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革命編 二章:それぞれの秘密

盤上で向かう兄達

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 盤上遊戯チェスを交えてローゼン公爵家の兄妹きょうだいは互いの内側を量り、兄セルジアスは妹アルトリアにある注意を向ける。
 それはリエスティア姫の実兄ウォーリスを危険視したからであり、そうした注意を向ける理由に至るのは時間を遡る必要があった。

 それはリエスティアの懐妊がまだ明かされる前、同盟都市建設計画が次の段階へ移る二ヶ月前の頃。

 ガルミッシュ帝国とオラクル共和王国の中間に位置する領土に同盟都市を築く計画は順調に進み、整地を終え多くの資材と職人達が用いながら建築物が築かれ始めていた。
 そして両国からは各責任者達が赴き、実際に建設作業の指揮を行っている。

 その最高責任者として帝国から赴いたのは、帝国宰相セルジアス=ライン=フォン=ローゼン。
 そして共和王国からも、共和王国の国務大臣アルフレッド=リスタルが都市建設の場に参じていた。

『――……よろしくお願いします。アルフレッド殿』

『こちらこそ、よろしくお願いします。ローゼン公セルジアス殿』

 二人は互いに現場で無難な挨拶を行い、互いに微笑みながら握手を交わす。
 表面的には同盟都市の建設において、両国は協力しながら共同で建築作業を行う事となっていた。

 主に共和王国側オラクルは資材と物資を提供しながら都市建設の支援を行い、帝国側ガルミッシュはそれ等を用いた設計と建築技術を用いられる人材を提供しながら同盟都市を築く。

 共和王国は王政から共和制に切り替え各王国貴族を排除した事で財政を賄い国庫を得られた事で、莫大な資金を背景に各国と流通関係を築く事に成功している。
 しかし四大国家の盟約から外れたにも関わらず帝国以外からも可能にしていたのは、ウォーリス達が築いた各国の繋がりがあるからだとセルジアスは聞かされていた。

 ルクソード皇国第二十一代皇王ナルヴァニア=フォン=ルクソードに支援を受けていたウォーリス達は、長年に渡り各国の大商人達と独自の繋がりを築く事に成功している。
 そして一国の主導権を握ったウォーリス達と関係性を保ち、個々の大商人達が独自の意思と商才によってオラクル共和王国と交易を続けていた。

 更にそうした商人達や各国の優秀な人材を引き抜き、共和王国は人材や文明においても大陸の半分を満たすに足る発展と膨張の兆しが見えている。
 特に傭兵ギルドに所属する各国の傭兵達も集まりつつあり、その中には各国で名を馳せる【一等級】や【特級】の傭兵も多く存在していた。

 こうした事情で四大国家から外れたにも関わらず、オラクル共和王国は逆に勢力図を順調に広めている。
 それを懸念するセルジアスの耳には、ある情報も届けられていた。

『――……それは本当かい?』

『はい。共和王国は魔人も受け入れているという話は、事実だそうです』

『……魔人か。それは厄介だね』

『はい。もし魔人を兵士として徴用した場合、普通の人間ではまともに対峙する事は困難になるかと』

『……』

 共和王国側に忍ばせていた密偵を通じてその情報を伝え聞いたセルジアスは、眉をひそめながら表情を悩ませる。
 共和王国側は傭兵だけに留まらず、各国から多くの奴隷などを買い付けて共和王国内部に取り入れていた。

 フラムブルグ宗教国家では奴隷の売買や使用は禁止されており、その傘下だった元ベルグリンド王国もまた奴隷を今まで扱っていた事は無い。
 しかしオラクル共和王国は宗教国家の傘下から外れ、禁じられていた奴隷の売買と使用を積極的に用いるようになっている。

 それに紛れる形で各国に点在する魔人と思われる者達を共和王国内に取り込んでいる事が伝えられ、その意図は魔人を軍事力として活用する意図があるとセルジアスは考えた。

 しかも最もせずにセルジアスが悩んだのは、そうした情報を共和王国側オラクルが隠そうともしていないという事実こと
 そうした行動を秘密裏に行っているのならばともかく、共和王国オラクル側はむしろ大々的に行い、積極的に人材の確保を行っていた。

 その誘い文句は実に甘美であり、実力や才能を持つ者であれば是非とも一旗揚げる為に共和王国オラクルへ訪れたいと思うだろう。
 だからこそ集まる有象無象には原石と呼べる逸材や既に有名を馳せる者も多く、各国からは多くの移民希望者すら受け入れている状況となっていた。 

 オラクル共和王国の人口は三割強ほど膨れ、五十万人規模だった国が七十万人に達しようとしている。
 更に開拓事業なども盛んに行われ始め、人口増加に比例した政策も順調に進み続けていた。

『――……見事な手腕モノだ。僅か一年ほどの期間で、これほどの改革を行うとは……』

 セルジアスはそうした共和王国の情報を聞き、急速に進む改革の手腕を秘かに褒め称える。
 それ等の政策は共和国王ウォーリスの名によって進められており、各大臣職に就いた有能な官僚達が指揮しながら改革事業に取り組んでいた。

 そしてそれ等の総指揮を執り行うのは、官僚の筆頭である国務大臣と最高司令官を兼ねるアルフレッド=リスタル。
 それがリエスティア姫の実兄である本物のウォーリスだと知るセルジアスは、その才格と七大聖人セブンスワンを退けられる程の実力を危ういと考え続けていた。

 そんな同盟都市建設の作業が進められていたある日、セルジアスにある申し出が届けられる。
 それは共和王国の国務大臣アルフレッドが、夕食を共にしようという誘いだった。

 セルジアスはその誘いを一案し、二つ返事で了承する。
 その返事の内容は、セルジアス自身が用意する場での夕食会に招くという事だった。

『――……御招き頂き、光栄です。ローゼン公セルジアス殿』

『いいえ。こちらこそ、先に御誘い頂いたにも関わらず御呼び出しする形となって申し訳ありません。アルフレッド殿』

『いいえ。……手土産とは申しませんが、上等な葡萄酒ワインが手に入りましたので。是非、御一緒に賞味して頂きたいと思いまして』

『ありがとうございます。有難く御相伴に預かりましょう。……では、こちらに夕食を御用意しております。どうぞ』

『はい』

 上質な木箱に収められた一本の葡萄酒ワインを丁寧に運び持参したウォーリスに対して、セルジアスは恙無つつがない様子を見せながら帝国側の陣地に迎え入れる。

 そして仮設ながらも整えられた敷地内で料理フルコースが振る舞われ、セルジアスもウォーリスも淀みの無い丁寧なテーブルマナーで食事を進めた。
 そうした中で次の食事が運ばれるまでの最中、ウォーリスはある提案を持ち掛ける。

『――……噂で耳にしたのですが、公爵殿は盤上遊戯チェスが御得意だとか?』

たしなむ程度には』

『御謙遜を。確か、帝国内の大会で何度も優勝されていると御聞きしていますよ』

『随分と前の話です。今は相手も無く、あまり駒にも触っていませんから』

『それは、貴方と対等に向かい合える相手がいらっしゃらないからでしょうか?』

『いえ。私より盤上遊戯チェスが強い者など、この世に幾らでもいますよ。ただ単に、政務で忙しいというだけです』

『そうですか。……では今夜は御暇であれば、私と一局どうですか?』

『……ほぉ?』

『実は私も、子供の頃から盤上遊戯チェスを嗜んでいたくちでして。ただ周りにそうした事に興じる者も少なく、相手を探すのに困っていました』

『……なるほど』

 グラスに注がれた葡萄酒ワインを口に含み喉へ通したウォーリスは、微笑みながら盤上遊戯チェスを挑む。
 そしてセルジアスも葡萄酒ワインを一飲みし終えた後、口元を微笑ませながらその挑戦に乗った。

『良いでしょう。夕食後に一局、御相手させていただきます』

『ありがとうございます』

『ちなみに、ただ盤上遊戯チェスを行うだけでよろしいのですか? 何か賭けるモノを御望みなのでは?』

『まさか。私は負ける可能性がある勝負ことには、何も賭けないと決めていますので』

『そうですか。実は私も、賭け事で遊戯《ゲーム》はあまりしたくはありません。あくまで互いを知るコミュニケーションの一環として用いるのが、正しい遊戯ゲームだと考えておりますので』

『なるほど。だから同盟都市内の施設には、賭博場カジノを設営されるのに反対していたのですね』

『いいえ。ただ単に、そうした賭博場ばしょは要らぬ火種を招くからだと考えただけです』

『そうですか。……では、夕食後を楽しみにさせて頂きましょう』

『こちらこそ』

 セルジアスはウォーリスの挑戦に応じ、盤上遊戯チェスの勝負を行う。
 しかし特に賭け事としての意味合いは持たせず、ただの遊びとして互いに興じる姿勢を見せた。

 そして夕食を終えた二人には盤上遊戯チェスを行う場が設けられ、二人は互いに盤上を挟む形で向かい合う。
 セルジアスは白と黒の駒を左右の手に握り、両手を重ねて軽く捏ねるように回した後、両手を握った状態のままウォーリスに尋ねた。

『どちらに?』

そちらに』

『……黒ですね』

『では、公爵殿が先攻しろということで』

 先攻しろ後攻くろを決めた二人は、互いに持つべき色の駒を持ちながら配置させていく。
 そして淀み無く並べられた白と黒の駒を向かい合わせながら、セルジアスとウォーリスは互いに青い瞳を向け合いながら挨拶を交えて開始した。

『よろしくお願いします』

『お願いします』

 先攻しろのセルジアスが、白歩兵ボーンを摘まみ上げて進めさせる。
 そしてウォーリスも黒歩兵ボーンを動かし、互いに淀みの無い動きと時間で相対する為の陣形を組ませた。

 こうして帝国随一の頭脳を持つセルジアスと未知の思考を持つウォーリスが、盤上遊戯チェスの中で相対する。
 それは互いの思考力を競うモノであり、どれだけ互いの手の内を読み切り対応を比べ合う戦いの場でもあった。
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