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革命編 三章:オラクル共和王国
砂の嵐
しおりを挟むオラクル共和王国の南方へ潜入したクラウスとワーグナーを含む黒獣傭兵団の一行は、森に木霊する奇妙な音を聞く。
その正体は数百名を超える外国人兵士達が集まる訓練場であり、彼等が握り構える武器は剣や槍などの古典的な武器ではなく、四大国家で製造と使用が禁止されている『銃』だった。
クラウスとワーグナーは崖上に隠れながら銃の訓練を行う兵士達を見て、互いに理解の異なる表情を浮かべる。
その中で先に疑問を漏らしたのは、『銃』という武器の存在を知らないワーグナーだった。
「――……なんだ、ありゃ……?」
「銃という武器だ。やはり知らなかったか」
「じゅう……?」
「古の人間が作り出した武器だ。しかし四大国家が設立された後、銃の製造や使用は四大国家の法として固く禁止されている。いわゆる、禁忌と呼ばれる技術の一つだな」
「……その『じゅう』ってのは、どういう武器なんだ?」
「鉄の筒と火薬を用いて鉛玉や金属の弾を射出する、言わば大砲を人の手で持てる程に小さくした武器だと考えろ。その威力は鉄の鎧すら容易く貫き、銃の種類や性能次第では長弓や弩弓の数倍以上の射程距離が種類もある」
「な……っ」
「剣や槍で戦うのが、馬鹿らしくなる武器だろう。しかも短時間の訓練で、力の無い女子供でも容易く人を殺められるようになる代物でもある」
「……そりゃ、やべぇな……」
クラウスの説明を聞いたワーグナーは、銃という武器の概要を理解する。
そして崖下で繰り広げられる光景を改めて目にし、銃を用いた訓練を行っている兵士達の様子を窺った。
「……ありゃ、もしかして的当ての訓練か?」
「そうだ。……少なくとも、二十メートル以上先の標的に兵士達は当てている」
「……しかし、こんだけ離れてても音がすげぇな……」
「ああ。だが、あれでもかなり小さい。私が知る銃は、もっと大きな音が鳴っていた」
「あの武器を、実際に見た事があるのか?」
「若い頃、旅した時にな。……少なくも奴等が使用している銃は、私が知る銃よりも音が抑えられ、精度も上らしい。銃弾は、七発前後の弾倉式か。……的から外れた弾が、更に数十メートル先まで飛んでいる。あの銃の射程距離は、百メートルから二百メートルの間というところだろう」
「……あの武器は、あそこに在るのが全部だと思うか?」
「いや、恐らく更に多く存在する。しかも、あの数の数十倍から数百倍は製造される可能性が高い」
「!」
「銃は部品と銃弾さえ作る事が出来れば、兵士でも組み立てる事は可能だ。その部品を何処かで製造し、別々の場所からこの南方へ移動させ、そして訓練を行う兵士達が組み立てているのだろう。……見ろ。あそこの兵士は、自分で銃の解体や調整を行っている」
「……ッ」
「まだ不慣れ者もいるようだが、あと数ヶ月も訓練すれば更に銃の扱いになれるだろう。……だが、これは……」
クラウスは小声で述べながら訓練の状況で兵士達の練度を把握し、冷静な面持ちから僅かに表情に疑問を浮かべる。
そしてある場所を見たクラウスが目を見開いた事に気付いたワーグナーは、同じ場所を見ながら尋ねた。
「どうした?」
「……あそこに居る連中。恐らく、【特級】の傭兵団だ」
「なんだと?」
「あの団章には見覚えがある。四大国家に所属していない国を転々として活動している傭兵団、『砂の嵐』のはずだ。……奴等は人間大陸の中で、最も銃の扱いに長けている集団でもある」
「!」
「奴等を雇い入れて、兵士達に銃の訓練をさせているのか。……まずい、伏せろッ!!」
「ッ!!」
クラウスは『砂の嵐』の事を伝えた後、僅かな驚きを秘めながら小声で怒鳴りながら、身を屈めていた身体で更に頭を地面へ着けるように下げる。
それに同調し顔を地面へ顔を伏せたワーグナーもまた、クラウスが慌てた理由に遅れながらも気付いた。
一キロ近く離れた『砂の嵐』の傭兵らしき一人が、自分達が居る場所に視線を向けている。
その視線に気付いた二人は、互いに緊張と焦りを浮かべながら小声で話し合った。
「……まさか、この距離で気付かれたのか?」
「可能性はある。奴等を率いる団長は、聖人だからな」
「せいじん……?」
「ここを離れるぞ。急げ」
「あ、ああ」
クラウスに急かされる形で、二人は身体を伏せながら森の方角へ急ぎ戻る。
一方で、崖下の拓けた土地で兵士達に銃の訓練を施していた『砂の嵐』の団長と思しき三十代前半の男性は、二人が居た崖上に視線を留めている中で一人の団員に異国の言葉で話し掛けられた。
「『団長、どうしました?』」
「『……どうやら、鼠が入り込んでいるらしい』」
「『また密偵ですか?』」
「『多分な』」
「『どうします?』」
「『依頼通りに処理しろ。もしかしたら、例の奴かもしれん。気を抜くなよ』」
「『了解です。死体は、例の場所に?』」
「『そうだ』」
「『了解しました』」
『砂の嵐』の団長は命じ、銃を持つ三十人程の団員に侵入者と思しき気配の追跡をさせる。
そうして団員達が向かった後、その団長は周囲の山々と森の景色を見渡しながら、口元を僅かに歪めて呟いた。
「『……この大陸は寒いし、湿気が多くて嫌になるな。……お前もそう思うだろ? イオルム』」
『――……』
彼はそう言いながら、自身が背中に担ぐ黒筒へ顔を向けながら話し掛ける。
そして黒筒内に収められた何かが微動しながら、持ち主である彼に対して返答していた。
一方で、クラウスとワーグナーは森に入ってから全力で走る。
そして草や木々の枝で荷馬車を隠している団員達は、戻った二人を確認し、その慌てる様子を見ながら状況を聞いた。
「――……ど、どうしたんっすか? そんなに慌てて」
「ここを離れるぞ!」
「何かあったんですか?」
「兵士が大規模な訓練をしていた。そして恐らく、私達の事を気取られた可能性がある」
「!?」
「荷馬車はこのまま隠して捨てる。最低限の食料と荷物を持って、馬で離れるぞ!」
「は、はい!」
「了解!」
ワーグナーとクラウスは状況を簡潔に伝え、荷馬車で逃げる時間が無い事を悟る。
そして荷馬車を捨てる決断をし、六匹の馬に騎乗してこの場から逃げる事を選択した。
この決断によって、隠している荷馬車の存在も恐らく暴かれる。
その時点で自分達が南方に入り込んでいる事も、『砂の嵐』に知られるだろう。
しかし【特級】と名高い傭兵団を相手に隠れてやり過ごす事など不可能だと考えたクラウスとワーグナーの思考は一致しており、この場から急いで離脱する躊躇せず選んでいた。
四大国家に帰属しない傭兵団、『砂の嵐』。
現在の人間大陸で『銃』という武器の扱いに最も長けた集団であり、ここ百年余りの戦場で誰よりも多く銃を用いた実績を持つ熟練者達。
そして『砂の嵐』に所属する団員達に、『銃』の知識と扱いを教えた者。
この人間大陸に七大聖人以外で存在する聖人の一人。
【特級】傭兵、狙撃手スネイク。
そのスネイクに存在を気付かれたクラウスとワーグナー達は、彼が放った銃弾によって危機を迎えようとしていた。
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