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螺旋編 五章:螺旋の戦争
反逆の代償
しおりを挟む着陸している箱舟近辺での戦闘は、来援し駆け付けたフォウル国の干支衆や戻ったシルエスカ達によって辛うじて持ち堪えている。
そうした中で永遠と続く黒い人形達の襲撃に消耗し続けている同盟国軍の各兵士達を始め、アレクサンデルを担いだマシラ共和国の闘士達も箱舟二号機に退避を始めた。
しかし高い機動性と耐久性を見せる黒い人形に対処できる人員は少なく、また数多くの人間が集まる場所を優先的に狙う黒い人形達が迫る。
各人員の搭乗がまだ終えていない中で、無事な闘士達を援護する形で同盟国軍兵士達も箱舟周辺で応戦を続けていた。
「闘士達を援護しながら、乗り込ませるんだッ!!」
「箱舟はまだ出せないのか!?」
「それが、離陸できないと……!」
「なに!?」
「故障か! 損傷していたのか!?」
「いえ、魔力薬液動力機関が急に反応しなくなったと……。丁度、空が赤く光り始めた時期に……」
「……そうか! あの赤い光、まさか製造施設の赤い光と、同じなのか……!?」
襲撃を受けてニ十分以上が経過したにも関わらず、離陸しない箱舟二号機の状態を聞いた第三部隊の隊長が、魔導人形製造施設破壊の際に聞いていた現象と状況を照らし合わせる。
都市中央部に並び立つ黒い塔。
そこから放たれる赤い発光は、魔導人形製造施設の内部を照らしていた赤い光と同一の現象だと察したのだ。
魔力を用いた通信を阻害していたあの赤い光が、夜空さえ照らし赤く染める程の高出力の魔力を放ち、箱舟に備わる設備や施設の稼働を著しく妨害している。
特に箱舟を浮遊させる魔力薬液動力機関は外部から放出される赤い光の魔力の影響で、船内設備に投入されている魔力薬液が赤く染まり沈静化して何の反応も示さない。
その情報を知らない箱舟二号機の乗務員達は必死に離陸しようと試みていたが、何状況は改善せず焦りと不安を色濃くさせていたのだった。
「マズい、このままだと離陸できずに……!! 結界も張れないんじゃ!?」
「二号機の乗務員に原因を知らせろ! 一号機と三号機の乗務員にも手伝わせて、何とか対処させるんだッ!!」
「対処って、どうやって!?」
「とにかく、なんとかするしかない! ――……このままじゃ、全滅するぞッ!!」
同盟国軍の健在な隊長達は焦りを含んだ声で命じながら、その情報を箱舟二号機の乗務員達に伝えさせる。
そして乗り込んでいた一号機と三号機の整備班も緊急事態に加わり、何とか魔力薬液動力機関を起動させようと必死に動いた。
しかしそうしている間にも、防衛網を潜り抜けた黒い人形達は箱舟の周囲に迫る。
兵士達が持つ銃も砲撃も効かず、また箱舟に備わる機銃や砲塔も足止め以上の効果は得られず、凄まじい数で押し寄せ箱舟に押し寄せる黒い人形達に魔人達やシルエスカも全てに対処できない。
「――……クソッ!! 次から次へと!」
「ほんと、うじゃうじゃ多いなぁ……!」
「ウザってぇなぁ! 人形共ガァアアッ!!」
「このままでは、いずれ……」
「数で圧し負ける……!!」
シルエスカを始めとした魔人達もまた、まるで無限に押し寄せ迫る黒い人形達に苦渋の表情を見せる。
人形の一体一体は彼等の実力より遥かに劣りながらも、破壊出来ない上に一般兵より遥かに早く迫り的確に急所を突き狙いて狙う黒い人形達が数で押し寄せる事は、実力者達であっても十分な脅威だった。
少しでも気を抜けば、容易く分厚い鉄板すら余裕で斬り貫く黒剣が身体を貫く。
四方を完全に囲まれ孤立しながらも奮戦する各強者達は、疲弊する自分の体力と底のある魔力や生命力を管理し維持しながら戦うしかない。
それが出来なくなった瞬間、自分が死に自分に集中した人形達が箱舟の方へ向かう事を、それぞれが理解していた。
しかし彼等の奮闘も虚しく、ついに防衛網を突破した数十体の黒い人形達が箱舟二号機の正面と後方に回り込む。
そして機銃と砲塔の攻撃を掻い潜り、更に後部格納庫の出入り口の外側を守っていた兵士達や闘士達が襲われた。
「ギャアッ!!」
「き、来た!」
「武器を持てッ!!」
「コンテナも使うんだよッ!!」
格納庫内の兵士達はそれぞれが武器を持ち、負傷した兵士達も動ける者は無理に動いて銃を構え持つ。
そして外に居る兵士や闘士達の撤退を援護し、格納庫内で障害物になりそうな鉄箱を起重機で動かしながら出入り口である格納庫の外へ転がすように落とし、迫る黒い人形達に落としぶつけた。
それによって数体の人形達は圧し潰されるように鉄箱の下敷きとなるが、後続の黒い人形達がそれ等を跳び越え、守る兵士達と闘士達を殺害しながら内部へ侵入しようとする。
次の鉄箱を落下するのが間に合わない中で、各部隊の隊長達と兵士達は格納庫に乗り込もうとする黒い人形達に銃火器での迎撃を加えた。
「絶対に! 奴等を箱舟の中に入れるなッ!!」
「死んでも守れぇッ!!」
その怒声と共に兵士達は銃を撃ち放ち、黒い人形達を迎撃する。
しかし案の定、魔鋼で出来た人形達には銃弾は効かず、船内の侵攻を止められない。
格納庫の出入り口付近で十数人の兵士達が必死に応戦していたが、ついに黒い人形達が格納庫の内部へ乗り込み始めた。
「やっぱり無理か……ッ!!」
「――……コイツを、喰らえッ!!」
その時、一人の兵士が別の起重機に取り付けていた鉄箱を動かし、下がる兵士達を追う黒い人形達に衝突させる。
それにより格納庫の内壁を大きく歪ませ衝突した鉄箱だったが、黒い人形の数体を挟む事に成功した。
「だ、ダメだ!」
「来るッ!!」
しかし潜り抜けた数体の黒い人形達は、右腕を黒剣に変化させながら格納庫内の兵士達に迫る。
眼前に迫る黒い人形達を見て若い兵士達は涙を浮かべ怯み、それでも立ち向かおうとする闘士達や兵士達は最後の抵抗を行おうとした。
「――……?」
「……えっ!?」
しかし交戦しようとした直前、闘士達や兵士達は不可解な光景を目にする。
それは格納庫内に侵入した全ての黒い人形が白い光に包まれ、軋むように手足を震わせながら動けていない光景だった。
「こ、これは……?」
「――……下がっていろ」
「!」
「君は……!」
唖然して困惑する闘士や兵士達の後ろから、声を発して歩み出る人物がいる。
それに気付き周囲の者達が視線を向けると、そこには顔と手足に刺青を施されたあの青年がいた。
その青年は全身の黒い刺青を白く発光させながら、両腕を前に伸ばして黒い人形達に意識を向けている。
そして額に小さな血管を浮かべ、青年は大きく息を吐き出しながら両腕の刺青を更に光らせた。
「……ハァアアアッ!!」
「!?」
青年は唸り声を上げながら、力を込めた両腕を僅かに上げる。
すると軋み停止している黒い人形達は中空へ浮かび、青年の動きに合わせるように船外へ吹き飛ばされた。
「こ、これは……!」
「君が、やってくれたのか……?」
「――……ハァ……ッ」
「!」
「お、おい!」
「大丈夫か!?」
黒い人形を吹き飛ばした青年は、そのまま片膝を床に着けて倒れ掛ける。
それを見て青年を知っていた兵士達は、身を暗示ながら駆け寄った。
何らかの力を行使した青年は鼻や耳から血を流し、その数滴が床へ零れる。
それを見て駆け寄った兵士達は驚愕し、身を屈めながら青年に声を掛けた。
「君、その血は……?」
「……ただの、反動だ」
「反動……?」
「神の行いを、妨げたから……」
「!」
「……ッ」
青年は鼻から流れ出る血を右手で拭い、フラつく身体を立たせて格納庫の外へ歩み出ようとする。
それを支え止めるように、青年を知る第八部隊の隊長が掴み止めた。
「待て! いったい、君は何を……!?」
「……守るんだ」
「!」
「俺が、アイツ等の長だから……」
青年はそう言いながら第八部隊の隊長が掴む腕を振り払い、よろめきを留めながら格納庫の出入り口まで歩く。
それを追うように兵士達も走り、青年と共に外を見て再び迫る黒い人形達を見て厳しい表情を浮かべた。
「まだ来るのか……!!」
「……もう、乗る奴はいないのか?」
「!」
「いないのか?」
「あ、ああ。……強いて言えば、元帥達がまだ……」
「……なら、こうするしかない」
「!」
第八部隊の隊長に尋ねた青年は、再び全身に刻まれた刺青を白く輝かせる。
そして耳や鼻から流れ出滴る血を顎先で掬いながら右手の親指に付着させ、屈みながら格納庫の床に円形の構築式を刻み始めた。
「これは、魔法陣……?」
「……」
「ま、また来る!」
「ッ!!」
青年が書く魔法陣を目にした兵士達だったが、再び起き上がり迫る黒い人形達を目にする。
そして銃を構えて応戦しようとした瞬間、青年が血で描いた魔法陣を書き終えて光る両腕を魔法陣に付けた。
「――……『限られし楽園の場』」
「!」
青年の詠唱が聞こえると同時に、魔法陣の中心に白い夥しい光が生み出される。
その発光は強烈で、思わず兵士達は目を瞑った。
そして数秒後に目を開け、兵士達は発光が収まった周囲は身構えながら見渡す。
「――……こ、これは……!?」
「なんだ、これ……!?」
「……結界、なのか?」
格納庫に居る兵士達だけではなく、艦橋や外が見える機銃や砲塔に着いていた乗務員達もまた、箱舟二号機の周囲で起こった異変に気付く。
箱舟二号機の周囲百メートル圏内に目に見える形で白い鱗のような透明の膜が出現し、それが幾重にも重なりそれから放たれる光の粒子が繭のように周囲を覆っていた。
その外には黒い人形達が吹き飛ばされるように倒れ、起き上がる光景が見える。
そして起き上がり箱舟へ再び駆け出した黒い人形達だったが、覆う膜の結界によって物理的に進攻を阻まれ、黒剣で結界を傷付けても瞬く間に修復され、近付けない状態へ陥っていた。
「見ろ! 人形達が……」
「侵入、出来てない……!」
「あの結界のおかげか!」
「君がやってくれたんだな、ありが――……!?」
「……ごほっ、ゲハ……ッ」
兵士達は黒い人形達が近付けない様子を見て、歓喜の表情を見せる。
そして第八部隊の隊長は、恐らくその結界を敷いてくれたであろう青年の方を見た。
しかし青年は自身の血で描いた魔法陣の上に倒れ、今度は口から夥しい量の吐血を行う。
そして白い輝きを失った黒い刺青が手足を始めとし全身を覆うような広がりを見せ、青年は息も絶え絶えに身体を僅かに痙攣させていた。
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