーリスの奴に捕まって、魔人の居場所を確保する為の取引を申し出られたとか。……そして、俺達に冤罪を着せる事に手を貸したってのも全部、吐きやがったよ」
「……フォウル国の『子』が、傭兵エリクを監視していた?」
「らしいぜ。よく分からんが、エリクを『当たり』だとか言ってたな」
「……他には、何か言っていたか?」
「他は……欲望塗れの人間は、嫌いだってよ。あとは村の連中が隠れてるのを庇ってたとか、俺達が共和王国に潜り込んでた事を秘密にして裏切り者だと思われてるとか、そんな事も言ってた気もするがな。何処まで本当か分からん」
クラウスに言われるがまま、ワーグナーはマチスから聞いた話を伝える。
それを聞いていたクラウスは神妙な面持ちを浮かべ、床に伏せられている密偵を見ながら話した。
「……何故マチスという男は、密偵の話をした?」
「え?」
「密偵が既に村から離れていたのなら、言っても問題は無いだろう。……だが密偵は、まだこの村人達の中に潜んでいた」
「……!」
「恐らく敵の突入時、密偵が内部から我々を攪乱する役割を担っていたのだろう。そしてミネルヴァを確保し、外の襲撃部隊と合流する予定だったはずだ。だがマチスという男が隠れていた密偵の事を口にするのは、あまりに迂闊過ぎる」
「……まさかマチスが、俺に親切に教えたって言うつもりかよ? 密偵のことを」
「そう考える方が、不自然さは拭えるな」
「だが野郎は、ウォーリスの言いなりになって黒獣傭兵団を裏切ったんだぜ。オマケに、アンタも殺そうとした」
「確かに、それは事実なのだろう。……だがそれは、彼の真実ではないかもしれんぞ」
「……真実じゃない?」
クラウスはそう述べ、マチスが村に潜り込んでいた密偵の事を意図的にワーグナーへ教えたと考える。
それを否定的に捉えるワーグナーだったが、以前から真に迫る物言いをするクラウスの言葉には、何かしらの考えがあるのではと察する事は出来た。
そうして二人が話している時、シスター達が居る方向で再び騒めきが起こる。
気絶させていた密偵の二人が意識を戻して暴れ、少年達に強く押さえられていた。
「――……クソッ!! 離せガキ共――……グッ!!」
「暴れたり大声を出したら、肩を外すよ」
「ガ、ァ……ッ!!」
暴れる密偵の頭を手で押さえながら床へ潰した二人の少年は、背中側に回している密偵の左腕を捻り上げる。
そして異常に上がった左肩は外れる寸前の角度で留められ、密偵達は苦痛を味わいながらも体勢的に叫び声を上げられずに苦しんでいた。
クラウスはワーグナーに肩を借り、右足を引きずりながら密偵が倒れ伏す場所に近付く。
それから密偵達の目の前で立ち止まると、クラウスは見下ろしながら話し掛けた。
「……お前達の狙いは、味方の突入時に村側の内部を攪乱させ、『黄』の七大聖人ミネルヴァを奪取する事だな?」
「ッ!!」
「何故、ミネルヴァを生きたまま確保しようとする? ……答えなければ、私達と同じような痛みも味わってもらうぞ」
クラウスは密偵を見下ろしながら影が宿る表情を見せ、僅かに視線を横に向ける。
そこには密偵の持っていた短銃を持ったシスターが立っており、一つの短銃をクラウスに手渡した。
そして短銃の構造を把握した後、クラウスは男の密偵に銃口を向ける。
「ミネルヴァを生きたまま確保しようとしていた理由は? 答えろ」
「……ッ」
「!」
「!?」
その時、男女の密偵が視線を合わせながら僅かに口を開ける。
しかしその口からは何も語られず、ただ閉じた男の口から何かを噛み砕く音が聞こえた。
その音を聞いたクラウスとシスターは、何が起こったのかを即座に察する。
そして密偵達を押さえている少年達に向けて、焦るように声を向けた。
「密偵の口を開けさせろッ!!」
「毒ですッ!!」
「えっ!?」
クラウスとシスターが密偵の口内に毒が仕込んであった事を知り、少年達より早く身を屈めて手で密偵達の口を開けさせようとする。
しかしそれは間に合わず、密偵達は噛み砕いた毒を飲み込んだ。
それから数秒後、密偵の男女二人は強い痙攣を起こし始める。
そして互いに白目を向き、口から泡を吹き出しながら一分後には動かなくなってしまった。
シスターは密偵達の自殺を防げずに表情を曇らせ、クラウスは小さな悪態を漏らす。
それを後ろから見ていたワーグナーは、動揺を浮かべながら聞いた。
「クソッ」
「……この連中。まさか毒を仕込んで、自分で飲んだのか……!?」
「ああ」
「なんで……!?」
「捕まって敵に情報を与えるくらいなら、矜持を持って自死を選ぶ。普通の人間が歩む在り方ではない。……それが出来る本物を、共和王国は雇い入れているらしいな」
「……!!」
クラウスはそう語り、密偵達が自死を選んだ理由を話す。
その話はワーグナーにも理解できる事だったが、躊躇せずにそれを実行できる人間が目の前にいた事を驚き、死んだ二人の遺体を見下ろしながら息を飲んだ。
そうした状況の中で、ある人物がよろめきながら立ち上がる。
それは壁際の木箱に背を預けていたミネルヴァであり、それに気付いたシスターは振り返りながら走り寄った。
「ミネルヴァ様! ……まだ、御無理をなされては……」
「……敵が何故、私を生かしたまま確保しようとしているか。その理由は、私自身がよく知っている」
「!」
「なに……!?」
ミネルヴァはそう話し、シスターの肩を借りながらクラウスとワーグナーの傍に近付く。
そして倉庫内に居る村人達も視線を集めると、ミネルヴァは自身が生きたまま捕らえられようとしている理由を語った。
「あの悪魔に挑む際、私は自身の敗北も考えた。だから念の為、布石を打っていた」
「布石……?」
「私は、私自身の魂にある秘術を施した。……私という存在の『死』を基点として発動する、とても危険な秘術を」
「!」
「私の肉体が死を迎えると、我が身と魂を糧にした力が周囲一帯を消滅させる。そういう秘術が、今の私に施してある」
「な……っ!?」
「過去にその秘術を用いた者は、山一つを軽く消し飛ばした。……悪魔は私がその秘術を用いている事に気付き、殺すのを留めた。そして肉体の死より先に、秘術が施された魂を消滅させる為に、この呪印を私の肉体に打ち込んだのだ……」
「それじゃあ、まさか……。アンタが今、ここで死んだら……!?」
「……この辺り一帯は消え去る。何もかも」
「!!」
ミネルヴァはそう述べ、自身に施した秘術の事を明かす。
それは悪魔であるウォーリスを討ち取る為に選んだ、まさに決死の秘策。
自身の死を基点に発動する大規模な消滅魔法が今も解かれないまま、ミネルヴァの魂に刻まれていた。
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