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革命編 二章:それぞれの秘密
雄弁の看破
しおりを挟むリエスティアの護衛として悪魔ヴェルフェゴールを付ける事となる場で、ウォーリスの口から今後の事が伝えられる。
出産後にリエスティアと子供を引き離すことで、ユグナリスに責任を負うように述べられた。
その言葉に周囲の者達は意を唱えず、また当事者であるユグナリスとリエスティアも諦めを見せようとした時。
突如としてその場に現れたアルトリアが、ユグナリスに罵声を向けながらウォーリスと対峙するように向き合った。
互いの青い瞳が重なるように、アルトリアとウォーリスは鋭い視線を向け合う。
そうした僅かな沈黙を破ったのは、口元を微笑ませたウォーリスからだった。
「――……これはこれは。貴方が、アルトリア様ですね?」
「……」
「初めまして。私はオラクル共和王国から参りました。アルフレッド=リスタルと申します」
「初めまして、ね。そういえば、自己紹介するのは初めてになるのかしら?」
「!」
「アンタと私は、既に会ってるわよね。――……丁度、今みたいに。その子が寝台で休んでいた部屋でね」
微笑みを向けながら偽名にて自己紹介を述べたウォーリスだったが、それを思わぬ形でアルトリアに否定される。
その堂々としたアルトリアからの言葉は、ウォーリスの微笑みを一瞬で消え失せさせた。
「……何の事でしょうか?」
「あら、覚えてないのかしら? ――……十七年前、私はクロエ……リエスティアと出会っている。そして帰り際に、アンタとも擦れ違ったわよね?」
「……」
「その時に、この子は言ってたわ。『お兄ちゃんが来るかも』ってね。――……あの時、部屋に来たアンタが『お兄ちゃん』だったんでしょ?」
「……!!」
「え……?」
アルトリアが口にした言葉に、その場の全員が動揺した様子を見せる。
特にリエスティアは、自分が幼い頃に兄だと述べた相手がアルトリアと話しているだろう『アルフレッド』という男性だと聞き、困惑を見せながら驚きの声を漏らした。
ガルミッシュ帝国側でウォーリスから口止めをされている面々は、アルトリアの口からその情報が出されてしまった事に焦りを見せる。
しかしその意を汲み取る事も無く、アルトリアは自身が思うままの言葉を述べ続けた。
「名前もちゃんと聞いてるわよ。その『お兄ちゃん』が、ウォーリスだという名前だとね」
「……馬鹿な。そんなはずは……」
「あら、何が馬鹿なのかしら? そこに居る馬鹿の事でも言ってるの?」
「……ッ」
「あの子が自分の名前を出すはずがない。そう思ったのかしら? ……でも普通は、名前くらい言っても問題は何も無いわよね。……それとも、名前を話してはいけない理由が何かあったのかしら?」
「……失礼ながら、何を仰っているか理解できませんね。私と貴方は、今ここで初めて御会いします」
「あら、そう。まぁ、何が事情があるんでしょ? だったら今は、そういう事にしてあげる。アルフレッドさん」
ウォーリスから微笑みが消え、何処か冷たさを宿した表情へ変わりながら過去の出来事を否定する。
それを仕方ないとばかりに呆れた口調で伝えるアルトリアは、ウォーリスに対する牽制を行った。
この僅かな言葉の交わりだけで、アルトリアは強弁を振るっていたウォーリスの口を閉ざす事に成功させる。
しかも帝国側がウォーリスに関する情報を自分に伝えたという繋がりを見せず、ただ過去の記憶から知り得た事実と僅かな嘘を交えた会話は、まさに絶妙とも言えた。
この十数秒の会話だけで、場の空気は大きく変わる。
特にリエスティアの内情は急転しており、この場に訪れている人物が本当の兄である可能性を抱くに至っていた。
そうした形でウォーリスの口を塞ぐ事に成功したアルトリアは、話を続ける。
「で、そっちの頼りない馬鹿」
「ば、馬鹿バカ言うな……」
「馬鹿を馬鹿って言って、何が悪いのよ? ……私、アンタに言ったわよね? それとも、馬鹿だから覚えてないのかしら?」
「な……」
「馬鹿なアンタに、もう一度だけ言ってあげる。――……あの子に対する責任を、最後まで果たしなさい。でなきゃ、私がアンタを殺すわよ」
「!」
「そして、アンタも私に言ったわね。……アンタが馬鹿で頼り無さ過ぎるから、本当に仕方無く、口だけは貸してあげるわ」
「……ありがとう。アルトリア……」
アルトリアはそう述べ、罵りながらもユグナリスを鼓舞するように言葉を向ける。
それに応えるように、ユグナリスは伏せ気味だった顔と表情に意思を取り戻し、背筋を伸ばしアルトリアと同様にウォーリスに強い意志を宿す青い瞳を向けた。
挫けかけた決意と意思を取り戻したユグナリスと、罵りながらもそれを支えるアルトリア。
互いに気が合わず喧嘩ばかりの時間を過ごしていた十年以上の間柄ながら、だからこそ御互いが確信している部分が存在している。
情けない姿を見せながらも何度となく立ち向かう意思を持つ馬鹿皇子と、他者を罵りながらも自身の優秀さを証明し認めさせてきた性悪女。
互いのそうした部分を知るからこそ、二人の間には嫌悪しながらも絶対の意思がある事を認め合っていた。
「……ッ」
そうした二人に向かい合う事になったウォーリスは、僅かに目元を険しくさせる。
挫けそうだったユグナリスは意思の強さを取り戻し、それを助けたアルトリアが脅しに近い物言いで自身の言葉を封じさせた事で、場の状況は一変してしまっている事をウォーリスは察していた。
しかしその状況を覆すべく、ウォーリスは二人と対しながら確固たる意志の強さを言葉で示す。
「……アルトリア様。貴方が何を言おうと、リエスティア様と出産した子供は、共和王国で引き取らせて頂く」
「へぇ、どうしてよ?」
「どうして……。……どうやら貴方は、今回の事情を把握しておられないまま、この場に加わったようですね」
「知ってるわ。要は、その子を治したらこの馬鹿との結婚を認めると、アンタが言い出したんでしょ?」
「ええ。しかし、ただの口約束ではありません。正式に帝国と共和王国の和平に関する内容として、それを追記させて頂いています。その内容には、『リエスティア様の傷が治り、婚姻が認められるまで、婚約候補の関係を留める』という約定もある」
「へぇ、それで?」
「……勿論、帝国皇帝ゴルディオス陛下も子の内容に同意し、署名と国璽の印も押されている正式な書類も存在します。つまり、リエスティア様がユグナリス殿下の子供を懐妊した事は、帝国側が盟約に冠する約束事を違反した事実となる。ならば、リエスティア様とその子供を共和国で保護することは、当然の結論でしょう」
「ふーん。で、その書類とやらはいつ作られたのかしら?」
「今年の初め、私が共和王国の使者としてこちらに赴かせて頂いた時です」
「つまり、その約束事が取り決められた時点から守られている事を証明できれば、アンタの言葉に正当性は無いと言えるわけね?」
「……何を言っているのです?」
アルトリアはウォーリスの口から二人の婚姻に関する約束事が書類上に存在する事を聞き、そうした言葉を問い返す。
それに怪訝そうな声を向けるウォーリスだったが、アルトリアはユグナリスとリエスティアの方に顔を向け、二人に対して問い掛けた。
「ユグナリス。そしてリエスティア」
「え?」
「は、はい」
「アンタ達、ヤったのは何時頃?」
「……ハァッ!?」
「え……。あ、あの……」
突拍子も無い事を聞くアルトリアの言葉に、ユグナリスとリエスティアはそれぞれに違う反応で動揺を見せる。
しかし二人の動揺など無視するように、アルトリアは執拗に二人が関係を結んだ時の話を聞いた。
「だから、妊娠するような事をヤった時よ。それくらい覚えてるんでしょ?」
「いや、覚えてるが……! なんで今、そんな事を……!?」
「あー、面倒臭いわね。アンタ達がヤったのは、その婚姻の約束がどうこうして取り決められた後? それとも前?」
「……ま、前だよ。新年の時に、一度だけだ」
「じゃあ、その約束事とやらが決まった後に何度もヤってたりしたの?」
「や、ヤってない! 俺はそれが決まった後に、帝国から出て、リエスティアを治す為にログウェルと一緒にお前を探しに――……」
「はいはい、それで充分。……つまり、帝国と共和王国がそうした約束事をする前に、アンタ達は既に関係を持ち、その結果として子供が出来た。でもそうした取り決めが定められた後は、この馬鹿はリエスティアと違反するような事は何もしてない。そういう事ね」
「……!」
ユグナリスの話を遮ったアルトリアは、自身が導き出した結論を周囲やウォーリスに対して伝える。
それを聞いた周囲の者達は驚きで目を見開き、ウォーリスは目元を更に険しくさせながら口を開いた。
「……我々が二人の婚姻に関して取り決めた約束事。それが決められる前に起きた出来事は、約束事には含まれない。そう仰るつもりか?」
「あら。そうじゃないのかしら? 実際にその約束事が決まった後は、この馬鹿皇子は、そこのお爺ちゃんと一緒に私の所まで来た。取り決めの後、リエスティアに何も出来なかった。そうでしょ、ログウェル=バリス=フォン=ガリウス?」
「……ほっほっほっ。そうですなぁ。その取り決めが定まってすぐ、ユグナリスは儂と一緒にアルトリア様を御迎えに参っておりましたから。リエスティア様とは、手を繋ぐ事も出来ませんでしたわい」
「だ、そうよ。――……この馬鹿は、別にアンタ達との約束は一つも破っちゃいないわ。それとも、その約束事が取り決められた書類には『過去』に関する出来事も適応すると、そうした文章が書かれていたのかしら? その辺はどうなの、お兄様?」
「……そうだね。確かにあの取り決めには、それまでの『過去』に関する事は何も含まれていなかったよ」
アルトリアは証言者として老騎士ログウェルと兄セルジアスを指名し、それぞれに情報を述べさせる。
自分を探す為に老騎士ログウェルと共に旅だったユグナリスには、正式な婚姻を結ぶ為の約束事を破る時間や手段は無かった。
そしてセルジアスも確認している取り決めには、過去に関する制約は何も定められていない事を承知している。
逆に過去までも縛りに定められてしまえば、ユグナリスとリエスティアが好き合うようになったきっかけである交流自体が違反した内容となり、その取り決めを成立させる事は不可能だった。
故に約束事が決まる前にしてしまった二人の行為は、違反の対象とはならない。
更にリエスティアの御腹に宿った子供は、婚姻に関する約束事の範疇外となる。
アルトリアはそう主張し、ウォーリスの強弁に対抗する反論として示した。
その反論に関して、部屋に居たほとんどの者達が盲点を突かれる。
しかし皇后クレアを始めとした帝国側の面々は、詭弁にすら思えるその物言いを笑いを含む表情で聞いていた。
そして周囲の反応や今までの話を聞いていたユグナリスは、驚きの目をアルトリアに向けながら呟く。
「……アルトリア。お前……」
「まったく。このくらいの反論、自分で考えなさいよね」
「……ありがとう」
アルトリアの悪態を聞きながらも、ユグナリスは感謝しながら小さな呟きを述べる。
しかし詭弁染みた反論を返されたウォーリスは険しい表情を深め、アルトリアに弁舌を持って対抗しようとした。
「……確かに、その二人が関係に及んだのは取り決めの前でしょう。……だが正式な婚約を結んでいないリエスティア様と関係に及んでいる時点で、共和王国に対する不誠実な行動を行ったと、帝国側も御認めになっていたようですが?」
「そうね、この馬鹿が欲望のまま手を出したのは事実よ。そこは存分に馬鹿をやった後ろの男を責めればいいわ」
「グ……ッ」
「でも、ソレとコレを一緒にしないでほしいわね。……そして、公平な取り決めならともかく。絶対に出来ないと分かっていた取り決めで、そうした約束事を結ばせたのなら。アンタ達のやり方は不誠実と呼べるんじゃないかしら?」
「……ッ」
ウォーリスの反論に対して、アルトリアはユグナリス個人を責める事に関しては受け入れながらも、また約束事に関する違う反論を述べる。
それを聞いた周囲の者達は驚きを含んだ疑問を浮かべ、隣り合うように立つユグナリスは困惑しながらアルトリアに問い掛けた。
「……ど、どういうことだ……? 不公平な取り決めって……」
「忘れた? クロエの……リエスティアの体質を」
「……!」
「そう。この子の身体は、魔力を用いた回復魔法や治癒魔法が効かない。……その事を、向こうが知らないと思うわけ?」
「……まさか……!」
「リエスティアの足や目は、通常の治療では治せない。更に体質によって、回復魔法や治癒魔法でも治せない。……この男は、それを知っていた。例えどんな高名な回復魔法の使い手でも、リエスティアを治す事は出来ないと考えてたはずよ」
「……じゃあ始めから、あの取り決めは……」
「そんな約束事、始めから守る気は無かったのよ」
「……ッ!!」
ユグナリスはアルトリアが述べていたリエスティアに関する体質の話を思い出し、今になってその事がこの約束事にどのように繋がってしまうかに気付く。
それを説明するアルトリアの言葉でユグナリスは確信すると、ウォーリスに対して鋭い目と表情を向けながら問い掛けた。
「……貴方は、リエスティアの傷が誰にも治らない事を最初から……。……そうなんですかっ!?」
「……」
「……なんで、そこまで……!!」
ユグナリスは僅かな怒りを表情に宿し、ウォーリスに詰め寄ろうと迫る。
それを止めたのは、軽く左手を横に広げて制止させたアルトリアだった。
「待ちなさい。まだ、私の話は続くわよ」
「アルトリア。だが……」
「さっき言った通り、リエスティアの体質では魔法での治癒は見込めない。……でも話を聞く限り、この男は私に……『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』に治療させるよう要求したそうね?」
「……!」
「確かに私なら、魔法の効かないこの子を治せる手段がある。――……でも、なんで私がこの子を治せると、貴方は知っていたのかしら? アルフレッドさん」
「!?」
「……ッ」
「その答えは一つだけ。私なら、『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』なら、この子を治せると確信していたから。……十七年前。この子に重傷を負わせた私自身が、この子の傷を治した光景を見ていたからよ」
「……!!」
「もう言い逃れはさせないわ。――……十七年前にあの子と一緒に祝宴場に来ていた、アルフレッド……いえ、お兄さんのウォーリスと呼ぶべきかしら?」
アルトリアはそう述べ、ウォーリスを鋭く睨みながら問い掛ける。
その優れた考察力と洞察力から導き出されたアルトリアの結論に対して、誰もが驚愕を見せながらウォーリスに意識を注いでいた。
対するウォーリスは僅かに顔を伏せ、その表情に影を落とす。
しかし影を帯びたその口元には、僅かに微笑みが宿っていた。
こうしてウォーリスの強弁と敷かれた不公平な取り決めは、アルトリアの雄弁によって看破される。
しかしそれは、ウォーリスが今まで偽り続けながら身に付けていた何かを、破り捨てる事にも繋がる行為だった。
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