663 / 1,360
修羅編 二章:修羅の鍛錬
家族の出迎え
しおりを挟むアズマ国の都、京から少し離れ田畑が広がる地域に設けられた屋敷に訪れたケイルは、そこで御庭番衆の元頭領である千代の歓迎を受ける。
その歓迎を乗り越え改めて部屋に招かれたケイルは、千代の出した熱い茶を啜り飲む。
そして一息を吐いた後、向かい合う二人は話を交える時間を設けた。
「――……師匠はやっぱり、アタシが出て行ったことを怒ってますか?」
「そうだねぇ。お怒りになっていないと言えば、嘘になるだろう」
「……」
「私の目から見ても、あんたは天才だ。娘の巴と親方様の課した鍛錬を耐え抜き、僅か七年余りで月影流の奥義を習得するに至った。巴も親方様も、アンタに自分の技を教えるのが楽しくてしょうがないように見えたよ」
「……アタシには、地獄の鬼みたいな笑みを浮かべた二人にやらされた修行に思えましたけどね」
「それだけ、あんたの才に惚れ込んでいたのさ。愛弟子としても、義理の娘としてもね。……その手塩に懸けた弟子が、一つの書き置きだけ残して出て行ったんだ。それから二人とも、あんたの事を何も言わなくなったけれど。思う事はあっただろうね」
「……そうですか」
千代の言葉を聞いたケイルは僅かに表情を曇らせ、視線を落として御茶が残る器を見つめる。
そんなケイルに対して、千代は皺の多い顔を引き締めるように問い始めた。
「――……それで。十一年前に出て行ったあんたが、どうしてここに戻って来たんだい?」
「……アタシは、天才なんかじゃなかった。それが分かったんです」
「?」
「十一年前、アタシは当理流の『月』の技を全て教え込まれた。それを師匠から聞いた時、アタシは自分に……自分の才能と、身に付けた実力と、積み重ねた努力に自惚れたんです。……そして、ここで何も教わる事はもう無いのだと思い、心の中でずっと引っ掛かっていた家族探しをやりたくて、この国から出ました」
「……」
「でも、世界は広かった。……自分より強く、自分より才能が有り、自分より努力を積み、自分より過酷な状況に陥りながら生きる為に戦ってる奴がいる。……アタシは、そういう奴等と戦って一度も勝てた記憶がありません。特に最近は、負けっぱなしです」
「そうかい。……それで、また鍛え直してもらう為にここに来たのかい?」
「……師匠や巴さんが、許してくれるのなら」
ケイルの要望を聞いた千代は、自身の前にある茶を一啜りする。
そして数秒ほど間を空け、ケイルに対して言葉を掛けた。
「……軽流。元頭領として私があんたを見る限り、既にあんたの『武』は完成している」
「!」
「この十一年で、それなりの場数と経験は踏んだのも動きを見て分かるよ。……ただ、あんたの『武』は完成しているけれど、極めてはいない」
「……極めていない?」
「『武』とはね、完成させるモンじゃない。極めるものなんだ。あんたの場合、習得した『月』の技を完成させちゃいるけど、極めちゃいない。型通りの事しか出来てないんだろう」
「!」
「『表』『裏』『月』。その三種の技を覚えたあんたは、確かに親方様の教えた月影流を完璧に出来るようになった。だが、それを極められなかった。……例え天才だとしても、七年余りで極められる者はいないだろうね」
「……ッ」
「一朝一夕で技を業で煮やせる程、甘いもんじゃないのさ。……親方様も自分の父親にそう言われて、外の国へ修練に出された程だからねぇ」
「師匠も……」
「昔の親方様も、世界の広さを知り自分に足りないモノを見つけた。それを試行錯誤し数十年以上も懸けて、ようやく父親と同じ『極意』と呼べる域に踏み込みつつある」
「……師匠ですら、まだ極めていないと?」
「そうだよ。……親方様なら、きっと今のあんたにこう言うだろう。『儂は儂が足りぬモノを見つけた。それをお前に教えても意味は無い。自分に足りぬモノは、自分で見つけて身に付けろ』とね」
「……ッ」
千代の言葉を聞いたケイルは、苦悶の表情を浮かべながら顔を伏せる。
この二年余りの時間、ケイルは常軌を逸した幾多の戦闘経験を積んでいる。
更にあの一行に加わる事で、自分がアリアのような才能や影響力を持たず、エリクのように揺るがぬ意思と力が足りない事を悟り、それを補う形に収まるよう心掛けていた。
それ故に旅の最中では理性的な思考を保ち、個々の意思が激しい一行の中で調整役や仲裁役を演じていた部分がある。
しかし結果は伴わず、皇国で起こした裏切り行為を始め、土壇場に見舞われると精神と実力が足りずに助けになる事すら出来なかった。
それを悔やみながらも、更に三十年後の戦いを経て圧倒される状況に対応できない自分の弱さに気付いてしまったケイルは、エリク達から離れて心身共に鍛錬をし直す必要があると考える。
それが三年余りの時間で身に付けられるはずも無く、また誰かに教えられて身に付くモノでも無い。
千代にそれを指摘されたケイルは、改めて自分が縋るべきモノが無いのだという事を自覚した。
そんなケイルの後悔にも似た雰囲気を悟っているのか、千代は微笑みながら述べる。
「――……まったく。若い時から焦るもんじゃないよ」
「……!」
「年寄りから言わせちまえば、あんたみたいな若いのが未熟を自覚できるだけで、ちゃんと成長してると感じられるよ。……単に極められてないのも、その若さに見合った経験しかしてないからさ。今のあんたに足りないモノがあったとしても、歳を重ねていれば積み重なり、自分に足りないモンを勝手に付け足して、自然と身に付けるようになるだろうさ」
「……今からじゃないと、間に合わないんです」
「ん?」
「三年以内に、アタシは今より強くならなきゃいけない。……化物だなんだと自分を下に置いて、弱いまま連中を見上げることしか出来ない自分は、もう嫌なんです」
「……あんたがそんな事を言うなんて、よっぽどの事があったんだろうね」
「……」
「分かった、止めやしないよ。親方様が戻って来たら相談してみな。年寄りの私よりも、もしかしたら良い案を出してくれるかもしれない」
「……ありがとうございます」
「それと、しばらく居座るなら家事を手伝いな。ついでに畑仕事もね。じゃなきゃ、親方様が許しても私と巴が許さないよ」
「は、はい」
「早速、夕飯作りでも手伝ってもらおうか。……久し振りにあんたが作った料理を出せば、親方様も巴も少しは機嫌が良くなるだろうさ」
「分かりました」
「あんたの部屋は、掃除はしてるけどそのまんまだ。巴の服を渡すから、あんたは髪に塗ってるのを落として風呂場で落としな。掃除も忘れるんじゃないよ。終わったら、着替えて台所に来な」
「はい。……本当に、ありがとうございます。お千代さん」
互いの湯飲みを盆に乗せて立ち上がる千代を見ながら、ケイルは深々と頭を下げて感謝の言葉を伝える。
それに対して千代は何も返さず、そのまま襖を開けて部屋を出た。
そして廊下を歩きながら、千代は小さく呟く。
「――……まったく。私も、義孫には甘いねぇ」
僅かに微笑みを浮かべる千代は、そのまま台所に向かい歩いて行く。
その後に続く形でケイルも部屋から出ると、幼い頃に自分の使ったいた部屋に訪れ、懐かしむ様子で部屋の中を見回した。
「……本当に、昔のままなんだな……」
綺麗に整えられ埃すら無い六畳半程の部屋に感慨を浸らせる最中、千代が訪れて部屋着用の着物を与える。
それを受け取ったケイルは風呂場に赴き、一時的に特殊な塗料で染めていた黒髪を赤に戻し、台所で夕飯を用意する千代を手伝った。
その晩、ケイルの師匠である武玄と巴が屋敷に戻る。
それを千代と共に床に頭を伏せながら玄関で迎えたケイルは、緊張感を持ちながら二人に声を向けた。
「――……師匠、頭領。おかえりなさい」
「……馬鹿者め。言うとる立場が逆じゃろうが」
「……ッ」
床に頭を下げているケイルは、怒気を含んだ武玄の声を聞き僅かに焦る。
そして数秒の沈黙が漂った後、師である武玄から新たな言葉が発せられた。
「――……飯は出来とるのか? 軽流」
「はい」
「今日は?」
「人参・蓮根・芋を加えた鶏肉の味噌煮込みと、筍の炊き飯。鮎の塩焼きと、松茸の澄まし汁。漬け合わせは、大根と胡瓜の味噌漬けです」
「そうか。……今日は都まで赴いた。儂も巴も腹が減っておる。大盛で用意せい」
「はい」
武玄の言葉にケイルは応じ、顔を伏せたまま立ち上がり振り返る。
そして台所に用意している食事を二人に出す為に、音を立てずに廊下を小走りした。
その後に続く千代が去った後、玄関に佇んだままでいた武玄に巴は含み笑いを浮かべて話し掛ける。
「――……親方様。顔が笑っておりますよ」
「……仕方あるまい」
「あの子に見られなくて良かったですね。師としての威厳が台無しでした」
「そういうお前こそ、笑っとるではないか」
「親方様のように、露骨に見せてはおりません」
「むっ」
「……後で私達も、『おかえり』と言ってあげましょう」
「……そうじゃな」
二人は互いにそう述べ、玄関で具足を脱いで食事処となる部屋に向かう。
こうしてケイルは幼い頃の師である武玄と巴に再会し、自分が作った料理を振る舞う。
それに対して厳かな表情ながらも秘かに満足して食す二人に僅かな怯えを持ちつつ、ケイルは屋敷に迎えられることとなった。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる