上 下
766 / 1,360
革命編 二章:それぞれの秘密

盤上への参戦

しおりを挟む
 ウォーリスの提案について道筋を模索する為に、ローゼン公爵領地に集まったルクソード皇族達は話し合いを行う。
 しかし帝国宰相セルジアスと帝国皇子ユグナリスは、リエスティアとその子供に関する引き渡しについて明確に意見を対立させていた。

 そうした中、二人の言い争いを静観していたアルトリアが大きな溜息を漏らす。
 その溜息を敢えて全員に聞こえるように吐き出すと、アルトリアは呆れた様子で話し始めた。

「――……こんな人達帝国くにの上に立つようじゃ、この国の終わりは近いわね」

「!」

「片方は隣国となりの言いなりになってる宰相で、片方は自分勝手な感情を優先させる馬鹿な皇子。どの道、この二人のどちらかが頂点うえに立ったとしても、あの男ウォーリスの良い様に扱われて帝国くには衰退しながら滅びるわよ」

「……ッ」
 
「どうせ滅びるんだったら、せいぜい自分に恥じないような誇りに出来る滅び方でも考えなさい。その方が、こんな醜い言い争いより遥かにマシだわ」

 アルトリアはそう話し、対立しながら感情ねつを浮かばせる二人に呆れた口調で叱咤を向ける。
 正鵠せいこくるようなアルトリアの刺々しい言葉は、言い争いをしていた二人に刺さり、別の意味で表情を渋らせる。

 現状、帝国側はウォーリスと彼が率いるオラクル共和王国に対して強気な態度で対応が出来ない。
 それは同盟に関する約定だけではなく、仮に矛を交えても戦力比や経済状況が圧倒的に共和王国よりも劣っているからだ。

 ガルミッシュ帝国は現在、ルクソード皇国やホルツヴァーグ魔導国などの四大国家に属する大国と血縁や技術などの貿易上で有効な関係を保ちながらも、それ等の大国と密接な関係を築けているわけではない。
 仮に共和王国と戦争状態に陥ったとしても、何か特別な事情が無い限りは帝国に肩入れをしてくれる友好国は存在しないだろう。

 しかも共和王国は四大国家に関する盟約から正式に外れる事を伝えている為、四大国家は共和王国に対して強く干渉する事も出来ない。
 その為に帝国が他国に助けを求めたとしても、手を差し伸べ共和王国を抑えられる国が存在しない事になる。

 人材的にも技術的にも飛躍的な進歩を見せる共和王国に対して、今の帝国は内乱後の混乱と共和王国との同盟関係に関する維持で精一杯。
 それを帝国宰相の立場から嫌という程に把握しているセルジアスにとって、共和王国への対応は酷く消極的な守勢ものとなっていた。

 一方で帝国皇子の立場からそれなりの教育を受けて来たユグナリスも、愛する人リエスティアが出来てしまった為に感情を優先し帝国の政治状況を考えず行動を移す事が散見してしまっている。
 更に今回の事でセルジアスと意見を完全に対立させた為に、仮にユグナリスを皇太子のまま次期皇帝として就かせてしまえば、二人の対立は更なる溝を深めてしまう可能性が大きい。

 それを指摘するようなアルトリアの叱責を、二人は理解した上で言い争いを止めて静かに着席する。
 それを理解した皇后クレアは目に浮かべていた涙を手巾ハンカチで拭いながら、アルトリアへ真剣な表情を向けながら尋ねる。

「――……アルトリアさん。貴方はこの事態をどう解決すべきか、何か考えが御有りなの?」

「……ようは、私があの男ウォーリスの出した提案を受ければいいんでしょ?」

「!」

「アルトリア……!」

「勘違いするんじゃないわよ。私はそれが嫌だから拒否してるの。言いなりになってる帝国に私も取り込ませたいって、あの男ウォーリスの考えが見え透いてるじゃない? そんな簡単に、あの男の術中さくに嵌りたくないわ」

 アルトリアは僅かに喜び混じりの驚愕を浮かべたユグナリスを睨み、ウォーリスが自分アルトリアを帝国の事情に巻き込ませようとしている事を察している事を伝える。
 それを肯定するように、セルジアスは渋い表情を見せながら口を開いた。

「……そうだ。あのウォーリスという男は、アルトリアを帝国に引き戻す為に今回の提案を述べたのだとしたら。アルトリアを指導者の一人に定める事は、ウォーリスの考える目的を進めさせる事に繋がってしまう」

「目的……。お兄様は、あの男ウォーリスが何を目的としてるか知ってるの?」

「……本当かどうかは分からないが。あの男の母親であるナルヴァニアが願いとしていた、血や身分に拘らない平等な国を築きたいそうだ」

「平等な国ですって……?」

「その為に邪魔となる【結社】なる組織の排除を、あの男は現状の目的に定めている。……ただ、あの男が口に出す言葉を一つ一つ信用は出来ない。何か別の目的を果たす為に嘘を吐いていると考慮した方がいい」

 セルジアスはウォーリスから聞かされた目的をこの場で明かし、更にそれすらも嘘である事を懸念している事を伝える。
 その言葉を聞いた者の中で、老執事バリスと皇后クレアが神妙そうな面持ちを浮かべていた。

 それに気付いたアルトリアは、隣に座るバリスに問い掛ける。

「どうしたの?」

「……いえ。ただ、ナルヴァニアの願いですか。……それについては、まことことかもしれません」

「!」

「女皇となった後のナルヴァニアは、皇国内にて改革を進めていました。皇国貴族達から権力となる利権や事業を取り上げ、自分の下に権力を……国の政治体制を中央に集め、皇王主体の集権制度に整えようとしていたのです」

「皇王の集権制度……」

ゆえにハルバニカ公爵家を始めとした皇国の有力貴族達は、そうした政策を進めるナルヴァニアに強く反発していました。そうした皇国内部では、ナルヴァニアを筆頭とした『改革派』と、ハルバニカ公爵家を中心とした『保守派』で大きく二分にぶんされていたのです」

「……で、そのナルヴァニアは死んでるから。その『改革派』は殲滅された?」

「ええ。……しかし改革派が目的としていたのは、実は集権制度だけではありません。貴族制度の廃止を始めとした、人民主権の共和制への移行を目指していた事が、最近になって判明したのです」

「!?」

「共和制と言っても、一口では纏められない政治体制は多い。現在の皇王シルエスカ様とナルヴァニアとでは、そうした制度を含めて共和制への移行方法が大きく異なります。しかし最終的な在り方は、ルクソード血族を中心とした国の権力機構では無いという、確かな共通点がありました。……それを知った時、シルエスカ様やハルバニカ公爵家の関係者は、酷く動揺されたと聞きます」

「……じゃあ、あの男ウォーリスが言ってる母親の目的は嘘でもないわけね」

おそらくは」

 死んだ女皇ナルヴァニアが目的としていた皇国の改革内容をバリスから聞いた面々は、それぞれに驚きを浮かべる。

 皇族の血を引かないナルヴァニアは、皇国のルクソード血族を基点とした貴族達を必要としない共和制を目指そうとしていた。
 その方法は異なりながらも、現皇王シルエスカやダニアスが考え至った共和制への移行と最終的な目的が重なってしまう。

 その事実が明るみとなれば、皇国貴族達はそうした理由で反発を大きくする可能性も多い。
 故にその事実を伏せていた皇国側だったが、その調査に関係していたバリスはウォーリスの語る母親ナルヴァニアの目的が平等な国を作る事だという話を聞き、嘘ではないと断定した。

 それを聞いていた皇后クレアもまた、思い出すように言葉を漏らす。

「……ナルヴァニア姉様は、とても御優しい方だった。私が幼い頃には、身分に拘らず人々に接する事も出来る人だったの。ナルヴァニア姉様がそうした国作りをしようとしていたとしても、不思議ではないわ」

「……その話を聞けば、確かにウォーリス殿が述べた母親の願いは嘘では無いのかもしれません。しかしそれは、彼の目指す目的だとは限らない。その点は御留意ください」

「ええ。……セルジアス君、貴方がそう考えるのは当然ね……」

 皇后クレアが過去のナルヴァニアを思い出し、その目的が真実である可能性を敢えて述べる。
 それを過信し過ぎないように伝えるセルジアスにも皇后クレアは同意すると、今まで話を聞いていたアルトリアが訝し気な表情で呟いた。

「……平等な国ね。そんな発想をして国作りしてる奴等こそ、胡散臭いわ」

「!」

「全てにおいて平等なんて有り得ない。才能やとみ、人種や思想、様々な部分で人間や生物は平等にはならない。何処かしらで大きく差が出て、結局はそうした事で生じる矛盾が不平不満として高まる。そうして平等という理念が崩れた国は矛盾を抱え、最後には破滅する」

「……アルトリア?」

「誰もが平等な世界なんて、何処にも存在しない。仮に存在するとしても、それは平等という名のもとに全てがしいたげられているだけ。――……もし本当にウォーリスの目的が平等そんなモノを作る為だとしたら、私はあの男ウォーリスを本心から軽蔑するわ」

 アルトリアは冷静な面持ちながらも憤怒を含めた青い瞳を揺らし、その言葉を口にする。

 過去にエリク達と話した際にもそうだったように、アルトリアは『平等』という理念に対する異様な嫌悪を見せていた。
 それは『過去』の自分アリアから与えられた記憶から来る言葉なのか、それともアルトリアの魂に刻まれた忌避なのか、本人でも理解できていない。

 しかしその言葉と共に浮かび上がった感情が、アルトリアに一つの決断をさせた。

「……技術指導者の話、受けてもいいわ」

「!?」

「アルトリア……!」

「ただし、私の条件を加えさせて貰うわよ。それが出来ないっていうなら、私はその話を受けない」

「……聞こう、アルトリア。君の条件は?」

「私の条件は――……」

 そうして今回の提案を承諾する旨を述べるアルトリアは、自身の条件をセルジアス達に伝える。
 それを聞いた一同は更に深い驚愕を示し、全員が顔を見合わせながらアルトリアに視線を集める事になった。

 こうしてアルトリアは、自身の信念と相容れない可能性があるウォーリスを敵視し始める。
 そして自ら踏み込むように策略の中に身を投じ、ウォーリスが用意しようとする盤上たたかいへと参戦する意思を固めた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...