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修羅編 閑話:裏舞台を表に
願いの交渉 (閑話その七十三)
しおりを挟む新たに結ばれた盟約によって、樹海側の状況に新たな変化が起こる。
そして盟約を結んだ帝国側でも、新生されたオラクル共和王国から和平の使者として訪れるアルフレッド=リスタルを迎えるべく調整と準備が行われ始めていた。
そうした催事が整えられる帝都に、ローゼン公爵家の家紋が彫られた複数の馬車が訪れる。
その周囲を騎乗した帝国騎士が十名以上で護衛し、帝都の奥側に立つ城まで辿り着いた。
二列目の馬車から降りた一人目の人物は、伯爵騎士ログウェル=バリス=フォン=ガリウス
帝国では絵本としても語り継がれる老騎士であり、皇帝ゴルディオスからは賓客として遇される『緑』の七大聖人が帝都に訪れた。
それを追うように、馬車から身を出した二人目が姿を見せる。
その人物は、帝国皇子ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。
長くなった赤髪を後ろに束ね整え、白い礼服と赤い意匠の装飾を身に飾り、赤い薔薇の家紋を背負う外套を肩に掛けた状態で帝都に訪れた。
「――……それじゃあ、抱えるよ」
しかしユグナリスは、ログウェルのように帝都に足を降ろさない。
馬車の中へ視線と声を向けたユグナリスは、ある人物を横抱きし介助しながら緩やかに馬車を降りた。
抱えられた状態で姿を見せた三人目は、元ベルグリンド王国の姫君リエスティア=フォン=ベルグリンド。
ユグナリスに抱えらたリエスティアもまた着飾った白いドレス姿であり、腰程まである整えられた黒髪を揺らしていた。
そして別の馬車に乗っていたリエスティアの侍女が、車椅子を降ろして二人の傍に近付く。
ユグナリスはその車椅子にリエスティアを座らせる為に、優しさを込めた表情で話し掛けた。
「それじゃあ、降ろすよ。ティア」
「はい。……ありがとうございます、ユグナリス様」
車椅子に腰掛けたリエスティアもまた、優しさを含む表情の中で愛おしさが宿る声をユグナリスに向ける。
互いにそう微笑み合うと手を重ねると、車椅子の握り部分に近付く侍女にユグナリスは話し掛けた。
「車椅子は、俺が押します」
「えっ。……分かりました」
ユグナリスの真摯な意思を汲み取り、侍女はその身を下げて立場を譲る。
そしてログウェルと護衛の騎士を数名だけ伴い、ユグナリスはリエスティアの車椅子を押しながら帝城の中に入った。
そうした一行を城の中で出迎えたのは、帝国宰相セルジアス=ライン=フォン=ローゼン。
車椅子を押してリエスティアと共に訪れたユグナリスを見て呆れを含んだ笑みを見せるセルジアスは、迎える言葉を述べた。
「――……ようこそ。ユグナリス殿下。そしてリエスティア姫」
「御久し振りです。ローゼン公爵」
「御久し振りです。宰相閣下」
「御待ちしておりました。それでは、こちらまで……」
セルジアスは短く挨拶を終えさせ、背中を見せながら二人に対して案内役を務める。
それを聞いたリエスティアは、僅かに不安の面持ちを見せる。
しかしユグナリスは左手をリエスティアの左肩に置き、落ち着いた声で伝えた。
「大丈夫だよ。俺が必ず、二人を説得して見せるから」
「……はい」
その言葉にリエスティアは不安な面持ちを引かせ、静かに頷きながらユグナリスの置いた左手に右手を触れさせる。
それから互いに手を離すと、ユグナリスは車椅子を押しながらセルジアスの後を付いて行った。
セルジアスに案内される中で、途中の階段ではユグナリスがリエスティアを横抱きして足取りを軽くしながら昇り、車椅子は護衛の騎士や侍女に任せる。
そうした様子をセルジアスは待ちながら観察し、一行をとある場所に案内した。
そこは、皇室に設けられた客間。
謁見の間以外で客人が皇族と面談を行う場であり、そこに通される事で誰と会う事になるか。
それを承知しているユグナリスは覚悟を決め、セルジアスが開けた扉をリエスティアと共に入室した。
そこで待っていたのは、皇帝ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュと、その妻である皇后クレア。
ガルミッシュ帝国の頂点であり、約二年振りにユグナリスが見る両親の姿がそこに居た。
「……父上、母上……」
「ユグナリス……!」
久方振りに見る両親の姿に、ユグナリスは呟くように感慨を漏らす。
そして母親であるクレアは久方振りに見る息子を見て、思わず腰を上げそうになった。
それを制止するかのように、皇帝であり父親であるゴルディオスがユグナリスに呼び掛ける。
「待っていた、ユグナリス。……席に着きなさい」
「……はい」
厳かな表情を見せた皇帝の声を聞き、ユグナリスは緩みかけた意識を引き締める。
そして二人が完全に入室した後、セルジアスはログウェルを含んだ他の者達に対して声を向けた。
「ここからは、皇帝陛下が許可した者だけが立ち入ることになります。他の皆様は、別室にて待機して頂きましょう」
セルジアスはそう述べ、外側に出て客間の扉を閉める。
そして扉の前に護衛となる騎士だけを残し、ログウェルと侍女を別の客室へと案内した。
扉が締められた客間では、ユグナリスが用意された椅子の隣にリエスティアの車椅子を止める。
そして自身も椅子へ座り、二人は向かい合う形で皇帝と皇后に向かい合った。
二人が並び座るのを待っていたゴルディオスは、改めて口を開く。
「……此度の面談は、お前がログウェルから勝ち取り叶えたそうだな。ユグナリス」
「はい」
「帝国内の復興状況と様子を見て、それが整えられた時に場を用意するつもりだったのでな。お前の願いが叶う場がこうも遅れた事に対しては、謝っておこう」
「いいえ。陛下もまた御多忙である事は、重々に承知しております」
「そうか。……此度はお前の願いによって、リエスティア姫も入室を許している」
ゴルディオスはそう述べ、ユグナリスから視線を外してリエスティアに青い瞳を向ける。
そして自分に向けられた話と視線を察するリエスティアは、僅かに表情を強張らせ身体を震わせた。
「リエスティア姫」
「はい」
「不自由な身体でここまで訪れること、難儀だっただろう」
「ユグナリス様や皆様の御助けもありましたので」
「しかし、公爵領地から帝都までで多少は疲れたのではないかね?」
「いいえ。宰相閣下が用意してくださった馬車は、揺れも少なく疲れはありません」
「そうか。……では二人とも、私達と話す準備は整えているということで、構わないかね?」
「はい」
「はい」
ゴルディオスの問い掛けに、ユグナリスとリエスティアは声を合わせて頷く。
それを確認したゴルディオスは、再びユグナリスに視線を戻して問い掛けた。
「では、ユグナリスよ。この面談の場を設けた理由を話せ」
「はい。――……どうか御二人に、私とリエスティア姫の婚約を正式な婚約として、認めて頂きたい」
ユグナリスは真っ直ぐとした視線と表情を見せながら、父親と母親に向けてそう告げる。
愛すると誓ったリエスティアと正式な婚姻を結ぶ為に、ユグナリスもまた交渉の場に望んでいた。
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