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修羅編 一章:別れ道
執着の思考
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アリアをルクソード皇国のハルバニカ公爵家に預け戻し、自分達だけでフォウル国を目指すというケイルの言葉を聞いたエリクとマギルスはそれぞれに違った反応を見せる。
その中で否定的な反応を見せたのは、表情を強張らせ口調を強くしたエリクだった。
「――……アリアを、皇国に戻すだと……!?」
「そうだ」
「アリアが三十年後でああなったのは、皇国に戻ったからだろう……!?」
「違うな。アリアの奴が三十年後でああなったのは、皇国に戻ったからじゃない。……帝国に戻って、皇族全員が死んで、女帝に奉られたからだ」
「……!」
「そういう話なんだろ? マギルス」
「うん。アリアお姉さんが起きてからだから、今から四年後くらいかな? ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国っていう国が作った同盟都市で、どっちの王様も殺されちゃうんだってさ。それでアリアお姉さんが王様になっちゃうんだって、『青』のおじさんが言ってた」
「この話が本当だとしたら、少なくともアリアが死んで【悪魔】とやらに死霊術で甦らされて暴走するのは、それが終わってからってことになる。少なくともそれまでは、アリアの身柄は皇国と帝国が守ってくれる」
マギルスやミネルヴァから聞いた情報を元に、ケイルはそう告げる。
しかしエリクはそれに納得できず、更に言葉を強めながら否定の意見を述べた。
「……それでは、また同じ未来になってしまうだろう!!」
「それを防ぐ為に、アタシ達はクロエに選ばれたんだろ?」
「だから、皇国と帝国にアリアを戻さない為に! こうして――……」
「それじゃあ結局、アタシ等は組織に追い詰められて一網打尽だ。さっき、それについては話しただろ?」
「だが、それ以外にあの未来を……アリアが死なない為の方法は――……」
「ある」
「!」
「四年後、帝国と王国が築いた同盟都市で王達は殺される。それをアタシ達で防ぎ止めれば、少なくとも五年後にアリアが女帝に推される事は無い。……あの三十年後は、回避できる」
「……!!」
「アタシ達がやるべきことは、コソコソと隠れ続ける事じゃない。……四年後に起きる事件を防ぐ為に動くことだと、アタシは思う」
真っ直ぐとした瞳で見つめ述べるケイルの言葉に、エリクは強張った表情を曇らせ視線を逸らす。
三十年後で憎悪に塗れたアリアの運命を左右したのは、残る皇族としてガルミッシュ帝国の女帝に奉られたことに端を発している。
そして背後からの裏切りによって殺されたアリアは死霊術で甦り、憎悪のまま【悪魔】と契約し『悪魔の種』を植え付けられた。
それさえ回避できれば、あの惨劇の三十年後を防げるとケイルは結論を導き出す。
それが有力な手段であるとエリクは考えながらも、その提案をどうにか否定しようとした。
「……アリアもクロエに選ばれ、ミネルヴァのように記憶を引き継いでいるはずだ。それなら、アリアの意識が目覚めてからでも遅くは――……」
「あっ、それそれ! 僕も『黄』のお姉さんに聞いたんだけど、ダメみたいだよ?」
「……なに?」
「ほら、今のアリアお姉さんを見つけた時。『黄』のお姉さんが魔法で治したでしょ? それで聞いたんだけど、誓約の反動で負った怪我は治したけど、誓約の反動そのものは止められないんだって」
「!」
「アリアお姉さん、僕達を助ける為に自分に掛けてた誓約を解いて記憶を失っちゃったんだよね? だから傷は治せても、眠っている間に消える記憶までは戻せないんだってさ」
「な……」
「アリアお姉さんは、僕達と違って身体は現代のままでしょ? もし『黄』のお姉さんと同じように記憶だけは受け継いでても、それも誓約の反動で消えちゃうらしいんだ。……もしアリアお姉さんが起きても、僕達を覚えてないんじゃないかな?」
「……!!」
「そもそも、三十年後の最後にアリアお姉さんは死んでたんだよね? ……クロエの能力って、死んだ人にも出来るのかな?」
アリア並の魔法技術と知識を持つミネルヴァがそう述べている事を知り、エリクは驚愕の表情を露にする。
そしてマギルスの最後の問いをエリクは否定できず、表情を伏せ両手を強く握り締めた。
エリクは自分達と同様に、アリアも記憶を引継ぎ三十年前に戻って来たのだと信じていた。
しかしエリクの腕の中でアリアは自身に掛けていた死霊術を解き、確かに死を迎えている。
それによってクロエの時を戻す能力も発動条件を満たしたと述べられており、エリクは絶対の自信を持って今のアリアが記憶を引き継いでいるとは口に出せなかった。
そうエリクが信じていた根底にある部分を、ケイルは鋭い指摘と共に告げる。
「――……エリク。お前は単に、アリアを自分の傍から放したくないだけだろ?」
「……!」
「アリアが自分の見えない場所に行っちまうのが怖いんだろ、違うか?」
「……ッ」
「アリアはいつも目を離すと、何かしらをやらかしてるからな。信用できてないのも分かるさ。……だが今回は、コイツが起こす未来《さき》の事が分かっている。なら今は、この状況をどうにかして、この先に起こる事件を防げるよう動く事が先決だ」
「……だが……」
「今、アリアの身を危険に晒してる原因の一つが、お前だって言ってるんだよ。エリク」
「!」
「組織を裏で操りお前達を狙ってる宗教国家や魔導国、そしてフォウル国から、眠ったままのアリアを連れて逃げ続けられると本気で思ってるのか? ……例えアリアが目覚めても、アタシ等の事を覚えてない可能性が高い。そんな状態のアリアを連れ回して、何処まで逃げるつもりだよ?」
「……」
「記憶が有るにせよ無いにせよ。アリアの安全を考えるなら、今は皇国に戻すのが最善の手段だ。……それを嫌がってるお前の理由は、傍から離れたくないってガキみたいな我儘なんだよ」
「……ッ」
「……ちゃんと考えろよ、エリク。アリアの事が、本当に大事ならな」
ケイルはエリクにそう指摘すると、大きく溜息を吐き出しながら顔を伏せて部屋を出て行く。
それを見送る形でマギルスは見つめ、エリクに顔を向けながら口を開いた。
「……僕も、ただ待ってるのもつまんないし。だったらフォウル国に行こうかなって思ってたんだよね」
「……!」
「フォウル国が僕達が来るのを待ってるならさ、僕達が行った方が手っ取り早いじゃん? アリアお姉さんが起きてからでも良いかなって考えてたけど、ケイルお姉さんの方法は後の事を考えても良いんじゃない?」
「……ッ」
「おじさんも、本当は今のままで良いとは思ってないんでしょ? ……このままだと、あの三十年後より悪い未来になるかもしれないよ? それじゃあ、僕がクロエを殺した意味が無くなるもん」
マギルスはそう述べながら部屋を出て行き、扉を閉める。
その場に残されたエリクは虚無感にも似た脱力を身体に感じ、思わず床へ座り込んだ。
そして隣で眠るアリアの横顔を見ながら、寂しさと悲しさを宿した表情で呟く。
「……アリア」
「……」
「俺は、どうしたらいい……? どうすればいい……? ……俺に、教えてくれ……」
目を覚まさないアリアに、エリクはそう問い掛ける。
その答えは返ってこなかったが、エリクの記憶に在るアリアの言葉は思い出された。
『――……私は、既に死んでるの。……それを受け入れなさい。そして貴方は、貴方の為に生きる道を探すの。……それが、貴方の雇用主としての、最後の命令よ――……』
三十年後の最後で、そう自分に述べて伝えたアリアの言葉。
エリクはその言葉を思い出しながらも、その命令を実行する事が出来ていない。
それが目の前で眠るアリアに執着しているからだと自分で理解しながら、失う恐怖を知ってしまったエリクは大事なものを手放せずにいた。
しかし無常にも、一行の状況は動き出す。
それは内部の影響からでは無く、懸念していた外部の動きに因るモノだった。
その中で否定的な反応を見せたのは、表情を強張らせ口調を強くしたエリクだった。
「――……アリアを、皇国に戻すだと……!?」
「そうだ」
「アリアが三十年後でああなったのは、皇国に戻ったからだろう……!?」
「違うな。アリアの奴が三十年後でああなったのは、皇国に戻ったからじゃない。……帝国に戻って、皇族全員が死んで、女帝に奉られたからだ」
「……!」
「そういう話なんだろ? マギルス」
「うん。アリアお姉さんが起きてからだから、今から四年後くらいかな? ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国っていう国が作った同盟都市で、どっちの王様も殺されちゃうんだってさ。それでアリアお姉さんが王様になっちゃうんだって、『青』のおじさんが言ってた」
「この話が本当だとしたら、少なくともアリアが死んで【悪魔】とやらに死霊術で甦らされて暴走するのは、それが終わってからってことになる。少なくともそれまでは、アリアの身柄は皇国と帝国が守ってくれる」
マギルスやミネルヴァから聞いた情報を元に、ケイルはそう告げる。
しかしエリクはそれに納得できず、更に言葉を強めながら否定の意見を述べた。
「……それでは、また同じ未来になってしまうだろう!!」
「それを防ぐ為に、アタシ達はクロエに選ばれたんだろ?」
「だから、皇国と帝国にアリアを戻さない為に! こうして――……」
「それじゃあ結局、アタシ等は組織に追い詰められて一網打尽だ。さっき、それについては話しただろ?」
「だが、それ以外にあの未来を……アリアが死なない為の方法は――……」
「ある」
「!」
「四年後、帝国と王国が築いた同盟都市で王達は殺される。それをアタシ達で防ぎ止めれば、少なくとも五年後にアリアが女帝に推される事は無い。……あの三十年後は、回避できる」
「……!!」
「アタシ達がやるべきことは、コソコソと隠れ続ける事じゃない。……四年後に起きる事件を防ぐ為に動くことだと、アタシは思う」
真っ直ぐとした瞳で見つめ述べるケイルの言葉に、エリクは強張った表情を曇らせ視線を逸らす。
三十年後で憎悪に塗れたアリアの運命を左右したのは、残る皇族としてガルミッシュ帝国の女帝に奉られたことに端を発している。
そして背後からの裏切りによって殺されたアリアは死霊術で甦り、憎悪のまま【悪魔】と契約し『悪魔の種』を植え付けられた。
それさえ回避できれば、あの惨劇の三十年後を防げるとケイルは結論を導き出す。
それが有力な手段であるとエリクは考えながらも、その提案をどうにか否定しようとした。
「……アリアもクロエに選ばれ、ミネルヴァのように記憶を引き継いでいるはずだ。それなら、アリアの意識が目覚めてからでも遅くは――……」
「あっ、それそれ! 僕も『黄』のお姉さんに聞いたんだけど、ダメみたいだよ?」
「……なに?」
「ほら、今のアリアお姉さんを見つけた時。『黄』のお姉さんが魔法で治したでしょ? それで聞いたんだけど、誓約の反動で負った怪我は治したけど、誓約の反動そのものは止められないんだって」
「!」
「アリアお姉さん、僕達を助ける為に自分に掛けてた誓約を解いて記憶を失っちゃったんだよね? だから傷は治せても、眠っている間に消える記憶までは戻せないんだってさ」
「な……」
「アリアお姉さんは、僕達と違って身体は現代のままでしょ? もし『黄』のお姉さんと同じように記憶だけは受け継いでても、それも誓約の反動で消えちゃうらしいんだ。……もしアリアお姉さんが起きても、僕達を覚えてないんじゃないかな?」
「……!!」
「そもそも、三十年後の最後にアリアお姉さんは死んでたんだよね? ……クロエの能力って、死んだ人にも出来るのかな?」
アリア並の魔法技術と知識を持つミネルヴァがそう述べている事を知り、エリクは驚愕の表情を露にする。
そしてマギルスの最後の問いをエリクは否定できず、表情を伏せ両手を強く握り締めた。
エリクは自分達と同様に、アリアも記憶を引継ぎ三十年前に戻って来たのだと信じていた。
しかしエリクの腕の中でアリアは自身に掛けていた死霊術を解き、確かに死を迎えている。
それによってクロエの時を戻す能力も発動条件を満たしたと述べられており、エリクは絶対の自信を持って今のアリアが記憶を引き継いでいるとは口に出せなかった。
そうエリクが信じていた根底にある部分を、ケイルは鋭い指摘と共に告げる。
「――……エリク。お前は単に、アリアを自分の傍から放したくないだけだろ?」
「……!」
「アリアが自分の見えない場所に行っちまうのが怖いんだろ、違うか?」
「……ッ」
「アリアはいつも目を離すと、何かしらをやらかしてるからな。信用できてないのも分かるさ。……だが今回は、コイツが起こす未来《さき》の事が分かっている。なら今は、この状況をどうにかして、この先に起こる事件を防げるよう動く事が先決だ」
「……だが……」
「今、アリアの身を危険に晒してる原因の一つが、お前だって言ってるんだよ。エリク」
「!」
「組織を裏で操りお前達を狙ってる宗教国家や魔導国、そしてフォウル国から、眠ったままのアリアを連れて逃げ続けられると本気で思ってるのか? ……例えアリアが目覚めても、アタシ等の事を覚えてない可能性が高い。そんな状態のアリアを連れ回して、何処まで逃げるつもりだよ?」
「……」
「記憶が有るにせよ無いにせよ。アリアの安全を考えるなら、今は皇国に戻すのが最善の手段だ。……それを嫌がってるお前の理由は、傍から離れたくないってガキみたいな我儘なんだよ」
「……ッ」
「……ちゃんと考えろよ、エリク。アリアの事が、本当に大事ならな」
ケイルはエリクにそう指摘すると、大きく溜息を吐き出しながら顔を伏せて部屋を出て行く。
それを見送る形でマギルスは見つめ、エリクに顔を向けながら口を開いた。
「……僕も、ただ待ってるのもつまんないし。だったらフォウル国に行こうかなって思ってたんだよね」
「……!」
「フォウル国が僕達が来るのを待ってるならさ、僕達が行った方が手っ取り早いじゃん? アリアお姉さんが起きてからでも良いかなって考えてたけど、ケイルお姉さんの方法は後の事を考えても良いんじゃない?」
「……ッ」
「おじさんも、本当は今のままで良いとは思ってないんでしょ? ……このままだと、あの三十年後より悪い未来になるかもしれないよ? それじゃあ、僕がクロエを殺した意味が無くなるもん」
マギルスはそう述べながら部屋を出て行き、扉を閉める。
その場に残されたエリクは虚無感にも似た脱力を身体に感じ、思わず床へ座り込んだ。
そして隣で眠るアリアの横顔を見ながら、寂しさと悲しさを宿した表情で呟く。
「……アリア」
「……」
「俺は、どうしたらいい……? どうすればいい……? ……俺に、教えてくれ……」
目を覚まさないアリアに、エリクはそう問い掛ける。
その答えは返ってこなかったが、エリクの記憶に在るアリアの言葉は思い出された。
『――……私は、既に死んでるの。……それを受け入れなさい。そして貴方は、貴方の為に生きる道を探すの。……それが、貴方の雇用主としての、最後の命令よ――……』
三十年後の最後で、そう自分に述べて伝えたアリアの言葉。
エリクはその言葉を思い出しながらも、その命令を実行する事が出来ていない。
それが目の前で眠るアリアに執着しているからだと自分で理解しながら、失う恐怖を知ってしまったエリクは大事なものを手放せずにいた。
しかし無常にも、一行の状況は動き出す。
それは内部の影響からでは無く、懸念していた外部の動きに因るモノだった。
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