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修羅編 閑話:裏舞台を表に

愛を阻む難題 (閑話その八十四)

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 リエスティア姫の実兄であるウォーリスは、会食の場で思わぬ虚を突かれる。

 正式に婚姻を結びたいと迫る当事者達に挟まれ、また実兄である事を隠したいウォーリスに対してそれを暴くかのように迫るユグナリスの言動。
 それがウォーリスに敵意にも苛立ちを浮かべさせ、会食の場に漂う空気が一変していた。

 それを見て小さな溜息を吐き出した後に、ウォーリスは睨むようにユグナリスを見ながら口を開く。

「……どうやら貴方は、私が考えていた以上に厄介な方のようだ。ユグナリス殿下」

「貴方が私をどのように考えていたかは、この際は構いません。……私はただ、貴方に私とリエスティアの婚姻なかを認めて頂きたい。それだけです」

「……」

「それとも、婚姻を認める上で必要な条件が有りますか? 有るのであれば、教えて頂きたい」

 そう問われるウォーリスは厳しい表情を浮かべながら瞼を閉じ、数秒ほど考えるように口を閉じる。
 そして再び瞼を開けて青い瞳を見せた後、その条件となる事柄を発した。

「――……分かりました。では二人の婚姻を認める為に、必要な条件を二つ、提示させて頂きます」

「はい」

「まず一つ目が、帝国に属する回復系の魔法を扱える魔法師と医術師を、幾人か共和王国こちらに貸して頂きたい」

「!」

「共和王国は現在、人材を増やし国内の技術体制を強化する方針に進んでいます。しかし共和王国内では回復系魔法を扱える魔法師や、優れた医術や薬学の心得を持つ者が極端に少ない。魔法の素養を持たない者でも覚えられる薬学や医術を共和王国内に普及させ、更に魔法の才を持ちながらも回復魔法の行い方を知らない者達に、そうした技術を教える人材を一時的に貸して頂きたいのです」

「……」

 ユグナリスはその条件を聞き、父親である皇帝ゴルディオスに視線を向ける。
 こうした帝国内の魔法師や医術師に関する扱いを、政治的には皇子の立場でしかないユグナリスには決定権が無い。

 決定権それがあるのは、皇帝である父親ゴルディオスか宰相である従兄セルジアスだけ。
 それを自覚しているからこそ、敢えて答えを出さずに視線を向けたユグナリスに対して、ゴルディオスは小さな溜息を漏らしながら代わりに答えた。

「……ローゼン公爵と共に、その条件を検討してみよう」

「!」

「元々、そうした技術と人材の交流を行う為に同盟都市を建設している。それが少し早まるだけと考えれば、閣僚達も幾らか納得はさせられるはずだ」

「……ありがとうございます。父上」

「だが、その技術を学ぶ場を共和王国で用意できるのか?」

「必要な物を仰って頂ければ御用意できます。しかし教えて頂く方々は、四大国家の盟約から外れた共和王国に訪れる不安もありましょう」

「確かに、そうだな。ではどうする?」

「必要な物はこちらで用意した上で、教えを受ける者達を帝国に赴かせます。またその者達に対する滞在費と生活費、そして教育費なども共和王国から支払わせて頂きます」

「……ふむ。分かった、とにかく検討してみよう。貴殿がこの帝国に留まっている間には、答えを出せてもらう」

「分かりました」

 ゴルディオスはそう述べ、ウォーリスと再び交渉の内容を増やす。
 そしてある程度まで話が落ち着いた後、再びウォーリスはユグナリスに鋭い視線を向けた。

「これが、一つ目の条件です。そして、今から述べる事が二つ目になります」

「分かりました」

「二つ目の条件。――……それは、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンを帝国ここに戻し、リエスティア様の治療を行って頂きたい」

「!」

「!!」

 二つ目の条件を聞かされたユグナリス達とリエスティアは、驚きを浮かべた様子を見せる。
 その両者が見せた驚きは別種のモノであり、リエスティアは純粋な驚きを、ユグナリスやゴルディオス達は苦心を秘めた驚きを内側に宿らせていた。

 そうした驚きを見せるユグナリスに対して、ウォーリスは口元を微笑ませながら言葉を続ける。

「どうしました? 随分と驚かれているようですが」

「……い、いえ」

「リエスティア様から、治療の件を伺っているはずですね。確かに以前より肌色は良く見えますが、変わらず足や目の治療は行われていない。そうですね? リエスティア様」

「……はい」

「ならば、帝国内で最も高名な回復魔法の技術を持つと知られる人物。才女と名高いアルトリア様にリエスティア様の治療を御願いする事は、何も不自然な事は無いはずです。留学されている皇国から呼び戻し、リエスティア様が快復するのであれば、私やウォーリス王も心配する事も無く、快く二人の婚姻を祝福させて頂きます」

「……ッ」

「……それとも。アルトリア様を帝国に呼び戻せない理由が、何か御有りなのですか?」

 落ち着いた口調ながらも強かさを感じさせる声色で尋ねるウォーリスに、ユグナリスは口を閉じ表情を強張らせる。

 そのアルトリアが既に皇国には居らず、現在まで行方不明である事はユグナリスも知っている。
 何とか連れ戻しリエスティアの治療をさせたいと同じように考えていたがユグナリスだったが、この帝国を離れて何処に居るかも分からないアルトリアを探すのはどれ程の時間が掛かるか分からない。
 またアルトリアと遭遇することが出来たとしても、説得して帝国に呼び戻す事など更に不可能だろう。

 ユグナリスはそれを考えながら表情をしかめ、二つ目の条件を受け入れる事が出来ない。
 そんな様子を見ていたゴルディオスは、再び代わるように条件に対する答えを述べた。

「――……いいだろう。アルトリア嬢の件に関しても、私が了承する」

「!」

「……そうですか。ですがこの件に関しては、私が留まる間に達せられるのは不可能でしょう。とりあえずは、正式な婚約はそれまで保留という形で御願いさせて頂きます」

「そ、それは……!」

「これが、こちらから出来る最大限の譲歩だと御考え下さい。ユグナリス殿下」

「……分かりました……ッ」

「リエスティア様。貴方もこの件に関しては、それで留めて頂きます。またウォーリス王にも、改めてこの事を御伝えし、御意見を伺う事となるでしょう。それで宜しいですね?」 

「……はい」

 ウォーリスはそう述べ、ユグナリスとリエスティアの婚姻に関する決定を保留させる。
 それに反論できず苦悩する二人に対して、ウォーリスは表情の裏側に張り詰めさせていたモノを引かせた。

 ユグナリスの婚約に関する交渉はそこで留まり、その会食はそこまでの話で終わる。
 それから一週間ほど帝都に留まっていたウォーリスと使者達は、オラクル共和王国へ帰って行った。
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