582 / 1,360
螺旋編 五章:螺旋の戦争
青の行い
しおりを挟むエリクとアリアが協力し、死者の魂を幽閉し瘴気を溢れ出させる赤い核を破壊しようとしていた頃。
箱舟二号機の内部では、ある人物達があるやり取りを行っていた。
様々な負傷者達が運び込まれた、箱舟の医務室とその周辺。
そこには同盟国軍の兵士と闘士達は医術や回復魔法の心得がある者達によって治療を受けながらも、多くの者達が止血帯や補うように裂かれた布を巻いて血を滲ませながら呻き声などを漏らしていた。
その医務室に繋がる廊下にも、壁や床に設けられた固定台に様々な怪我人達が置かれている。
そしてその中には、『神』と戦い手足を失った『青』も横に寝かされていた。
「――……む……?」
その『青』が再び瞳を緩やかに開き、横目で何かを視認する。
そこにはある人物が座りながら、『青』に対して治療を施していた。
それは亜麻色の髪と黄色い闘着を纏った青年、マシラ共和国の王となったアレクサンデル=ガラント=マシラ。
『青』には『神』が放った攻撃で黒い霧状の腐敗が進行し手足の傷を蝕み続けていたが、アレクサンデルはそれを晴らすようにある魔法で排除し、手足の傷を塞ぐ治癒を行っていた。
そして瞳を開けて自分を見ている『青』に気付いたアレクは、額に汗を浮かべながら話し掛ける。
「――……あっ、起きましたか?」
「……お前は……」
「今、貴方の手足に施された魔力効果を解いています。痛むと思いますが、我慢してください」
「……ッ」
アレクはそう言いながら、手足の傷を塞ぎ腐らせる黒い霧を僅かずつ解いていく。
それは黒い霧によって傷みすら感じなくなっていた『青』の手足に、痛覚を戻り始めていた
そうした施術を行うアレクの髪を見た『青』は、青年の正体を即座に察する。
「……その髪、マシラの一族か」
「え? そうですが……」
「そうか。……懐かしいな」
「?」
「う……ッ!!」
「あっ、すいません!」
『青』の奇妙な言葉にアレクは首を傾げたが、それが集中力を欠き黒い霧の解除が遅れてしまう。
苦痛を強めた『青』に気付きそれを詫びながら、アレクは解除と治癒を同時に行った。
そして数分後、『青』の手足から黒い霧が消失する。
更に傷口が塞がれた中で、『青』はアレクの両手に嵌められた手袋に刻まれた魔法式を見た後に話し掛けた。
「……すまぬな。マシラの末裔よ」
「いえ。……あの、貴方は? 僕達の一族を知っているのですか?」
「……マシラはかつて、儂と共に七大聖人となった男だった」
「え……?」
「初代『黄』の七大聖人マシラ。死者と語らい輪廻と現世を行き交う、世界の理を守護する者。それがマシラだった」
「……マシラ一族が、七大聖人の末裔……? 貴方は、いったい……」
「……う……ッ」
「あっ、ダメですよ! そんな重傷で――……」
自身の祖先とも言える人物を話す『青』に、アレクは不思議そうな表情を浮かべる。
そして上体を起こそうとする『青』に気付き、横にするよう抑えようとした。
しかしその直後、手足を失い傷が塞がれたはずの『青』の身体に青い魔力が纏われる。
それが失った手足の先に集まると、その青い光が肌色に変化しながら手足を形作った。
そして『青』は形作られた青い手足を使って起き上がり、その場に立ち上がる。
それを見たアレクは驚愕する声を漏らし、目を見開きながら『青』を見上げた。
「これは……!?」
「儂の魂が、儂の姿を覚え形作る。肉体など、所詮は魂を収める器に過ぎん」
「……貴方は、本当に何者なんですか……!?」
「ただの魔導師だ。……ここは?」
「あっ、えっと……箱舟の中です。ここは医務室で、僕は治癒魔法を使えるので怪我人の治療を手伝っていました」
「先程の治癒魔法、テクラノスから習ったものだな」
「え……。何故、テクラノスのことを……!?」
「弟子の式は、見れば分かる。……一命の礼節は、弁えねばなるまい」
『青』は扉が開けられた医務室とその中や周辺に倒れ横たわる負傷者達を見ながら、そう呟く。
そして壁に背を座り固定されている怪我人を見て歩み寄り、その後をアレクは追うように立ち上がった。
『青』はその怪我人の状態を僅かに観察し、青い魔力で形作られた左手を翳す。
すると怪我人の身体に青い魔力が纏わり、魔導人形の砲撃によって受けた負傷が瞬く間に治癒された。
「!?」
「次だ」
「ちょ、ちょっと……!」
『青』は次の怪我人の場所まで歩み寄ろうとし、アレクはそれに驚きながら後を追った。
こうして『青』は数秒にも満たない時間で怪我人達を治療し、医務室の外に居た者達は全て治されてしまう。
それぞれに付き添い医療していた者達は『青』の所業に驚き、怪我人達ですら重傷だった自分達を一瞬で治され呆然としてしまう。
『青』はそれを見渡し怪我人が居ない事を確認すると、次は医務室の中に向かった。
「――……なるほど。多いな」
医務室の中には多くの数十人以上の負傷者が溢れ、医療班以外にも衛生兵や兵士達が治療に当たっている。
そうした光景を目にした『青』は一度だけ息を吸い、医務室内の天井と壁、更に床へ青い魔法陣を築き描いた。
「……!?」
「な、なんだ……!?」
医務室内で治療にあたっていた者達は周囲に浮かんだ魔法陣に気付き、驚きを浮かべる。
そしてその驚きが警戒に変わるより早く、『青』は言葉を呟いた。
「――……『白鯨の息吹』」
「……!?」
『青』がそう呟いた瞬間、六方に築かれた魔法陣が青い輝きを強める。
そして魔法陣内から白い風が生み出され、医務室の全てにそれが満遍なく行き渡った。
それが負傷者全員に浴びせられ、白い光を身体に纏わせる。
すると軽症者から瀕死の重傷者までもが、その傷を一瞬で治癒され元の身体の身体に戻ってしまった。
それを後ろから見ていたアレクは、あまりの驚きで呆然としながら呟く。
「……凄い。ここにいる負傷者の全てを、一瞬で……」
「――……これを、お前に対する礼としよう。マシラの末裔よ」
「え……。そ、そんな! むしろ、皆を治してくれた礼を言うのは、こちらでは――……」
「儂は、儂の誓約に従ったまでだ」
そう言いながら医務室から出ようと歩みを進めた『青』だったが、何かに気付き横目を向ける
それに気付きアレクも同じ場所を見ると、そこにはある人物が横たわっていた。
身体中に黒い刺青が刻まれた、褐色肌の黒髪の青年。
明らかに他の負傷兵達と出で立ちが違う青年の姿を見た『青』は、目を細めながら呟いた。
「――……そうか、箱庭《あそこ》から出したのか」
「え……。彼も、知っているんですか?」
「ああ。……あの者しかいないのか?」
「あの者しか……?」
「――……アンタが、ここに居る皆を治療してくれたのか?」
「む?」
『青』の質問にアレクは答えられず、悩む姿を見せる。
そんな二人に対して、後ろから声を掛ける人物が現れた。
それは今回の侵攻作戦で、同盟国軍で第八部隊の隊長を務めていた兵士であり、それは刺青の青年をここまで運び込んだ張本人でもある。
そんな第八部隊の隊長が、頭を下げながら『青』に礼を述べた。
「アンタが治療してくれたのなら、感謝する。ありがとう」
「礼は要らん」
「そうはいかん。……それと、あの青年を知ってるのか?」
「うむ。……儂が保護しておった、聖人の子だ」
「え……!?」
「聖人の、子……?」
『青』が述べる言葉に第八部隊の隊長とアレクは、更に驚きを浮かべる。
そして『青』は床で寝かされている青年の近くまで歩み寄り、屈みながら更に述べた。
「――……儂は世界中から、生まれながらに聖人に生まれた子を集め、箱庭に保護しておった」
「!?」
「生まれながらに聖人だった子は、歳の経ち方が遅く、育ちが悪い病であると誤解され捨てられる事が多い。そうした子供達を儂は組織を通じて探し、保護していた」
「……まさか、あの子供達全員が……聖人……!?」
「やはり、他の子供等も連れて来ているのか」
「あ、ああ。……待ってくれ。ということは、アンタは……!?」
『青』の話を聞き、子供達の事を知る第八部隊の隊長は驚きを浮かべる。
それと同時に彼等が何処に居たかを思い出すと、目の前に居る青髪の男が何者なのかを徐々に察し始めた。
「――……!?」
その時、刺青の青年が瞼を動かし瞳を開ける。
そして跳び起きるように上半身を起こし、傍に立つ『青』を見た。
「……こ、ここは……。お前は……!?」
「目覚めたか」
『青』は目覚めた青年にそう呼び掛け、口元を僅かに微笑ませる。
しかし対する青年は『青』を警戒するように視線を鋭くさせ、身体を起こし一歩だけ引いた場所に立った。
こうして箱舟二号機の内部でも、新たな物事が動き始める。
それは【結社】という組織を築き、影の中で世界に暗躍していた『青』に繋がる因果とも呼べるモノだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
379
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる