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螺旋編 五章:螺旋の戦争

油断の罰

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 死者の世界で追憶にも似た体験をするエリクは、生前より若返ったワーグナーや、既に亡くなっているはずのマチルダを目にする。
 その中で最も驚きを深めたのは、死んだはずのガルドがいつものように憮然とした態度で、自分の目の前に現れた時だった。

 不可解な驚きを見せていたエリクは、背中を見せて酒を飲むガルドへ歩み寄る。
 そしてワーグナーの隣に立ち、ガルドに話し掛けた。

「……ガルド……?」

「なんだ、どうした?」

「本当に、ガルドか?」

「……なに言ってんだ、コイツ?」

「今日のエリク、少しおかしいんすよ」

 エリクの疑問の言葉に、訝し気な顔をするガルドとワーグナーは首を傾げる。
 そうした中でエリクは僅かに首を横に振り、頭を揺らしながら改めて話し掛けた。

「……いや、すまない」

「エリク、お前……本当に大丈夫かよ? 今日の仕事、やれそうか?」

「大丈夫だ。……仕事は、何をやるんだったか?」

「やっぱ聞いてねぇじゃねぇか! いつも通り、王都付近に魔物が出たってんで、それを退治にだよ」

「……他の団員は?」

「ほとんどの連中は、家族だの身内の手伝いで出払ってるさ。最近は戦争だのヤバい魔獣の出現報告も無い。冬も近いし、身軽な俺等とおやっさんで手早く終わらせちまおう」

「そうなのか……」

 エリクはワーグナーとそう話し、今現在の状況を聞く。
 閑散とした詰め所内の様子で他の傭兵達が出払った状態である理由が分かりながらも、何か違和感を持つエリクはガルドに改めて聞いた。

「俺とワーグナーと、三人だけでいいのか?」

「ああ」

「魔物の規模は分かっているのか?」

「規模って程じゃねぇ。群れを成すタイプじゃない。精々が、つがい連れ程度だろ。……どうした? 珍しくまともなこと言いやがって」

「……」

「場所が場所だ。夜に動く魔物を誘き出して倒し、朝には帰る。それで終《しま》いだ」

「……そうか。分かった」

 ガルドの言葉を聞いたエリクは、そのまま頷き応える。
 そうして三人は夜までに出発する準備を整え、夕暮れを過ぎた頃に詰め所を出て、下町の門を潜り王都の外へ出た。

 そうした道中、エリクは夕暮れが沈み星が見え始める夜空を見上げる。
 そんなエリクの様子を見ながら、ワーグナーは隣から話し掛けた。

「――……お前ってさ。たまにそうやって、空を見てるよな」

「そうか?」

「そうだよ。なんだ、空がそんなに好きか?」

「……どうだろう。分からない」

「そっか。俺はどっちかって言うと、お日様が昇った青い空が好きなんだがな」

「そうか」

「――……テメェ等。グダグダ喋ってねぇで、ちゃんと警戒しとけ!」

「は、はい!」

「分かった」 

 呑気に話し合う二人を叱るガルドは、前を歩きながら悪態を吐く。
 それにいつも通り微妙な笑みを浮かべるワーグナーと気にする様子の無いエリクは、目的地である森へ辿り着いた。

 そこでグラドは慎重に森に踏み込みながら、二人に話す。

「――……今回の魔物ヤツは夜行性だ。夜なのに目も良い。闇に目を慣らしとけ」
 
「了解」

「ああ」

「ワーグナーは援護だ。その手甲の弩弓ボウガン、上手く使えよ」

「分かってます」

「エリクは索敵だ。獲物を感じたら教えろ」

「分かった」

 二人はそうしてグラドの指示を聞き、森の奥へ踏み込んでいく。
 冬が近く落ち葉が多い森の中で、僅かに柔らかい土を踏み擦りながら音を立てずに歩く中で、エリクが二人に呼び掛けた。

「――……何か、木の上にいる」

「!」

「来る!」

「!?」

 エリクの言葉と視線に合わせて、二人は上を見上げる。
 そして進んだ先にある木の上で、僅かに風を切る音が聞こえた。

 それを聞いた瞬間、エリクが叫ぶと同時にガルドと共に別方向へ跳ぶ。
 ワーグナーは木を壁にしながら隠れ、三人の間を何かが素早く通り地面を削りながら通り過ぎた。

「アレは……大梟ストリックか。しかも魔獣化してやがる……!」

 ガルドは自分達の間を飛び抜けた存在を視認し、その正体を二人にも教える。
 魔獣化し通常の梟よりも五倍以上の大きさになっている梟はその捕食対象の幅を広げ、更に自身の領域に踏み入った侵入者達を襲う習性を得ていた。

 しかし夜の暗闇に紛れて羽ばたく音が人間の耳には聞こえず、僅かに風を切る音が聞こえるだけ。
 そして再び木の上へ戻った大梟は再び飛び降りるように滑空し、木に隠れていたワーグナーに襲い掛かる。

「ワーグナー!」

「クッ!!」

 エリクの声で自分が狙われている事を察したワーグナーは、左手に手甲に備えた弩弓ボウガンの弦を弾き、矢を放つ。
 それを察知し空中で身を翻した大梟はワーグナーから逸れるように地面を滑空すると、その前にエリクが飛び出て腰に携えた剣を抜き突撃しながら振った。

「ッ!!」

「ホッホォッ!!」

 甲高くも野太い大梟の鳴き声がエリクの眼前に迫り、抜き放った剣と刃と大梟の足爪が激突する。
 大梟は横に両翼を羽ばたかせながらエリクの持つ剣を両足で掴み奪い、飛翔し退避した。

 剣を奪われたエリクは驚きながら上を見上げ、その場から跳んで後退する。
 その瞬間に大梟は翼を振り音を鳴らし、翼の羽根をナイフのようにエリクに投げ放ったのだ。

「クッ!!」

「おやっさん、やべぇ! コイツ、デカいくせに素早いッ!!」

「んな事、お前に言われるまでもねぇんだよ!」

 ワーグナーの言葉にガルドは悪態に近い返しを述べ、再び音を消した大梟が居る暗闇を見る。
 そして僅かに思考するガルドは、一つの策をエリクに実行させた。

「――……エリク!」

「?」

「もう一度、奴が突っ込んで来た時に、掴め!」

「分かった」

「えぇ!?」

「ワーグナー! テメェもやる事は分かるな!」 

「りょ、了解!」

 とても大雑把な作戦を伝えられたエリクとワーグナーだったが、その策に意を挟まず備える。
 そして予想通り、大梟が再び風を僅かに切る音を鳴らしながら突進して来る気配を感じ取ったエリクは、その前に出て胸に備えた防具を盾に、突っ込んで来た大梟の頭を両腕で掴み受け止めた。

 凄まじい衝撃を受けたエリクは痛みを堪え、二人に伝える。

「――……グゥ……ッ!! 掴んだ!」

「ホッホッホォッ!!」

「今だ!」

「ッ!!」

 掴み止められた大梟は喉を膨らませ大きく鳴き声を放ちながら暴れたが、それを逃さないようにエリクは掴む力を緩めない。
 そうした間に横から飛び出たガルドが抜き放った鉄剣で大梟の翼を切り落とし、更にその背後から横腹へ剣を突き入れ、大きく胴体を斬り裂いた。

 更に逆側からワーグナーが弩弓ボウガンの矢を至近距離から撃ち放ち、三本の矢が深々と大梟に突き刺さる。
 それによって大梟は弱々しい鳴き声を漏らし、崩れるように地面へ倒れ伏した。

 その音と様子を確認したワーグナーは、肩を揺らしながら呟く。

「……や、やれたか……!?」

「ああ」

「ふぅ……。いやぁ、こんなデカい大梟ストリックがいるなんてなぁ。エリク、大丈夫か?」

「防具が、少し歪んだ」

「普通、骨とか折れるとこだぜ? お前、どんだけ頑丈――……」

「――……馬鹿がッ!!」

「!?」

 二人が倒した大梟の傍に立ち話す様子に、ガルドが怒鳴りながら伝える。
 その言葉に始めは疑問を持った二人だったが、先に異変に気付いたのは再び風を切る音を聞いたエリクだった。

「!」

「もう一匹、来るぞッ!!」

「えっ!?」

 闇の中から再び風を切り、巨大な大梟が再び姿を見せる。
 その姿は先程の大梟よりも僅かに大きく、跳びながら構える足の爪を油断しているワーグナーに向けながら掴み裂こうとした。

「――……ホォオッ!!」

「オラァッ!!」

 その瞬間、襲い掛かろうとした大梟の真横からガルドが剣を突きながら突撃する。
 食い込んだ剣と巨体のガルドが衝突した事によってもう一匹の大梟は悲鳴を上げ、逸れる形で押されて木に衝突した。

 その拍子にガルドも突き刺さった剣を手放し転がると、すぐに顔を上げて身を起こす。
 そして大梟は長い翼を広げながら傷を与えたグラドを襲う為に、その翼を閉じて先程の個体と同じように羽根を投げ放とうとした。

 その翼を広げた瞬間、二人の後ろから跳び出すようにエリクは大梟に向けて迂回し走る。
 そしてグラドが突き刺した剣の柄を握ると、大袋の横腹を大きく斬り裂きながら上へ薙ぎ振った。

「ウォオオオッ!!」

「ホ――……ォ……」 

 そして大梟の心臓がある位置に、エリクは剣を突き入れる。
 大梟は僅かに鳴き声を漏らしながら身を崩し、後ろへ倒れ込んだ。

 その様子を暗闇ながらに見ていたワーグナーとガルドは、大梟の血を浴びたエリクに声を掛ける。

「エリク、大丈夫か!?」

「……ああ」

「よ、良かった……」

「――……この、馬鹿野郎共がッ!!」

 エリクの安否を確認し安堵を漏らしたワーグナーだったが、その横からガルドの怒号が飛ぶ。
 それを身震いしながら聞いたワーグナーとエリクは、ガルドの説教を受けた。

「言ったろうが! 獲物はつがいがいるかもしれんってよ!」

「は、はい……」

「油断しやがって! だからテメェ等は、半人前だってんだ!」

「……すまん」

「……ったく、間抜けを晒したペナルティだ。その梟、お前等だけで血抜きして毛を毟って、捌いて中の魔石も回収しろ」

「……えっ、今からっすか?」

「なんだ? 文句でもあるってか?」

「い、いえ! やらせていただきます!」

「エリク、テメェもだ。いいな?」

「分かった」

「んじゃ、森から出て近くの小川まで行くぞ。解体が終わるまで、都には戻らんからな」

「えぇー……」

「あ?」

「い、いえ! 何でもありません!」

 そう述べるガルドの説教と罰に、エリクもワーグナーも反論しない。
 二匹目の大梟を予期できず奇襲を受けたワーグナーは、自身の未熟を自覚してその罰を受け入れた。

 エリクも同じくそれを受け入れ、二人は大梟を荷物に入れていた荒縄で括りながら引きずり、森の外から出る。
 そして来る途中に在った小川へ向かい、そこで野宿する事となった。
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