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修羅編 一章:別れ道
技術を継ぐ者
しおりを挟む魔人が住むフォウル国の里に辿り着いたエリクと気絶し抱えられたマギルスは、先導する『戌』タマモと『牛』バズディールに先導されながら里の中を歩く。
すれ違う住民達は干支衆の二人を見ると挨拶を交え、手を振るなどの様子を見せていた。
「――……あっ、バズディール殿! おかえりなさい!」
「バス様だー!」
「うむ」
「タマモ姐さん、どうもっす!」
「今日も綺麗っすねぇ!」
「ごきげんよぉ」
バズディールとタマモは行き交う人々と軽く挨拶を交え、里の者達に馴染まれた光景を見せる。
それを後ろから見ていたエリクだったが、行き交う者達が自分にも視線を向け始めている事に気付いた。
「――……あれ、人間かな?」
「そうよね……?」
「担がれてる子からは、魔力を感じるけど……」
そうした疑問の声を漏らす住民達に、エリクは眉を顰める。
そして前を歩く二人に対して、歩きながら声を掛けた。
「……ここでは、人間は珍しいのか?」
「珍しいやろなぁ。純粋な人間の子は、里には居らんし」
「いないのか?」
「全員、魔人の子やからねぇ。人に近い子は居っても、純粋な人の子は居らんよ」
「そうか」
「ああ、そういえば。人の子いうたら」
「?」
「確か、十五年くらい前やろかねぇ? 聖人の二人組が、この里に来たことがあるんやわ」
「……聖人の、二人組?」
「うーん、なんやったっけなぁ。うち、ちーっとしか会ってない人のことを覚えるんは苦手なんよねぇ。忘れたわ」
エリクはそう尋ね、前を歩くタマモに尋ねる。
しかし軽く考えながらも忘れた事を教えると、隣を歩いていたバズディールが横から言葉を入れた。
「――……確か、ログウェルという老いた男と、メディアという若い女だ」
「ログウェル……!?」
「なんだ、知っているのか?」
「……ログウェルという男は知っている。メディアという女は知らない」
「そうか。ログウェルという男は女の方をこの里まで案内しただけのようで、案内を終えてすぐに人間大陸に帰郷した。そしてメディアという女は、巫女姫と面会した後に魔大陸へ旅立った」
「……そうか」
「女の方も実力者だったが、もう死んでいるかもしれないな」
「……魔大陸は、ここよりも過酷な環境なのか?」
「そうだな。我々のような魔人ですら、迂闊に踏み込む事は出来ない」
「!」
「魔大陸は、全てにおいて巨大だ。魔物や魔獣の体格は勿論、強さや気性もこの周辺や人間大陸のモノとは比較できん。更に領域も広大で、陸の大きさは人間大陸の全土を合わせても十倍以上だと言われている」
「十倍……」
「更に、重力を始めとした負荷も大きい。我々が感じる重力を一だとすれば、魔大陸は酷い場所だと百に届く重力を受ける場所もあるとは聞くな」
「……そ、そうか。凄いな」
「魔大陸に踏み込み生き延びるのは、至難の業だ。聖人が一人で踏み込み対処できるほど、生易しい場所では無い」
そう断言するバズディールの言葉に、エリクは想像を難しくしながら僅かに考える。
あの老騎士ログウェルもまた、ここまで訪れていた。
それに同行したメディアという女性は、巫女姫に面会していると聞く。
そして結社の中で問題が起きたとされている十五年前と近い頃の出来事と聞いて、何か関連性があるのではないかと秘かに思う。
そんな事を考えていたエリクだったが、凄まじい視線の圧を感じる。
それに驚き横へ振り向いた時、飲食を行う匂いを放つ建物と、そこの窓や壁の影から見ている顔が瞳に映った。
「――……なんだ? アレは」
「む? ――……あっ」
「あっ、アレはアカン。目ぇ合わせたら――……」
「な……!?」
「――……って、遅かったわぁ」
この時、建物の内部や影から見つめる視線の持ち主達が表に出る。
その人物達は身長が百二十センチ程で体長は低くも、筋骨が逞しい初老の男性達。
耳は僅かに尖り、更に黒色や茶色に白髪が交じった髪と厳つい表情を見せる男達が、エリクの周囲に集まり始めたのだ。
「な、なんだ……?」
囲まれたエリクは警戒を深め、腰を下ろし抱えるマギルスを右手に持つ。
そして腰に携えた刃の欠けた大剣の柄を左手で握った瞬間、その中で白髪が最も多い男が話し掛けて来た。
「――……おい、若いの!」
「!」
「お前さん達、興味深い武器を持っとるな!」
「……え?」
「お前さん等の武器、儂等に見せろ!」
「な……!? なんだ、急に……!?」
「いいから、ケチケチせずに見せりゃええんじゃ!」
「そうじゃ、見せろ!」
「ついでに、そっちの子供が持っとる鎌も見せい!」
「見せろ! 見せろ!」
「……な、なんだ……!?」
武器を見せるように命じて声を上げる老人達に対して、エリクは困惑しながらタマモとバズディールを見る。
その視線に対して首を静かに振った二人は、諦めた物言いでエリクに声を掛けた。
「こうなったら、うちらでも止められんのよ」
「なんなんだ、コイツ等は……!?」
「この者達は、ドワーフ族だ」
「ドワーフ……。……確か、魔剣を作るという魔族か?」
「そうだ。彼等はこの里で、様々な道具を作っている。――……そして、武器マニアでもある」
「……ま、まにあ……?」
「武器を見て、調べるのが好きなんだ。彼等が集まり易いこの場所を通るのを、すっかり忘れていた。……おそらく見せなければ、ここを通さないだろうな」
「そうじゃぞ、バズ! 儂等はお前さん達の武器を見せてくれるまで、ここを譲らんからな!」
バズディールにそう述べる白髪のドワーフ族は、エリクに意思が固い事を伝える。
それを聞いたエリクは微妙な面持ちを見せながら、少し考えてドワーフ達に告げた。
「……俺は、武器を手放すつもりはない。俺が手に持ち、見せるだけで構わないな?」
「ああ、構わんぞ!」
「マギルスは寝ているから、あとで見せるように言っておく」
「おう、約束じゃぞ!」
ドワーフ達はその言葉を聞き、厳つい顔に笑みを浮かべながらエリクの腰に見えている大剣の柄に注目する。
それに応じるエリクは左手で大剣の柄を持ち、鞘代わりにしていた腰のベルトから引き抜いた大剣をドワーフ達に見せた。
三十年後で魔鋼並の強度を誇った赤い核を破壊する為に、黒い大剣は刃の中心部分から欠け折れてしまっている。
それでも刃部分は一メートル前後ほど残ってはいたものの、柄の部分に嵌め込まれた赤玉の装飾は輝きを失っていた。
その黒い大剣をドワーフ達が見た時、全員が全身の毛を逆立てながら目を見開く。
そして白髪のドワーフは大口を開けながら、エリクの大剣を見て言葉を発した。
「――……や、やはり……それは……!」
「?」
「黒魔曜鉱石を精製した、魔鋼で出来とるではないかッ!?」
「……くろま、なんだ……?」
「黒魔曜鉱石じゃ! 知らんのか!?」
「……どこかで、聞いた気はするが」
「黒魔曜鉱石は、膨大な魔力を含んだ世界最硬度の鉱石ッ!! 魔大陸ですら採れる場所は今は滅多に存在せんのに、なんでそんなモンを人間が持っとるんじゃあ!?」
「……この剣は、俺の国にあった。それを安く譲ってもらった」
「人間の国に、それだけの純度で精製されとるモンが……!? ……というか、なんじゃ!? その微妙な形は! まるで折れとるみたいではないか!」
「ああ、少し前に折った」
「――……お、折ったぁ!?」
ドワーフ達は仰天した表情を浮かべ、大声を出しながら慌て始める。
それほど驚く理由が理解できないエリクだったが、歩み寄った白髪のドワーフがその理由を怒鳴りながら教えた。
「お、折ったって……。最硬度の魔鋼を、どうやって折ったんじゃ!?」
「……硬いモノに何度も叩いたら、折れた」
「はぁああああッ!?」
「そんなに驚くことか?」
「魔鋼を折るなど、普通ならありえんのじゃぞ!? お前、どういう使い方をしとるんじゃ!?」
「……いつもと同じように使ったんだが」
「ちょ、ちょっと! 触って確かめさせてくれぃ! 頼む!」
「……お前だけなら」
ドワーフ達は全員が大剣に触りたそうな様子を見せていた為、エリクは代表として白髪のドワーフに大剣に触れる事を許す。
他の者達は外野から文句を垂れていたが、白髪のドワーフは目を凝らしながらエリクに歩み寄り、差し出されるように前に出された大剣の刃に手を触れさせた。
数秒ほど触れながら見る白髪のドワーフは、無言ながらも丁寧に刃部分を始めとした全てを間近で眺める。
そして一分程が経つと、顔を話しながら腕を組んで口を開いた。
「……なるほど、そういうことか」
「?」
「お前さん。この大剣が折れた時に、ヤバい量の力を送り込んだじゃろ?」
「!」
「折れた部分の断面が、金属疲労の状態に似ておる。まさか魔鋼すらも疲労させる力を注げる者が、この世におるとはな」
「……確かに、俺は核を破壊する為に、全ての生命力を大剣に注いだ」
「生命力か。なるほど、ならば純度の高い魔鋼ほど、相性が悪いのぉ」
「……どういうことだ?」
「魔鋼は膨大な魔力を溜め込めんでおるが、生命力は別腹というヤツなんじゃよ。しかも魔力を溜める腹と違って、生命力の許容量は普通の鉱石に比べても低いんじゃ」
「……つまり、生命力を使う武器としては不向きなのか?」
「そうじゃなぁ。特殊な効力を持たせる魔剣に鍛えるならばともかく、この剣は単純に『剣』の形にしとるだけじゃ。何の能力も無い以上、武器以上のモノとして扱えん。そこに大量の生命力を注ぎ込んで疲労が頂点となった瞬間に、折れてしまったんじゃろうなぁ」
「……そうか。……すまない、無茶をさせて……」
エリクは改めて大剣が折れてしまった理由を知り、赤玉の装飾を見ながら謝罪を零すように呟く。
それを聞いた白髪のドワーフは目を見開き、口元を微笑ませながら不敵な表情を浮かべて話し掛けた。
「――……どうじゃ? お前さん。その剣、儂に預けんか?」
「なに……?」
「元の形にというのは難しいから言わんが、儂等がお前さんに合う剣に作り直してやろう」
「……」
「お前さん、その剣の声を聞いたことがあるんじゃろ?」
「!」
「触れれば分かる。その剣には魂が宿っとる。そして持ち主であるお前さんを信頼しとる。――……お前さんも剣の声に、応えてみたくはないか?」
白髪のドワーフはそう告げ、エリクに向けて右手を差し出す。
それを受けて大剣を渡すか、あるいは拒否するかを選ぶことになったエリクは、柄の部分に取り付けられた赤玉の装飾を見ながら考えた。
それから少しして、エリクは後ろ腰に大剣を戻す。
それを見て鼻で溜息を吐き出した白髪のドワーフだったが、エリクは改めてこう話した。
「――……今から俺は、巫女姫という者に会う」
「!」
「それが終わってからなら、預けてもいい」
「……フッ、そうか。ならば用事を終わらせて、さっさとここに戻って来い! 儂等はいつでも、待っとるぞ!」
「そうか。……爺さん、名前は?」
「儂の名は、バルディオス! この里で鍛冶師や工房仕事の長を務めておる。そして、伝説の鍛冶師バファルガスの技術を受け継ぐ者じゃ!」
「そうか。俺はエリクだ」
「エリクか! その面構えに合う、良い名を持っとるな!」
バルディオスはそう述べ、大きな右腕を伸ばしエリクに握手を求める。
それに応じる形で二人は握手を硬く力強い握手を交わらせ、エリクはドワーフ達の囲いから解放された。
「――……また、絶対に来いよぉ!」
「酒を持って待っとくからのぉ!」
「次、俺にも触らせてくれぃ!」
「その小僧の鎌も、必ず後で見せるんじゃぞ! 約束、忘れんなよぉ!」
そんな声を後ろから聞きながら、バズディールとタマモの先導に連れられるエリクは更に里の奥へと進んでいく。
そして数十分後に街となっている区画から抜け出ると、大自然が広がる森の中に導かれていった。
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