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螺旋編 五章:螺旋の戦争

死者との別れ

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 アリアとアルトリアの精神じんかくは一定の和解を示し、分裂していた互いの精神と魂が融合し一つの魂へと戻る。

 二人が争い和解するまでの時間はなかの時間では長く感じられたが、現世では数秒程の時間しか経っていない。
 そうした一方で現世で傍に居たエリクは、精神体のアリアがアルトリアのなかに侵入して数秒後にその身体に僅かに白と黒の光が混ざり纏う光景を見た。

「――……な、何が……?」

「……」

「ッ!!」

 突如として発光するアルトリアの姿に、倒れるエリクは不可思議な表情と視線を浮かべる。
 その直後にアルトリアに纏う発光が収まり、膝を崩すように姿勢が横に倒れる様子を見せた。

 エリクはそれを察し、顔を歪めながら上半身を素早く起こす。
 そして痛む身体を無理矢理に動かし、飛び込むように倒れるアリアを右腕で支えた。

「――……グ……ッ!!」

「……ぅ……」

「!!」

 エリクは全身の傷みに耐えながら、アルトリアの身体を支え砂地の窪みへ倒れ込む。
 すると僅かにアルトリアの表情が動き、瞼を開けて青い瞳を見せた。

 エリクは上半身と腹筋に力を入れて起きると、右腕で抱き支えるアルトリアの顔を覗き込む。
 そして青い瞳がエリクの黒い瞳と重なり、アルトリアの表情が今までと違う柔らかな微笑みを見せた。

「――……ただいま、エリク」

「……アリア、なのか?」

「私は、私よ……」

「……そうか」

 アルトリアの口調と表情は、エリクが知るアリアと重なる。
 それによってアリアの魂と意識が肉体アルトリアに入り、無事に主導権を得た事をエリクは察しながら安堵の息と声を漏らした。

 安堵を漏らすエリクに対して、アリアは右腕を緩やかに動かす。
 そして右手をエリクの左頬に添えるように近付けながら、優しく触れた。

 エリクはその時になって始めて、アリアの手や身体が非常に冷たい事を感じ取る。
 自身の痛みと血を流し過ぎている上体で気付き難かったアリアの状態を、エリクは初めて悟り始めた。

「……アリア、君は……」

「……私の身体は、既に死んでる」

「……ッ」

「死霊術の影響で、この死体からだに魂が留まってるだけ。でもそれが、生者の世界を歪める要因になっている。……そろそろ、私も逝かなくちゃね」

「!!」

 そう優しく微笑み告げるアリアに、エリクは表情を強張らせる。
 僅かな沈黙が二人の間に生まれると、エリクの口から振り絞るような声が出された。

「――……何か、何か手段があるはずだ! 君が、生き返れる方法が……!!」

「エリク……」

「回復、治癒の魔法は!?」

「……無理よ。死体には効かないわ」

「な、なら……。確か、マナの実というモノがあるんだろう!? それがあれば――……」

「もう、この世に存在しないの。その実を宿す『マナの樹』は、大昔に消えてしまったから……」

「……せ、世界は広い! 俺や君が、知らないやり方で生き返られる方法もあるはずだ。そのまま君が、死霊術というもので留まり続ければ、いつかきっと――……」

「エリク」

「!」

 アリアを生かし留まらせようと頭を巡らせるエリクは、必死に言葉を紡ぎ続ける。
 しかしそれを遮るように強めの口調でアリアが止めると、エリクの左頬に触れた右手を緩やかに擦った。

「死者がいつまでも、現世ここに留まってはいけないの。……今の貴方なら、分かるでしょ?」

「……いや。まだ君は、死んでいない……!!」

「……」

「こうして、俺と一緒に居る! 君は……!!」

「エリク」

「……俺を、置いて行かないでくれ……」

「……」

「もう、嫌なんだ……。……俺の傍で、守りたいと思った者が、守れずに死ぬのは……ッ」

 エリクはアリアの死を拒むように必死に縋り、涙を流しながら自身の本音を漏らす。

 今までエリクが守りたいと思った者達は、全員が死んでしまっている。
 そうした呪いにも似た状況の連鎖は、エリクに恐怖と悲哀を抱え続けていた。

 そして今まさに、大切だと自覚するアリアを失おうとしている。
 その恐怖にも似た悲しみがエリクに涙を流させ、それをアリアの頬に伝わせた。

 涙を流し留まるよう懇願するエリクを見上げるアリアは、それでも微笑みながら口を開く。

「……エリク。言ったでしょ? 貴方は私を、ずっと守ってくれてたわ」

「守れていない! 俺は君に、守られっぱなしだった……!!」

「……私が私で在る事を、守ってくれたわ」

「君が死んだら、意味が無いッ!!」

「……」

「君が、君が生きていてくれれば、それでいいんだ……。……もう、それだけでいいんだ……」

 自身の本音を吐露させ続けるエリクは、右腕に力を込めてアリアを胸に抱き締める。
 その言葉を聞いたアリアは小さな溜息を漏らし、微笑みを絶やさずに伝えた。

「……私と、考えてる事は一緒ね」

「……!」

「私は、エリクが生きていてくれれば、それで良かったのよ。……例え、自分を犠牲にしてでもね」

「……ッ!!」

「その結果がこの有様だと、笑い事では無いけれど。……私的には、それで大満足よ」

「……ダメだ。そんなのは、ダメに決まっている……ッ!!」

「……エリク、貴方は生きている。……貴方の人生は、貴方が歩むモノなのよ」

「違う! ……俺は、君が居なければ、何処にも行けない……ッ!! 生きる意味も――……ッ!?」

 アリアの言葉を拒むエリクは、自身が生きる意味さえ失っている言葉を漏らそうとする。
 その時、アリアは目を見開き左頬に触れていた右手を僅かに離し、強めにエリクの頬を叩いた。

 突如として叩かれた事に驚き呆然とするエリクに、アリアは鋭く怒った口調で話を続ける。

「――……エリク。自分の命をかろんじる貴方を、私がどう思うか分かるわね?」

「……君も、同じじゃないか……。君だって、自分を犠牲に……!!」

「自暴自棄なって自分の命を投げ出そうとするだけの貴方と、生きる為の算段として犠牲を払った私を、一緒にしないで」

「!」

「私は、既に死んでるの。……それを受け入れなさい。そして貴方は、貴方の為に生きる道を探すの。……それが、貴方の雇用主としての、最後の命令よ」

「……そんな事、俺には出来ない……。見つけられない……」

「出来るわ」

「何故……!?」

「だって貴方は、私の英雄ヒーローだもの」

「……!」

「私が悩んだり、苦しんでたりしている時に。傍に居て、私を守りながら見てくれる。……いつだって貴方は、私の英雄ヒーローだったのよ」

「……俺は……ッ」

「みんなに、自慢したかったのよね。私の英雄ヒーローは、とても真っ直ぐで、素晴らしい人なんだってことをね」

「……ッ」

 アリアはそう述べながら最後にエリクの左頬を撫でた後、右腕を下に下げる。
 そして自身の胸に両手を当てると、胸の中心に薄く光る青い魔法陣が浮き彫りになった。

 それが死霊術を形成し死者の魂であるアリアを現世に留めている事が、今のエリクには理解できる。
 それに手を触れ白い光を両手に宿したアリアは、最後にエリクの泣き顔を見ながら伝えた。

「……ありがとう、エリク。……さようなら」

「……」

「最後くらい、挨拶しなさいよ。……黙ったままのお別れは、寂しいわ」

「……アリア。……向こうで、いつか会おう……」

「……そっか、そうね。……でも、すぐに来たら許さないからね?」

「ああ……」

 エリクは別れを述べず、輪廻むこうで再び会える事を望み伝える。
 それに呆れながらも頷いたアリアは瞳を閉じ、両手の光を胸に押し当てながら魔法陣が薄く消失させた。

 アリアはその後、両手から力を失くし腕を垂らすように下げる。
 そして表情は眠るように静かになり、呼吸を始めとした体の動きを止め、ただそこには冷たい体だけが残っていた。

 エリクはアリアの金色の髪に顔を近付け、右腕で抱きながら再び涙を零す。
 こうしてアリアは死霊術の呪縛を自身で解き、本当に死者となったのだった。
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