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修羅編 閑話:裏舞台を表に
優しき者へ (閑話その七十五)
しおりを挟む両親である帝国皇帝ゴルディオスと皇后クレアに、リエスティアとの婚姻に関する説得を試みるユグナリス。
それに一定の妥協点を見出す形で終息したかに見えた客間の雰囲気は、皇后クレアがリエスティアに向ける視線と言葉によって、次の話へと変わるように始まった。
「――……リエスティアさん」
「はっ、はい」
「こうして御会いするのは、二度目になるでしょうね」
「はい。私が帝都に着いてから、一度だけ皇帝陛下と共に謁見の間で御会いした時に、皇后様もいらっしゃったと……」
「そうね。……実は貴方を初めて見た時に、ある人と似ていると思ったの」
「ある人……?」
「私の義姉であり、貴方の血縁者かもと言われている方。……ナルヴァニア=フォン=ルクソードよ」
「!」
「!?」
「私とナルヴァニア姉様は、十二ほど歳が離れていてね。幼い頃の記憶に在るナルヴァニア姉様と貴方の姿が、重なって見えるの」
「……で、では。私は……?」
「多分、セルジアス君が推測している通り。貴方はゲルガルド伯爵家に嫁いだ、ナルヴァニア姉様の血縁者だと思うわ」
ナルヴァニアと最も面識があるルクソード皇族出身のクレアが発した言葉に、リエスティアとユグナリスは驚愕の表情を浮かべる。
それを隣で聞いていたゴルディオスは落ち着いた面持ちを見せ、既にその事を妻クレアから聞いている様子が窺えた。
そうした周囲を見ながら、クレアは微笑みながら思い出すようにナルヴァニアの事を話し伝える。
「ナルヴァニア姉様は、幼い私と良く遊んでくれていたの。とても優しく笑顔が素敵な人で、私も慕っていたのよ」
「えっ」
「でもナルヴァニア姉様は嫁ぐ為に、皇国を離れることになった。当時の私はそれが悲しくて、ナルヴァニア姉様に行かないでと泣きながら引き留めようとした記憶があるわね」
「……」
「そして十八歳になった私も、当時は帝国皇太子である陛下の下に婚約者として嫁いだ。それと入れ違いになるように、ナルヴァニア姉様も皇国に戻ったそうよ」
「……ローゼン公が言っていた、ナルヴァニア伯母上がゲルガルド伯爵家と離縁した時期ですね?」
「そうみたいね。当時は自分の事で精一杯だったこともあるけれど、私はナルヴァニア姉様もこの帝国が嫁ぎ先だった事を知らなかったわ。ナルヴァニア姉様が離婚して皇国に戻っている事を知ったのも、二十年前の内乱が終わりあの人が女皇に就いた時だったもの」
疑問を浮かべながら質問するユグナリスに、クレアは頷きながら答える。
その話で始めに聞き驚いた様子を見せたユグナリスは、ナルヴァニアが優しい人であるという事を疑問に思っていた。
ユグナリスにとってナルヴァニアは女皇となった時にしか見た事も無く、また交えた言葉も非常に少ない。
しかしそれだけでも、ナルヴァニアの鋭い視線や言動が厳しいモノであり、優しさとは反対の厳しい人物だという印象を持っていた。
そうした心の内側を読み取ったのか、クレアはユグナリスに苦笑を見せながら話す。
「そうね。ユグナリスやセルジアス君は、女皇となったナルヴァニア姉様しか見た事が無かったわね」
「は、はい。……正直、私には伯母上とリエスティアが似ているようには、今も思えません……」
「そうでしょうね。……私も十年ほど前に貴方達と共に皇国に赴き、その時のナルヴァニア姉様と久し振りに御会いした時には、別人なのではないかと思ってしまったわ」
「えっ?」
「昔のナルヴァニア姉様を知る人ほど、女皇となったあの人を見て驚かされたでしょうね。……昔のナルヴァニア姉様はとても聡明で、平民や貴族の身分など意に介さずに分け隔てなく周囲に手を差し伸べる、とても優しい人だった。彼女の在り方こそ淑女の見本だと、私は思っていたほどよ」
「そ、そんなに……」
「ナルヴァニア姉様の傍に付いていた、男性の皇国騎士を覚えている?」
「え? ……確か、ザルツヘルムでしたっけ?」
「そう。ザルツヘルムは平民の出だけど優秀な子で、嫁ぐ前のナルヴァニア姉様の従者見習いをしていた子よ。私にとっては、姉様と一緒に遊んでいた弟のような幼馴染だったの」
「!」
「彼は仕えていたナルヴァニア姉様が嫁いで皇国を離れた後、騎士になる為に勉強や修練を頑張っていたわ。いつかナルヴァニア姉様の下に赴いて、今度は騎士として姉様に仕えたいと言っていたの。他にも幼年期に遊んで貰った子供達には、ナルヴァニア姉様を慕う子は多かった。そして周囲の大人達も、ナルヴァニア姉様にそうした信頼を置いていた」
「……」
「……でもね。十年前に皇国に赴いた際に、催事が行われる前に彼女が開いた御茶会に招かれた。そこでナルヴァニア姉様と三十年振りに再会したわ。……でも彼女の瞳は、昔の優しさとは違う、悲しみにも似た暗い感情を含みながら、私を見ている事が分かった」
「……!」
「そして先年。ナルヴァニア姉様が死んだ事を聞き、更に彼女が私の本当の姉ではなく、かつて反乱罪に問われ処刑された一族の生き残りであり、義理の姉だったのだと知った。……その時に、あの御茶会で向けられたナルヴァニア姉様の瞳に宿る暗さの意味が、やっと分かった気がしたわ」
「……」
クレアは天井を見上げるように顔を動かし、自身の考えた事を伝えていく。
それを三人はただ聞き入り、クレアの思考を理解しようとしていた。
「……それが分かった時、ある疑問も浮かんだの。……ナルヴァニア姉様は、何時何処で、自分の出生を知ったのだろうと……」
「……!!」
「少なくとも、私と別れる前の……ゲルガルド伯爵家に嫁ぐ前のナルヴァニア姉様は、自分の出生を知らなかったはず。もし知っていたのなら、あれほどルクソード皇族の一員である事を誇りにし、その血を引く私にもあれほど親しくしてくれたとは思えない」
「……」
「そしてゲルガルド伯爵家から離縁したナルヴァニア姉様が皇国に戻ると、五年も経たない内に皇国やルクソード皇族の血が含まれる国々で、内乱の兆しを見せて争いが生じ始めた。……そして内乱が終わると、ナルヴァニア姉様が女皇に就いてしまった」
「……それじゃあ、まさか……!」
「……あの優しかったナルヴァニア姉様に、悲しみと憎しみを宿らせるように出生の秘密を教えた人物。それこそ、彼女が嫁いだゲルガルド伯爵だったのではないかと。私は考えているわ」
「!?」
「そしてゲルガルド伯爵はナルヴァニア姉様の復讐心を利用し、ルクソード皇族同時を争わせる内乱を企てたのかもしれない。……そしてナルヴァニア姉様を女皇の座に就かせ、何かに利用していたのかも」
「な、何かとは……?」
「私には、それ以上のことは分からない。……でもね、例え本当の姉ではないと知っていても、私はあの人を慕い続けるし、自分の姉だと呼び続けるつもり。そしてどれほど酷い事をしていたとしても、それはナルヴァニア姉様が本当にしたかった事では無いと言える。……だって、あの人が向けてくれた優しさと言葉は、確かに私の記憶に在るんだもの……」
クレアは涙を頬に伝わせながら、ナルヴァニアについて語る。
幼き頃には確かに在ったナルヴァニアに優しさを失わせ、悲哀と憎悪に塗れさせた者の存在。
それを許せないと思う気持ちと、姉と慕い続けたナルヴァニアの復讐心を踏み止まらせる事が出来なかった自分の不甲斐なさを情けなく思いながら、クレアは涙を零す瞼を開いて親しい姉に似た面影があるリエスティアに声を向けた。
「……リエスティアさん」
「は、はい……」
「私は、貴方とユグナリスの婚姻を認め、祝福しようと思うわ」
「!」
「例え貴方が、ナルヴァニア姉様やゲルガルド伯爵家の血筋に連なる者であったとしても。私はそんな貴方にこそ、ユグナリスと結ばれて幸せになって欲しいと思うの」
「……!!」
「けれど、これだけは約束して。……例え自分の出生がどうであろうと、ナルヴァニア姉様のように悲しみと憎しみに包まれないで。……そして今の貴方を愛し、優しさで包む者達が周りに居る事を、どうか忘れないであげてね……」
「……はい」
クレアは席を立ち、緩やかにリエスティアの近くに歩み寄る。
そしてリエスティアの両手に両手を重ね置き、涙を流しながらその約束を頼んだ。
リエスティアはクレアの温かい手の温もりを感じながら、しっかりとした声色と表情で頷き応じる。
それを聞いたクレアは包むように抱擁の手を動かし、リエスティアを優しく抱き締めた。
こうしてユグナリスの説得は終わり、皇帝と皇后の両者からリエスティアとの婚姻が認められる。
しかしこの事に関してはまだ安定した着地点とはならず、オラクル共和王国から訪れる和平の使者次第ということで話は締め括られた。
それから年の暮れと明けを帝都の城でユグナリスとリエスティアは過ごし、皇帝家族と親交を温める。
そして年が明けて数日後、オラクル共和王国から訪れる和平の使者が訪れる報が知らされ、ユグナリスとリエスティアも使者を迎える形で同席することなった。
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