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革命編 二章:それぞれの秘密
手札の開示
しおりを挟む招かれざる客としてセルジアス達の前に姿を見せたウォーリスは、自身がナルヴァニアの息子である事を認める。
そして意図しない形ながら、クラウス達が行方を知りたがっていた【悪魔】ヴェルフェゴールがウォーリスの影から姿を見せた。
しかも悪魔が仮宿にしていたのは、ゲルガルド伯爵家の血縁者であるウォーリスの異母弟。
その異母弟がゲルガルド伯爵家の家督を欲し、自身とその娘を陥れた事がウォーリス自身の口から明かされた。
その事実に真っ先に気付いたセルジアスは、思考に不可解さを満たしながら表情を強張らせる。
そしてログウェルの方へ視線を交わし、小さく頷きながら数歩だけ下がった。
それに合わせてログウェルは右手で長剣の柄を掴み、誰よりも前に出ながらウォーリス達と対峙する。
しかしウォーリス達はそれに警戒を抱く様子は無く、ヴェルフェゴールは微笑みを浮かべながらログウェルに話し掛けた。
「――……御久し振りでございます。老騎士ログウェル殿。……いえ、『緑』の七大聖人と御呼びすべきでしょうか?」
「どちらでも構わんよ」
「相変わらずでいらっしゃる」
「お前さんこそ、随分と余裕じゃな。……いや。【悪魔】にとっても、この状況はどちらでも構わんというところか?」
ログウェルはそう述べながら右手で長剣を引き抜き、白銀の刀身をその場に晒す。
それを見ても尚、余裕の表情を保ちながら微笑みを見せるヴェルフェゴールに代わり、ウォーリスが【悪魔】の真意を述べた。
「そう、この悪魔はどちらでも構わないと考えている。私が契約の願いを叶えたとしても、その半ばで死んだとしても。契約として私の魂を得られるのだから」
「!」
「そしてこの悪魔は、盤上の駒として使うには非常に不便でしたよ。異母弟の肉体を用いている為に、こうして私と並べて見ると似た部分がはっきりしてしまう」
「なるほど。通りで、帝都でお前さんを見た際に既視感があると思ったわい」
「そうですね。この悪魔を見た事がある貴方には、気付かれてしまうのではと内心で穏やかではありませんでしたよ。ログウェル殿」
ログウェルとウォーリスは言葉を交え、今まで互いに思考していた内側を明かす。
そうして赤裸々とも言える実情を語るウォーリスの様子を確認したセルジアスは、更に怪訝な表情を深めながら問い掛けた。
「――……ウォーリス殿。貴殿の目的はなんだ?」
「目的、と申しますと?」
「この場に忍び込むだけならば、納得できる部分はあった。だが自ら隠していた姿を明かし、更に悪魔の姿さえも我々に明かした。……その悪魔と共に戦えば、この場の全員を始末し口を塞げると考えているのか?」
「……先程から、何度も申し上げている通り。私はこの場で、貴方達と戦うつもりはありません」
「ならば、何故このような――……!」
ウォーリスの不可解な言動に警戒を抱くセルジアスに、その場の全員が一致した考えを見せる。
それを察しているのか、ウォーリスは軽く右手を上げながらセルジアスの言葉を抑えた。
そして懐に自身の右手を差し入れ、何かを取り出す。
それは帝国の既製品として販売されている、トランプが数枚ほど重ねられていた。
「……トランプ?」
「ええ。以前に帝都へ訪問させて頂いた際、御土産に購入させて頂きましたモノです」
ウォーリスはそう述べた後、無造作に右手に持つトランプをその場に投げる。
するとセルジアス達が居る方向にそれぞれのトランプが絵柄を見せながら開示された。
ログウェルの前には、スペードの一。
クラウスの前には、ダイヤの十三。
セルジアスの前には、ダイヤの十一。
パールの前には、ハートの十。
ガゼル子爵の前には、クラブの三。
それぞれが別々の絵柄と数字であり、セルジアスは自分の方角へ落ちたトランプを見ながら訝し気な表情を深めてウォーリスを見た。
「……これは?」
「カードに見立てた、貴方達の役割です」
「!」
「見解は個人と異なるかもしれませんが。現状、私は貴方達をこのカードと同一の存在であると考えている。それが貴方達に対する、私の評価だと考えてほしい」
「……それと貴方の行動に、どのような関連性があると言うのだ?」
「分かりませんか。――……貴方達の手札だけ覗き見するのは不公平なので、私も自分の手札を明かすことにしたのです」
「……!!」
「……そして、これが他の方達のカードです」
ウォーリスは再び懐へ右手を差し入れ、トランプのカードを取り出す。
そして一枚一枚を客間の床へ投げ落とし、セルジアス達にも分かり易く見せながら各個人の名と評価を伝えた。
「クレア=フォン=ルクソード。ハートの十二」
「!」
「ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュ。ハートの十三」
「……!!」
「ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。……ハートの一」
「……」
「そして、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。今の彼女は、ダイヤの一でしょうね」
そう述べながら、ウォーリスは新たに四枚のカードを投げ落とす。
それを見せられたセルジアスは眉を顰め、表情を強張らせながらウォーリスを睨んだ。
それがウォーリスが判断している、帝国側が持つ手札の評価。
帝国の中心人物達をそう評価している事を自ら明かすウォーリスに対して、セルジアスは鋭い視線を向けながら敢えて尋ねた。
「……貴殿が私達をどう見ているか。少し理解できましたよ」
「そうですか。伝わったようで何よりです」
「参考までに御聞きしますが。貴方は御自分の事を、どのカードだと御考えになっておられるのか?」
「……そうですね。強いて言えば、切り札でしょうか」
「随分と、自己評価を高く見積もられておられるようで」
「そうですか? ジョーカーというカードは、用いるルールによっては都合の良いカードであり、逆に勝利を妨げるカードとなりますよ」
「ならば、貴方が用いようとしているルール。それは貴方にどのような意味を持たせるつもりか?」
「そうですね。出来る限り、有効に扱える役割を選びたいと考えています。……その為にも、今は貴方達と争うべきでは無いと考えている。それは事実です」
「……どういう事です?」
ウォーリスはカードに準える形で自身の役割を明かし、その目的を抽象的に示唆する。
しかし抽象的である言葉はウォーリスの真意をはっきりとはさせず、セルジアスは改めてその目的を問い質した。
そしてウォーリスは床に落としたカードから視線を逸らし、正面を向きながらその目的を伝える。
「私はただ、娘を守りたいだけです」
「!」
「以前にも申しましたが。私達がオラクル共和王国を用いて【結社】を壊滅する間、リエスティアを帝国で保護して頂きたい。そう伝えました」
「……」
「しかし、そのリエスティアが保護されている領地が襲われた。これは私が、最も恐れていた状況でした」
「……つまり、貴方はリエスティア姫が何者かに狙われている可能性を想定していた。そういう事ですか?」
「はい」
「それが、貴方が壊滅を目論む【結社】であると。そう御考えになっているのか?」
「その通りです」
「つまりリエスティア姫が【結社】に狙われている理由も、貴方は把握しておられるということですね?」
セルジアスはそう問い質し、ウォーリスがリエスティアの秘密を知っているかを聞き出そうとする。
それを問い質されたウォーリスは一度だけ空白を置き、小さな息を漏らした後に教えた。
「そう。リエスティアには、【結社】に狙われる理由がある事を承知しています」
「その理由を、貴方の口から御聞きしたい」
「……我が娘リエスティアは、『黒』の七大聖人です」
「!?」
「!」
「あの子は生まれた時、私やあの子の母親とは違う黒い瞳を持っていた。身体こそ病弱気味ながらも、我々が教えた事も無い言葉や知識を持ち、様々な事を出来る様子を窺えた」
「……貴方は、始めから自分の娘が『黒』の七大聖人だと御存知だったのか?」
「いいえ。……知っていたのは、我が父です」
「!?」
「父は私の娘が『黒』の七大聖人である事を察し、その能力と知識を有効に使用する為に受容しようとした。更に母ナルヴァニアがルクソード皇国にて女皇に就任した事で、その息子である私達に対する対応も改善され、私はゲルガルド伯爵家の次期当主の立場へ戻りました」
「……ゲルガルド伯爵家の、次期当主に……」
「ええ。……だから十七年前、私は帝都で行われる皇子の誕生日会にリエスティアと共に出席した。しかし私は、幼い頃に聖人に達していた為に容姿が幼く、娘は『黒』の七大聖人。なのでゲルガルド伯爵家としてではなく、別の名を借りて出席したというわけです」
「確かに、こちらが得ている情報と辻褄は合う話だ……」
「……しかし、それまで次期当主の座は異母弟だと云われていた。それが突如として反故にされ、異母と異母弟は父に気に入られた私や娘を激しく憎み、父を殺害した」
「!?」
「そして私を捕らえて監禁し、娘を【結社】に売り渡した。……そして妹の世話係だったアルフレッドを除き、私は異母と異母弟を含むゲルガルド伯爵家の者達を殺害し、異母弟を悪魔の仮宿として贄にしたのです」
「……!!」
「悪魔と契約した私は母ナルヴァニアの下に赴き、その助力を得て娘の捜索と結社の壊滅を目標に、ベルグリンド王国を手に入れた。……娘を守ること。そして娘を奪った結社を壊滅させること。それだけが、今の私が生きる目的です」
ウォーリスは強い意志を秘める青い瞳を向けながら、自身の目的を再び伝える。
それには揺るぎの無い確固たる意志が宿っており、セルジアスはその言葉が嘘や偽りが無い事を意識的に察する事になった。
そのウォーリスが、再び驚くべき事を口にする。
「しかし、状況はかなり悪いようだ。……私も娘を守る為ならば、手段を選ぶ気は無いのですよ」
「……何をする気だ?」
「この悪魔を娘リエスティアに付け、護らせます」
「!?」
「本来ならば、娘を我が国に戻したいところだが。リエスティアは体質のせいで魔法の類で移動も出来ない。かと言って、共和王国まで移動させるのも身重の状態では困難でしょう。……その妥協案として、この悪魔を私の代わりに守護させる為に置いていく。セルジアス殿には、その許可を頂きたい」
「な……!?」
自らの手札を明かしたウォーリスは、娘リエスティアを【結社】の手から守る為に【悪魔】ヴェルフェゴールを守護に付けると申し出る。
それに許可を求められたセルジアスは驚愕しながら声を漏らし、その場に居る全員も表情を強張らせていた。
こうしてウォーリスは平等に自身の情報を明かし、目的を伝える。
それはまさに、母ナルヴァニアと同じように権力に固執した人間によって奪われた人生を悔い憎む姿。
そして自分の大切な存在を守りたいという、必死の思いから来る意思の表れだった。
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