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革命編 二章:それぞれの秘密

盤上への参戦

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 ウォーリスの提案について道筋を模索する為に、ローゼン公爵領地に集まったルクソード皇族達は話し合いを行う。
 しかし帝国宰相セルジアスと帝国皇子ユグナリスは、リエスティアとその子供に関する引き渡しについて明確に意見を対立させていた。

 そうした中、二人の言い争いを静観していたアルトリアが大きな溜息を漏らす。
 その溜息を敢えて全員に聞こえるように吐き出すと、アルトリアは呆れた様子で話し始めた。

「――……こんな人達帝国くにの上に立つようじゃ、この国の終わりは近いわね」

「!」

「片方は隣国となりの言いなりになってる宰相で、片方は自分勝手な感情を優先させる馬鹿な皇子。どの道、この二人のどちらかが頂点うえに立ったとしても、あの男ウォーリスの良い様に扱われて帝国くには衰退しながら滅びるわよ」

「……ッ」
 
「どうせ滅びるんだったら、せいぜい自分に恥じないような誇りに出来る滅び方でも考えなさい。その方が、こんな醜い言い争いより遥かにマシだわ」

 アルトリアはそう話し、対立しながら感情ねつを浮かばせる二人に呆れた口調で叱咤を向ける。
 正鵠せいこくるようなアルトリアの刺々しい言葉は、言い争いをしていた二人に刺さり、別の意味で表情を渋らせる。

 現状、帝国側はウォーリスと彼が率いるオラクル共和王国に対して強気な態度で対応が出来ない。
 それは同盟に関する約定だけではなく、仮に矛を交えても戦力比や経済状況が圧倒的に共和王国よりも劣っているからだ。

 ガルミッシュ帝国は現在、ルクソード皇国やホルツヴァーグ魔導国などの四大国家に属する大国と血縁や技術などの貿易上で有効な関係を保ちながらも、それ等の大国と密接な関係を築けているわけではない。
 仮に共和王国と戦争状態に陥ったとしても、何か特別な事情が無い限りは帝国に肩入れをしてくれる友好国は存在しないだろう。

 しかも共和王国は四大国家に関する盟約から正式に外れる事を伝えている為、四大国家は共和王国に対して強く干渉する事も出来ない。
 その為に帝国が他国に助けを求めたとしても、手を差し伸べ共和王国を抑えられる国が存在しない事になる。

 人材的にも技術的にも飛躍的な進歩を見せる共和王国に対して、今の帝国は内乱後の混乱と共和王国との同盟関係に関する維持で精一杯。
 それを帝国宰相の立場から嫌という程に把握しているセルジアスにとって、共和王国への対応は酷く消極的な守勢ものとなっていた。

 一方で帝国皇子の立場からそれなりの教育を受けて来たユグナリスも、愛する人リエスティアが出来てしまった為に感情を優先し帝国の政治状況を考えず行動を移す事が散見してしまっている。
 更に今回の事でセルジアスと意見を完全に対立させた為に、仮にユグナリスを皇太子のまま次期皇帝として就かせてしまえば、二人の対立は更なる溝を深めてしまう可能性が大きい。

 それを指摘するようなアルトリアの叱責を、二人は理解した上で言い争いを止めて静かに着席する。
 それを理解した皇后クレアは目に浮かべていた涙を手巾ハンカチで拭いながら、アルトリアへ真剣な表情を向けながら尋ねる。

「――……アルトリアさん。貴方はこの事態をどう解決すべきか、何か考えが御有りなの?」

「……ようは、私があの男ウォーリスの出した提案を受ければいいんでしょ?」

「!」

「アルトリア……!」

「勘違いするんじゃないわよ。私はそれが嫌だから拒否してるの。言いなりになってる帝国に私も取り込ませたいって、あの男ウォーリスの考えが見え透いてるじゃない? そんな簡単に、あの男の術中さくに嵌りたくないわ」

 アルトリアは僅かに喜び混じりの驚愕を浮かべたユグナリスを睨み、ウォーリスが自分アルトリアを帝国の事情に巻き込ませようとしている事を察している事を伝える。
 それを肯定するように、セルジアスは渋い表情を見せながら口を開いた。

「……そうだ。あのウォーリスという男は、アルトリアを帝国に引き戻す為に今回の提案を述べたのだとしたら。アルトリアを指導者の一人に定める事は、ウォーリスの考える目的を進めさせる事に繋がってしまう」

「目的……。お兄様は、あの男ウォーリスが何を目的としてるか知ってるの?」

「……本当かどうかは分からないが。あの男の母親であるナルヴァニアが願いとしていた、血や身分に拘らない平等な国を築きたいそうだ」

「平等な国ですって……?」

「その為に邪魔となる【結社】なる組織の排除を、あの男は現状の目的に定めている。……ただ、あの男が口に出す言葉を一つ一つ信用は出来ない。何か別の目的を果たす為に嘘を吐いていると考慮した方がいい」

 セルジアスはウォーリスから聞かされた目的をこの場で明かし、更にそれすらも嘘である事を懸念している事を伝える。
 その言葉を聞いた者の中で、老執事バリスと皇后クレアが神妙そうな面持ちを浮かべていた。

 それに気付いたアルトリアは、隣に座るバリスに問い掛ける。

「どうしたの?」

「……いえ。ただ、ナルヴァニアの願いですか。……それについては、まことことかもしれません」

「!」

「女皇となった後のナルヴァニアは、皇国内にて改革を進めていました。皇国貴族達から権力となる利権や事業を取り上げ、自分の下に権力を……国の政治体制を中央に集め、皇王主体の集権制度に整えようとしていたのです」

「皇王の集権制度……」

ゆえにハルバニカ公爵家を始めとした皇国の有力貴族達は、そうした政策を進めるナルヴァニアに強く反発していました。そうした皇国内部では、ナルヴァニアを筆頭とした『改革派』と、ハルバニカ公爵家を中心とした『保守派』で大きく二分にぶんされていたのです」

「……で、そのナルヴァニアは死んでるから。その『改革派』は殲滅された?」

「ええ。……しかし改革派が目的としていたのは、実は集権制度だけではありません。貴族制度の廃止を始めとした、人民主権の共和制への移行を目指していた事が、最近になって判明したのです」

「!?」

「共和制と言っても、一口では纏められない政治体制は多い。現在の皇王シルエスカ様とナルヴァニアとでは、そうした制度を含めて共和制への移行方法が大きく異なります。しかし最終的な在り方は、ルクソード血族を中心とした国の権力機構では無いという、確かな共通点がありました。……それを知った時、シルエスカ様やハルバニカ公爵家の関係者は、酷く動揺されたと聞きます」

「……じゃあ、あの男ウォーリスが言ってる母親の目的は嘘でもないわけね」

おそらくは」

 死んだ女皇ナルヴァニアが目的としていた皇国の改革内容をバリスから聞いた面々は、それぞれに驚きを浮かべる。

 皇族の血を引かないナルヴァニアは、皇国のルクソード血族を基点とした貴族達を必要としない共和制を目指そうとしていた。
 その方法は異なりながらも、現皇王シルエスカやダニアスが考え至った共和制への移行と最終的な目的が重なってしまう。

 その事実が明るみとなれば、皇国貴族達はそうした理由で反発を大きくする可能性も多い。
 故にその事実を伏せていた皇国側だったが、その調査に関係していたバリスはウォーリスの語る母親ナルヴァニアの目的が平等な国を作る事だという話を聞き、嘘ではないと断定した。

 それを聞いていた皇后クレアもまた、思い出すように言葉を漏らす。

「……ナルヴァニア姉様は、とても御優しい方だった。私が幼い頃には、身分に拘らず人々に接する事も出来る人だったの。ナルヴァニア姉様がそうした国作りをしようとしていたとしても、不思議ではないわ」

「……その話を聞けば、確かにウォーリス殿が述べた母親の願いは嘘では無いのかもしれません。しかしそれは、彼の目指す目的だとは限らない。その点は御留意ください」

「ええ。……セルジアス君、貴方がそう考えるのは当然ね……」

 皇后クレアが過去のナルヴァニアを思い出し、その目的が真実である可能性を敢えて述べる。
 それを過信し過ぎないように伝えるセルジアスにも皇后クレアは同意すると、今まで話を聞いていたアルトリアが訝し気な表情で呟いた。

「……平等な国ね。そんな発想をして国作りしてる奴等こそ、胡散臭いわ」

「!」

「全てにおいて平等なんて有り得ない。才能やとみ、人種や思想、様々な部分で人間や生物は平等にはならない。何処かしらで大きく差が出て、結局はそうした事で生じる矛盾が不平不満として高まる。そうして平等という理念が崩れた国は矛盾を抱え、最後には破滅する」

「……アルトリア?」

「誰もが平等な世界なんて、何処にも存在しない。仮に存在するとしても、それは平等という名のもとに全てがしいたげられているだけ。――……もし本当にウォーリスの目的が平等そんなモノを作る為だとしたら、私はあの男ウォーリスを本心から軽蔑するわ」

 アルトリアは冷静な面持ちながらも憤怒を含めた青い瞳を揺らし、その言葉を口にする。

 過去にエリク達と話した際にもそうだったように、アルトリアは『平等』という理念に対する異様な嫌悪を見せていた。
 それは『過去』の自分アリアから与えられた記憶から来る言葉なのか、それともアルトリアの魂に刻まれた忌避なのか、本人でも理解できていない。

 しかしその言葉と共に浮かび上がった感情が、アルトリアに一つの決断をさせた。

「……技術指導者の話、受けてもいいわ」

「!?」

「アルトリア……!」

「ただし、私の条件を加えさせて貰うわよ。それが出来ないっていうなら、私はその話を受けない」

「……聞こう、アルトリア。君の条件は?」

「私の条件は――……」

 そうして今回の提案を承諾する旨を述べるアルトリアは、自身の条件をセルジアス達に伝える。
 それを聞いた一同は更に深い驚愕を示し、全員が顔を見合わせながらアルトリアに視線を集める事になった。

 こうしてアルトリアは、自身の信念と相容れない可能性があるウォーリスを敵視し始める。
 そして自ら踏み込むように策略の中に身を投じ、ウォーリスが用意しようとする盤上たたかいへと参戦する意思を固めた。
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