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螺旋編 五章:螺旋の戦争
迎える鬼才
しおりを挟む死者の世界で懐かしい人々に背中を押されたエリクは、白い大門を潜り抜ける。
眩い光の中を目を閉じながら歩いたエリクが再び目を開けた時、そこは以前にも訪れた白い世界に佇んでいた。
「……ここは、俺の魂か……」
『――……戻って来やがったか』
「!」
エリクは後ろから響く声を聞き、ゆっくりと振り向く。
そこにはいつものように、あの鬼神フォウルが背中を見せながら白い地面へ寝転がっていた。
その見慣れた赤く大きな背中を見ながら、エリクはフォウルに話し掛ける。
「……待っていたのか?」
『別に。もう少し戻るのが遅けりゃ、俺も向こう逝きだったがな』
「そうか。……アリアは?」
『色々やってるぜ。テメェが死んでる間にな』
「そうか」
エリクは周囲を見渡し、同じ魂に居た制約のアリアを探す。
しかしその姿は見えず、また何処にも居ない事で、納得しながら頷いた。
それを背中越しに応じていたフォウルは寝転がる姿勢から起き上がり、背中を見せて座った状態のまま呆れた声を漏らし話を続ける。
『――……んで、お前はどうする?』
「……」
『このまま戻って、あの嬢ちゃんを殺すか?』
「……いいや」
『まだ、あんな嬢ちゃんを守るなんて言うつもりか?』
「……向こうで、考えるなと言われた。守りたいモノがあるなら、ただ守れと」
『……』
「俺は今まで、アリアをどう守るべきかを、ずっと考えていた。――……それは、無駄な事だったと思うか?」
『さぁな』
「そうか」
『……少し、昔話をしてやる』
「?」
フォウルは少し悩んだ様子を見せながら、そう呟く。
それを聞いたエリクは首を僅かに傾げ、フォウルの話を聞いた。
『昔、緑の肌をした一匹の小鬼がいた』
「……ごぶりん?」
『魔族の一種族だ。魔族の中じゃ、人間より小さいし力も弱いし、最弱な部類だな』
「……」
『そいつは何故か、魔大陸の砂漠にいた。砂漠で死なない為に、ただ必死に襲って来る魔物や喰える魔獣を狩って、生き残り続けた』
「……」
『そうしてる間に十数年も経って、いつの間にかその小鬼は身体がデカくなり、大鬼ってのになってた』
「……進化した、というヤツか」
『ああ。――……丁度その頃、そいつはあるドワーフの爺さんに会った』
「……ドワーフ。それも、魔族だったか?」
『そうだ。そのドワーフの爺を大鬼は襲ったが、クソ強くて返り討ちに遭った。殺されるかと思ったが、その爺さんは半殺しにしたその大鬼を、どういうわけかトドメも刺さずに助けやがった』
「……」
『そして助けられた大鬼も、どういうワケかその爺さんにくっ付いて、砂漠を出る事にした。……そして世界中を旅しながら、爺さんが使う素材集めをやらされた』
「……!」
『崖に生えた苔を取って来いだと言いながら標高五千メートル以上の断崖絶壁を降りろだの、猛毒の沼や溶岩を泳いで渡れだの、挙句に魔大陸で最強の覇王龍の鱗を剥ぎ取れだの、魔獣王の毛を毟り取れだの、散々なことばっかその大鬼はやらされた』
「……そ、そうか」
『大鬼は生きるのに必死で、世界なんぞどうでもいいと思ってた。……なのにどういうわけか、そんな旅が楽しくなっていた』
「……」
『色んな奴が居て、色んな物がある。……次はどんな世界が見れるのか、ワクワクした』
「……!!」
その話を聞いていたエリクは、まるで自分とアリアの話を聞かされているように思える。
しかしフォウルがそうした事を話しているわけではないと分かっていながらも、彼の口から語られる大鬼がどうしようも自分と重なった。
『俺は爺さんに、色々と仕込まれた。……おかげで、大抵の事には驚かなくなったし、大抵の相手には勝てるようになった。あの爺や、到達者共を除いてな』
「……」
『だがそんな旅も、百年くらいして終わった。その爺さんの故郷って場所に辿り着いてな』
「故郷……」
『昔、そこはドワーフ達が棲んでた山でな。爺さんみたいなドワーフ共が、色んなモンを作って国を興してやがった。……ただその場所は、人間の国に狙われていた』
「……!」
『当時の人間共は、亜人や魔族と呼ばれてる連中に排他的だった。その頃には、まだ人間が住む場所にも、魔族や亜人が棲んでたからな。……人間共はそういう亜人や魔族を捕まえて、奴隷みたいな虜囚として扱き使うのが狙いだったらしい。そいつ等と関わってた人間も、道連れに捕まったり殺されたりしていた』
「……」
『人間共はドワーフの技術力と山の資源を狙ってた。そしてドワーフの国を頼って、多くの亜人や魔族達、そしてそいつ等と共存していた人間達が、ドワーフの国に逃げて来た。……ドワーフの物資を食い潰させる為に、人間共にワザと集められたとも知らずにな』
「……」
『ドワーフは魔族の中でも、そこそこ長命で腕っぷしも強いが、数は少ない。だから国にある食い物だけじゃ、助けを求めて来た連中全てに行き渡らない。……それに対して、人間共は数が多い上に準備は万全。オマケに聖人がそこそこいて、かなり手強い。……十分に勝算があると思った人間は、疲弊したドワーフの国に攻め込んだ』
「……ッ」
『ドワーフ共や戦えそうな連中は必死に対抗したが、当時の亜人や魔人達はそこまで強くない。それに消耗戦を強いた人間の作戦と物量に、負けそうだった。……大鬼はその時に、ドワーフの国に居た。だから加勢しようとしたが、爺さんに止められた。これはお前の戦いじゃないってな』
「……」
『だが大鬼は爺さんの言葉を無視して、人間の軍が布陣してる場所に突っ込んで、殺しまくった』
「!」
『目についた連中は問答無用で薙ぎ払い、聖人共と一緒に数十万くらいは軽く殺したかもな』
「……」
『その大鬼を恐れた人間共は、兵を引いた。……そして大鬼は、いつの間にか全身が赤い肌に変わっていた。まるで、人間共の血が染み込んだみたいにな』
「……ドワーフの国は、助かったのか?」
『ああ。……だが大鬼は爺さんと仲違いし別れて、ドワーフの国を出た。……そして、一人で人間の国々へ攻め込んだ』
「……!?」
『人間共を殺しながら捕まってた亜人や魔族を助け出し、その大鬼はドワーフの国に近い人間の国を乗っ取った。……そしてそこを、亜人の国にした』
「……まさか、それが……」
『そう、フォウル国だ』
エリクは話を聞き、フォウル国の成り立ちを知る。
それは目の前の大鬼が一人で人間達と戦い、多くの亜人や魔族を助け出し、国を得たという話。
話を聞く限りでは簡単そうに聞こえるが、それをたった一人で成し遂げたという話はあまりにも現実味が薄い。
それでもエリクは、それが本当の話だと分かる。
目の前に鬼神フォウルがどれ程の強さなのかを、自分の身体で味わっていたからだ。
『――……と言っても、その国はドワーフの国とくっ付いて、拠点をそっちに移すんだがな』
「え……?」
『粗方の亜人達と魔族達を助け出した後で、その国に全部が収まらなかったんだよ。だからドワーフの国を本拠地にして使える土地を広げて、合併したってとこか』
「がっぺい……」
『だから本当は、今のフォウル国は元々ドワーフの国でもある。それがどういうワケか、そんな大鬼を鬼神だのと奉った名前まで付けやがって……。居心地が悪いんで、結局その大鬼は魔大陸に戻っちまった』
「……」
『……話が大分、逸れちまったな。あー、なんだ。何が言いたいかって言うとだな……』
「……?」
『――……お前は、何もかも捨ててでも、何かを守りたいと思ったんだろ?』
「!」
『そのくらいの覚悟が出来てるんなら、グダグダ悩む必要も無いって話だ。違うか?』
「……確かに、そうだな」
『お前の精神と技術を、ここで叩き直した。……だが、肉体の強さだけは魂で鍛えられん。今のお前が戻っても、強さは変わらん』
「……」
『それでも、戻るか?』
「……ああ」
『そうか。――……んじゃ、俺は寝る。後は勝手にやってろ』
「ああ。……ありがとう」
『ケッ』
フォウルはそう言いながら再び身体を横に倒し、背中しか見せずにそのまま眠る。
それを見届けたエリクは頭を深く下げた後、白い空間の中で顔を上げた。
その時、上から金色の光を纏った人の姿をした何かが現れる。
それを見たエリクは懐かしさを感じ、白い空間に降り立ったその人物に声を掛けた。
「……アリア」
『――……おかえり、エリク』
現れたのは、エリクの魂に存在する制約のアリア。
しかし制約のアリアは笑みを浮かべた後に歩み寄ると、エリクの顔面に有無を言わさず右手のビンタを喰らわせた。
「……!?」
『――……私が怒ってないと思う? すっごく怒ってるわよ。理由は分かる?』
「……ああ」
『じゃあ、聞かせて。……死んでどうするつもりだったのよ?』
「……すまない」
『謝るだけじゃ分からないでしょ!』
「……今の君を孤独にし、苦しめた原因は俺だと思った。……俺では、今の君を守れないと思った」
『だから諦めて、大人しく今の私に殺されたってこと?』
「ああ」
『私、何度も怒鳴ってたわよね? 今の私に触れて人格を流し込み廃人にすれば、事態を解決できたかもしれないよ? なのに、なんで――……』
「……今の君から、また全てを奪いたくなかった」
『!』
「……すまない」
『……馬鹿よ、貴方は……』
「よく言われる」
『褒めてないからね?』
「分かってる」
制約のアリアとエリクはそう話し、互いの中に在った蟠りを放つ。
そうしてアリアは神妙な表情から口元を微笑ませ、互いに目を合わせて次の話に移った。
『――……はい。これでこの話はお終いよ!』
「……いいのか?」
『良くは無いわ。でも前にも言ったけど、制約に過ぎない私が、貴方の意思まで制限なんて出来ないもの』
「……すまん」
『もう謝らなくていいわ。――……その代わり、意識が戻ったら貴方にやってほしい事があるの』
「?」
『今、貴方の身体の傍にあるモノが置いてある。それで私が教える魔法陣を床に書いて、傍に置いてある黒い人形と一緒にそれも魔法陣の中心に載せて』
「……何をするんだ?」
『貴方は今の私を殺す気も無いし、止める気も無いんでしょ?』
「……ああ」
『だったら、もう今の私を止められるのは、この世に一人しかいないじゃない?』
「……?」
制約のアリアが述べる言葉を、エリクは首を傾げて理解できない。
そんなエリクの表情を見ながら不敵な笑みを浮かべた制約のアリアは、自分に向けて親指を突き付けた。
『――……私はね、天才なのよ』
そう述べる制約のアリアは、エリクにある魔法陣を教える。
一人で間違い無く描けるようになるまで何度も教えられた後、エリクは魂の世界から自身の肉体に帰還した。
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