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修羅編 二章:修羅の鍛錬
鬼神の繋がり
しおりを挟む鬼の巫女姫レイと対談する事となったエリクは、再び驚くべき真実を語られる。
『青』の組織した【結社】に雇われていたケイルが受けた依頼は、エリクをフォウル国に赴かせることだった。
その依頼の裏にはフォウル国の意思があると断定させていたケイルやエリクだったが、レイの口からそれを否定する言葉が出されてしまう。
ならば、自分をフォウル国へ赴かせるように依頼したのは誰なのか。
それは三十年後を経験する前、旅の道中でアリアから聞いていたことをエリクは思い出した。
「――……まさか……。……もう一つ、聞きたい」
「はい?」
「ガルドが……始めにマチスと通じていた【結社】の者が死んだ後、新たにマチスと通じていた者がいたんだな?」
「そう聞いています」
「その者に関して、何か情報はあるか?」
「……確か、前の方が死んで五年ほど経った頃でしょうか。貴方が居た王国に、それなりの立場として迎えられた者だと聞いています」
「五年後……。つまり、俺が国を出る十五年前……。……なら、一人しか考えられない」
「?」
「……その内通者の名前は、ウォーリス=フォン=ベルグリンド。その頃に奴は王の養子になり、第三王子になったと聞いた事がある。……奴が【結社】を通じて、俺を国から連れ出してフォウル国に行かせるようにケイルへ依頼したのか……」
エリクは自身で結論を導き出し、自分をフォウル国に行かせるよう仕向けた人物を断定する。
ケイルは当時、ベルグリンド王国に滞在しマチスが居る黒獣傭兵団に所属していた。
そのケイルに対して【結社】の依頼を仲介できる人物がいるとすれば、マチスと通じていたとされる新たな【結社】の内通者だけ。
ケイルは以前、その依頼を『ウォーリス=フォン=ベルグリンド』の名で出されたモノだとアリアに教えていた。
二人はその依頼の裏に、別の者……つまりフォウル国に近しい者が関わっていると考え、ウォーリスを真の依頼者だとは考えていない。
しかし、それに裏は無かった。
フォウル国に鎮座するレイも、【結社】を統率している『青』も、そんな依頼を組織内で伝達していない。
ならば本当の依頼主は、ウォーリス以外に存在しなかったのだ。
「……いや。奴は【結社】という組織に、本当に属しているのか? ……もしかしたら……」
エリクはそれを察した直後、ふと思い出された出来事がある。
それはルクソード皇国で激戦の末に『神兵』ランヴァルディアを打倒した直後、ケイルの胸を光線で貫き殺した『青』のガンダルフが述べていた言葉だった。
『――……掟に従わぬ者には死の罰を。儂の組織に身を置きながら掟すら守れぬとは、不粋で薄汚い鼠じゃのぉ』
その時のエリクは、ケイルの死で憤怒に身を委ね『青』を倒す事だけを考えていた。
しかし今の状況を考えると、『青』がどうしてケイルを『掟に従わぬ者』だと述べて殺したのか、納得できる理由が浮かび上がる。
「……ケイルは確かに、【結社】の構成員だった。だがケイルが受けたのは、【結社】の依頼じゃない。それを『青』は知ったから、ケイルを殺したのか……」
あの時に『青』がケイルを殺した理由を悟り、エリクは苦悶の表情を見せる。
既に答えに繋がる言葉を聞いていたにも関わらず、エリクは憤怒の感情を優先し『青』の言葉を気にも留めていなかった。
それに悔やむ様子を見せるエリクに、レイは話し掛ける。
「――……どうやら、貴方は自分の意思でここに赴いたわけではないようですね」
「……ああ。俺はお前が【結社】へ依頼し、この国まで赴かせようとしていたんだと思っていた」
「そうですか。……私個人は、貴方に会いたいとは思っていました。けれど、貴方に御迷惑を掛けてまで会いたいとは思いません」
「……何故だ?」
「貴方の魂は、確かに鬼神の魂と同じ波動を放っています。……けれど、今の貴方は人間です」
「!」
「貴方が鬼神の魂に影響され、持たされた力に苦しみ悩んでいるのならば。私から手を差し伸べるつもりはありました。里に留まり暮らしたいと思うのならば、私は歓迎したいと思っています」
「……それは……」
「しかし貴方は、既に自分の居場所を見つけているように思えます」
「……ああ」
「そうですか」
エリクの答えを聞いたレイは、今まで変えなかった表情を僅かに微笑ませる。
それを見たエリクは、その笑みを懐かしいと感じてしまった。
脳の記憶には無い、魂が記憶している懐かしさ。
三十年後で記憶を失くしたアリアが自分の死を見て涙を流した理由と、今の自分が感じる懐かしさが同じ感覚だということを、エリクは意識的に察した。
そして表情を戻したレイは、改めてエリクに述べる。
「……さて。貴方はこれからどうしますか?」
「?」
「貴方がアリアという少女を救う為に、抗う道を進む事は分かります。……しかし、それを叶えるだけの強さを貴方はお持ちでしょうか?」
「……」
「鬼神ならば、こう述べるでしょう。『望みを叶える力を得ようとしない者に、望みを持つ資格は無い』と」
「……確かに、言いそうだな」
「失礼ですが、貴方は身に余る力を扱い切れていないように見えます。『聖人』の肉体と言えど、扱える力には限度がありますからね。今の貴方では、【悪魔】に正面から挑んでも勝てません」
「……確かに、そうかもしれない」
「更なる力を得るには、それ相応の鍛錬に励むしか無いでしょう。……しかし、一つだけ。貴方には貴方にしか無い力があります」
「俺にしか……?」
「鬼神の力です」
「!」
「貴方は幾度か、鬼神の力を使用していますね。どれも暴走していたように感じましたが、違いますか?」
「……違わない。俺は鬼神の力を扱い切れないと、分かっている」
「私は、そうは思えません」
「!」
「直に貴方を確認し、分かりました。今の貴方ならば、鍛錬次第で鬼神の力も扱えます」
「……本当か?」
「その力は元々、貴方の『魂』に存在するモノです。それを貴方が扱えないということは、ありえません」
「だが、これ以上あの力を使えば死ぬと言われている」
「お忘れですか? 目の前にいる私もまた、『鬼神』の血を継ぎ、『人』の血が流れる存在だと」
「!」
「貴方が望むのならば、その力を扱う為の鍛錬を私自らが引き受けましょう。しかしその鍛練は、死を覚悟していただく程に厳しいモノです。――……どうしますか? 同じ『鬼神』の力を宿す者よ」
レイはそう述べ、鍛錬を受けるかエリクに尋ねる。
それを聞いたエリクは表情を強張らせながらも、三十年後で何も成せずにアリアを死なせてしまった自分を思い出していた。
その悔しさと自身に向ける弱さの憤りが、エリクの心に火を点ける。
覚悟を秘めた表情を見せたエリクが、レイに答えを伝えた。
「……頼む」
「分かりました。……その前に、少し休む時間が必要ですね。鍛錬に休息は欠かせません。それに、里の者と何か約束事もしているようですし」
「……分かった。……また、ここに来る」
「いつでもお待ちしています」
力の波動を受け続けて疲弊しているエリクに配慮し、レイはそう述べる。
自分が鍛錬を受けるほど万全では無い事を改めて指摘されたエリクは、その提案を素直に受け入れた。
エリクは立ち上がり、下がりながら靴を履いて洞窟の外に向かう。
それを瞼を閉じたまま見送るレイは、口元を微笑ませていた。
こうしてエリクは、アリアを救う為にマギルスと共にフォウル国の里で鍛錬に入る。
それを促す干支衆達と巫女姫の鍛錬は、潜み企む強者達と戦う為の実力を二人に身に付けさせる事に繋がった。
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