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修羅編 二章:修羅の鍛錬

魔境の生活

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 『赤』の七大聖人セブンスワンとなったケイルがアズマ国に赴き、『茶』のナニガシの傍仕えである従者として学ぶ事が許された頃。
 フォウル国に赴いていたエリクとマギルスもまた、過酷な修練に身を置いていた。

 マギルスは干支衆の『牛』バズディールに施される修練で、魔大陸側の大地に踏み込んでいる。
 魔境と呼ばれる大地に凡そ五ヶ月の間を過ごし、過酷な環境下に身を置いていた。

「――……はぁ……。……はぁ……ッ!!」

『ブルルッ!!』

「分かってる――ッ!!」

 巨大な大自然の中をマギルスは大鎌を持っておらず、泥と汗に塗れながら走り回っている。
 その傍らで透明化しながら走る青馬が、後ろに視線を向けて鼻を鳴らした。
 青馬が発する警告をマギルス自身も察しており、後方から凄まじい衝撃音と炸裂音を響かせながら巨大な何かが接近しているのに気付いている。

 マギルスを追っているのは、とても巨大な黒い球体。
 その球体は自然物の岩や人工的な鉄球などではなく、直径二十メートルを超えた分厚い外皮に覆われている丸まった団子虫ダンゴムシだった。

 巨大団子虫が押し潰すようにマギルスを追い、木々や岩などを破壊しながら真っ直ぐに追って来る。
 それを回避する為に、マギルスは真正面に構える大樹に走り跳び、樹木の窪みを掴みながら必死に大樹の上部分まで登った。

「……ッ!!」

 その瞬間、巨大団子虫が大樹に激突する。
 大樹は団子虫の倍ほどの太さと幅を持ち、その転がりに堪えながらも大きくみきを大きく揺らす。
 登っていたマギルスはその揺れに耐える為に幹へしがみ付き、両腕と両足に力を込めた。

 十数秒後、衝突した大樹は揺れを治める。
 そして衝突した団子虫を見下ろしながら、マギルスは息を吐き出しながら呟いた。

「――……はぁ……。やっと、止まった……!」

『ブルル……』

「踏んだ僕が悪いって? だって、あんなデカいがあそこにいるなんて思わ――……ッ!?」

『!』

 言い争いになりそうになった瞬間、マギルスと青馬は樹木の真上に意識を向ける。
 すると微かに風を斬り裂くような巨大な羽根音が鳴り響いているのを察知し、互いに身構えた。

 すると樹木の間から抜け出して来たのは、直径三メートルを超えた巨大な雀蜂スズメバチの大群。
 退避する為に登った大樹には巨大雀蜂の巣が存在しており、それが巨大団子虫の衝突によって大きく揺らされ、外敵に襲われたと察知した雀蜂達が襲い掛かって来たのだ。

 その動きは俊敏であり、鼓膜を斬り裂かんばかりの羽根音を周囲に鳴り響かせながらマギルスを覆いながら襲い掛かる。
 それと立ち向かうより退避する事を選んだマギルスは、表情を苦々しいモノにしながら声を発した。

「『精神武装アストラルウェポン俊足形態スピードフォルム』――……ッ!!」

 マギルスは精神武装アストラルウェポンを両脚に纏わせ、凄まじい速度で幹を蹴り自身の身体を後方へ跳ね飛ばす。
 襲って来る雀蜂の群れの包囲から逃れるように地面へ降りると、すぐに精神武装を解除して逆方向へ走り出した。

 その瞬間、再び巨大団子虫が動き出す。
 再び地面を転がりマギルスを追走し始めた巨大団子虫と空から追って来る雀蜂の大群に、マギルスは後ろすら振り向く暇も無くひたすら走り続けた。

「……くっそぉ! 絶対に、生き残ってやる……!!」

 マギルスはそう叫びながら、巨大な虫群が生息する大地で生き抜こうと必死になっている。
 このような状況にマギルスが追い込まれ、大鎌を始めとした武器すら無い状態に陥っている理由は、この修練を課した『牛』バズディールの課題を果たす為だった。

『――……今からタマモが送る場所で一年間、生き延びてみろ。ただし、その大鎌を始めとした武器を持たず、己の肉体だけで果たせ』

『へっ、そんなの簡単だもんね!』

 バズディールの修練にその一言で応じたマギルスは、大鎌を例のドワーフ達に預け、『戌』タマモの魔符術で転移させられた大地に送られる。
 そして僅か数時間で、その自信は消え後悔に変えていた。

 その大地は巨大な森に覆われており、そこに棲むのは森の巨大さに見合う昆虫型の魔獣群。
 更にそれらの昆虫群の天敵・共生関係にある植物型の魔獣種も多く存在し、四方全てが敵だらけという極地に飛ばされていた。

 動物型の魔獣と違い、昆虫型は感情と呼べるモノが無く本能のまま活動し、魔力を体内に蓄える器官や魔術を使うような技術は存在しない。
 代わりに人間大陸に生息する通常の昆虫とは大きく違いがあり、体格が数十倍から数百倍以上も膨れ上がり、尚且つ外皮を始めとした体の作りが強固となる進化をしていた。
 その外皮は鉄剣さえ寄せ付けぬ程に硬く、マギルスの力でさえ昆虫達の外皮を殴打で割ることは出来ない。

 植物型の魔獣は、体内で特殊な成分を分泌して昆虫型の魔獣を寄せ付け捕食するタイプや、逆に昆虫達を操り共生しているタイプが存在する。
 それ等は基本的に動物型や昆虫型と異なる気配をしており、更に自然の景色に溶け込んでいる為に気配や視覚での見分けが出来難い。
 昆虫型の魔獣のように外皮は硬くないのだが、特定の地域一帯がその植物群の棲み処となっていることもあり、迂闊に踏み込めば瞬く間に捕食されかねない状態だった。

 そんな環境にマギルスは置き去りにされ、一年後に迎えに来ると告げられてしまう。
 
 あるいは大鎌を持ち込めていれば、更に精神武装の攻撃形態を用いれば、強固な昆虫達でも切断は可能だろう。
 しかし武器も無く身体と青馬のみを連れてこの大地に赴いたマギルスは、この半年近くで昆虫達を相手に苦戦を強いられ、更に植物群の危険地域に踏み込み何度も危機を体験していた。

 この危険な大陸で、マギルスは必死に己の身体と技術を鍛え抜きながら生き延びる。
 精神武装アストラルウェポンで消費する魔力を極力抑える使い方や、更に魔力感知で探り難い植物群や昆虫達が潜む場所を周囲の痕跡と僅かな音などで察することを覚えた。

 今までは集中力が散漫になり易いマギルスだったが、この半年近くで集中力が散漫となる状態が無くなる。
 常に命を狙われるという状況に身を置き、倒す事の出来ない昆虫や近付く事が出来ない植物達を相手に、求められる判断能力と対応能力を高めていた。

「――……うわぁあん! 早く帰って、肉たべたーい!」

『……ブルル』

 逃げながらそう叫ぶマギルスに、青馬は呆れるように鼻を鳴らす。
 マギルスはこの生活に疲弊し憔悴しながらも、精神的な余裕を持ち始め、この生活に慣れ始めていた。

 それから一時間後、マギルスは追って来ていた虫達から逃げ延びる。
 そして拠点としている小さな洞窟に身を寄せ、疲弊した身体を敷き布代わりにした葉の上に転がした。

「――……ぁあー、疲れた……」

『ヒヒィン』

「うーん……。もう、ここら辺に食べれそうなモノないねぇ。……また、別の場所を探さなきゃ……。……やだなぁ、面倒臭い……」

『ブルル……』

「もー、分かってるってば。……生き延びて、あのシンって奴に勝って、今度は【悪魔】ってのにも負けないもんね……。……そして、今度は僕が……クロエに……」

『……ブルッ』

 マギルスはそう述べながら瞼を閉じ、すぐに意識を手放し眠りに落ちる。
 それを見下ろす青馬も脚を曲げて地面に伏し、その隣に寄り添う形で眠りに就いた。

 こうしてマギルスは精神と身体技術の鍛錬となる魔境へ身を置き、その日その日を工夫しながら生き延びる。
 その支えとなる目標は、未来で経験した敗北の屈辱と、友達クロエとの約束だった。
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