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革命編 三章:オラクル共和王国
失われた故郷
しおりを挟む元ローゼン公爵家当主クラウスと団長代理であるワーグナーを含めた黒獣傭兵団の数名は、同盟都市建設作業の運搬を担う行商人達の荷馬車群に紛れながらオラクル共和王国の王都へと向かっていた。
その道中、元王国時代に存在した各地の傭兵団が全て解体され、また各傭兵団の人員も兵士として徴用されている事をワーグナー達は聞く。
エリクを始めとした黒獣傭兵団の脱走から二年間以上の月日が経ち、ウォーリス王の台頭によって王国内部がどのような変化を受けているのか。
それを実際に確かめるべく、一行は王都へ向けて馬の脚を進め続けた。
しかし行商人を装う限り、商いに疎い様相を見せては護衛と監視を兼ねて同行している王国の兵士達に疑われる。
王都までの道中で寄る村々や町ではクラウスが中心となって帝国から持参した品々を売却したり、王国内の品を買い付けて他の村で売るなどの商いも行っていた。
元公爵家の当主とは思えない程に慣れきった様子で商いを行い、更に同行している行商人達や王国住民達とも親しく豪快に接するクラウスを見るワーグナーと黒獣傭兵団の面々は、改めて顔を近付けながら話す。
「――……あの人、本当に帝国の公爵だったんっすか……?」
「実は影武者だったとか……」
「いや、今の公爵が会ってたわけだし、本物だろ……」
「それにしても、慣れ過ぎてません……?」
「樹海の部族をあんなにしてんだから、凄ぇ人なんだなとは思ってたけど」
「……ああして、何処にでも馴染んじまえる奴もいる。そういうことだろ」
団員達が訝し気に思う様子を見ながら、ワーグナーはクラウスの本質をそう述べる。
クラウスはルクソード皇族として、ゾルフシス=フォン=ハルバニカが語ったように高い素質を有していた。
心身共に高い能力を有し、それに加えて圧倒的な魅力を持っている。
更に皇族として高い教養を身に付け、青年時代には老騎士ログウェルと共に三年間ながらも世界を旅して回し、世界の広さを知った。
それが彼を人間として大幅に成長させ、様々な環境や人々と適応できるようにする。
クラウスは他の皇族や兄ゴルディオスとはそうした部分で大きく異なり、皇帝や皇王になるだけが自分の道ではない事を知れた。
そして皇国の内乱を過ぎ、戻った帝国では開拓を始めとした様々な事業を自分で積極的に立ち上げながら行い、ただの開拓地を広大で豊かなローゼン公爵領地に変えて見せた。
クラウス=イスカル=フォン=ローゼンは、一人の『人間』として完成している。
そんな彼に弱点があったとすれば、愛したメディアという女性と、その間に生まれた娘アルトリアの事だけだっただろう。
そうした資質を垣間見る黒獣傭兵団の面々は、尊敬にも似た思いを抱きながらも安堵した様子を見せながら話した。
「……ま、始めは不安だったが。あの様子なら、ボロ出すような問題は無さそうだ」
「ですね」
「……不安があるとしたら、むしろ俺達の方っすかね?」
「ああ。……脱出から二年は経ってるし、変装もしてるとはいえ。もし俺等の事を覚えてる奴等がいたら、騒がれちまうのは間違いない」
「……その時には、どうしますか?」
共和王国の潜入に関して、元公爵のクラウスの振る舞いに不安を抱いていた黒獣傭兵団だったが、それについては払拭される。
しかし一番の懸念は、今も共和王国にて指名手配を受けている黒獣傭兵団だった。
地毛を染めて体型を隠した服装で装いながらも、黒獣傭兵団の顔を変えられるわけではない。
もし見知った人物を見かけた場合、黒獣傭兵団の面々はクラウスの影に隠れるように行商人の雇っている従業員のフリをして見せた。
しかし、もし黒獣傭兵団である事に気付かれたら。
その時の事を尋ねる団員に、ワーグナーは鋭い表情を見せながら答える。
「……相手次第だな」
「相手次第?」
「丸め込めそうな奴だったら、なんとか口を閉じててもらうさ。――……出来ないなら、二度と口を開けないようにするしかねぇ」
「……」
「それに、もし兵士共に気付かれるようだったら。……その時は、躊躇うなよ」
「分かりました」
「了解っす」
ワーグナーと団員達は小声で話し合い、事前に緊急事態の対応方法を取り決める。
共和王国へ潜入する上で、クラウス同様にワーグナー達にも目的があった。
それは、黒獣傭兵団に冤罪を着せたウォーリス王に対する報復。
そしてマチルダとその家族が暮らしていた農村を襲撃したという冤罪を晴らす為に、逆にウォーリス王達が目論んだ事だという証拠を掴む事。
その二つの目的を持つワーグナーと黒獣傭兵団の面々は、クラウスに協力する形で共和王国に戻って来た。
しかし黒獣傭兵団の潜入が暴かれてしまった場合、自分達の事が精一杯でクラウスの事まで気に掛ける事は出来なくなるだろう。
そうした緊急事態となれば、躊躇わず雇い主を切り捨てる。
そして追手となる兵士達を殺す事も覚悟するワーグナー達は、慎重に行商人の従業員を装った。
そうして王都まで目指す一行は、二ヶ月程の移動期間で王都に到着する。
しかし到着した際、少し前の王都を知る黒獣傭兵団は驚きを見せながら呟いた。
「……な、なんだ。こりゃ……」
「ここが、あの王都っすか……?」
「……たった、二年で……」
「ほぉ……」
黒獣傭兵団の団員達は驚きを漏らし、ワーグナーもまた驚愕した表情のまま無言で王都の光景を見回す。
同行しているクラウスも、三十年以上前に訪れた王都とは似ても似つかない光景に、僅かな驚きと感嘆を示していた。
元ベルグリンド王国の王都では、王族を始めとした貴族達が住まう区画が覆われた外壁に遮られるように、その周辺に平民達が住まう下町が築かれている。
その中に平民達の商人や民が営む区画などが存在していたが、環境的には地肌が見える地面の上に作りの薄い建物が遥かに多かった。
そしてエリクが育った貧民街と呼ばれる区画もその中に含まれ、周囲には古くボロボロな外壁が立てられているだけ。
しかし下町の内側にある壁内には、平民の中でも富を持つ商家や下級貴族達の家があり、そこでは富に恵まれた人々が暮らしを行っている。
更に壁内の中央には高位の王国貴族家の屋敷が構えられ、その中心地に大きな王城が立つという、非常に単純ながらも基本的な都市作りをしていた。
しかしオラクル共和王国となった今の王都は、その光景を大きく変貌させている。
まず平民達が暮らして居た外壁周辺に煉瓦で築かれた重厚な壁が立ち、元王都の外壁と同じように守衛や兵士達がそれなりの規模で警備を行っていた。
更に検問を通り壁を抜けた先には、木製や粗末な石造りがほとんどだった建物など一つも見えず、ローゼン公爵領地で扱われている素材と変わらぬ質で建物が築かれ、更に魔石を用いた魔道具の街灯が生える石畳で整えられた道路も存在している。
既に王都には、貧困に喘いでいた平民が暮らす下町は存在しない。
そこで暮らす多くの住民達は、身に付ける服や笑顔も栄えるようになり、また豊富な物資と品々が行き交う豊かな街となっていた。
こうしてクラウスとワーグナーを含んだ黒獣傭兵団の団員達は、オラクル共和王国の王都に到着する。
しかし王都の街並は作り変えられ、彼等の故郷と呼ぶべき場所は失われていた。
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