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革命編 三章:オラクル共和王国
希望に目覚めを
しおりを挟む三十年後の惨劇から生き残っていたシスターは、エリク達と同様に神から選ばれた者として未来の記憶を引き継ぐ。
そして神の言葉によってウォーリスに囚われた『黄』の七大聖人ミネルヴァを救い出し、窮地に陥るクラウスとワーグナー達を助けた。
それを聞き一同が困惑を浮かべたまま、シスターは彼等にミネルヴァを託し、共和王国から逃げるよう頼む。
更に動揺を広める一同に代わり、険しい表情のクラウスがシスターに尋ねた。
「――……ミネルヴァを共和王国から脱出させる。では、貴方達は?」
「私達は、村に残ります」
「!」
「この村の人口は現在、百人前後です。中には足腰も弱く年老いた者や、帝国まで長期間の旅を行えない者達も多い。彼等も連れて移動すれば、南方の土地に集まる共和王国兵に必ず気付かれます」
「……我々だけながら国外に……帝国まで、戻れる可能性があると?」
「はい」
「しかし、共和王国が貴方達を見つけるのも時間の問題だろう。……それとも、貴方の知る未来では見つからなかったのか?」
「……私が視た未来では。そもそも、南方の土地はこうした状況となっていませんでした」
「なに……?」
「ベルグリンド王国は王国のままで、オラクル共和王国など名乗っていませんでした。またこのように大規模な形で、国外の者達を引き入れてはいなかったはずです」
「しかし、先程の話ではベルグリンド王国は滅んだと……?」
「王国が滅んだ話は、国名が変わったという意味ではありません。まったく異なる原因です。……私の未来では、ですが……」
シスターはそう話し、自身の知る未来と現在の状況がかなり異なっている事を話す。
それを聞いたクラウスはシスターの話を何かしらの予知夢を見せる能力だと推測し、王国が滅びた理由を言及した。
「貴方の知る王国は、どのような滅び方を?」
「……今から二年後。ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国が建設している同盟都市が完成します。そこで行われた祭典にて襲撃が起こり、両国の王が殺されます。特にガルミッシュ皇族は、ある一人を除いて全員が殺されたそうです」
「なに……!?」
「そして、ガルミッシュ皇族とベルグリンド王ウォーリスを殺した者達。……その主犯格の名として、ワーグナーさんと黒獣傭兵団の名が挙がったのです」
「!?」
「私は未来でその話を聞いた時、何かの間違いだと思いました。黒獣傭兵団を統率していたワーグナーさんは、その事件が起こる二年前に南方で殺されていたのを目撃していたのですから。……しかし襲撃は黒獣傭兵団が計画に行った事だと定められ、両国の関係はその出来事を期に悪化し、全面戦争が行われました。……その末に、帝国も王国も共に滅びたのです」
未来の出来事を語るシスターは、クラウスと黒獣傭兵団の面々にとって衝撃的な情報を教える。
それは自身の親類が殺されるという話であり、ワーグナーすらも考えていない襲撃案だったからだ。
それに驚く面々に対して、シスターは自分の未来で起こった出来事を現在の知識と交えて推測した事を伝える。
「恐らく、貴方達がガルミッシュ皇族とウォーリス王を殺したのは、未来の事実です」
「!?」
「しかし、貴方達自身の意思で行われた出来事ではない。……死体となった貴方達を死霊術で操り、襲撃事件の主犯格に仕立て上げたのでしょう」
「な……っ」
「襲撃は成功し、残るのは貴方達の死体だけ。……それでは誰もが、黒獣傭兵団が襲撃の犯人である事を疑うはずがありません」
「……やべぇな。頭が痛くなってきやがった……」
シスターの話を聞き続けていたワーグナーは、今まで聞いていた話が理解を超え始めて表情を歪めながら頭に手を置く。
団員達も同じように困惑の表情を更に強めていると、それを見ていたシスターは瞼を閉じてワーグナーに対して言葉を向けた。
「私の話を、全て信じてほしいとは言いません。しかし貴方達が共和王国の手によって殺されてしまえば、そうした事も起こり得る。それだけは、忘れないでください」
「……ああ。とりあえずは、分かった事にしとくさ」
「ありがとうございます」
ワーグナーは悩む表情を見せながら、形として納得した言葉を返す。
それを聞いたシスターは微笑みを浮かべた後、クラウスが厳しい表情を見せながら声を向けた。
「……シスター。一つ、その事で貴方に尋ねたい」
「何でしょうか?」
「貴方の知る未来で、私達は銃で撃ち殺された。しかし南方領地には、現在の状況には陥っていない。そうですな?」
「ええ」
「ならば、私達は誰に殺されたのです?」
「……貴方達を追跡していた者達に」
「!」
「貴方達を私が見つけた時には、既に身形がボロボロでした。恐らく何者かに追跡されながら襲撃を受け、それに耐えながら南方へ辿り着いたのでしょう。……そしてあの廃村に追い詰められ、貴方達は殺された」
「……つまり貴方の見た未来では、私達の侵入は王国側に気付かれていた。そういう事ですな?」
「恐らくは」
「!?」
その話を聞いていた黒獣傭兵団の一同は、困惑した表情を驚愕に変えて建物の外へ出ながら周囲を探る。
自分達が共和王国に潜入してから追跡されていたのだと思った一同に対して、シスターは改めて述べた。
「御安心を。今の貴方達に、追跡している者はいません」
「え……?」
「私が貴方達を連れて来る際に、追跡者が居ないか確認しました。誰も追跡してはいません」
「そ、そうか……」
「貴方達の潜入方法を聞く限り、未来で知る貴方達は無理なやり方で南方に赴いたのでしょう。外来商人の助けを受けられず、南方に向かう際に怪しまれる行動をしたのかもしれません」
「……!」
その話を聞いていたクラウス達は、ここに来て外来商人と行った交渉が有効であった事を知る。
未来の王国は共和王国へ変わらず、外来商人達を招かなかったのだろう。
同盟都市建設を利用した潜入方法は未来と同じながら、外来商人の助けを受けられずに行商団から離れて王都を出立し、早い段階で王国側から密偵だと気付かれたのかもしれない。
それによって南方へ向かっている最中に追跡者の襲撃を受け、窮地に陥り殺された。
それを発見したシスターはクラウス以外の亡骸を回収できず、ワーグナーと黒獣傭兵団の死体だけが襲撃に利用されしまう。
その一連の流れをシスターの言葉によって導き出す事が出来た一同の中で、クラウスが口元を微笑ませながら話す。
「……やはり、リックハルトとの交渉は正解だったようだ」
「どうやら、現在の貴方達は上手く潜入できている。……やはり私の見る未来と、今の状況はかなり異なります。貴方達が生きてこの村に辿り着けた事もまた、神の導きがあっての事でしょう」
「……神か。では貴方を遣わせた、その神に感謝するとしよう」
「神はどのような者であっても、信仰を受け入れるでしょう。例え神に仇名す大罪人であったとしても」
「ふっ。ならば、感謝するだけに留めさせてもらおう。……代わりに、コレを献上して罪を帳消しにできないか、後で聞いてみてくれ」
クラウスは口元を微笑ませながら皮肉を込めた口調で話し、腰鞄に入れていたある小袋を取り出す。
それを見ていたシスターは、疑問の表情を見せながら尋ねた。
「……それは?」
「『聖魔石』と言えば、貴方にも分かるか?」
「!!」
「その『聖魔石』を粉状にしている。ミネルヴァが呪術を受けて目覚めないのであれば、これを飲めば治るかもしれんぞ」
クラウスはそう述べ、シスターに聖魔石の粉末が入った小袋を渡す。
それに驚くシスターの表情を見ていたワーグナーが、不思議そうにクラウスへ尋ねた。
「……おい。その『せいませき』ってのは、何だ?」
「魔石の一種だが、精製方法が特殊らしくてな。限られた場所でしか採れないらしい。その昔には、『精霊』と呼ばれる存在の魂が物質化したのが、この『聖魔石』だとも言われていたそうだ」
「せいれい……?」
「精霊もまた特殊な存在で、人の目には見えぬらしい。……私も少し前に、悪魔の呪術を受けて殺されかけた」
「!」
「それを救ってくれた者の剣は、『聖魔石』で精製された鋼で作られた剣らしくてな。聖魔石から放たれる波動が、呪術の類を打ち消す効力があるらしい。……私がまた呪術を受けた場合の事を考えて、共和王国へ出発する前に渡してくれた」
「……あの爺さんか」
クラウスの話を聞いたワーグナーは、『聖魔石』の粉末を渡したのが老騎士ログウェルだと察する。
呪術を打ち消す効果を持つ剣を持っていたログウェルであれば、その原石とも言える『聖魔石』をを持っていても不自然ではない。
それを聞いていたシスターは、クラウスへ驚きの表情を向けながら聞いた。
「……本当に、よろしいのですか?」
「ああ、構わん。……未来の私は、小袋を持っていなかったのか?」
「……何も。荷物らしい物は、全て捨てていたようなので」
「そうか。……神の導きとやらの、信憑性が増したな」
「!」
「ミネルヴァに聖魔石を飲ませるといい。確か彼女は、単独でも転移魔法を使えるはずだ。……彼女が快復した後、転移魔法で村人ごと共和王国から脱出する。そして死霊術を用いる共和王国の実態を知らせ、四大国家とフラムブルグ宗教国家の戦力、そして他の七大聖人達を招集し、ウォーリスの野望を打ち破るのだ」
クラウスは不敵な笑みを見せながらそう述べ、この状況を一気に打開する為の行動を述べる。
それを聞いていたシスターは、神の導きによって次の奇跡が起きた事を実感し、深く神への感謝と祈りを捧げながら小袋を両手で覆った。
こうして本来の未来と異なる世界に、新たな希望が輝き出す。
それは神の信じた繋がりによって起きた、奇跡の光となって拡がりを見せていた。
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