636 / 1,360
修羅編 一章:別れ道
決断の案
しおりを挟むミネルヴァに匿われる形でフラムブルグ宗教国家の大陸に滞在する事になったエリク達一行は、標高二千メートル程の山の中腹に設けられた家で過ごしていた。
そんなミネルヴァと別れて家に戻ったマギルスは、台所で食事の準備をしているケイルと話を交えている。
「――……この大陸にも、特級傭兵が来たって。『黄』のお姉さんが言ってたよ。でも、僕達よりは弱いってさ」
「……そうか。悪いな、伝言役を任せちまって」
「別にいいけどさ、暇だし!」
「……アタシはどうも、あのミネルヴァを心の底で信用できない」
「匿ってくれてるのに?」
「三十年後でダニアスの首を引っ提げながら、アタシを殺しに来た奴だからな。それが暗示の影響だったって言われても、納得し切れるわけがないだろ」
「ふーん」
「マギルス、お前はミネルヴァを信用してるのか?」
「信用っていうか、協力してるだけだよ。『黄』のお姉さんもそうじゃない?」
「……協力?」
「『黄』のお姉さんは、神様が言ったから僕達を助けるのに協力してるだけでしょ? もし神様に頼まれなかったら、『黄』のお姉さんはアリアお姉さんを殺して未来で起こる事態を解決させようとするんじゃないかな? 『黄』のお姉さんの強さなら、あの時の僕達を倒して瀕死のアリアお姉さんを殺した方が簡単だもん」
「……確かにな」
「僕も、クロエに頼まれたからこうしてるだけだからね。――……ケイルお姉さんは、どうなの?」
「……」
「やっぱり、エリクおじさんがここに居るから残ってるの?」
「……飯、もうすぐ出来るから。皿を出しといてくれ」
「はーい!」
ケイルは話題を唐突に切り替え、その話を終わらせる。
それに執着する様子も無いマギルスは、自身の空腹感に従いケイルの言う事を聞いた。
そして四角に切った牛肉を山で自生している茸や香草と共にペーストしたトマトで煮込んだシチューと、少し硬めのパンを添えられた食事が用意される。
マギルスはそれを美味しそうに食べている横で、ケイルは食事と切られたパンが入った皿に加え、果実を擦り入れたコップを一つ盆に加え乗せた。
「エリクに届けてくる」
「ふぉーい!」
ケイルはそう言うと、マギルスは食べながら特に疑問を持たずにそれを送り出す。
そしてケイルは廊下を歩み、エリクが居る部屋の扉前に訪れて声を発した。
「エリク、食事を持ってきたぞ」
「……ああ」
ケイルの声に応じ、エリクは部屋の扉を開ける。
そして盆に乗った食事を部屋にある机の上に置いたケイルは、いつもと変わらずベットの上に眠るアリアの顔を見た。
「……今日も、起きないみたいだな」
「ああ……」
「目を覚ますまで、あと九ヶ月くらいか。……それまでずっと、ここでアリアを見張ってる気か?」
「……ああ」
「何もせずにか?」
「……ケイル、何が言いたい?」
眠るアリアの顔を見ながら尋ねるケイルの言葉に、エリクは引っ掛かりを覚えて訝し気に聞く。
そして僅かに溜息を漏らした後、ケイルは伝え聞いた事をエリクにも教えた。
「砂漠の捜索を止めて各地に散らばった特級傭兵の一部が、この大陸に入り込んでいるらしい」
「……!」
「ここはミネルヴァの故郷が在った場所らしいが、奴がアタシ達を匿っている事をこの国の上層部や傭兵達に勘付かれていたら。……ここも時期に、居られなくなる」
「……その時には、そいつ等を倒せばいい」
「倒しても、それが呼び水になる。……奴等は馬鹿じゃない。組織で動いている連中と連絡が取れなくなれば、捜索者が赴いた場所をまず怪しむ。そして次々と、ここに新手が押し寄せて来ることになる。……そうなった時、そいつ等も殺る気かよ?」
「……」
「三ヶ月前、アタシは言ったよな? アリアが目覚める一年後まで隠れ潜むのは不可能だって。でも、お前は自分の我を押し通した。……だが、状況は時間と一緒に変わる。もしここがバレたら、アタシ達を隠れ潜ませる場所は無くなって、逃げ場を失う」
「……ッ」
「こんな逃げてばかりの暮らし、いつまでも続けられないぞ」
「――……なら、どうすればいいんだッ!!」
ケイルの指摘にエリクは言葉を詰まらせ、ついに堰を切ったように怒鳴り声を出す。
その怒鳴り声に僅かに目を見開いたケイルだったが、すぐに冷静な面持ちと声で伝えた。
「前から、不思議に思っていたことがある」
「……不思議?」
「あの未来では、アタシ達は行方不明だった。だから傭兵達はアタシ達を捕まえられずに諦めた理由も理解できる。……だが、アリアはどうして【結社】に捕まらなかった?」
「……!」
「アリアだけは、砂漠で皇国軍に発見された。そして目覚めるまでの一年間は、皇国のハルバニカ公爵領地で匿われた。……その間に、どうやって皇国はアリアを守れたんだ?」
「……それは……」
「未来で再会したシルエスカは、確かこう言った。『アリアを保護し、匿っていた』と。つまり傭兵ギルドや特級傭兵共は、ハルバニカ公爵家に匿われたアリアを見つけられなかった。あるいは見つけていても、手を出されなかった可能性がある」
「……!」
「ミネルヴァの話では、皇国側の港にも特級傭兵達が張り込んでいたらしい。皇国軍がアリアを発見した情報を、組織が見逃すはずがない。……流石に皇国とやり合うのを控えて手を出さなかったのか。それとも、何かしらの理由があってアリアからは手を引いた可能性も考えられる」
「……アリアだけは、見逃された……?」
「――……それって多分、『青』のおじさんじゃないかな?」
「!」
ケイルとエリクが話す合う部屋の中で、開けられていた扉からマギルスが歩き入る。
食事を食べ終えたばかりの口から述べられる『青』の話を、ケイルは不可解そうな表情で尋ねた。
「どういうことだ?」
「未来でね、『青』のおじさんが言ってた。記憶を失ってるアリアお姉さんの様子を窺ってたって」
「!」
「多分だけど、『青』のおじさんが傭兵の人達に命令して、アリアお姉さんだけは見逃したんじゃないかな? あのおじさん、アリアお姉さんが掛けてた誓約のことも知ってたっぽいし。アリアお姉さんが記憶を失った後に勧誘しようとしてたとか、そんなことも言ってた」
「……つまり、どういうことだ……?」
「アリアお姉さんが危険だから賞金を懸けて殺そうとしてるのは、『青』のおじさんの意向なわけでしょ? そして今も、『青』のおじさんはアリアお姉さんの状態が分からないから、ずっと探し続けてるんじゃない?」
「……つまり今のアリアが見つかれば、『青』は傭兵を使ってアリアを捕まえる必要が無くなるということか?」
「多分ね。特級傭兵の人達も、賞金首じゃなくなったら捕まえたり討伐しなくなるんじゃないの? だから未来では、アリアお姉さんを捕まえなかったんじゃないかな」
マギルスは『青』から聞いていた話を統合し、その結論を導き出す。
それを聞いたエリクは困惑にも似た動揺を浮かべ、ケイルは導き出したもう一つの結論を納得しながら述べた。
「……なるほど。『青』の七大聖人が狙ってるのは、アリアだけ。そして他にも【結社】を動かしてる連中……フォウル国の狙いは、クロエやエリク、そしてアタシやマギルスってことか」
「!」
「ミネルヴァの話が本当なら、フォウル国は『黒』が転生する度に攫って殺していたんだろ? ……皇国で【結社】の運び屋をしていたバンデラスに、クロエを運搬を依頼していた奴が分かったぜ。奴の出身地、フォウル国が依頼者だったんだ」
「……!」
「そしてフォウル国はもう一人、狙っていた奴がいる。……エリク、お前だ」
「……フォウル国は、クロエを殺し俺を引き入れる為に傭兵達を使って追い詰めている?」
「そうだな。ついでに一緒に行動しているマギルスも珍しい魔人だから、エリクと一緒に引き込もうとしてるってのが妥当だろう」
「えー、僕ってついでなの?」
「アタシの場合も、組織の依頼を受けてエリクをフォウル国に送り届ける役目があった。フォウル国からして見れば、アリアのことはどうでもいいから『青』に任せて、アタシ等とクロエの行方こそを重要視しているんだろうな」
「……未来では、俺達はクロエと一緒に世界から消えていた。だからフォウル国は俺達を探し続け、見つかったアリアの監視は『青』に任せた。そういうことか?」
「多分な。それなら、色々と辻褄は合う」
マギルスの話を聞いたケイルはその結論を導き出し、エリクはそれに幾らかの納得を浮かべる。
ホルツヴァーグ魔導国はフォウル国と繋がり、海の上では軍艦や合成魔獣《キメラ》を用いてクロエとアリアを同時に捕らえようとしていた。
それが『青』の意向であり、最優先に捕らえるべき人物だと判断していたのが、その二名だった事を証明している。
クロエに関してはフォウル国からの要請で、そしてアリアに関しては『青』の要請だったのだろう。
そして二人を捕らえた後は、残るエリクとマギルスはケイルが役目を果たしてフォウル国に連れて行けばいい。
過去の出来事にもフォウル国の狙いが符合する事を察する三人の中で、ケイルは結論とそれに伴う案を口に出した。
「……このままアタシ達が姿を隠し続けても、組織はアタシ達を見つけるまで追い続ける。下手に見つかって退けでもすれば、フォウル国の連中もアタシ達の追跡に参加するかもしれない」
「!」
「特級傭兵だけならともかく、フォウル国の魔人共はヤバい。……特に十二支士と、それを束ねている干支衆が動いたら、眠っているアリアを守りながら逃げるのは不可能だ」
「……ミネルヴァがいる。それに、転移魔法で逃げれば……」
「忘れたのかよ? ミネルヴァはフォウル国の魔人に何度も挑んで返り討ちに遭ってる。転移魔法も日毎の使用回数に限界があるって言ってただろ。……しかも干支衆の中には、ミネルヴァのように転移魔法に似た魔術を使える魔人がいるはずだ」
「……ッ」
「フォウル国が動く前に、アタシ達も何かしらの対処が必要になる。……その一つの案が、アタシにはある」
ケイルはそう告げ、二人に一度だけ視線を向ける。
そして眠るアリアに視線を移し、息と意思を整えてから述べた。
「――……アリアを、ルクソード皇国に戻す」
「なに……!?」
「そしてエリクとマギルスは、フォウル国へ行くべきだ」
「……!!」
「へぇー!」
「アリアが起きても、組織から逃げ続けても、結局のところ事態は解決しない。――……だったら、連中の思惑に乗るしか手段は無いだろ」
ケイルは臆すること無く、隠れ潜む案とは全く逆の事を述べる。
それは組織から逃げるのではなく、組織を差し向ける背後の人物達が抱く思惑を達成させること。
それぞれが姿を見せる為に赴く事を提案するケイルの言葉に、エリクは表情を強張らせ、マギルスは飄々としながらも笑みを浮かべた。
迫り来る追跡者達の知らせが、沈黙し潜み続けたエリク達の状況に変化を起こす。
その変化を望むように述べるケイルもまた、ある一つの決断を秘めていた。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる