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螺旋編 五章:螺旋の戦争
掴む者
しおりを挟む聖剣に魂を宿すユグナリスによって刻まれた『七聖痕』によって、炎に包まれた『悪魔』は身に宿す瘴気を全て焼失させる。
そしてケイルの持つ赤い魔剣を依り代に、『火』と成ったユグナリスは永い眠りに入った。
『神』や『悪魔』ですら無くなったアルトリアは、瘴気を燃やし尽くされる。
そして焦げた瘴気を破るように藻掻き、身を伏した状態で瓦礫の上に、まるで息絶えたように倒れ込んだ。
消えるユグナリスと倒れるアルトリアの姿を、遠巻きに身を置いていたアレクは確認する。
そして負傷し痛めた身体を動かし、深手を負った部分に自身で治癒魔法を施しながら近付いた。
「――……聖痕で、瘴気の気配が完全に消えてる。……流石です、ユグナリスさん……」
アレクは『悪魔』から生み出され身に宿していた瘴気が完全に消え失せている事を確認し、ケイルを見ながらユグナリスに賛辞を贈る。
そしてケイルの方に歩み寄りながら身体を抱え持つと、倒れるアルトリアを見ながら寂しそうな表情で呟いた。
「……死霊術でアリアお姉さんの魂は現世に留まっていた。……その呪縛が既に無く、聖痕の炎で魂に植え付けられた『悪魔』の種と根が燃え尽きた。……アリアさんは、もう……」
そう語り呟くアレクは、倒れ伏すアルトリアがもう動く事は無いと察する。
そしてアルトリアから目を逸らしながらケイルを抱えて移動しながら、箱舟二号機がある方角を確認した。
箱舟を襲っていた黒い竜巻は『悪魔』の焼失と同時に消え失せ、瘴気を含んだ黒い砂も瞬く間に焼けるように全て消失している。
それによって箱舟近辺の生存者達が危機を脱した事を悟ったアレクは安堵の溜息を漏らしながら、大きく傷付いたマギルスやエリクのいる場所まで赴き、治癒を施そうと考えていた。
「……ありがとうございます。エリクさん、マギルスさん。……それに、リディア叔母さんも……」
アレクはそう呟きながら三人に感謝を述べ、アルトリアの死で寂しさを宿す表情ながらも口元を微笑ませる。
この時、アレクは完全に全ての事が終わったと思っていた。
だからこそ、まだ事が終わっていない状況である事を察せられない。
それが形としてアレクに襲い掛かったのは、その背後から鋭く細い白い光線がアレクの右肺を貫いた時だった。
「――……え……? ……ッ!!」
アレクは白い光線に貫かれた熱さを感じ取った瞬間、初めて自分が右胸を貫かれたのだと察する。
その痛みと数秒後に訪れる身体の揺らぎで前に倒れながらもケイルを庇い、口から僅かな吐血を見せながら驚愕した表情で振り返った。
その時に、信じられない光景がアレクの目に入る。
それはあり得ない人物が立ち上がり、アレクに向けて人差し指を向けている光景だった。
「……アリア、お姉さん……ッ!?」
「――……許さない……。絶対に……お前達は……ッ!!」
そこに立っていたのは、死霊術の呪縛と悪魔の種からも解放され、死者に戻ったはずのアルトリア。
その肌は血の気を失くし一層の白さを見せながらも、確実に青い瞳を見開き身体を動かしながら、明確な敵意を持ってアレクに攻撃をした事が分かった。
「なんで……? ガフ、ハァ……ッ!! ……死霊術も、悪魔の種も消えたはずなのに、なんで……!?」
「……死霊術が解けたなんて、言った覚えはないわよ」
「……まさか……!!」
「死霊術の秘術なら、私も使えるのよ……」
「……自分の魂に、死霊術を施したなんて……。そんな事が……!」
アルトリアが死者でありながら立ち上がる光景を目にし、アレクはその手段を察し驚愕する。
『死霊術』は、死者の魂を現世に留める秘術。
それを施す死霊術師が死者に対して秘術を用いる事はあっても、その死霊術を死霊術師自身が施したという前例はアレクが知る限り存在しない。
だからこそ、死んだアルトリアに死霊術を施した術者を殺せば、その死霊術の呪縛は解ける。
残るは魂に宿らせた『悪魔』の種を除去する事で、アルトリアは死者に戻ると確信さえ抱いていた。
しかし解けた死霊術の呪縛を自分自身の魂に再び施していたアルトリアの行動を、アレクは予想できていなかった。
「……クッ!!」
アレクは右肺を貫かれながらも立ち上がり、起き上がったアルトリアと対峙しようとする。
しかしそれを阻むように、アルトリアは自身の両手に集めた魔力をアレクに向けて大出力で放った。
「――……死ねぇえええッ!!」
「――……ッ!!」
放たれた白い魔力の砲撃は、起き上がるアレクと同時に倒れ伏すケイルを巻き込むように放たれる。
それを察しケイルを抱え避ける時間が無い事を悟ったアレクは、自身の身体を盾にするようにケイルを庇った。
そして白く巨大な魔力砲撃が、アレクに直撃しケイルを巻き込む形で吹き飛ばす。
その威力と衝撃で周囲の瓦礫が四散しながら消滅し、土埃が舞う中でアルトリアは砲撃を放った場所を鋭く睨んだ。
「……ふっ、アハ……ッ。……アハハハッ!!」
「――……」
アルトリアの目に映ったのは、瓦礫の中に埋もれるように倒れ伏すアレクとケイルの姿。
特にアレクは、ケイルを庇った為に背中を削り取られたかのような深手を負い、血を流しながら瀕死の状態で気を失っていた。
健在だったアレクが瀕死であり自己治癒も施せない状態だと確認したアルトリアは、短く高笑いを上げながらもすぐに鋭く厳しい表情に戻る。
そして遠くで倒れ伏すマギルスや二人から視線を逸らし、最も近くで倒れている人物が居る場所に視線を向けた。
「……一人ずつ、確実に……消す……ッ!!」
「――……ゥ……ッ」
アルトリアが視線を向けたのは、砲撃で生み出した窪みの中心に倒れている瀕死のエリク。
他の三名に比べて最も近くに居たエリクを先に始末しようと、アルトリアは身体を揺らしながら一歩ずつ進んで窪みを降りた。
そしてアルトリアは血に塗れ倒れるエリクを見下ろしながら跨り、自身の両手をエリクの首に据え掴む。
更に両手に魔力を集め、エリクの肉体と魂を消滅させる為の準備を始めた。
その時、エリクは薄く瞼を開く。
そして目の前で自分の首を絞め掴むアルトリアを確認すると、右手で掴んでいた大剣の柄を離してアリアの左腕に触れた。
「……アリ……ア……」
「その名で私を呼ぶなと、何度言えば……ッ!!」
「……俺にとって……君はやはり、アリアだ……」
「黙れッ!!」
「……ッ」
「お前の魂を破壊して、肉体も消滅させるッ!! お前の仲間達も、ここに居る全員もッ!! 私の居場所を奪い、夢を壊した人類を全員、この世から消すッ!!」
「……すまない……」
「!」
「……君を、守れなかった……。……君を、一人にしてしまった……。……君の全てを、奪ってしまった……」
「……ッ!!」
「……君になら、俺は殺されていい。……すまなかった……」
謝りながら自身の死を受け入れるエリクは瞼を閉じ、アルトリアは歯を食い縛りながら首を掴む力を強める。
それに僅かな息苦しさを感じ始めた時、エリクは自身の顔に何かが滴り落ちた事に気付いた。
エリクが再び瞳を開けると、アルトリアの青い瞳から涙が溢れ流れる事に気付く。
それにはアルトリア自身も驚愕した様子であり、不可解に流れる自身の涙に怒鳴り声を上げた。
「――……なんで、なんでよ……ッ!!」
「……」
「なんで、涙なんか出るのよ……!! 私は、コイツを殺したいのに……!!」
「……!」
「もう、私は死んでるのに……ッ!! 生きていないのに……!! ……なんで、涙なんかが……!! ……胸もこんなに、苦しくなるのよ……ッ!!」
「……アリア……」
「ウルサイッ!!」
「……ッ」
「お前が憎いッ!! 殺したいッ!! ……なのに、なんで……ッ!!」
アルトリアはそう叫びながらも涙を溢れさせ、エリクの身体や顔に零れ落ちさせる。
その反面、首を絞め息苦しさが強くなるエリクは右腕を降ろし、薄れる意識と共に瞳を閉じようとした。
その時、エリクは自身の魂から発せられる声を聞く。
それはエリクにとって、瞳を再び開ける程に驚愕すべき声だった。
『――……まったく、呆れるわ。貴方にも、そして私自身にも』
「……!?」
『コイツの事は、私に任せなさい』
魂から響く声がそう述べると同時に、エリクの胸部分から光を纏った半透明な細い右腕が出現する。
突如として出現した右腕はアルトリアの胸を掴む勢いで伸び、その身体を通過しながら胸の内部に在る何かを掴んだ。
アルトリアは自身に及んだ異変に気付き、エリクから伸びる半透明の腕に気付く。
そして思わず身を退いた時、半透明な人物も引かれながらその全貌を見せた。
「……な……っ!?」
『――……やっと掴めたわ。私の魂をね』
「……アリア……?」
エリクの魂から出現し、アルトリアの魂を掴み取った透明な人物。
それは魂を賭して死者の怨念と瘴気を消失させたはずの、アリアの魂だった。
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