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修羅編 閑話:裏舞台を表に

継がれぬ血 (閑話その八十)

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 ガルミッシュ帝国の皇帝ゴルディオスと宰相セルジアス、そして老騎士ログウェルを交えた面会の場で、オラクル共和王国ウォーリス王の腹心アルフレッドから真の目的が明かされる。
 それが【結社】の壊滅である事を聞かされた三名は、それぞれに思う表情を浮かべていた。

 そうした場の中で表情を引き締めたゴルディオスは、新たな問い掛けをアルフレッドに向ける。

「……【結社】なる組織の壊滅。それがウォーリス王の……いや、君達の本当の目的だと?」

「はい」

「【結社】の名は、確かに聞いた事はある。様々な国々で暗躍し、四大国家の定めた法案を無視する悪行も重ねる者も多いそうだな。だが属し与する者は不明であり、それを束ね操る主犯格リーダーも不明だと聞いている。……その【結社】を壊滅する事が、貴殿等がベルグリンド王国を奪ってまで望むことか?」

「その通りです」

「……要領を得ぬな。何故それを果たす為に、ベルグリンド王国を支配し、我がガルミッシュ帝国の和平を必要とする? そして、それが何故リエスティア姫の素性を偽り送り出した理由となるのだ?」

 ゴルディオスは怪訝そうな表情を浮かべ、改めてアルフレッドを問い質す。
 それに対して謁見の場と同じように、臆する事の無い態度でアルフレッドは返答を行った。

「……それを説明する前に、もう一つの嘘を話す必要があります」

「もう一つの……?」

「御二人や周囲の者達が知るウォーリス王と、アルフレッドと名乗る私自身の立場と名は、異なります」

「立場と名が、異なる?」

「今のウォーリス王と名乗る彼こそが、幼い頃から私に仕える従者アルフレッド。そして私の真名こそが、ウォーリスです」

「!」

「彼は私の影武者かげとして表に立ち、ウォーリスの名で王の立場となりました。そして私自身はかれの下で腹心ゆうじんとなり、実質的に彼と二人で王国を支配するに至ります」

「……ならば先日に申していた君の素性は、ウォーリス王……いや、アルフレッドと呼ばれるあの青年の過去というわけだな」

「はい」

「なるほど。つまりリエスティア姫は、確かにウォーリス王と名乗るアルフレッド実妹じつまいではない。……だが、ウォーリスの妹である事に間違いは無いのだな?」

「はい。リエスティアは私にとって、唯一の血の繋がりを持つ実妹いもうとです」

 改めてそう語るアルフレッドは、自身の素性がウォーリスである事を語る。
 既にその事を予測していたゴルディオスとセルジアスは先程よりも驚きを抱いた様子は無かったが、むしろそれを素直に明かし伝えるウォーリスの様子に心の内側で困惑していた。

 その困惑を漏れ出すように、ゴルディオスは再び問い掛ける。

「……君の名がウォーリスであり、リエスティア姫と血の繋がりがある事は理解した。だが君達は、実妹である彼女にまで素性を偽っていることになる。それとも彼女は、それを知っていたのか?」

「いいえ。リエスティアは、私とアルフレッドが立場と名を入れ替えている事を知りません。また彼女自身にも、ウォーリスと名乗るアルフレッドこそを実兄あにだと伝えています」

「……何故、実の妹にまで嘘を吐く?」

「リエスティアを、私達の目的に関わらせたくは無いからです」

「なに……?」

 ウォーリスが述べる理由を聞き、ゴルディオスは怪訝な表情を浮かべる。
 それは隣で聞いていたセルジアスも同様であり、窓際に立つログウェルは今もウォーリスに対して視線を細めながら見つめていた。

 そして疑問を漏らすゴルディオスに、ウォーリスはリエスティアを帝国に送った理由を語る。

「私達がガルミッシュ帝国に……皇帝陛下に協力を御願いしたいのは、リエスティアを保護して頂く為です」

「リエスティア姫を、我々で保護する……?」

「今後、我々はオラクル共和王国として活動を行います。そして各国に蔓延る【結社】を壊滅させるべく人材を集い、様々な工作を用いて構成員達の壊滅を行い、組織の統率者達を打倒する予定です」

「!」

「最悪の場合、【結社】を統率する者達や構成員達が共和王国に乗り込み、血を流す争いが起こる可能性がある。その争いに巻き込ませない為に、帝国側にリエスティアを守って頂きたいのです」

「……それだけの為に、この帝国と和平を結んだと。そう言うのか?」

「はい。その為にリエスティアの安全を考え、帝国内部の不穏分子を排除する策を優先しました。掌握した王国勢力を動かし帝国の反乱勢力を決起させ、その後に軍を引き反乱勢力を帝国内で孤立させ討伐させる為に」

「!」

「そうして掃除し終えた帝国内と和平を結び、改めてリエスティアを送り出す。それがリエスティアを守る為に考えた、私達の策です」

 迷いも無く臆する事もせずに真意を伝えるウォーリスの姿に、ゴルディオスは再び戸惑いを宿す。

 一人の妹リエスティアを守る場所を得る為に、帝国内部の不穏分子を動かし皇帝ゴルディオス達に討伐そうじを任せた。
 そして綺麗になった帝国と和平を結び、その場所に送り込む事で保護する立場に置かせる。

 たった一人の為に国を奪い反乱を決起させるという策を淡々と語るウォーリスの様子に、ゴルディオスは驚きを浮かべざるを得ない。
 しかし、その傍らに控えていたセルジアスが視線を鋭くさせながら口を挟んだ。

「――……アルフレッド殿。いや、この場ではウォーリス殿と呼びましょうか」

「御好きにどうぞ。宰相閣下」

「では、ウォーリス殿。私から御聞きしたい事があります」

「何でしょうか?」

帝国側こちらの反乱勢力を決起させたと仰っていますね?」

「はい」

「ならば、その反乱勢力の頭目とされていたゲルガルド伯爵の行方も、御存知なのですか?」

「いいえ。そもそもゲルガルド伯爵と呼ばれていた者は、既にこの世に居りません」

「……それは、どういう意味でしょう?」

「ゲルガルド伯爵家は、今から十五年程前に当主から家令を含め、一族全員が死んでいます」

「!?」

「私はそのゲルガルド伯爵家の名を利用し、帝国内部で不穏分子達に呼び掛けました。そして反乱を決起させる策を行ったのです」

「……どうして、ゲルガルド伯爵家が既に滅びていると御存知なのです?」

「私が、ゲルガルド伯爵家の血縁者だからです」

「!!」

「!?」

 ウォーリスは真摯な様子を見せながらも、その口からとんでもない言葉が飛び出る。
 それに驚かされるセルジアスとゴルディオスは目を見開き、続くように述べられるウォーリスの話を聞いた。

「私とリエスティアは、ゲルガルド伯爵家の血縁者です。……私の本当の名は、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。そして妹が、リエスティア=クロエオベール=フォン=ゲルガルドです」

「!」

「そう。私とリエスティアは元々、ガルミッシュ帝国に属するゲルガルド伯爵家の一員。帝国出身の者です。……そして本来であれば、貴方達ガルミッシュ皇族と共に名を揃えるはずの者でした」

「……まさか、君達は……」

「陛下の御考え通りです。……私達の祖母は、ルクソード皇族であると言われていました。故に私やリエスティアも、ルクソード皇族の一員として育てられるはずだった」

「!!」

「私は【紳士フロイス】。妹は【淑女クロエオベ―ル】。陛下の【王器マクシミリアン】や、宰相閣下の【境界ライン】、その妹君であるアルトリア嬢の【希望ユースシス】と同じ意味を持つ、皇位継承権の証となる皇族名なまえを持っていました」

 ウォーリスは自身の左手を胸に運び、自身と妹に与えられた本当の名前を教える。
 その名にはルクソード皇族に与えられているモノと同じ、皇族名ミドルネームが在った。

 それを教えられる二人は、改めて驚きを持った瞳をウォーリスに向ける。
 そしてその意味を知るかのように、ウォーリスは淡々とした口調で言葉を続けた。

「――……しかし。私達に与えられたその皇族名なまえは、偽りのモノでです」

「!」

「私達の祖母、ナルヴァニア=フォン=ルクソード。皆様も既に御存知のように、彼女はルクソード皇族の血を継ぐ者では無かった」

「……!!」

「それ故に、私達はルクソード皇族の列に決して加われぬ存在。……そしてルクソード皇族の血が流れない父や私達は、ゲルガルド伯爵家から抹消された存在でした」

「……抹消された……?」

「私達の父には、弟が居ました。私達にとって祖父に当たる人物に、正室として迎えられた女性から生まれた男です」

「!」

「始めは、私達の祖母ナルヴァニアが正室として迎えられ、私達の父を産みました。……しかしある出来事がきっかけで、祖母と父にルクソード皇族の血が流れていない事が判明した」

「ある出来事……?」

「ルクソード皇族に伝わる秘伝。血の契約を必要とする秘術の継承です」

「!?」

「古くから初代『赤』の七大聖人セブンスワンルクソードに仕えていたゲルガルド伯爵家の祖先は、その方法を秘伝として保管し、代々に渡り伝えていました。そしてその秘伝を、ルクソード皇族の血を継ぐ祖母から生まれた父に、継承させようと試みたのです」

「……まさか、それで……?」

「ええ。……二十八年ほど前に、父はその秘伝を継承する事に失敗した。そしてゲルガルド伯爵家当主だった祖父は、祖母ナルヴァニアにルクソード皇族の血縁者では無い事を知ったのです」

「……!!」

「祖父はそれに怒り、祖母をルクソード皇国本土に送り返したと聞きます。……そして父はゲルガルド伯爵家の相続権を失い、祖父は妾にしていた女性を正室として娶った。そしてその女性が生んでいた男が、正式にゲルガルド伯爵家を継ぐ次期当主に選ばれたのです」

「な……」

「父はずっと、祖母がルクソード皇族の血を継いでいない事を信じませんでした。だから私とリエスティアに、皇族名を秘かに与えていた。……しかし祖父は、父や私達をルクソード皇族として扱わず、世に私達の存在を表には示さなかった」

「……!!」

「私達を生んだ母親は、父の幼馴染である女性でした。しかしリエスティアを生んだ母は衰弱したまま逝去し、それと同時に父も精神的に衰弱していった。私達を煙たがる叔父、心が病んだ父達の間に挟まれながら、私達は生活を余儀なくされた。そして叔父に本邸から追い出された父と共に、私達はゲルガルド伯爵の本屋敷の片隅に設けられた小屋で暮らすことになりました」

「小屋……?」

「屋敷の物置に使っていた小屋です。……その小屋から見える花の庭園で、私はリエスティアと共に祖母が好きだったと聞く花を育てていました」

「!」

 セルジアスはその話を聞き、ゲルガルド伯爵邸付近の地形を思い出す。

 リエスティアを疑う原因きっかけとなった薄紅の雛菊《デイジー》が植えられたとされる花園の近くには、確かに古めかしい小屋が存在していたと記憶している。
 セルジアス自身もそれが物置だろうと考えていたが、まさかそこに父親と共に兄妹が棲んでいたなどとは、想像が出来なかった。

 こうして長年に渡り秘匿されていたゲルガルド伯爵家の内情が、その末裔であるウォーリスの口から語られる。

 それはルクソード血脈に因る、悲劇の一つ。
 ルクソードという特別な血を得なかった者達に降り掛かる、悲しき人生だった。
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