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革命編 三章:オラクル共和王国

屍を踏み越えて

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 包囲された村を逃げる者達は容赦なく撃たれ、その中に第一王子ヴェネディクトが含まれていた。
 そして第一王子ヴェネディクトを助ける為に、クラウスとワーグナーを含む黒獣傭兵団の団員達は決死の覚悟で救出を行う。

 その救出は成功しながらも犠牲は多く、残っていた黒獣傭兵団の団員四名も全員が死亡した。
 そして生き残ったクラウスも右脚を撃たれ、ワーグナーも右肩を撃たれて負傷する。
 しかし負傷したワーグナーの痛みは肉体だけではなく、その精神にも悲痛な感覚を味合わせていた。

 第一王子を救出した後も、全員が満足に動けない状況に陥る。

 ワーグナーは仲間達の凄惨な状態を見た後に精神的に限界に達し、その場から一歩も動けなくなった。
 そして気絶している第一王子も左脚から流れる出血によって肌に血の気を失い、辛うじて僅かな呼吸をしているだけになっている。

 しかしクラウスは右袖の布を左手で強引に引き裂き、撃たれた右脚の状態を確認しながら止血の為に右腿を布で強く締めていた。

「……グゥ……ッ!! ……ワーグナー」

「……」

「ワーグナー!」

 クラウスは自身の止血を終えた後、今度は右手で左服の袖を引き千切る。
 そして少し離れた位置に置かれている第一王子ヴェネディクトの傍で、座りながら顔を伏せるワーグナーを呼んだ。

 しかしワーグナーは呼び掛けに反応せず、ただ顔を伏せながら無言を貫く。
 それを見たクラウスは表情をしかめながらも、建物の壁を支えに左半身を預けて立ち上がり、右足を引きずりながら第一王子が横たわる位置まで歩いた。

 そして痛みを堪えながら腰を下げて座り、今度は第一王子の左腿を破いた袖布で締め上げる。
 更に第一王子の撃たれた左脚を確認し、表情を渋くさせながら呟いた。

「やはり、弾丸が貫通していない。弾を摘出する必要がある。……我々も」

「……」

「立て、ワーグナー。王子コイツを連れて戻るぞ」

「……」

「ワーグナー」

「……んだよ……」

「?」

「……戻って、どうすんだよッ!!」

 幾度も呼び掛けられたワーグナーは、堰を切るように怒鳴り声を発する。
 そして傍に座るクラウスに左手を伸ばし、胸倉の服部分を掴みながら顔を引き寄せ、悲哀と憤怒を入り混じらせた表情で怒鳴り続けた。

「コイツを助けたとこで、ここから脱出できなきゃ意味がねぇだろうがッ!!」

「……ッ!!」

「お前みてぇな奴等は、いつもそうだッ!! 大義だのなんだのと掲げて、俺等みたいな傭兵やつを使い捨てるッ!! そして俺等が死んだって、気にも留めず踏み付けて行くッ!!」

「……ワーグナー」

「ここから抜け出せねぇのに、こんな第一王子やつを助ける為に、俺の仲間は……。……こんな事に、俺等がここで犠牲になって、何の意味があるってんだよッ!!」

「……」

「教えろ、クラウスッ!! なんでアイツ等は、こんな所で、あんな死に方をしなきゃいけないんだッ!!」

 ワーグナーは憤りを宿した瞳から涙を流し、自分達の存在と死についてクラウスに問う。
 それを聞いていたクラウスは瞼を閉じて表情を強張らせた後、青い瞳を再び見せながらワーグナーに答えを伝えた。

「……私の失敗ミスだ」

「!」

「この村が敵に包囲される可能性を、考慮に入れていなかった。そして周囲を囲む敵に気付けなかった。……敵が『砂の嵐デザートストーム』だと察せらないまま煙玉の効果を過信し、防波堤バリケードが無意味となる敵の爆弾がある事を考えていなかった」

「……ッ!!」

「彼等が死んだのは、全て私の失敗ミスだ。……すまない」

 クラウスは自身の考慮が全てにおいて足らなかった事を認め、胸倉を掴まれたまま頭を下げる。
 それを聞いていたワーグナーは更に表情を強張らせながら悲しみと怒りを強め、歯を食い縛りながらクラウスの胸倉を掴む左手の握力を強めた。

 しかしワーグナーは顔を伏せ、クラウスの胸倉から左手を突き離す。
 そして再び左手で顔を覆ったワーグナーは、自身の後悔を吐露させた。

「……違う、アンタのせいじゃない……。……俺だ」

「……」

「俺が、アイツ等を巻き込んだ。……この潜入に連れてきて、南方ここに行く事を選んで……。……全部、俺が選んだ事だ……」

「ワーグナー……」

「俺が、黒獣傭兵団を続けたから……。……おやっさんが死んだ時、黒獣傭兵団を解体してれば……。……こんな事にはならなかった……ッ!!」

「……」

「全部、俺のせいだ……。アイツ等、こんな死に方をしなきゃいけなかったのは……。……全部、俺のせいなんだよ……」

 ワーグナーは怒気が入り混じった声で、自身を責め立てる。
 そして右手の隙間から涙と鼻水が溢れ出るように流れ、服や地面へ落ちた。

 それを見ていたクラウスは、僅かに顔を伏せながら語り始める。

「私も、多くの仲間達を死なせた」 

「……!」

「王国軍と反乱軍に包囲された状況で、私を慕い、私と共に殿を務めた百二十四名の仲間達だ。……彼等は私と共に戦場を駆け、自軍を逃がす為に決死の特攻を仕掛け続けた」

「……」

「生き残ったのは、僅か二十八名。……死んだ者達は、私が公爵になる前から土地の開拓を共に行った、十数年と親しかった仲間だった」

「……ッ」

「更にその後、私は判断を誤った。……追跡者が悪魔だと分からず、死ぬはずではない者達が、私を守ろうとして死んだ。……全て私の選択が、彼等を死なせた」

「……」

「だが……いや。だからこそ私達は、生き続けなければならない」

「……!?」

「生き残った者として、そして生かされた者として。死んだ者達の、死なせた者達の屍を踏み越えなければならない。……そうでなければ、彼等が死んだ意味も、そして自分が生きている意味も、誰にも分らなくなる」

「……生きている、意味……?」

「彼等が生きた証は、私達が生きて成した事で証明される。……例えそれが自己陶酔で、都合の良い妄想だとしても。私達は理由を持ち、最後の時まで生き続けなければならない」

「……!!」

「立て、ワーグナー。……我々は生きて、仲間達かれらの意思を証明しなければならない」

 クラウスは鋭くも意思の籠った青い瞳を見せ、ワーグナーを見ながら語る。
 その瞳を見たワーグナーは瞼を閉じ、今まで死んで来た仲間達の姿が焼き付くように思い浮かんだ。

 そして生き残っていた最後の仲間が、ワーグナーに伝えた言葉を思い出す。

『――……副団長ッ!! 後は、頼みます……ッ!!』

 その言葉を聞いてしまったワーグナーは、後の事を託されてしまった事を自覚する。
 そしておもむろに左手を軽く顔から離した後、自身の顔を手の平で強く叩いた。

 それを見ていたクラウスは、特に驚く様子も無いまま見守る。
 そして左手を離して顔を上げたワーグナーは、まだ涙と鼻水が残る顔を右手の袖で拭い、強張らせた表情でクラウスと顔を向き合わせた。

 そして互いの視線を交わらせながら、ワーグナーから問い掛ける。

「……まだ、何か策はあるのか?」

「無い。だが、最後まで諦めるわけにはいかん。そして最後になっても、私は諦める気は無い」

「……そうか。……なら、俺も諦めねぇよ」

王子こいつを担げるか?」

「……やってやるさ」

 クラウスとワーグナーは互いに諦めぬ事を伝え、挫けぬ意思を取り戻す。

 そしてクラウスが腕と上体の力だけで気絶したままの第一王子ヴェネディクトを動かし、ワーグナーが背中で抱える。
 二人はよろめきながらも立ち上がり、互いに痛みを堪えながらシスター達が迎撃の準備を整えている武器庫の倉庫へ戻り始めた。

 こうして仲間達の死を踏み越えた二人は、第一王子の救出を終える。
 しかし状況が何かしらの好転を見せたわけではなく、絶体絶命の危機を切り抜ける手段は、誰にも残されていなかった。
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