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修羅編 閑話:裏舞台を表に

賛同と異論 (閑話その七十一)

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 盟約を結ぶ交渉の為に樹海に住むセンチネル部族の村に訪れたガゼル子爵家当主フリューゲルは、思わぬ人物と対面する。

 それはガルミッシュ帝国内で有名を馳せる、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン。
 先年の反乱で戦死したクラウスが樹海の中で生き永らえ、ガゼル子爵の前で健在であることを明かした。

 パールを交えて三名だけが居る室内に、暫《しばし》しの沈黙が起こる。
 それを破るように声を発したのは、ガゼル子爵を驚愕させる理由となっているクラウスだった。

「――……なんだ、まるで幽霊でも見たような顔をして」

「い、いえ! まさか、生きておいでとは……」

「なんだ、私は死んでいた方が良かったか?」

「そ、そうではなく! 帝国内では、既に閣下は死んでいるという話になっておりますので……」

「そうだろうな。そうするよう俺が言ったのだから」

「えっ!?」

「私が生きているにせよ死んでいるにせよ、死んだと報ずるようにセルジアスには伝えて家督を譲った。それを知っているのは、極一部の者達だけだがな」

「そ、そうだったのですか。……しかし、まさか樹海ここられるとは……」

「悪いな。お前の領地に無断で居座る形となって」

「いいえ、とんでもない。御健全で在らせられる様子で、御安心しました」

 ガゼル子爵は改めて畏まり、クラウスに対して平伏した様子を見せる。
 しかしクラウスはそれを嫌うように席を立ち、片膝を床に着いてガゼル子爵の顔を見ながら話し掛けた。

「言ったろう。俺は既にローゼン公爵家当主でもなければ、ガルミッシュ帝国宰相でもない。ただの世捨て人だ。かしこまるな」

「で、ですが……」

「それにこれからは、お前と私は共犯者ビジネスパートナーになるのだ。互いに遠慮は無用というものだろう」

「……えっ?」

 今まで厳かだったクラウスの表情が悪い笑みに変わり、その口から発せられる声がガゼル子爵の顔を上げる。
 そしてガゼル子爵の左肩に右手を置いたクラウスは、その笑い顔のまま事を話し始めた。

「実はな、このパールが持ち込んだ帝国と樹海の盟約。アレは私の発案だ」

「……えぇっ!?」

「そして直接セルジアスと兄上ゴルディオスに盟約の話を持ち込むよう提案したのも、私だ」

「!?」

「お前が事の詳細をパールに聞けば、盟約を反故にさせない為に慌てて樹海ここに訪れるだろう。そう踏んでいた」

「……ま、まさか。私をここに向かわせる為に、敢えて子爵家わたしを通さず……!?」

「死んだ事になっている私は、樹海ここを出ることは出来ないからな。お前を樹海ここに連れて来る策も必要だったというわけだ」

 この状況を誘導し作り出していたクラウスの言葉を聞き、ガゼル子爵は寒気を感じ鳥肌を立たせる。
 武勇だけではなく人身を掌握する策謀にも長けたクラウスの手腕に改めて畏怖を抱いたガゼル子爵は、口を震わせながら尋ねた。

「……そ、それでは。何故、私をここに……?」

「勿論、この盟約を成功させる為だ」

「!」

「この盟約の成功は、ゲルガルドや王国の影に潜む者達を炙り出す為にも繋がる。その為にも、樹海と帝国は盟約を結びある程度の関係を築かねばならない」

「あ、炙り出す……? それはいったい、どういう……」

「今のところは、私も憶測の域を出ていない。だが確かなのは、ゲルガルドは既にこの世に居ない可能性があるということだ」

「!?」

「反乱を起こし俺を孤立させ暗殺しようと試み、黒獣傭兵団かれらまで使い俺を殺そうと見せた。しかし、俺を警戒している節がありながら対応が中途半端が過ぎる。まるで私を帝国から切り離し戻らないようにしているとしか思えない」

「……あ、あの。いったい何を言っているのか、私には何が何やら……」

「ああ、すまん。こちらの話だ。――……まぁ、私が自由に動けるようになる為にも、この盟約は成功させる必要がある。だから事前に、お前と話がしたかったというわけだ」

「そ、そうなのですか。……それで、私は何を……?」

「フッ。それはな――……」

「――……!!」

 クラウスは顔を近付けながらガゼル子爵に話を伝え、ガゼル子爵は目を見開き再び驚く。
 傍で聞いていたパールもクラウスが述べる言葉に驚きを浮かべたが、その後に説明される言葉を聞き、両者は落ち着いた面持ちを見せた。
 
 それから数日後、改めて各部族の族長達が遺跡の都まで集まり、族長ラカムと女勇士パール、そしてガゼル子爵が訪れる。
 しかし会議が開かれる場にクラウスの姿は無く、その場に座った族長の一人が怪訝な様子を見せながらラカムに尋ねた。

「『――……ラカム。あの男は?』」

「『クラウスか。奴は今回、村に残っている』」

「『なに?』」

「『前回、クラウスはお前達を怒らせた。再びクラウスが言葉を発してお前達が怒りを見せぬように、村に留まるよう私が説得した』」

「『……そうか』」

 ラカムはそう説明し、クラウスが来なかった理由を族長達に教える。
 それに関して族長達は僅かに安堵の息を漏らす様子を見たパールは、クラウスが族長達かれらにとってよほど精神的な圧が強かったのだと察した。

 クラウス不在の場に安堵した族長達の視線は、改めてこの場に訪れたガゼル子爵に向かう。
 部族の衣装と異なる礼服と、中年太りながらも姿勢を正しくさせて座る様子には威厳があり、族長達は油断の無い鋭い視線を宿した。

 そうして族長達が集まり終え、最後にいつものように隣に控える男性に支えられながら大族長が訪れる。
 二人は緩やかに座ると、大族長が小声で呟いた言葉を隣の男性が全員に伝えた。

「『――……それでは、族長会を始める。話は、持ち帰ることになった盟約に関する話。そしてその答えを、使者として訪れたガゼルなる者に聞かせる為だ』」

 その言葉を聞いた各族長達が僅かに頷き、それぞれと視線を合わせる。
 大族長の言葉を伝える中年男性はガゼル子爵に目を向けた後、その両隣に座るラカムに尋ねた。

「『ラカム。そのガゼルなる者は、こちらの言葉が分かるのか?』」 

「『いいえ。今回は、勇士パールが彼に言葉を伝え、また彼の言葉を私達に伝えようと考えています』」 

「『ならば、我等の話を伝えることを許す。――……それでは先に、各族長に聞く。帝国なる者達と結ばれる盟約をどうするか? その答えを聞かせよ』」

 大族長の言葉として問い掛けられる族長達は、それぞれ大族長に近い場所に座る者から順に声を発し始める。
 それは前回と打って変わる返答であり、ラカムやパールを小さく驚かせた。

「『――……盟約を結ぶことを、認めよう』」

「『同じく』」

「『こちらも』」

「『……差し出すモノ次第だが、認めよう』」

「『それと同じだ』」

 ブルズを始め、各族長達が盟約に対して賛成する答えを述べる。
 少し前まで反対派が圧倒的に多かったにも関わらず、ここまで様変わりした族長達の様子にラカムは驚いていた。

 一方で、パールはその会話をガゼル子爵に通訳していく。
 そして族長ラカムを除き、族長全員が盟約に賛同すると、大族長が小さく呟きながら再び隣の男性に言葉を伝えて述べさせた。

「『――……族長全員の賛同は得られた。大族長様も、盟約に賛成している。帝国との盟約は無事、成されたと――……』」

「――……待ってください」

「『!』」

 大族長の言葉を伝える男性の声を遮るように、ガゼル子爵が言葉を発する。
 それによりその場の全員がガゼル子爵に視線を向け、注目を集めた。

 そしてガゼル子爵の言葉を、パールがみなに伝える。

「『待て、と言っている』」

「『待てだと……?』」

 全員が怪訝な表情を浮かべる中、ガゼル子爵は臆する事の無い面持ちで再び言葉を向ける。
 それをパールは同時に通訳し、その場の全員にガゼル子爵の言葉を伝えた。

「どうやら、樹海の皆様は盟約に関して賛同して頂けたようですな。――……しかし、私は違います」

「『!』」

「私、ガゼル子爵家当主フリューゲルは。今回の盟約に関して、賛成する立場ではありません」

「『……なっ!?』」

「今回の事は、私にとって遺憾な事でした。帝国貴族としてこの地の管理を任される私を無視し、勝手に進められた盟約の話。――……非常に不愉快な盟約モノです」

「『……!!』」

 ガゼル子爵は不愉快そうな表情と低い声でそう述べ、パールはその言葉を通訳して各族長達と大族長に伝える。
 安易に果たされるかに見えた帝国と樹海の盟約は、ガゼル子爵の言葉によって阻まれる様相を見せ始めていた。
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