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螺旋編 五章:螺旋の戦争

化物の生まれ方

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 三十年前、記憶を失い重傷の身でルクソード皇国に戻されたアリアは、一年後に意識を取り戻した。
 そして実兄セルジアスに引き取られ、ガルミッシュ帝国に帰還した身をローゼン公爵領で過ごす。

 しかし、その三年後。
 ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の国境くにざかいに設けられた交流都市の和平調印の式典は襲撃を受け、帝国と王国は互いに王族を失った。
 そして皇族のほとんどが消失した帝国の残存貴族達が神輿みこしに選んだのは、ローゼン公爵領で保護されていた記憶の無いアリアだった事がマギルスの前で明かされる。

 その顛末として王国と帝国の滅亡を招いたのがアリアの凶行であり、またその出来事から明らかにアリアの人格が歪んだ事を『青』は証言した。

「――……じゃあ、アリアお姉さんはさ。王国の人も、帝国の人も殺してから、皇国に自分で来たの?」

「違うな。……当時、アルトリアは荒れ狂っていた。それは人間大陸の危機と判断し、当時の七大聖人達が招集された」

「!」

「『赤』のシルエスカ、そして『黄』のミネルヴァ。『青』である新たな儂の肉体よりしろ。すぐに赴けた三名の七大聖人セブンスワンで、暴走するアルトリアを討つ為に一時的に共闘した」

「そうだったの?」

「……ッ」

「結果、儂等は敗れたがな」

「……え?」

 マギルスの問いにシルエスカは答えず、代わりに『青』が答えて結果を説く。
 その言葉に驚きを浮かべたマギルスは、続く『青』の話を聞いた。

「新たな肉体よりしろである『わし』はアルトリアに半身を滅せられ、シルエスカも瀕死の重傷を負い、あのミネルヴァすら屈服し自己転移で脱出した。……だがその直後、アルトリアは再び意識を失うように倒れ、生き残ったシルエスカがその身を封じて回収した」

「そうなの?」

「……ああ」

「じゃあ、アリアお姉さんが魔導国に自分でったっていうのは、どういうこと? ……なんか聞いてた話と、全然違うよ!」

 『青』の話に同意するシルエスカを見て、その話が真実である事をマギルスは納得する。
 そして問い詰めるように聞くマギルスの言葉に、シルエスカは渋い表情を見せながら答えた。

「……我々は、騙されたのだ」

「騙された?」

「記憶を失い、親類縁者を殺され、あまつさえ物事の是非を自分の意思では判断できぬアルトリアが暴走に至る事を、我やダニアスは予期できなかった。……そして皇城に設けた堅牢な牢獄に幽閉し、自分の行いを後悔するアルトリアの演技に、私達は騙された」

「……うわぁ、アリアお姉さんがやりそうな事だ」

「我々は四年余りの時間を通し、記憶を失い子供のように戻ってしまったアルトリアに、重い枷を背負わせてしまったのだと後悔した。……だから魔導国を通じて、アルトリアの贖罪の機会を与える事になった」

「じゃあ、アリアお姉さんは自分から魔導国に行ったんじゃなくて、シルエスカお姉さん達が大丈夫だって判断して送ったんだ?」

「その時には、奴隷紋をアルトリアに施していたんだ」

「でも、結局はそれも破られちゃったんでしょ?」

「……ッ」

「それで、『青』のおじさんは連れて来られた反省したフリをしたアリアお姉さんに騙されて裏切られて、全部を奪われちゃったわけだ」

「そうだ」

「『黄』のミネルヴァって人は、アリアお姉さんと戦った時には何かされて、味方になってるってことだね?」

「……」

「皆がアリアお姉さんに騙されて、こんな状況になっちゃったわけだ。――……アリアお姉さんをその時に殺しておけば、こんな事にはならなかったってことだね!」

「……」

 マギルスの率直な感想に、シルエスカは渋い表情を浮かべ、『青』は嘆息を漏らしながら同意するように頷く。
 そして改めて自分達に事の経緯を詳しく話さなかったダニアスやシルエスカの状況を理解し、マギルスは大きな溜息を漏らした。

「なるほどなぁ。シルエスカお姉さんがずっとアリアお姉さんを憎んで……というより、怖がってた理由がやっと分かったよ。アリアお姉さんに負けてるからなんだ。だから『赤』を辞めちゃったの?」
 
「……ッ」

「僕達にその事を話したら、僕達もアリアお姉さん側に付くとか、そんなこと考えてたから喋らなかったんだ?」

「……」

「うーん。僕はクロエが居る側に付くと思うけど、エリクおじさんはアリアお姉さんの所に行きたいって思うだろうね。ケイルお姉さんも、エリクおじさんが一緒ならそっちに行くかな?」

 そんな事を述べ始めるマギルスの言葉に、更にシルエスカが渋い表情を見せて顔を逸らす。
 そんなマギルスの肩に手を置き言葉を静止させたのは、意外にも『青』だった。

「マギルス。その辺りにしておけ」

「えー」

「……シルエスカ。お前の立場であれば、事の真相を隠し被害者を気取る事は当然であろう。……だがあのアルトリアを凶行に走らせたのは、間違いなくお主達ルクソード皇国と、その類系であるガルミッシュ帝国の行いにある」

「なんだと……!?」

「儂は幼い頃のアルトリアを知っておる。……その時のアルトリアもまた、自分の身に過ぎる力を制する事をせず、感情の赴くままに他者を傷付ける事に躊躇が無かった。……しかしある後悔から儂の教育を受ける事を承諾し、ある程度の常識を必死に身に着け、帝国貴族として相応しい身の振り方を覚えさせた。その時から行うアルトリアの努力は、並大抵のモノではない」

「……!」

「二歳から五歳になるまでの、約三年間。儂の鍛錬と同時に帝国貴族としての習い事も行うアルトリアは、一日たりとも自身の研鑽を怠らなかった。休む事すら厭わず、自身が『人間』として、そして公爵家令嬢となる努力を惜しまなかった。儂の手から離れても、アルトリアは一日と休まず自己の研鑽を続けていた」

「……」

「儂はな、アルトリアが『人間』である事を望んだからこそ、その時は手元に置く事を諦めた。……だが結局、ルクソードの血脈がアルトリアを野に解き放ち、結果的に『化物』に戻してしまった」

「……!!」

「儂はアルトリアの潜在的な危険性を危惧し、進行していたランヴァルディアの『神兵』計画を一部変更し、奴とアルトリアを衝突させた。ランヴァルディアに殺されておれば、あるいは『人間』としての死を与えられたであろう。……しかしアルトリアは勝利し、儂は次の作戦に移った」

「それが、アリアお姉さんの身体を乗っ取る作戦こと?」

「そうだ。力を使い果たした隙を狙い、『聖人』となったアルトリアの肉体を乗っ取り、あの化物バケモノを内側から完全に乗っ取ろうとした。……しかしそれも失敗し、貴様達に阻まれ敗北したがな」

「……今更そんな事を……。それは、貴様の言い訳に過ぎん!」

「確かに、そうであろう。……問題はその後だ。記憶を失った後のアルトリアを、お前達はどのように遇した?」

「!」

「記憶が無い事をいいことに、お前達はアルトリアをただ屋敷の奥に閉じ込め監視し、ルクソードという血脈に縛り、自由を許さず、再び国の政治に利用させ、挙句に『人間』ではなく『化物』として扱い、このような事態を引き起こした。……お前達のアルトリアに対する認識の甘さに、儂は呆れたモノだ」

「……お前にだけは、お前にだけは言われたくないッ!!」

「儂とて、アルトリアを甘く見ていた事は認めよう。――……だが、あの化物バケモノを生み出すきっかけとなったお前達の行いを無視し、まるで自分達だけが被害者気取りの態度は看過できんな」

「ッ!!」

「……やはり、初代『赤』であるルクソードは選択を誤った。七大聖人セブンスワンである自分の血で救いを求める者達を集め、天変地異からの復興を行うなど……。『赤』を諌める『青』として、儂が止めておくべきだったと後悔している……」

「……クッ!!」

 そう後悔を述べて天上を仰ぎ見て瞳を閉じる『青』を見て、激高しそうだったシルエスカが歯を食い縛りながら顔を伏せる。

 アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンという存在は、幼い頃から『化物』と呼ぶべき存在だった。
 そんな幼いアリアは幸運にも自身で願い、『人間』になる事を決意する。
 アリアは自分の力を抑え込む為に幾つモノ制約を自分自身に課し、ひたすらに努力を続け、『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』という『人間』を演じ続けた。

 その奇蹟のような存在アリアを、ガルミッシュ帝国やルクソード皇国、そしてそれに関わる国々が求めてしまう。
 それから必死に逃げ続け、自身が何者にも縛られる事を望まなかったアリアは、それを払う為に制約を超える力を幾度も行使し、ついには『化物』に戻ってしまった。

 しかしその『化物』と呼べる力すら、アリアという『人間』の精神と自我によって制御され、幾多の救済と奇蹟とも言うべき行いを達成する。
 それをシルエスカを含む人々は賞賛したが、同時にアリアという『人間』と『化物』の力が同一の存在であると誤解してしまった。

「――……『人間』になる為の研鑽を忘れ、『化物』で在る事を躊躇わぬ今のアルトリアは、誰にも止められぬ」

「……!」

「『人間』である事を誇りとしていたアルトリアと、『化物』である事を誇るアルトリアでは、全ての価値観そのものが異なるのだ。……儂等は、それに気付くのが遅すぎた」

「……ッ」

「儂は自分の過ちを認めよう。……だがシルエスカよ。お前は自分の過ちを認めず、全ての非を他者に求め続ける限り、例えアルトリアの打倒を果たし国々が復興したとしても、再び同じことが貴様の国で起こる事を断言する」

「……!!」

「ナルヴァニア、ランヴァルディア。――……そしてアルトリア。今度は誰になるのか。……お前達ルクソードの血はいつまで間違いを犯し、苦しむ者達を生み出し続けるのだろうな」

「……ナルヴァニアも、ランヴァルディアも! お前が手引きをしていたせい――……ッ!?」

 反論しようとするシルエスカだったが、今まで立っていただけの『青』が錫杖を動かした事に気付き槍を再び構える。
 しかし『青』は何かするわけでもなく、ただシルエスカの右手に錫杖の持ち手を向けた。

「シルエスカ、貴様は生まれながらにして『聖人』だ。……だが、真に『聖人』たる精神性を持たぬ故に、貴様が生まれた代のルクソードの血族は波乱を起こし続けている。……それを自覚した故に、『赤』の聖紋サインは消えたのだろう?」

「ッ!!」

七大聖人セブンスワンの聖紋《サイン》は意思を持っている。その『いし』に見合い七大聖人セブンスワンたる資格と精神を持つ器を聖紋サイン自体が判断し、それに相応しい人物を定めて授けられる『加護』なのだ。……今の貴様が聖紋を失っているということは、聖紋の意思がその在り方を見限った事を証明している」

「……クソッ!!」

 錫杖を傾けて聖紋の無いシルエスカの右手に向けた『青』は、そう断言し告げる。
 表情を強張らせながらその言葉を聞いたシルエスカは、歯を食い縛らせた口を開けて悪態を漏らした。
 そして『青』に向けていた赤い槍を下げ、顔を下に俯かせながら身を引く。
 
 一触即発だった『青』とシルエスカの状況は、まるで炎のような『赤』の灯火にくしみに水を浴びせる『青』の構図によって鎮まる。
 それを見ていた兵士達は多くの情報に頭を困惑させながらも安堵し、同じく見ていたマギルスも『青』の顔を見上げながら僅かに微笑んだ。

 『青』とシルエスカに生まれていた軋轢は、こうして僅かに埋められる。
 しかしそれ等の歪みが生み出した『神』という存在が、今も世界の破滅を求めている事に変わりは無かった。
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