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修羅編 閑話:裏舞台を表に
再び発つ者達 (閑話その八十五)
しおりを挟むオラクル共和王国の使者アルフレッドとして、ガルミッシュ皇族が集う会食に赴いたウォーリス。
そこで実妹リエスティアと帝国皇子ユグナリスの婚姻を正式なモノにしたいという要求を受け、難色を示しながらも、それを認める為にある条件を提示した。
その条件の一つには、アリアを帝国に戻し目と足が不自由なリエスティアに治療を施すことが含まれる。
現時点ではその条件を受け入れた皇帝ゴルディオスとユグナリスだったが、リエスティアの婚姻に関して再び保留とされてしまった。
その後、帝国側は共和王国の使者達を交えた和平の会談を終える。
そして使者達と共に帝都から去ったウォーリス達が見送られた後、ユグナリスは再び父ゴルディオスとの面会へ赴いていた。
「――……どうかお願いします! 俺にアルトリアの捜索を許してください!」
「ならん!」
腰を上げながらも頭を下げて頼み事を述べるユグナリスに対して、断固とした態度でゴルディオスはそれを拒む。
その場にはセルジアスとログウェルも加わっており、ユグナリスの主張を他の三人が聞く光景となっていた。
「では、アルトリアを捜索する為の人員を!」
「何処に居るかも分からぬアルトリア嬢を探す為に、人を動かせと言うつもりか?」
「死んでいる叔父上の捜索隊は出せて、アルトリアには出せないんですか!?」
「ユグナリスッ!!」
「……失言でした。しかし、アルトリアの才を稀有だと言いながら、父上達は一向にアルトリアを帝国に戻そうとする意思が無い。何故ですか?」
ユグナリスは感情を激して発した言葉を失言と認めながらも、今までアリアを帝国に戻そうという意思や行動を見せていない二人に対してそう尋ねる。
それに対して説明するのは、宰相であるローゼン公セルジアスだった。
「今まで帝国内の反乱分子の鎮圧、そして復興作業の尽力に精一杯だった。それが終わっても、王国との和平に基いた同盟都市の開発建設に人員を必要とする。内政と共和王国側への対応に力を注ぐ今、外国に人員を送りアルトリアを探す余裕は帝国には無い」
「だったら、やはり俺が!」
「皇子である君が帝国から離れて、何処に居るかも分からないアルトリアを何年も掛けて探すつもりか? それがどれだけ馬鹿な提案か、流石の君も分かるだろ?」
「しかし、リエスティアとの婚姻を共和王国側に認めてもらうのは、アルトリアを連れ戻すしかない!」
「君の態度が、彼に付け入らせる隙を与えた」
「!」
「リエスティア姫へ向けた君の愛情は、確かに本物だ。彼はそれを認めた上で、帝国にとって無理な要求を突き付けたんだ」
「グ……ッ」
「これは私のミスでもある。会食に赴くよりも、仕事を優先してしまった。……ユグナリス。君は確かに精神的に成長はしたが、まだ交渉事を任せる皇太子として、彼に立ち会わせるべきではなかった」
セルジアスは呆れ混じりに叱りながら溜息を漏らし、正面に居るユグナリスに苦言を呈す。
それを聞き表情を渋くさせながら腰を落としたユグナリスは、椅子に身体を預け苦悩の表情を見せた。
その二人の口論を見ていたゴルディオスは、セルジアスに向けて述べる。
「それに関しても、あの場に居た余の判断にも誤りがあった。ユグナリスが何処まで立ち向かえるか、確認したかったのでな。……だが一つ、分かった事もある」
「それは?」
「共和王国側は、アルトリア嬢の消息を掴んでいる可能性がある」
「!」
「彼は今まで、ナルヴァニアと繋がりルクソード皇国の状勢を把握していた。あるいは独自の情報網を持ち、皇国から発ったアルトリア嬢の消息を把握しているのかもしれない」
「……な、なら……!!」
「その彼が、帝国にアルトリア嬢が戻らないと考えあの条件を突き付けた。ならば我々が捜索隊を編成し消息を追ったとしても、アルトリア嬢の発見し連れ戻すのは難しいのだろう。あるいは、捜索しても共和王国側に妨害される可能性もある」
「……ッ!!」
「ユグナリス。例えお前自身が捜索に赴いたとしても、アルトリア嬢を探し出せないのでは意味が無い。分かるな?」
ゴルディオスはそう述べ、アリアの情報を共和王国側が既に掴んでいる可能性を二人に教える。
更にその情報を元に会食の場で即断し、ユグナリスや帝国側がアリアを連れ戻せない事を見越してあの条件を考えた可能性を伝えた。
セルジアスはそれに納得を浮かべ、同意する頷きを見せる。
そしてユグナリスは更に渋い表情をしながら顔を伏せ、自身の左膝を叩くように左拳を当てた。
「……じゃあ、我々にはどうする事も出来ないんですか……?」
「そうだ。今までもこれからも、帝国にアルトリア嬢の捜索を行う余裕は無い」
「……ッ」
「……だが、一人だけ。アルトリア嬢を探せる可能性がある者がいる」
「!」
その言葉を述べたゴルディオスに、ユグナリスは顔を上げて視線を向ける。
そしてゴルディオス自身も視線を横に流し、セルジアスとユグナリスはその視線に導かれるようにある人物に視線を向けた。
それは、壁際に立つ一人の老人。
微笑みを浮かべた、流浪の老騎士ログウェル=バリス=フォン=ガリウスだった。
「――……ほっほっほっ。まぁ、そうなるでしょうな」
「ログウェル。アルトリア嬢の捜索と、帝国に戻す為の説得を頼めるだろうか?」
「ふむ。出来なくはないと思いますがな」
「!」
「しかし、今の儂が帝国から離れて良いものかどうか」
少し考えながら話すログウェルは、セルジアスに視線を向ける。
その言葉と意味を理解したセルジアスもまた、悩むような様子を見せて呟いた。
「……確かに。出来れば、ログウェル殿には帝国内に留まって頂きたいというのが本音です」
「セ、セルジアス兄上……!」
「ユグナリス。君も聞いていると思うが、一昨年から起きている内乱や様々な事件には、【悪魔】が関わっている」
「!」
「そして【悪魔】の存在に関して、間違いなく彼も関わっているはずだ」
「……!!」
「【悪魔】は大陸から出て行くアルトリアを監視し、ログウェル殿に預けた君を誘拐しようとした。更に、私の父クラウスの死についても関わっている可能性があるんだよ」
「……で、では……今も悪魔は……」
「そう。【悪魔】は今も、この大陸の何処かに潜んでいるはず。そして【悪魔】と対抗できる術と実力を持つログウェル殿が、【悪魔】に関する牽制の役目を負ってくれていた」
「……」
「そのログウェル殿が帝国内から去れば、再び【悪魔】が君を狙う為に動き出す可能性が高い。……もし君を一人にすれば、何処にいるかも分からない【悪魔】が襲って来る。そうなれば、誰も君を守れない。君自身でもね」
【悪魔】に関する懸念を述べるセルジアスに、ユグナリスは反論できるだけの言葉を失う。
アリアを追い港町の戦いで気絶していたユグナリスは見ていないが、ログウェルが【悪魔】と対峙し自分を守ってくれた事は知っていた。
あのログウェルですら討ち取れずに逃がす程の力量を有する【悪魔】と対峙して、今の自分が抗えるかすら疑問に思える。
それを自覚しているが故に言葉を失っているユグナリスに、ログウェルは微笑みを浮かべる。
そしてゴルディオスに視線を移し、ある提案を述べた。
「――……ゴルディオス様。一つ、提案したい事があるのじゃが」
「む?」
「再び、儂にユグナリスを預けて頂けませんかな?」
「!」
「!?」
「ユグナリスが再び【悪魔】に攫われる危険があるのならば、いっそ儂と一緒にアルトリア嬢を探しに行かせればいい」
「そ、それは……」
「ついでに、儂が色々と教えを説きましょう。昔の貴方や、クラウス様のようにの」
そうした提案を述べるログウェルに、ゴルディオスは昔の出来事を思い出しながら口を噤む。
クラウスと共に青年時代にログウェルの訓練を受けていたゴルディオスは、確かに帝国内では得られない様々な教えを受けた。
それが今のゴルディオスの堅実性を育ませ、様々な事態に臨機応変な考え方や対応を行わせている。
確かに人格的な成長を遂げているユグナリスだったが、まだ人間として出来上がっては居ない。
帝国皇子としても知恵や知識が不足しており、このままリエスティア姫に固執したまま外に目を向けられないのは後々に問題が生じる。
それに考え至ったゴルディオスは、渋々ながらもログウェルの提案に返答した。
「――……分かった」
「陛下っ!?」
「セルジアス、良いのだ。――……ログウェル、再びユグナリスを預ける。そして二年以内にアルトリア嬢を捜索し、二人を帝国に戻してくれ。二年以内に見つけられない場合は、ユグナリスだけは帝国に戻して欲しい。出来るか?」
「ほっほっほっ。承知しました」
反対するセルジアスの意思を抑えたゴルディオスは、その依頼をログウェルに頼む。
それを承諾したログウェルは、ユグナリスを連れ立ってアリアの捜索する許可を得た。
それが述べられた時、ユグナリスは驚愕の表情を浮かべながらゴルディオスを見る。
「ち、父上……!」
「ユグナリス。お前の成長は著しいが、まだ帝国を任せる為には足りないモノが多い」
「!」
「二年間。ログウェルに付き従い、彼と今の世界から自分が得られるモノを学べ。それがお前自身を、更に成長させるだろう」
「……ありがとうございます。父上!」
そう言い渡すゴルディオスの言葉に、ユグナリスは頭を下げて感謝を述べる。
その二人の姿に呆れたように溜息を漏らすセルジアスは、渋々ながらもその決定を受け入れざるを得なかった。
こうしてユグナリスは、リエスティアの婚姻を正式なモノとする為に、ログウェルと共に行方不明のアリア捜索に同行する事が決まる。
それは世界の広さを知らないユグナリスを更に成長させる、貴重な体験を与える事となった。
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