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修羅編 二章:修羅の鍛錬
未来の予言
しおりを挟むフォウル国と呼ばれる里が置かれた地を治める、鬼の巫女姫レイ=ザ=ダカン。
十代前半にも見える少女こそ数千年もの時間を生き永らえ、かつて『鬼神』と呼ばれてた到達者の一人、フォウル=ザ=ダカンの血を引いている事を自ら述べ、向かい合うエリクとマギルスに挨拶を交えた。
それを聞いていた中で、エリクは驚きの目を持ってレイを見る。
彼女から発せられる力の波動を強く受けながら、魂の中で拳を交えた鬼神の孫が目の前にいることに、少なからずエリクは違和感と動揺を感じていた。
エリクの魂は、『鬼神』の生まれ変わりだと本人から述べられている。
これが本当であれば、目の前のレイと自分の関係はどのようなモノに例えられるのか?
そうした事を考えていたエリク達に対して、レイは再び声を向けた。
「どうぞ、御二人も座ってください」
「う、うん……」
「……ああ」
促された二人は応じるように座り、胡坐の姿勢になる。
楽になった姿勢とは裏腹に感じる力の圧は変わっておらず、二人は身体を僅かに震わせズボンを握る手から汗を僅かに滲ませていた。
そんな二人の様子に気付いているのか、瞼を閉じているはずのレイは二人に対して再び声を向ける。
「――……申し訳ありません。私の力はこれ以上、抑えようがありません」
「!」
「苦しいかもしれませんが、話を終えるまでは耐えてください」
「すぐに、慣れるから……気遣いは、いらないよ……!」
「……ああ」
巫女姫の謝罪に対して、マギルスはそう言葉を返す。
それに同意するようにエリクは頷き声を向けると、レイは口元を僅かに微笑ませた。
「そうですか。……では、私の用件を御話する前に。まずは、貴方達に関わることを御話したいと思います」
「……俺達に?」
「それは、未来の出来事についてです」
「!?」
「貴方達も選ばれたように、私も選ばれました。――……『黒』の七大聖人。貴方達も知るであろう、彼女に」
「な……」
「えっ!?」
レイの口から思わぬ言葉を聞き、エリクとマギルスは口から驚きを漏らす。
その驚きを肯定するように、レイは事の経緯を伝えた。
「――……三十年後。恐らく貴方達が赴いた戦いが終わる直前。ここに、『黒』が訪れました」
「!!」
「彼女は私に、こう告げました。『これから時を戻す。その時の影響を受けない選別者に、君を選ぶ』と」
「……お前も、選ばれていたのか?」
「はい」
「なら、三十年後の……未来の出来事を?」
「知っています。そこで、私から貴方達に提案させて頂きたいことがあります」
「提案?」
「アリアという少女をこちらに引き渡し、次の『黒』が生まれる母胎のことを教えてください」
「!」
「!!」
アリアと『黒』に関する要求を述べたレイに対して、エリクとマギルスは共に驚愕する。
そして互いに座った姿勢を思わず立たせ、腰と背に抱える武器の柄に手を掛けた。
それに対して、干支衆の『牛』バズディールと『戌』タマモは動じずに視線だけを向ける。
更に提案者であるレイは瞼を閉じたまま二人の動きを悟り、返答を聞いた。
「――……どうやら、この提案は受け入れてもらえないようですね」
「……アリアを引き渡したとして、どうするつもりだ?」
「殺します」
「ッ!!」
「『黒』も……!?」
「はい」
「!!」
「アリアという少女は、三十年後の未来に起こるであろう原因の一つです。今の内に原因を摘めるのならば、摘んでおいた方がいいでしょう。『黒』もまた、この世界に危険を及ぼす存在です。彼女が成人し力を取り戻す前に、この世界から排除し続けなければいけません」
「……そんなことはさせないッ!!」
「そんなこと、させないよッ!!」
自分達にとって大事な存在である二名の死を望むレイに対して、エリクとマギルスは闘争心を剥き出しにしながら身体に纏わせる生命力と魔力を高めて威嚇する。
干支衆の二名はそれに身構える様子も見せず、その主であるレイが威嚇する二人に対して再び話し掛けた。
「どうしても、譲って頂くことは出来ませんか?」
「出来ないッ!!」
「しないよッ!!」
「そうですか。……では、私の提案は聞かなかったことにしていただいて構いません」
「!?」
「私の提案は、第三者の立場から物事を解決するのに簡単だったので提案させていただきました。当事者である貴方達が拒むのならば、仕方ありません」
「……第三者とは、どういうことだ?」
「私にとって、三十年後の出来事は些事でしかないということです」
「!!」
三十年後の出来事が些事だと断言したレイの言葉に、エリクとマギルスは思わず目を見開く。
そんな二人に対して説明するように、レイは言葉を繋げた。
「人の国で起きた事は、人の手で正されるべきである。それが私の信条です」
「……!」
「あの未来が人の手によって成された結果なのであれば、それは人の手で防ぐべきだと考えます。それに出来る限りの助力こそしますが、妨げるつもりはありません」
「……どうしてだ? この国も、未来では襲撃を受けていたはずだ。被害が出るんだぞ?」
「それもまた、時の正しき流れだと私は考えます」
「!」
「私と『黒』を、そうした価値観を違えています、……どのような理由があったとしても、私は流れ終えた時を戻すことを是とは考えません」
「……それが例え、死者によって起こされた出来事でも?」
「考えません」
「……」
「生ける者も、死した者も。この世界に確かに存在する『意思』です。『黒』の時を戻すという蛮行は、その『意思』を蔑ろにしてしまう。そうした行いをする『黒』は理を乱す者だと考えています」
レイはそう述べ、二人に対して『黒』の存在そのものを否定する言葉を述べる。
後ろ暗さも無く真っ直ぐとした声で伝えるレイに対して、死者の世界に赴き死者達の声を聞いたことのあるエリクは、それを否定しなかった。
しかしマギルスは、レイの言葉を真っ向から否定する。
「――……じゃあ、何もしない神様に意思はあるの?」
「!」
「『黒』は未来でずっと、あの状況を解決させようって色々してたよ。……でも、そっちは何もしてなかったじゃん?」
「……」
「僕だったら、何もしない神様と友達になるより、何か面白そうなことをやる神様と友達になりたいもんね!」
『黒』が人々の為に尽力し、更に自身の生命すら犠牲にしてまで世界の時間を戻した事を痛いほどに知るマギルスは、レイの述べた事を否定する。
その際に座っていた干支衆の二名が顔を横に向け、マギルスに対して鋭く睨む様子が見えた。
力の波動に気圧され圧倒的な強者達を前に言葉を曲げず屈しようとしないマギルスに、エリクは心の底から尊敬を受ける。
そしてマギルスの屈しない心を見習い、エリク自身もレイに対して心の内を言い放った。
「――……お前が、時が戻すという行為を嫌悪していることは分かった。……だが、お前も理とやらを乱しているだろう?」
「……と、言うと?」
「お前は『青』の七大聖人と結託し、【結社】という組織を設立させた。そして各国で暗躍し、様々な問題を及ぼしている。……お前の行いも人々の『意思』を蔑ろにし、苦しめることに繋がっているはずだ」
「……」
「お前は『黒』を危険と考え、【結社】を使って攫い殺していた。そのせいで宗教国家と敵対し、人間の国に戦争の火種を撒いた。――……俺はお前の言っている事を、正しいとは思わない」
エリクは今までに学んだことを、そして世界で起こった出来事を思い返しながら、レイの言葉を否定する。
【結社】という組織を要因として起こされた数々の事件。
その一つであるルクソード皇国の出来事を目の当たりにしていたエリクは、それが多くの苦しみと悲しみを生んだことを知っていた。
その要因である『神兵』の心臓を使ったランヴァルディアですら、【結社】を通じて大事な者を失った悲哀と憎悪によって意思を歪められている。
更に初代『赤』ルクソードの血を引く一族も【結社】の手によって謀殺され、その生き残りだった姉と妹は生き別れる結果となったことも、皇国を出る際にエリクはアリアに教えられていた。
そんな【結社】の設立に手を貸しているレイの言葉を、エリクは正しいモノとは思わない。
そう述べ対立する意見を持った二人に対して、レイは瞼を閉じたまま表情を変えずに口を開いた。
「――……私は確かに、『黒』の在り方を嫌悪しています。……しかしある出来事が無ければ、『青』が提案する【結社】の設立に手を貸すことも、『黒』を殺めようとも考えなかったでしょう」
「……ある出来事?」
「百五十年ほど前。『黒』は自身が奉られていた宗教国家を離れ、ここに訪れました」
「!」
「そして、私にこう述べたのです。――……『百年後。君の祖父である鬼神フォウルを始め、五百年前に死んだ到達者達が生まれ変わり、人間大陸に生れ落ちる』と」
「……!!」
「そして、こうも言いました。『その時代、この世は再び滅亡の危機に向かう。……そして滅亡する程の憎悪を生み出す原因は、黒かもしれない』と」
「!?」
「……クロエが原因で、世界が滅亡する……!?」
「その後に『黒』はこの場を去り、調律の為に死を迎えたようです。――……私が何故、『青』に協力し【結社】の設立に手を貸したか。そして何故、『黒』を殺め続けるか。分かって頂けましたか?」
「……クロエが予言した、滅亡を防ぐ為か?」
「はい」
レイは過去の出来事を話し、【結社】を立ち上げた理由と『黒』の七大聖人を殺め続けた理由を二人に教える。
彼女もまた、クロエの予言によって世界の危機を懸念する一人。
エリクやマギルス達とは異なる行動によって、世界の危機を防ごうとする人物であることが明かされた。
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