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螺旋編 五章:螺旋の戦争
並び飛ぶ者達
しおりを挟む万策尽きたかに見えた赤い核の破壊は、グラドの通信によって新たな手段が開かれる。
グラドが搭乗してる破損の大きい箱舟三号機には、ある兵器が積まれていた。
その兵器が試作品として出来上がったのは、この侵攻作戦が開始される一ヶ月程前。
まだアスラント同盟国の地下基地内にて、ケイルがエリクの解放を求めてシルエスカと戦い、マギルスが精神武装を考案する為に悩んでいた頃。
開発部局長の肩書きを持つクロエは、グラドを含めた数名の兵士達と技師達と共に試作された兵器の幾つかを紹介していた。
『――……で、これが小さな徹甲弾を発射する、通称ロケットランチャー。それを私なりに改良して弾頭の威力と射出速度・距離を増してるから、一兵士が使えば新型の魔導人形くらいは破壊できるよ』
『おぉ……』
『凄い! これなら、兵士一人で新型が倒せる!』
『この作りなら、ある程度の数を作戦前に作れますね』
『すぐ、兵士達が扱えるよう訓練を!』
『待て待て、作れる数も限りがあるんだ。訓練するにしても、実弾を使うのは控えないと――……』
クロエは自身の手でロケットランチャーの扱い方と性能を兵士達や技師達に見せ、その破壊力の高さに一同を関心させる。
そしてそれぞれがクロエが書いた設計図と必要な素材などを確認し、侵攻作戦までに出来る限り量産し兵士達に扱えるよう訓練を施す事を思案しながら言い合っていた。
そうした傍らで、クロエの横に近付いたグラドが溜息を一つ吐き出しながら話し掛ける。
『……戦車といい、あの箱舟といい。相変わらず、珍妙な武器を作ったもんだなぁ』
『今度の作戦で、兵士の皆に少しでも役立つ武器があればと思ってね』
『そりゃ、こちらとしては助かるがな。……今の時代だからこそ、アンタは俺達にとっちゃ必要な存在だ』
『今の時代じゃなければ、私の知識は不必要……いや、必要悪ということかな?』
『……否定はしないがね。もし俺の若い頃にこんな武器が作られて何処かの戦争で使ってると思ったら、ゾッとするぜ』
『その感覚は、大事にした方が良いね』
グラドがそう話す言葉に、クロエは頷きながら同意する。
数多の武器を開発するクロエの技術力と知識は、この暗雲とした状況の中では大きな光明となっていた。
しかしその反面、あまりにも強力な武器を短期間の内に開発し用意できてしまうというのは、平和の世であれば大きな危惧を他者に与えてしまう。
クロエがまさにそうした存在であり、今この場でこうして居られる状況が混迷とした世界であるおかげだと、グラドは考えていた。
そんなグラドが用意されている机を見て、その上に置いてある一つの青い液体が入った容器を見る。
クロエはそれに気付き、微笑みながらグラドが見ている兵器について話した。
『――……アレ、気になるかい?』
『あ、ああ。……なんだ、これ?』
『グラド将軍は、ヒルという生物を知ってる?』
『……あの、湿地帯の沼とかにいる、ウニョウニョした血を吸うヤツか?』
『そうだね。これは、そのヒルから分泌されるモノを真似て作ったんだ。ヒルは血を吸う為に動物なんかに噛み付くんだけど、その時に分泌するヒルジンというモノが傷を塞ぐ血の凝固を妨げて、血を流し続けさせてしまう』
『ほぉ。確かにヒルに噛まれた場所は、なかなか血が止まらないってのは聞いたなぁ』
『この容器の中に入っている液体は、そのヒルジンに似た効果を魔法薬液で再現し試作したんだよ。簡単に名付けるとしたら、抗魔力凝固剤かな』
『はぁ……!? なんで、そんなモンを……』
『抗魔力凝固剤は実際のヒルジンと違って、魔力が通った魔法に効くんだ』
『……魔法に?』
『例えば、魔法で結界を作る。その結界を壊しても、すぐに魔力で修復されてしまう。そんな相手と戦う事になったとしよう』
『……厄介そうな相手だ』
『そうだね。でも、相手の結界をこちらの武器で壊せる。なら修復さえさせなければ、倒せる相手でもある。そう思わないかい?』
『確かに、そうだな』
『そんな相手と戦う時に、この抗魔力凝固剤を結界に浴びせる。するとヒルジンを塗られた人体と同じように抗魔力凝固剤を浴びた魔法の結界が破損すると、魔力の形成を妨げて修復させないようにするんだ』
『!』
『その性質上、そうする必要が無い相手や傷を付けられるモノじゃなければ抗魔力凝固剤を使う意味は無い。使う場面は、一撃で破壊できないようなモノが修復機能を持ってた場合に使うといいのかもね』
『……その抗魔力凝固剤ってのは、その量だけしかないのか?』
『いや? 使えるかなと思って、調整している三号機の青いコンテナに入れてあるね』
『おいおい、元帥と議長の許可は?』
『内緒さ。――……グラド将軍、一つ貴方にお願いしておこう』
『お願い?』
『もしかしたら、抗魔力凝固剤を使う機会が出る時が来るかもしれない。……そうなったら、それを必要とする人に貴方が届けてあげて』
『俺が……?』
『そういう未来が、ある気がするんだ。……それじゃあ、よろしくね』
クロエはそう言いながら微笑み、言い合いをしている技師や兵士達へ仲裁に入る。
その言葉を聞いたグラドは訝し気な表情を浮かべながらも、机の上に置かれた青色の抗魔力凝固剤を眺めた。
グラドはその抗魔力凝固剤という兵器が箱舟三号機に積み込まれていた事を思い出し、その用意を行う。
そしてエリクが放つ斬撃が赤い核を破壊できず、箱舟二号機の攻撃も停止した様子を見て、抗魔力凝固剤が必要になると判断した。
『――……というわけで。局長が作ったその抗魔力凝固剤ってのが、三号機の箱舟に積まれてるんですわ』
「……クロエ。まさかこの未来を、本当に視ていたのか……」
エリクが返却した通信機の音量をシルエスカは大きくさせ、その場に居る全員にグラドの話が聞こえるようにする。
抗魔力凝固剤に関する話を聞いたシルエスカは、クロエがこの未来を見通していた事を悟った。
そして改めて、グラドはシルエスカに自身の提案する作戦を伝える。
『この抗魔力凝固剤なんですがね。青色のコンテナ一杯にデカい容器で詰め込まれてましたよ。まったく、突入時や魔導人形共に攻撃を受けた時に漏れ出てなくて、良かったと安心したくらいだ』
「!」
『全部で、ざっと一トンくらいの量ですかね。――……これをエリクが作った核の亀裂に浴びせて、修復できないようにすれば……』
「……修復されない核を、破壊できる……!」
『ただ、問題が一つ』
「……?」
『抗魔力凝固剤をどうやって、核に浴びせるかなんですがね。三号機で核の真上まで行きクレーンでコンテナを掴んで、格納庫の扉を開けて核に浴びせるのは、ちょいと時間が掛かる』
「……確かに」
『それに、もう時間が無い。悠長に真上まで移動して抗魔力凝固剤をクレーンで運びながら流してたんじゃ、瘴気ってのが都市から地表に漏れ出て手遅れになっちまう』
「……」
『――……なので。三号機はこのまま抗魔力凝固剤を持って、あの核に突っ込みます』
「!?」
「!!」
グラドがそうした提案をした事で、シルエスカとエリクが表情を強張らせる。
しかしその強張りを否定するように、グラドは言葉を付け加えた。
『勿論、こっちに乗ってる人員は二号機に移しますよ。箱舟は自動操縦で突っ込ませる。すぐに人員を降下させるんで、受け止めてもらっていいですか?』
「……分かった。二号機と擦れ違う際に一時停止し、乗務員達を我々が居る甲板まで降ろさせろ」
『了解。――……エリク、聞いてるか?』
「ああ」
『そういうわけだ。核に抗魔力凝固剤を箱舟ごとぶっかけるから、お前はその後に核を破壊してくれ』
「分かった」
『頼むぜ、親友』
「ああ」
そう笑った声で述べるグラドの声に、エリクは頷いて見せる。
それを見ていたアリアやシルエスカも互いに頷き合い、後ろから近付く箱舟|三号機に気付いた。
そして箱舟二号機に覆い被さるように三号機が近付き、その横壁に備わっている小さな扉口が開かれる。
そこから三号機に乗っていた整備班が一人ずつ飛び降り、背中に抱え持った降下用のパラシュートを開いた。
合計で二十五名の整備班が降下し、辛うじて落下速度を減速した状態で三号機の甲板に転がりながら着地する。
それを助けるようにシルエスカは甲板の上を走り風に流される整備班達を掴み止め、干支衆達やエリク達もそれに加わった。
「――……あ、ありがとうございます!」
「いや……。……グラドは?」
「え? 将軍なら、俺達の後に降りるって……」
誰も降下しなくなった後、エリクは掴み止めた一人にグラドの事を聞き甲板の上を見渡す。
その中にグラドの姿は無く、全員が十代から二十代の若者達ばかりだった。
そしてシルエスカが付け直した通信機に、グラドの声が届く。
『――……全員、そっちに移りましたな!』
「ああ。……待て、グラド将軍。お前、今どこに――……」
『俺は今、艦橋に戻ってますよ』
「なんだと……!?」
『自動操縦で突っ込ませようって話になったんですがね。ちょっと不安なんで、俺がギリギリまで操縦しながら突っ込ませます』
「無茶をするな! お前もすぐにこっちに――……」
『アレは、確実にぶっ壊さなきゃいけないもんだ。でしょ?』
「……ッ」
『若い奴等に言うと、自分も残るとか言い出しそうだったんでね。……嘘を吐いて降ろしたのは、後で俺が謝っときますんで』
「……分かった。――……人員を中に入れろ! 怪我をした者は医務室まで行け! 二号機は三号機の突入を援護する!」
シルエスカはグラドの意思を汲み取り、その場に居る全員に大声で内部へ移動するよう伝える。
三号機の突入を援護させる為に二号機を動かす指示も行い、その場に居る全員を引率するように備えられた扉を開けた。
そうして人員を内部に収容させていく中で、エリクがシルエスカに近付いて尋ねる。
「――……グラドが降りていない。どういうことだ?」
「グラドはギリギリまで、箱舟を操縦する」
「!」
「突入に問題が無ければ、すぐにグラドも降下する。上手くすれば、二号機の船体に乗れられるはずだ」
「……通信機を」
「どうする気だ?」
「グラドと連絡を取り合うには、必要だ」
「……確かに、そうだな」
シルエスカにそう頼んだエリクは、通信機を受け取る。
そして自身の左耳に装着した後に、グラドに向けて声を届けた。
「――……グラド。無茶はするな」
『エリクか? 分かってるっての。俺が死ぬ時は、老衰だって決めてんだ』
「そうか。なら、まだ平気だな」
『当たり前だぜ。――……それじゃあ、よろしく頼むぜ』
「ああ。――……アリア、頼む」
「ええ」
グラドと通信越しに話しながら、上を通過する箱舟三号機の姿をエリクは見る。
そして隣に歩み戻ったアリアに顔を向けて頼むと、再びアリアの身体を掴みながら六枚の白い翼によって二人は飛翔した。
シルエスカや干支衆達はそれを見送り、船内へ移動する。
こうして核を破壊し幽閉された魂と瘴気の浄化を行う為に、グラドが操縦する箱舟三号機と並ぶアリアとエリクは、僅かに白む夜空を飛んだ。
この時、浮遊都市の高度は三キロを下回る。
瘴気に満たされた聖杯が地表に辿り着くまで、あと五分程の時間しか残されていなかった。
応援ありがとうございます!
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