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修羅編 一章:別れ道

二重の誘い

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 標高二万メートルを超えた環境に慣れる為に休息を挟んだエリクとマギルスは、再びフォウル国が在ると言われた最も高い山を目指して走り出す。

 身体に掛かる負荷を地上の時より感じながらも、二人はそれぞれに適応しながら跳び走る。
 更に疲弊を避ける為に魔獣との交戦を避けながら、数時間後には目標である山に踏み入った。

 合算すれば標高五万メートルを超えるだろう山は、その傾斜は緩やかながらも他の山々と比べても明らかに巨大に見えている。
 特に山頂付近は物々しい様子を見せており、麓に比べて地肌が晒された部分が多いように見えていた。

 しかしそれ以上に、他の山とは全く異なる空気を二人は感じ取っている。

 それは侵入者である二人に向けられる、殺気のような視線。
 下の大森林で見せた様子を窺うようなモノではなく、自身の領域テリトリーを犯す相手に向ける純粋な敵意と殺意に満ちた気配だった。

「――……マギルス!」

「分かってる! 来るね!」

 二人は互いにそれを感じ取り、同じの方角を見る。
 そして次の瞬間、二人が居た場所に凄まじい質量と速度を持った何かが突っ込んだ。

「ッ!!」

「うわっ!」

 二人は互いに飛び退き、身を翻しながら地面に着地して構える。
 
 そこに現れたのは、一匹の魔獣種。
 太さは三メートルを超え、全長三十メートルはある青い鱗に覆われた長蛇種マザースネーク

 長蛇から発せられる魔力と誇る体格は上級魔獣ハイレベルに分類され、その鱗には数々の戦歴と思しき傷が無数に存在している。
 そこから垣間見える高い肉質と顔立ちは百戦錬磨の面影を見せ、エリクとマギルスは人間大陸したとは異なる雰囲気を纏う魔獣の様相に気付いた。

「……おじさん。この蛇……!」

「ああ。……この蛇は、人間大陸したの魔獣と格が違う」

「――……シャァアア……」

 二人は目の前で舌を鳴らし威嚇する長蛇が、人間大陸の上級魔獣ハイレベルとは異質である事を察する。

 この特殊な環境で育ち、更に広く広大な土地で数々の魔獣種同士が密集し縄張り争いを行っているのだろう。
 その死線を潜り抜けて手に入れた強さは、人間大陸の魔獣達とは格の大きさが違っていた。

 目の前の相手が今まで戦った魔獣とは違う事を感じ取り、マギルスもエリクも互いに武器を抜き構える。
 そしてマギルスは青い魔力を身体から発し、エリクは白い生命力オーラを身体中に纏った。

「ハァアッ!!」

「はぁあ……!!」

「――……ッ!!」

 二人の生命力オーラと魔力が強まった瞬間、長蛇が威嚇を止めて瞳を見開く。
 長蛇もまた目の前に二人が別格の相手である事を察し、躊躇も迷いも見せない行動に出た。

「!」

「うわっ!?」

 長蛇がしなやかで強靭な尾を振り回し、地面の土を抉りながら二人にまぶし掛ける。
 二人はそれを跳び避け襲い来るだろう事を警戒したが、長蛇は強靭な尾を叩き付けながら更に土煙を増やし、その場から逃走した。

「えっ、逃げた……!?」

「……俺達を見て、何かを感じ取ったか」

「えー!? 遊んだら楽しそうだったのに! 追いかけようよ!」

「……いや、止めた方がいいだろう」

「えー」

 拍子抜けを喰らったマギルスは不貞腐れながらも武器を振り回し、宥め役になったエリクは長蛇が逃げた先を見つめる。
 この時、マギルスとは逆にエリクは別の経験から違う事柄を予想していた。

「奴は、逃げたんじゃない」

「そうなの?」

「俺達を誘い、罠に掛ける為に逃走したフリをした可能性がある。……まだ俺達は、ここの環境や土地に慣れ切っていない。地の利は向こうにがある」

「ふーん。おじさん、前にそういう目に遭ったの?」

「ああ。……気を抜かずに行くぞ。ここは、俺達が知っている世界ばしょじゃない」

「はーい!」

 長蛇の逃走理由を誘導だと考えるエリクは、マギルスを宥めながら武器を収めさせる。
 そして二人とも警戒しながら、山頂に向けて再び走り始めた。

 その最中にも殺意と敵意を持った視線と気配が二人を見つめ、その様子を窺っている。
 更に木々の隙間から魔獣が複数の群れを連れて見える位置に立ち、そちらへ誘導するように背を向けている姿まで見えた。

「……奴等は自分を餌に、俺達を釣ろうとしている」

「釣ったら、勝てると思ってるのかな?」

「少なくとも、そうしなければ勝てないと思っているのは間違いない。……奴等はあの時の山虎やつと、同じくらい賢い」

「このまま乗らずに進んだら、流石に襲って来るかな?」

「かもな」

「じゃあ、どんどん進もうか!」

「ああ」

 二人は更に脚足の進みを速め、自然豊かな山を登っていく。
 魔獣達は自分達に見向きもしない二人に対して視線を見つめていたが、その狙う目は自然の奥へと消えた。

「……!」

「あれ? 皆、遠くに行っちゃうね?」

「ああ。……どういうことだ……?」

「諦めたのかな?」

「……いや、違う」

「?」

「この感じ、覚えがある。――……だが、あの時とは逆……」

「逆って?」

「……俺達の周りを囲むように居た魔獣は、俺達を誘っていた。……だが誘い自体が囮で、俺達を奴等の方角に行かせない為だとしたら……」 

「誘いが囮? それって――……」

「……来るぞッ!!」

「!!」

 マギルスはその時、魔物や魔獣に対して魔力感知で周囲に探っていた。
 それに対して魔獣達は下がった為に、拍子抜けしたマギルスは僅かな時間だけ警戒が緩む。

 しかしエリクは、一度も周囲を探り続ける気配の読みと警戒を緩めていない。
 その僅かな差が二人に気付きの差を生み、反応速度に違いを見せた。

「クッ!!」

「うっ!?」

 瞬きすら許さない刹那の時間、二人の上空に一つの影が落ちる。
 それと同時に二人の間を裂くように何かが落下し、地面を抉るように凄まじい衝撃と土埃を生み出した。

 エリクはその衝撃と土埃を完全に避け切ったが、マギルスは土埃に飲まれてしまう。
 その中で落下した何かが瞬く間に動き出し、土埃に紛れたマギルスに襲い掛かり伸び迫る掌底を胸に喰らわせた。

「グ、ァッ!!」

「――……君は、遅いね!」

 掌底を受けて土埃の中から吹き飛ばされたマギルスは、身を翻しながら木の幹に着地し大鎌を引き抜く。
 それと同時に土埃から出て来たのは、マギルスより年上の茶髪を靡かせた少年だった。

「いきなりッ!!」

「そんな遅さじゃ、すぐに死んじゃうねッ!!」

 マギルスは幹に着地した脚を跳ね上げ、迫る茶髪の少年に激突する。
 大鎌を持つマギルスに対して、武器も無く自身の肉体のみで戦う茶髪の少年は凄まじい音を鳴らしながら戦闘を開始した。

 一方、土埃を避けたはずのエリクはマギルスを援護せず、別方向に鋭い視線を向けながら身体に生命力オーラを滾らせている。
 その方角から歩みを進めて来たのは、二メートルを超えた二人の大男達だった。

 目の前に現れた大男達に対して、エリクは身構えながら尋ねる。

「……お前達は?」

「――……巫女姫に仕える者。干支衆が『うし』、バズディール」

「『いのしし』、ガイ」

「干支衆……。……フォウル国の魔人か」

 目の前に出て来た男達がフォウル国の干支衆だと知り、エリクは身体に纏わせていた生命力オーラを高める。
 それに合わせて名乗ったバズディールとガイは目を細め、人の姿ながらも体内に宿る魔力を滾らせた。

「この男、強いな」

「うむ」

「向こうの少年は、シンに任せるとして。……ガイ、お前がやるか?」

「やる」

 ガイと呼ばれる禿げた褐色肌の大男は前に歩み、逆にバズディールは下がる。
 互いに一対一の構図で立ち合う状態となりながら、まるで招かれたようにエリクとマギルスは干支衆と対峙することとなった。
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