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螺旋編 五章:螺旋の戦争
最後の万策
しおりを挟む赤い核の破壊に加わったエリクは、上空から急降下し振り下した黒い大剣と纏わせた巨大な気力斬撃で攻撃を行う。
それは溢れ出る瘴気を吹き飛ばし、斬撃を直撃させた部分を砕き裂く尋常ではない威力と衝撃を与えた。
その直後、エリクは目を見開きながら亀裂が入った部分を見て驚愕する。
砕け割れた部分が漏れ出る赤い霧で埋められ、亀裂を瞬く間に修復させていたのだ。
「――……瘴気が、核を直しているのか……ッ!!」
エリクは亀裂の修復現象を核そのものが起こしていると察し、更に大剣と腕に力を込めて気力斬撃を押し込む。
それによって再び亀裂が生まれたが、それも瞬く間に瘴気によって修復されてしまった。
その時、エリクは半透明の赤い核の内部で何かが蠢ていることに気付く。
その蠢きが次第に人の顔に見える形となり、エリクの瞳に映り込みながらある声が耳に届いた。
『――……ォ……ァ……』
「……!!」
『くる、しい……』
『あつい……すごく、あついよぉ……』
『たすけて……誰か……』
『……もう、殺して……』
『――……ギャアアアアッ!!』
『痛い……痛いよ……』
『パパ……ママ……どこぉ……?』
「……これは、この核にいる者達の……!?」
エリクは耳に届く悲痛な声が、核の中に囚われた死者の魂であると悟る。
その声はエリクが握る大剣に更に力を込めさせ、どうにか砕き割ろうとした。
しかし、エリクの耳に新たな死者の声が届く。
それは先程と違った、負の感情を宿した怨念の声だった。
『――……憎い、憎い……!!』
『許さない……!!』
『アイツ、俺を見捨ててやがったんだッ!!』
『お願いしたのに! 私も、あの子も殺したッ!!』
『僕から、お父さんもお母さんも、友達も、全部を奪った!!』
『どうして俺達が、こんな目に……!!』
『なんで私が死んで、お前達みたいなのが生きてるの……!?』
「……!!」
『――……お前達も……』
『俺達と――……』
『――……同じように……』
『死んでよぉおおオオオオオオオオッ!!』
「ッ!?」
その怨念達の声は、負の感情に支配され生者を強く憎む者になっている。
そして怨念達の意思を反映させたかのように、核内部からエリクの周囲に凄まじい量の赤い瘴気が放たれ始めた。
それはエリクの気力斬撃の衝撃に吹き飛ばされず、四方を囲むように迫る。
エリクは思わず大剣を薙ぎ核に直撃させ、自分自身の身体を吹き飛ばしながら後ろへ下がった。
しかし意思を持つかのような赤い霧状の瘴気が、エリクを追い包もうとする。
空中で逃げ場の無いエリクだった、その瘴気の霧を突き破るように六枚の白い翼に包まれたアリアがエリクの身を包み込み、瘴気の包囲網を突っ切って脱出した。
そして再び身体を抱き掴まれたアリアは、核を見るエリクに問い掛ける。
「大丈夫!? 浴びてないわよね!?」
「ああ。――……核は、凄まじい速さで直されている。一撃で、完全に破壊しなければ……」
「それ、貴方に出来る?」
「……難しい。さっきのが全力だった」
「そう。……貴方以上の攻撃でアレを破壊できる人が、この場にいるかしら……」
「……箱舟に行こう」
「え?」
「あそこには、強い者達がいる。全員でやれば……」
「……そうね。もう、それしかないわね」
エリクの言葉にアリアは同意し、瘴気が溢れ出る核から再び離れる。
そして箱舟二号機の方へ向かい飛び、合流を図ろうとした。
そうして向かう最中、エリクは先程の事をアリアに伝える。
「――……さっき、閉じ込められていた死者達の声が聞こえた」
「!」
「苦しんでいた。……そして、俺達のように生きている者を、強く憎んでいた」
「……まぁ、そうなるでしょうね」
「あの瘴気は、その憎しみから生まれている。……そして、俺達を殺そうとしている」
「……」
「俺が砕き割ろうとするのも、その死者達が修復させ邪魔をした……」
「エリク。貴方はただ、あの核を破壊する事に集中しなさい」
「……君は、アレを全て浄化できるのか?」
「ええ。――……浄化って、どういうモノか分かる?」
「……いや」
「浄化なんて聞こえはいいけど、結局は高めた魔力と生命力を押し当てて、瘴気という物質を滅するだけの行為なのよ」
「!」
「浄化は決して、救いの光ではない。浄化したとしても、それは瘴気を取り除くだけの行為なの。――……だから生者に憎悪を抱く死者の魂が、瘴気を生み出し続ける事もある」
「……それじゃあ、どうすれば……」
「それを防ぐのが、輪廻と呼ばれる死者の世界。あそこで死者の魂は瘴気を生み出さないよう、幸せな夢を見続ける」
「夢……。そうか、あれが……」
「私達が出来るのは、死者の魂を幽閉している核を破壊し、瘴気を払って魂達を輪廻へ導く事だけよ」
「……分かった」
アリアの言葉にエリクは頷き、死者の憎しみを割り切る事で自身の目的を見つめ直す。
そうした様子を見せるエリクへ僅かに微笑みを浮かべたアリアは視線を前に戻し、箱舟が浮かぶ場所に向かった。
丁度その時、箱舟側は核《コア》に攻撃を加えた新たな人物の登場に気付き、一時的に攻撃を止めている。
そして向かって来る白い光を視認すると、箱舟の真上に立つシルエスカの耳に艦橋からの通信が届いた。
『――……げ、元帥! 白い光が、こちらに来ます!』
「見えている」
『各銃座と砲塔に、対応させますか!?』
「……見極めたい。攻撃はするな」
『は、はい!』
シルエスカの命令に艦橋の人員は応え、各砲塔と機銃に白い光を攻撃しないように告げる。
そして白い光が箱舟の真上で留まり、緩やかに降下しながらシルエスカと干支衆が居る装甲の上に降り立った。
そして白い光を帯びた翼の中から出て来たのは、翼の持ち主であるアリアと、黒い大剣を持つエリク。
その二人の前に歩み出たシルエスカは、アリアを鋭く睨んだ後にエリクの方を見た。
「――……先程、膨大な生命力で核に攻撃を加えたのは、エリクか?」
「ああ」
「そうか。……『青』の言う通り、姿は昔のアルトリアだな」
「……」
エリクに状況を聞いたシルエスカは、再び睨むようにアリアを見る。
それに真っ直ぐと堂々とした姿で対応するアリアに、シルエスカは再び状況を聞いた。
「……今のお前は?」
「悪魔になって、向こうでユグナリスと戦ってるわ」
「悪魔だと……!?」
「今はそんなこと、どうでもいいはずよ。――……シルエスカ、あの中に封じられた魂と溢れ出る瘴気は、全て私が浄化するわ」
「!」
「でも、エリクの全力でも完全に破壊できなかった。オマケに砕いても溢れ出る瘴気で、瞬く間に核が修復されてしまう」
「……」
「核を完全に砕き割るには、更に強い衝撃と威力を加えないとどうしようもない。……そちら出せる最高戦力で、エリクと協力して核を破壊してほしいの」
「……ッ」
「……シルエスカ?」
「……残念だが、既にこちらの万策は尽きている」
「!」
「我も、そして干支衆も、全力で攻撃を加えた。だがエリクのように、核へ傷すら与えられていない。……アズマ国の者達も、既に戦いで大半の生命力を失い、あのエリク以上の攻撃は出来ないだろう」
「……」
「核を破壊できる兵器や手段が、もう我々には無い。……お前とエリクだけが、唯一の希望だった」
シルエスカはそう述べ、自身の無力を嘆かず秘めた表情で話す。
それを受けたアリアは干支衆をの方を見て、彼等も同じように大きく疲弊している様子を悟った。
顔を横に向けたアリアは、エリクと視線を交わす。
そして互いに口を開き掛けた時、シルエスカの耳にある通信が届いた。
「――……グラド将軍? どうしたんだ」
「……?」
「……ああ、分かった。……グラドがエリクに、話があると言っている。通信機は?」
「壊れた」
「なら、我のを使え」
沈んでいたシルエスカの口からグラドの名が出ると、エリクは尋ねるように聞く。
すると自身の左耳に取り付けていた通信機を離し、エリクに手渡した。
それを受け取ったエリクは左耳に通信機を付け、グラドの声を聴く。
『――……エリク、聞こえるか?』
「グラド? どうした」
『さっきの攻撃、お前さんだろ? こっちまで見えたぜ』
「ああ」
『だが、核を破壊できなかったようだな』
「ああ。砕けはしたが、すぐに修復してしまった」
『そうか。――……俺が乗ってる箱舟に、一つ良い物がある』
「良い物……?」
『局長が作った試作品なんだがな。それとお前の力があれば、あの核を破壊できるかもしれん』
「!」
『賭けだが、やってみるか?』
「……ああ、頼む」
『俺達の箱舟をそちらに近付ける。元帥にも伝えておいてくれ』
「分かった」
グラドの提案を聞いたエリクは、通信機を返しながらシルエスカに情報を伝える。
その情報にシルエスカとアリアは共に目を見開いたが、万策が尽きた状態で自分達に手段が無い以上、グラドが述べる事を信じて箱舟三号機が到着するのを待つしかなかった。
そして通信機を返されたシルエスカの耳に、艦橋からの情報が届く。
『――……元帥! 都市の高度が、五キロを下回りました! 落下までの時間、凡そ十分!』
「分かった。……グラドの提案が失敗すれば、地表は瘴気に侵され全滅する」
「……」
「この最後の賭けに、我々も乗ろう」
シルエスカはそう応じて頷き、エリクとアリアへ協力する事を承諾する。
こうして残された時間が短い中で、各々が世界を救う為に出来る事を策を巡らせる。
それは未来に進む為に残された、唯一の手段だった。
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