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革命編 二章:それぞれの秘密

悪魔の仮宿

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 若き日のクラウスが得ていた情報によって、処刑された女皇ナルヴァニアの過去が明かされる。
 それはナルヴァニアの孫でありゲルガルド伯爵家の血縁者とされているウォーリスとリエスティアに対する疑問を生じさせるモノだった。

 その情報によって自身の思考に漂う霧を取り除く事に成功したセルジアスは、ウォーリスの正体を推測する。
 それは謎に包まれていたナルヴァニアの息子が、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド本人であり、妹と称されていたリエスティアが実の娘だという内容だった。

 しかしそれを語り終える直前、客間の中に張本人であるウォーリスが影から出現する。
 それに全員が驚愕を見せ、ガゼル子爵を除く男性陣は一気に警戒度を高めながら構えを見せ、パールもまた影から出現した謎の男に対して身構えた。

 しかしウォーリスは動く様子を見せないまま口元を微笑ませ、警戒する一同に告げる。

「――……御安心を。この場の皆様に、危害を加えるつもりはありません」

「……!!」

「ただ、待たされるばかりで暇を持て余しておりましたので。失礼ながら、そこの家令殿の影を御借りし、この場に御伺いさせて頂きました」

「え……!?」

 ウォーリスは客間の扉付近で警戒していた家令の老人に目を向け、微笑みながらそう伝える。
 それに驚く家令は床に映る自身の影を見て、どういう事なのか理解できずに困惑していた。

 しかしその時、思わぬ人物からウォーリスが家令に行った事の詳細が引き出される。
 それは驚きで呆然としながらも話を聞いていた、ガゼル子爵家当主フリューゲルの口から出た言葉だった。

「……まさか、『影移動』?」

「ガゼル子爵。彼が何をやったか、御存知なのですか?」

「え、ええ。……『影移動』は、私の兄ヒルドルフが使っていた魔法です。人や物の影の内部に特殊な空間を作り出し、その中に入り影と影の間を移動したり、身を潜めたりすることが出来ると、随分前に聞いた事があります」

「そんな魔法、聞いた事が……」

「『影移動』は、兄が開発した独自魔法オリジナルでした。三十年以上前に私が見せて貰った時には、まだ未完成だと言っていたのを覚えています。魔法学園にも、魔法の研究成果はまだ報告をしていなかったとも……」

 ガゼル子爵は困惑しながらも、問い掛けたセルジアスに『影移動』の魔法について話す。
 それを聞いたセルジアス達を見ながら、ウォーリスは再び微笑みながら教えた。

「なるほど。フリューゲル=フォン=ガゼル。貴方はドルフ氏の弟でしたか」

「!?」

「貴方の兄君であるドルフ氏は現在、我がオラクル共和王国にて魔法師団の第二師団長に就任されています」

「ヒルドルフ兄さんが……!?」

「彼は数年前まで、腕利きの【特級】傭兵として活躍されていた。その功績に見合う形として、我がオラクル共和王国にて御誘いしたのです。彼は快く承諾し、この魔法を私に教えてくださった」

「……!!」

「この『影移動』は、秘術指定の価値がある魔法でしょう。そんな魔法を独自で編み出したドルフ氏は、とても優秀な魔法師ですよ。……帝国は、実に惜しい人材を手放されたものですね」

 挑発的にも思える微笑みの言葉を聞き、セルジアスは鋭い眼光を向けながら足を踏み出す。
 それを見て後ろ腰に両手を回しながら立ち振る舞うウォーリスは、改めて告げた。

「セルジアス殿。改めて申しますが、私は貴方達と事を構えるつもりはありません」

「……招いても居ないこの場に現れて、その言葉を信じられると御思おおもいか?」

「もし私がその気ならば、貴方達を影の中から襲い殺すことも可能だったでしょう。そこに居るログウェル殿も、影の中にいる私の気配を感じ取れなかったようですから」

「……確かに、気付きませんでしたな」

 怪訝な表情を浮かべるセルジアスに、ログウェルは小さく頷きながら教える。
 『影移動』で作り出された空間は通常空間とは異なり、ログウェルのような達人であっても相手の気配を読み取る事が出来ないらしい。
 確かにそれを聞けば、『影移動』が秘術に値する魔法だと称されるのも頷ける。

 しかしこのような形で『影移動それ』を使用できる事をわざわざ明かして姿を見せたウォーリスに対して、セルジアスは警戒を緩めずに向き合い話を交えた。

「……ウォーリス殿。貴方に交戦の意思が無いというのであれば、どういった理由でこのような無礼を?」

「皆様が集まり密談しておられるようなので、どのような話をしているのか少し興味が沸きまして」

「それで覗き見、いや盗み聞きですか? どちらにしても、性質が悪いなどという言葉で片付けられる問題ではないこと事を、御承知でしょうな?」

「先に私との約束事を破ったのは、帝国そちらでしょうに」

「……リエスティア姫の懐妊、ですか」

「ええ。……その件を抜きにしても、当事者わたしが居ない場でこのような話をされていたのは、私としても遺憾いかんと言わざるをえません」

「……ッ」

「それに、一つだけ御伺いしたかった事もある。――……セルジアス殿。貴方は何故、私をナルヴァニアの息子だと確信したのか。それを参考までに御伺いしたい」

 ウォーリスは淡々とした口調ながらも微笑み、セルジアスが出した見解の理由を問い掛ける。
 それを受けて表情を強張らせたセルジアスは、今まで思考の中に違和感として残っていた部分を明かした。

「……少し前に、貴方と盤上遊戯チェスをしたのは覚えていますか?」

「ええ」

「あの時、貴方は『父親に盤上遊戯チェスを教わった』と言った。そしてゲルガルド伯爵家の者は、盤上遊戯チェスで競い合う事もあると」

「そうですね」

「その時に、疑問に思ったんですよ。貴方の言う父親は、ゲルガルド伯爵家の中で虐げられていたはず。ならば貴方の語る父親は、誰に盤上遊戯チェスを習ったのだろうと」

「!」

「少なくとも、盤上遊戯チェスで見せた貴方の強さは生半可ではない。百戦錬磨の玄人プロだ。教え導いた者も、かなりの腕前だったと伺える。しかし不遇な環境に置かれた父親から、習えるモノではないはずだ。かと言って、僅かな時間と才能だけ辿り着ける境地でもない。だから御家族の事で、何か偽りを述べているとは考えていました」

「……なるほど。しかし、それだけで私がナルヴァニアの息子だと確信なさる理由にするのは、少し足りない気もしますが?」

「先日、貴方はこの屋敷に居るリエスティア姫を尋ねた。……その時に見せた貴方の様子が、まるで父親が自分の娘が起こした事に呆れているような様子だったから、でしょうか」

「ほぉ……。随分と抽象的な理由ですな」

「我ながら、そう思いますよ。……ただ、私の身近にそうした例が居ましたので。不思議と、貴方とリエスティア姫の様子がそれと重なっただけです」

 セルジアスは父親であるクラウスに一瞬だけ視線を送り、ウォーリスの正体を推測した理由を教える。

 過去に父親クラウスアルトリアの言い争いを傍目に見ていたセルジアスは、ウォーリスとリエスティアにも似た空気を感じた。
 その様子が兄妹ではなく、父と子供の空気感に似ていたことから、リエスティアがウォーリスの娘だという可能性に結び付く。
 曖昧な根拠ながらも、妹が存在するセルジアスと僅かに異なるウォーリスの対応が、確信を得られる印象を与えていた。

 それを知ったウォーリスは口元に笑いを浮かべ、小さな息を吐きながら呟く。

「ははっ、なるほど。やはり娘と妹では、違和感を覚える程度に差が出てしまうということですか」

「……」

「納得とは言い難いが、このような違和感を持たれること自体、私の不徳ということでしょう。……何より、最も遠ざけたかったクラウス殿が戻り、その情報を下に年齢の事に気付かれてしまった。致し方ない」

「……お前が、ナルヴァニアの息子か?」

「ええ。……御久し振りですね、クラウス殿」

「なに……?」

 微笑みを浮かべるウォーリスは、セルジアスから視線を逸らす。
 そして長椅子の後ろで構えるクラウスに視線を向け、微笑みながら丁寧な礼を見せた。

 それに怪訝な表情を浮かべるクラウスは、頭を上げたウォーリスの顔を再び見る。
 それによってクラウスの記憶の片隅に、ある出来事が思い出された。

「……お前は……。まさか、あの時の……!」

「ええ。十七年前に、貴方の娘アルトリアが起こした事件。彼女が庇っていた少女の身内として訪れた少年もの。それがあの時の私です」

「!!」

「貴方は自分の娘が起こした事件の情報を広めない為に、関係者の口を閉じさせた。そしてあの時の私にも。……おかげで、私達の存在があの場で明るみにならずに済みました」

「……ッ」

「しかし貴方は、過去に母ナルヴァニアと協力し、私達も見た事がある。もし思い出されてしまうと、こちらが設けた設定ことを早々に暴かれてしまう可能性があった。……だから早めに、貴方には内乱の後に御退場して頂いたのです」

「……やはり、貴様が【悪魔】の……ヴェルフェゴールとやらの主人だな」

「ふっ」

 クラウスは自分を殺そうとした【悪魔】ヴェルフェゴールの言葉を思い出し、目の前に居るウォーリスがその契約者マスターである事を悟る。
 それに対して無言の微笑みを浮かべたウォーリスは、腕を下げたまま右手の中指と親指を擦り弾いて指を鳴らした。

「!!」

 指の鳴る音に気付き、客間に居るウォーリス以外の者達が足を下げて後退しながら身構える。
 その時にウォーリスは口を動かし、何かに命じるように言葉を発した。

「来い」

「!?」

「――……御呼びですか? 御主人様マイマスター

 その言葉と同時に、ウォーリスの足元の床に映る影から再び人の頭が出て来る。
 緩やかな速度で無動作のまま影から出現した人物は、ウォーリスの更に背後に立つ状態でこの場に全身の姿を見せた。

 その人物を見たクラウスは表情を強張らせ、老騎士ログウェルも先程以上の警戒を抱きながら左手に持つ長剣の柄を握る。
 更にパールも、目の前に出現した人物が異質な存在だと勘と呼ぶべき感覚で察し、歯を食い縛りながら上半身を前屈み気味にしながら構えた。

 強者達が表情を強張らせ、先程以上に警戒を抱く。
 そしてセルジアスもまた、ウォーリスの影から出現した人物の人相で正体を察した。

「……それが、貴方が飼っている【悪魔】ですか?」

「ええ。……この方々に自己紹介をして差し上げろ」

「はい。――……初めまして。そして御久し振りです。……私の名は、ヴェルフェゴール。我が主人であるウォーリス様と契約をさせて頂きました、【悪魔】にございます」

 ウォーリスはヴェルフェゴールに挨拶を行わせ、目の前で警戒する者達に丁寧な礼を行わせる。

 左目が青色、右目が金色。
 そして長身と共に短く纏められた黒髪は整えられ、執事服を纏う様相はただの青年執事にすら思える容姿。

 しかしその実態は人間などではなく、人外の能力ちからを有した者。
 魔族と呼ばれる者達の中で最も危険であると囁かれ、人間大陸では伝承のみが伝わる存在。
 伝承の【悪魔デーモン】がセルジアス達の前に姿を見せ、自らその主人の名を明かした。

 その時、【悪魔】の実在に驚愕するガゼル子爵や、存在すら知らないパールを除く者達が別の驚きを見せる。
 それは悪魔であるヴェルフェゴールの顔立ちが、前に立つウォーリスと似通った姿だったからだ。

 そしてセルジアスは即時に頭の回転を速め、悪魔が宿っている肉体が何者なのかを察する。

「……その悪魔の身体は、もしかして……!?」

「本当に、貴方は察しのい方だ。――……そう。この悪魔の仮宿からだは、伯爵家の家督欲しさに私が殺めようと企み、娘を【結社】に売り飛ばした私の異母弟おとうとです」

「!?」

異母弟おとうとの魂をこの悪魔に喰わせ、悪魔の依り代として利用させています。……あの愚かな異母弟おとうとには、似合いの末路です」

 今まで微笑んでいたセルジアスの表情が途端に冷え、怒りを含む冷徹な表情と言葉を見せながらヴェルフェゴールに視線を向ける。
 逆に悪魔はその言葉に微笑みを浮かべ、色の異なる両目を閉じながら僅かに頭を下げた。

 こうしてウォーリスは、自身の持つ手札の一つを明かす。
 それは彼が従える【悪魔ヴェルフェゴール】であり、行方不明となっていたウォーリスの異母弟おとうとの肉体だった。
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