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革命編 二章:それぞれの秘密

盤上の語らい

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 老騎士ログウェルと帝国皇子ユグナリスが、本邸に戻った頃。
 オラクル共和王国の国務大臣アルフレッドと称し演じる、リエスティアの実兄ウォーリスを連れて本邸の屋敷に戻って来たセルジアスは、その対応を終えて自室の書斎にて都市の襲撃に関する詳細を各々から伝え聞いていた。

 まず今回の襲撃者が誰なのか不明であり、その目的が何だったのかも今のところは不明だということ。
 しかし都市を覆う大規模な結界を発生させていた魔導器を破壊した手段や、数百体規模の魔導人形ゴーレムを製造し送り込めるだけの魔導技術と魔法力が優れている大規模な集団が関わっているのは誰の目からも明らかだった。
 故に今回の襲撃を起こした勢力はホルツヴァーグ魔導国ではないかと、都市防衛を担っていた幹部達が意見を一致させている事を伝えられる。

 セルジアスはその報告を聞きながらも、四大国家の一つである魔導国ホルツヴァーグを軽々に犯人とは定めない。
 しかし帝都に居る皇帝ゴルディオスを始めとした各閣僚達に、ある要請を送る事を決めた。

「――……帝都に設けられている魔法学園。その校長職を務めている責任者に、今回の件に関する事情聴取を行うよう、ゴルディオス陛下に要請しよう」

「魔法学園にですか?」

「現校長はホルツヴァーグ魔導国出身者だ。また魔導国ホルツヴァーグの魔導機関における『管理者マスター』の座にも就いていたはず。今回の襲撃事件に関する重要参考人の一人として、事情を聴く必要はあるだろう」

「確かに……。了解しましたっ」

 セルジアスの提案に報告に赴いた幹部達に同意し、帝都に向けてそうした要請を送る。
 そして襲撃事件後の被害状況や都市の治安状況を各員に報告を聞きながら随所に対応した指示を送り、滞っていた政務をたった一日で終わらせるに至った。

 休む間も無かったはずのセルジアスは休まず、仕事を終えた執務室から離れて一人である部屋に向かう。
 そしてその部屋に備え付けてある扉を三回だけ軽めに叩き、その数秒後に反応するように部屋の扉は外側へ開いた。

 扉を内側から開けたのは、老執事バリス。
 そして部屋を訪ねて来たセルジアスに対して、深々とした礼を見せながらバリスは挨拶を交えた。

「――……御久し振りでございます。セルジアス様」

「御久し振りです、バリス殿。十三年振りでしょうか?」

「そうですな。貴方とアルトリア様が皇国に赴いてから、それ程の月日が経ちましたか。……大きく、そして立派になられましたな」

「まだまだ、父に比べれば若輩者です」

「謙遜なさいますな。二十五歳で一国の宰相と公爵家当主を務められるのは、どれほどの才覚があろうと易々と行えるモノではありません」

 セルジアスは口元を微笑ませながら謙遜し、バリスは裏の無い言葉で褒め称える。
 そした短い会話を行った後、セルジアスはバリスに問い掛けた。

「アルトリアと、少し話をしたいのですが」

「少々お待ちください。今、御休みになっておられます」

「そうですか。……アルトリアの記憶の方は、どうでしょうか?」

「……私もはっきりとは申せませんが。どうやらアルトリア様は、ある程度の記憶を思い出してはいるようです」

「!」

「ただ、アルトリア様がそれを御認めになられない……いや、それを忌避きひしていると言うべきでしょうか」

「忌避、ですか?」

「おそらく、御自分の記憶に困惑なされているのでしょう。そしてその記憶を、自分の記憶ものだと認めたくないのかもしれません」

「――……ちょっと。誰が来てるの?」

「!」

 互いに扉を開けたまま話していると、部屋の中からアルトリアの声が聞こえて来る。
 どうやら二人の話し声で目覚めた様子で、まだ覚醒し終えていない意識から放たれる上擦った声が扉付近まで届いた。

 バリスは振り向きながら部屋の中に戻り、セルジアスもそれに続く形で部屋に入る。
 そして部屋に入ったセルジアスは、白い敷き布を肩に羽織り金色の長い髪を乱している妹を見て呆れた微笑みを浮かべながら話し掛けた。

「――……久し振りだね。アルトリア」

「……確か、私の兄……セルジアス=ライン=フォン=ローゼン」

「覚えているかい? 僕の事を」

「……いいえ。ただ見た事があるだけよ」

「見た事が、あるだけ……?」

 部屋に訪れた兄セルジアスを見たアルトリアは、起き抜けながらも僅かに不快な表情を見せる。
 そして引っ掛かりのある言葉を口にし、セルジアスの事を覚えていないと否定した。

 それを聞いたセルジアスは不可解に思ったが、アルトリアが向ける瞳を見て何かを思い出す。
 それは幼い頃に見せていたアルトリアに近い瞳と表情であり、何処か懐かしさと寂しさを同居させた面持ちを見せながらセルジアスは再び話し掛けた。

「……アルトリア。今から、私の部屋に来れるかい?」

「……なんで、そっちの部屋に?」

「そうだね。……色々と積もる話をしたいという気持ちもあるけれど。今の君には、あちらの方が御互いの事を理解できるだろうから」

「……何の話をしてるのよ?」

「部屋に来れば分かるよ。――……怖くて来れないというのなら、この部屋に籠ったままでも構わないけどね」

「……ッ」

 その言葉に表情に苛立ちを浮かばせたアルトリアは、肩に羽織っていた敷き布を剥いで寝台ベットに投げる。
 そして薄着だけの状態を改善する為に服を探し、仕えるバリスはその服を用意して差し出した。

 兄として妹の煽り方を熟知しているのか、セルジアスは不機嫌ながらもアルトリアを部屋から連れ出す事に成功する。
 そして同じ棟の階にある部屋にセルジアスが訪れると、バリスを伴って付いて来たアルトリアはその部屋に入った。

 その部屋もアルトリアの部屋と同様に簡素ながら、多くの書物が収められた棚や家具に囲まれている。
 セルジアスは部屋に入ると窓際の机に歩み寄り、そこに置かれた白い布に覆われているモノに近付いた。

 そして白い布を取り去ると、そこにあるモノが二人の目に映る。
 それは『チェス』と呼ばれる盤上遊戯ゲームに用いられる、駒と盤が置かれていた。

「――……アルトリア。久し振りに、チェスをしようか」

「チェス……」

「覚えていないかもしれないけれど。僕と君とは、子供の頃によくチェスをしていたんだよ。……そして君は、僕に一度もチェスで勝った事が無い」

「!」

「君が十三歳で魔法学園に赴いてからは、御互いに一度もしていなかったけど。……僕達は兄妹ながら、日常生活では会話こそ少なかった。でも『チェス』でなら、多くの事を語り合った。……今の御互いの事を語り合うなら、コレで理解できるだろう」

「……」

 セルジアスはそう述べ、机の傍に置かれた一つの椅子に腰掛ける。
 それを聞き挑発染みた微笑みを向けるセルジアスに対して、僅かに苛立ちを浮かべたアルトリアは無言のまま向かい合う椅子へと座った。

 そしてセルジアスがチェス盤に手慣れた動きで駒を置き、白と黒の互いの駒が配置される。
 そして黒の駒を持ったセルジアスは、アルトリアに白の駒を譲りながら告げた。

「いつも通り、君が先攻しろだよ」

「……いつも通り」

「私が『白』を持つと、圧勝してしまうからね」

「……その余裕、すぐに後悔なくさせてやるわ」

 アルトリアは自信に満ちた微笑みを見せるセルジアスの黒い駒達に向けて、白い歩兵ボーンを一つ動かす。
 それに応えるようにセルジアスも黒の歩兵ボーンを進め、互いに説明を差し挟む必要も無くチェスを始めた。

 こうして数年振りの再会を果たしたローゼンの兄妹は、チェスを行いながら互いの事を語り合う。
 それは盤上における自身の判断能力を推し量り、相手の能力と思考を読み合い詰ませる、複雑ながらも単純な思考勝負だった。
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