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革命編 二章:それぞれの秘密
盤上の支配者
しおりを挟むウォーリスによって催された茶番劇は、アルトリアが参加した事によって思わぬ形を迎える。
ガルミッシュ帝国とオラクル共和王国の同盟に関する盟約で追加された二つの条件については、リエスティアの足と目を完治させる事については取り消された。
しかしもう一つの条件である共和王国から派遣する人材への技術指導について、アルトリアをその指導者の一人として指名されてしまう。
この要望を断れば、再びリエスティアと御腹に宿ったユグナリスの子供は共和王国に取り上げられる。
それすらも断ってしまえば、帝国と共和王国は深刻な敵対関係へと発展する事をウォーリスは示唆し、帝国側の面々に脅しを掛けた。
その茶番劇が終わった後、ウォーリスは宣言通りに正式な条件を書面に記載した上で、帝国宰相であるセルジアスに提出する。
その書面には御丁寧にも共和王国の国璽まで捺されており、セルジアスはそれを見ながら書斎で向かい合うウォーリスを睨みながら問い掛けた。
「――……やはり貴方は、始めからこのつもりで……」
「ふっ。……さぁ、ローゼン公。約束通り、これは共和王国としての正式な書面です。この書面を、皇帝陛下にも御届け下さい」
「……分かりました。皇帝陛下と共に、この提案に対する検討をさせて頂きましょう」
「ええ、よろしくお願いします。……私がここで成すべき事は、これで終わりました。この事をウォーリス王に御伝えする為に、共和王国へ戻らせて頂きましょう」
「……ッ」
「当面の同盟都市建設については、計画通りという形で現場の者達に御任せしましょう。この提案に対する良い答えを聞けることを、楽しみにしております」
ウォーリスはそう述べ長椅子から腰を上げると、書斎の扉へ向かおうとする。
その際に、セルジアスは表情を険しくさせながらも社交的な意味合いで提案を伝えた。
「共和王国に御戻りになるのなら、馬車を用意させましょう。少し御待ちを」
「ありがとうございます。ですが参考として、閣下の領地である都市部も拝見させて頂きたいので。このまま歩いて行こうかと」
「歩いて……?」
「ああ、御安心を。都市の外に出た後は、自己転移で共和王国には帰還させて頂きますから」
「!?」
「都市部までなら、監視を御付け頂いても構いませんよ」
「自己転移……転移魔法……。まさか、先日の襲撃も……!?」
ウォーリスが転移魔法までも行使できる事を知ったセルジアスは、領地の襲撃者がウォーリス本人だったのではと考え至る。
先日の茶番劇を催す為の下準備として襲撃事件を起こし、リエスティアやアルトリアが滞在するローゼン公爵領に堂々とした形で赴き、今回の提案を成そうと考えていたのなら、様々な合点が結び付けられた。
流石にそれだけは看過できず、セルジアスは長椅子から立ち上がりながら警戒を見せて構える。
それに対して、ウォーリスは酷く冷静な面持ちを見せながら伝えた。
「いいえ。先日に起きたという襲撃について、私は関与していません」
「……その言葉を信じる事は出来ませんね」
「そうでしょうね。……ただ私は、リエスティアに危険な思いはさせたくはない。その思いに偽りが無いことだけは、確かな事実です」
「……ならば何故、帝国にそのリエスティア姫を御預けになるのか? 自分の手元に置けば、安全を確保できるでしょうに」
「逆に御聞きしますが。貴方は様々な敵や政治事情を鑑みながら、妹君であるアルトリア様を手元に置き、完璧に守る事が出来ると御考えになれますか?」
「!」
「ベルグリンド王国を掌握し、オラクル共和王国となった現在まで。我が国の政治的状勢は、あまり芳しくありません。四大国家の盟約から外れた件もそうですが、様々な人材が豊富に増えると同時に、様々な意思の輸入によって国としての統率が執り難い状況となっている」
「……」
「そうした中で、国王の弱点となるリエスティアが国内に留まれば、それを狙おうとする輩も出て来るのは必至。……実際にそうした者達に対処する為に、国王を務める代理人は大忙しです」
「……帝国ならば、その危険は無いと?」
「少なくとも、こちらよりは危険は少ない。少し前までは、そう考えていましたよ。……しかし、リエスティアが帝国皇子に本気で愛してしまい、更に子供まで出来てしまうとは。……私に誤算があったとすれば、それは帝国皇子の存在そのものだったでしょうね」
ウォーリスは自虐的な嘲笑を浮かべながら、自身の思惑から外れる行動を行う帝国皇子ユグナリスに対する不安染みた言葉を述べる。
ここまで順調に事を運んできたウォーリスにとって、様々な人々は策略の中で動かせる駒に過ぎなかった。
しかし思い通りに動かない危険因子も存在し、それこそ帝国に存在したユグナリスが顕著な例だろう。
理性では無く感情を優先し、他者の意思よりも自分の意思を強く反映させ行動するユグナリスの存在は、リエスティアを介してウォーリスに天敵とも思わせる存在に昇華されていた。
故に危険因子からリエスティアを遠ざけようと、ウォーリスは前回の茶番劇を起こす。
しかし思わぬ形で参戦したアルトリアによって、異なる形ながらも思惑通りに計画を進めることが出来ていた。
もしアルトリアがあの場に訪れず、あのまま話が進んでいたらどうなったか。
ウォーリスはそれについて少し考え、再び嘲笑を漏らしながら呟き述べた。
「……もし仮に、アルトリア嬢が今回の話に加わる事が無かったら。あの皇子はリエスティアと子供を奪われまいと、帝国からの脱出を計ったかもしれません」
「!」
「あの皇子ならば、そのくらいの事はやりかねないでしょう。……アルトリア嬢が赴いた事は、私にとって行幸でした」
「……あの場にアルトリアが参じたのは、貴方の策略には含まれていなかったと?」
「ええ。……私とて、万能ではありません。自分が策を進める上で、どうしても自分の予想しない出来事は起こってしまう。リエスティアの懐妊も、今回この領地が襲撃された件についても、そしてアルトリア嬢がこの話し合いに参加した事も、全て私が計算していない事だった」
「……」
「そうした状況に臨機応変に対応した結果が、このような形になっている。……全ては、盤上で定められた動きとはならない。そうした動きに対応する事が最も重要だと、私は考えています」
「……確かに、貴方の仰る通りでしょう。……ならば貴方が見る盤上に、何を求めているのです? ……貴方が思い描く未来は、どのような画をしているのですか?」
セルジアスはウォーリスの言葉を理解し、険しい表情を向けながら真意を問い質す。
それに対して再び微笑を浮かべたウォーリスは、セルジアスに背を向けながら答えを返した。
「私は、母が描こうとした世界を築いているだけです」
「……!」
「母の願い。それは血筋や身分などで互いの関係を妨げられない、人々が平等に過ごせる場所を築くこと。……血によって苦しめられた母が理想にしたモノを、私が作り上げる。その為には、この世界に邪魔なモノが多過ぎる。……今の私は、その邪魔となる存在を取り払おうとしているのですよ」
「!?」
「……では、ローゼン公。また御会いしましょう」
ウォーリスはそう話し、自ら扉を開けてセルジアスの居る書斎から出て行く。
それから暫くすると、監視していた者達から都市を見物したウォーリスが都市部の出入り口で発光と共に姿を消した事が伝えられた。
こうしてローゼン公爵領地に招かれていたウォーリスは、自分が持つ手札を幾つか切って去る。
それが示された帝国側は様々な様相を見せ、アルトリアを含む者達を困惑と混沌の中に沈め始めていた。
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