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修羅編 一章:別れ道
犠牲の書状
しおりを挟むエリク達が出立すると決めた翌日。
その日にルクソード皇国の皇城にて政務を行っていた皇国宰相ダニアス=フォン=ハルバニカに、唐突に一つの報告が届けられる。
それはダニアスにとって驚きの内容であり、その真偽を確かめる為に自身でシルエスカの下へ赴き、共に皇都の外壁内部に設けられた室内に赴いた。
案内した皇国兵士を下げて二人だけで入室すると、ダニアスは驚きの声を漏らしながら口を開いた。
「――……まさか、本当に……!?」
「……久し振り、か?」
「エリクに、マギルス! それにケイルと……ミネルヴァだとッ!?」
室内に居た者達の名をシルエスカは述べ、更にその傍に立ち控えるミネルヴァの姿を視認する。
思わず腰に備えた長槍と短槍を両手で引き抜こうとしたシルエスカだったが、それを制止したのはケイルの一声だった。
「待ってくれ、シルエスカ。今のミネルヴァは敵じゃねぇよ」
「!」
「色々と言いたいこともあるが、まずはアタシ達から確認をしときたいことがある。……アンタ達は、覚えているか?」
「覚えている……?」
「何の話ですか?」
「……なるほど、この二人は覚えてないか」
「みたいだな」
突然の問い掛けにシルエスカとダニアスは共に疑問の表情を浮かべ、それを察してケイルはエリクと言葉を交わす。
そしてエリクは壁から背を離し、まっすぐに立った姿勢で訪れた二人に話し掛けた。
「ダニアス。そして、シルエスカ」
「エリク……。 ……少し、小さくなっていないか?」
「色々あったんだ。……そっちは、何かあったか?」
「そうです、我々も貴方達を探していたのです。――……各国と傭兵ギルドが、貴方達に賞金を懸けました。そして砂漠の大陸を包囲していたという情報を伝え聞いていたのですが、貴方達が砂漠に向かってから五ヶ月間も消息が不明で……」
「丁度、三ヶ月前か。その砂漠で巨大な竜巻が発生したと報告が届き、港に待機していた皇国軍を向かった。だが、特に何の見つけられなかったと報告は聞いていたのだ。そこで何か遭ったのではと、察してはいたが……」
ダニアスとシルエスカはそれぞれに皇国に伝わっていた状況を、エリク達に教える。
本来の未来では巨大な竜巻が発生するという異変に砂漠の大陸に居た皇国軍は気付き、その現場に赴き傷付いたアリアを発見した。
そして重傷のアリアを皇国に届け、ハルバニカ公爵家に匿わせることに成功している。
しかし今回はミネルヴァの転移魔法でエリク達と共にアリアは消え、皇国軍を通してハルバニカ公爵家は匿えていない。
そうした僅かな未来の変動を実際に見ながらも、エリクは二人に対して頼みを告げた。
「お前達に、頼みがある」
「……?」
「アリアを匿って欲しい。出来るか?」
「なに……?」
エリクは唐突にそう頼むと、部屋の隅に毛布に包まれ床に置かれたモノを見る。
そしてそこまで歩みながら屈むと紐解くように毛布を開けさせ、眠っているアリアの姿を二人の目の前で明かした。
「アルトリア……!」
「これは……何があったのですか……!?」
「クロエが……『黒』の七大聖人が死に、アリアは俺達を救う為に自分に課していた誓約を全て解いた」
「!」
「その反動を受けて、今は眠っている。……恐らく九ヶ月後には、アリアは目覚める。しかしその時に、アリアは自分の記憶を全て失っているかもしれない」
「なに……!?」
エリクの言葉を聞いたシルエスカは驚きを浮かべ、アリアに歩み寄り屈みながら状態を窺う。
そして譲るように横へ退いたエリクに、ダニアスは問い掛けた。
「……どうしてエリク殿は、そうした事を御存知なのです?」
「アリアから、誓約とその反動の話は聞いていた」
「なるほど……」
「お前達も知っているように、俺達は追われている。……しかし、眠ったままのアリアを抱えては、逃げられない」
「それで、我々に彼女を?」
「そうだ。頼れるのが、お前達しかいない。頼めるか?」
「……分かりました。ハルバニカ公爵家が責任を持って、彼女を預かりましょう」
「ああ、頼む。……それと、これも頼む」
ダニアスの了承を聞いたエリクは頭を下げて礼を述べ、顔を上げる。
そして自身の懐に忍ばせていた、一つの封筒に収められた手紙をダニアスに手渡した。
「……これは?」
「俺の手紙だ。……アリアが目覚めたら、それを見せてやってくれ」
「分かりました。……実は、三ヶ月程前なのですが。彼女から宛てられた書状が、私にも届きました」
「!」
ダニアスに届けられたというアリアの書状を聞き、エリクは始めこそ疑問を浮かべる。
しかし記憶の片隅に留めていた記憶で、それを何時アリアが出したのかを思い出した。
それは今から五ヵ月近く前になる、砂漠の大陸を横断する為に皇国の港を出発する直前。
見送りに来た海兵に書状を渡したアリアは、それをハルバニカ公爵家に届けるように頼んでいた。
その書状がダニアスの手に届き、書状を確認していたのだとエリクは理解する。
更に続けて、ダニアスは書状に書かれていた内容を口にした。
「その書状の内容を拝見しましたが、幾つかの頼み事が書かれていました。……その一つが、貴方達に関することです」
「なに……?」
「端的に言えば、『もし自分の身に何かあれば、彼等を皇国で暮らせるよう配慮して欲しい』と、書かれていましたよ」
「……!!」
「彼女にとって、貴方達は大事な存在なのだと改めて思いました。……しかし本当に、自身の記憶すらも削る程の苦境に立たされてしまうとは……」
「……そうだ。アリアは俺達の為に、そういうことをするんだ……。……俺に、嘘まで吐いて……」
ダニアスに届けられた書状の内容を聞き、エリクは悲しみと憤りを宿らせた表情を見せながら拳を握り締める。
自分の身を犠牲にする事を大前提にした書状の内容は、今のエリクだからこそアリアらしいと思えてしまう。
それが歯痒く思える程に、自分達がアリアの枷になっていた事をエリクは改めて痛感させられていた。
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