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螺旋編 五章:螺旋の戦争
総攻撃
しおりを挟む『聖剣』ガラハットを構え飛翔するユグナリスは、『悪魔』に聖痕を刻みその力を消失させていく。
聖痕の楔に因って弱体化した『悪魔』は残る左腕と左脚を死守しながら、『火』となったユグナリスに接戦を強いられていた。
そうして『悪魔』が動けない状況の中で、箱舟二号機は決死の魔導砲撃を赤い核に敢行している。
それが一分以上も継続する中で、シルエスカが指揮する艦橋内で新たな状況報告が為された。
「――……元帥! 魔力薬液動力機関の残量、二割を切りましたッ!! あと二十秒以内に、一割を切ります!」
「これ以上の照射を続ければ、箱舟の浮遊機能にも影響を及ぼしますッ!!」
「障壁、船体強度を維持できません! このままでは、砲撃の衝撃で船体そのものが崩壊しますッ!!」
それぞれの艦橋員が、魔導砲撃の継続で及ぼす箱舟の状況を教え伝える。
一分前には五割程まで残っていた箱舟の魔力斬力が既に二割を下回り、自身で放つ魔導砲撃の衝撃に障壁が耐えきれず船体の崩壊を招いていた。
それを聞いたシルエスカは、苦々しい表情を浮かべながら一人の艦橋員に怒鳴り聞く。
「……核の破壊は、確認できているか!?」
「まだですッ!!」
「残量、一割を切ります!」
「障壁、消失! ……船体に亀裂が発生! 元帥ッ!!」
「――……主砲、照射を停止ッ!!」
「照射、停止します!」
そして魔力残量を限界まで使い果たした箱舟の悲鳴を艦橋員が伝え、シルエスカは止むを得ず魔導砲撃の照射を停止させる。
砲撃手はそれに応じて照射を停止させ、夜空を走る虹色の砲撃は鳴り止んだ。
箱舟二号機の外壁に小規模ながらも亀裂が走り、剥がれた装甲が下の都市に落下していく。
そして限界まで照射し続けた主砲の先端は溶けるように爛れて、限界を迎えていた。
そうした箱舟の状況を二の次に、シルエスカは観測士に呼び掛ける。
「核は!?」
「すぐに確認します!」
「亀裂が生じた船体の補修は、出来る限り内部でやらせろ! ――……魔力残量の補填は、どの程度で出来る?」
「全ての動力機関に備えた魔石の交換と調整作業は、ニ十分ほど掛かります!」
「一号機の乗務員達にも作業を手伝わせ、十分以内で終わらせろ! ――……確認は出来たか?」
「……核の形状を確認。……破壊、出来ていません。損害も、無いように見えます……」
「……ッ」
「そんな……」
観測士の報告を聞いたシルエスカと艦橋員達は、聳え立つ黒い塔に備わる赤い核を見る。
高威力を誇る箱舟の主砲は通じず、核の表面に傷すら与えられていない事に、全員が落胆と絶望の表情を強めた。
そんな艦橋員達に、シルエスカは新たな命令を飛ばす。
「――……箱舟を核に接近させろ! 各砲塔、各機銃で攻撃を与え続ける!」
「!」
「し、しかし……」
「このまま座して、世界の滅びを見る気か!? ……少しでも可能性があるのなら、攻撃の手を緩めるなッ!!」
「……はいッ!!」
「都市の高度は?」
「十キロを下回っています! 地表までの落下時間、凡そニ十分!」
「障壁は船体強度の維持に集中させ、速度を緩めながら進め! 各砲塔と各機銃には射程距離に入り次第、攻撃させるよう伝えろ!」
「はい!」
シルエスカの命令を艦橋員達は聞き届け、各々が船内の人員に命令を伝え届ける。
そうして箱舟二号機は満身創痍ながらも前進し、黒い塔とその上に備わる赤い核を破壊する為に向かった。
その時、艦橋員の一人が画面に映る白い光を目にする。
そしてその情報は、すぐにシルエスカに伝えられた。
「――……元帥! 前方から、白い光が向かってきます!」
「!」
「白……。ならば、復活したというアルトリアか……」
「どうしますか!? 砲塔と機銃に、撃墜を――……」
「……アレは無視しろ! 我々はあくまで、瘴気を放ち魂を幽閉する核の破壊を最優先とする!」
「りょ、了解!」
「ただし、奴がこちらに攻撃の意思を見せたら撃ち落とせ。……弾の無駄かもしれないがな」
シルエスカはそう命じて呟いた後、艦橋の扉へ歩み寄っていく。
それを見た艦長が、止めるようにシルエスカに呼び掛けた。
「元帥、何処へ!?」
「ここの指揮は、艦長に任せた。――……微力かもしれないが、我も攻撃に加わる」
「!」
シルエスカはそう述べ、腰に携えた長槍と短槍を両手で引き抜きながら艦橋を出て行く。
それを見送った艦長はすぐに前を向き、改めて箱舟二号機の指揮を取った。
そうした中で、六枚の白い翼で羽ばたき赤い核の近くまで飛翔して来たアリアは、向かい側から迫る箱舟の姿を視認する。
そして改めて箱舟の目的が赤い核を破壊する事だと察したが、それでも苦々しい表情を浮かべて黒い塔の方を見下ろした。
「――……駄目だわ。あの箱舟の兵装じゃ、核は破壊できない。……なら、私が解析して核そのものを解体すれば――……」
アリアはそう述べ、右手に持つ短杖を赤い核に向ける。
そして集中するように瞳を閉じた後、短杖が白い魔力を帯び始めた。
しかし次の瞬間、嫌な音がアリアに聞こえる。
それは亀裂が走る短杖と嵌め込まれた白い魔玉が軋みを上げた音であり、思わずアリアは目を見開き魔法での解体を中止した。
「……杖も限界ね。……このまま続けて核を解体できても、溢れる瘴気と魂の浄化までは出来ない。あの核が破壊されない限り、手も足も出せないなんて……。……我ながら情けないわ」
アリアは自身の魂を宿らせた短杖が、『悪魔』に負わされた亀裂に因って限界だと知る。
そして無理に赤い核の解体しても、幽閉された魂と放たれる瘴気の浄化まで短杖が耐え切れず崩壊する事を悟った。
そうした状況で箱舟が核に近付き、ついに各砲塔が砲撃を始める。
直径で二百メートルを超える赤い核は箱舟よりも巨大であり、それに浴びせられる物理的な砲撃は微々たる衝撃しか与えられない。
それでも回り込みながら更に近付く箱舟から、機銃の斉射も始まる。
しかしそれも砲塔以上に効果は薄く、それを上空から見下ろすアリアは苦々しい表情を見せた。
「……やっぱり、駄目……ん? アレは……」
その時、砲撃と銃撃を続ける箱舟の船体真上に、数名の人影をアリアは視認する。
そうした行動をする者達の中には箱舟の真上に白く巨大な魔力球を生み出し、それを赤い核に蹴り放った者がいた。
「――……いっけぇッ!!」
それは箱舟二号機に乗り込まされていた、干支衆の『兎』を冠する少女ハナ。
彼女は自身の真上に生み出した巨大な魔力球を跳躍しながら蹴り放ち、凄まじい豪速と高威力の魔力球で核の破壊を試みていた。
「――……うぉおおらぁああッ!!」
更に同じ干支衆である『虎』のインドラが魔人化させた肉体を更に逞しくさせ、太い剛腕と剛脚で目にも止まらぬ速さで薙ぐ。
すると巨大な魔力斬撃が四つも生み出され、それぞれが赤い核を斬り裂こうと襲い掛かった。
その二人の遠距離攻撃が、赤い核に直撃する。
凄まじい轟音と衝撃が巻き起こりながらも、攻撃を加えた張本人達には面白くない現実が姿を見せていた。
「――……えぇ、嘘でしょ……!? 私の全力なのに……」
「チッ、欠けてすらいねぇぞ……!?」
凄まじい魔力攻撃を二人は放ちながらも、赤い核を傷付けられない。
そうした二人の下から天井扉を開け、同じ干支衆の『牛』であるバズディールが身を乗り出し、船体の真上に足を着けた。
そして先に上がって攻撃を加えていた二人を見渡し、赤い核を見てバズディールは呟く。
「……私では、攻撃は無理だな」
「バズの突進は強いけど、流石に瘴気の中に突っ込むのはマズいでしょ?」
「俺達に任せとけよ。――……うぉおらぁああッ!!」
「はぁああッ!!」
遠距離攻撃の手段を持たないバズディールを慰めるような言い方をしながら、他の二人は攻撃を続ける。
そしてバズディールが出て来た天井扉《ハッチ》から、更に一人が飛び出すように出て来た。
それは艦橋の指揮から離れたシルエスカであり、風で靡く赤い髪を揺らしながら長槍と短槍を合わせた一本の赤槍を携えている。
そして真正面に聳える核を睨み、赤槍を投擲する構えを見せた。
更に助走を加え船体の前端まで凄まじい速度で駆け、船体の装甲を陥没させる程に左足を踏み込ませる。
それに合わせ右手に持った赤槍が炎を灯し、身体全体を使って凄まじい速度で投げ放った。
「――……『穿つ紅蓮の槍』ッ!!」
シルエスカという発射台によって投げ放たれた赤槍は、赤い流星の如く夜空を駆ける。
そして音速すら超えた炎を纏わせた赤槍が、赤い核に直撃した。
直撃と同時に凄まじい衝撃が赤い核に与えられ、漏れ流れていた瘴気が波打つように乱れる。
しかしシルエスカと干支衆達は、その結果を否応なく見せられた。
「――……クソッ」
「……ダメかぁ」
「アレ、本当に壊せるのかよ……?」
「……ッ」
悪態を吐くシルエスカは、赤槍が直撃した部分を目にする。
そこには亀裂どころか欠けた様子すら見えず、赤い核の健在ぶりが見せられるだけだった。
箱舟の乗務員達を始め、干支衆や赤槍を失ったシルエスカは圧倒的な強度を誇る核に絶望感を深める。
魔鋼と同程度の強度を持つ為に破壊できず、更に瘴気を満たし地表を汚染しようとする赤い核を誰も止める事が出来ない。
その様子を上空から見ていたアリアは苦々しい表情を浮かべると、逸らすように流した視線を赤い瘴気に満たされていく都市に向ける。
そこに映った光景の中に、ある人影が信じられない場所から駆け上がっている事に気付いた。
「――……まさか、エリク……!?」
アリアが驚き思わず声を漏らしたのは、大剣を右手に持ちながら足で駆けるエリク。
しかしその場所は赤い核が備えられた巨大な黒い塔の九十度に近い傾斜面であり、エリクは流れ落ちる瘴気の隙間を掻い潜りながら凄まじい速度で駆け昇っていた。
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